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稲沢厚生病院(尾西病院)

院長は語る

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稲沢厚生病院(尾西病院) 院長
眞下 啓二

尾西病院は、戦後の混乱の中、昭和20年11月に愛知県農業会尾西診療所として開設された後、昭和23年8月に愛知県厚生連の発足に伴って同会に移管され、今日に至っています。その間には病院の存廃問題、二度の移転や一般科診療の閉鎖・再開など幾多の苦節困難がありましたが、その都度毎に地域の方々の強い熱意と要望を後押しとして存続を保ち、なくてはならない病院として発展してきました。
しかしながら、すでに戦後65年以上が経過し、世の中は大きく様変わりしました。超高齢社会の到来に伴って、医療のシステムも、従来の“病院完結型”から、地域全体で治し支える“地域完結型”の医療へ、また、青壮年の患者を中心とした“cure”を目指す医療から、高齢者を対象にした、病気と共存しながらQOLの維持・向上を目指す“care”の医療へと、変貌を強く求められています。
一方、当院の位置する尾張西部医療圏では、2つの救命救急センターが誕生するなど高度急性期医療の充実が進むなかで、過度に大型病院に集中した救急患者の高度急性期後を受入れ、さらに、多数を占める二次救急やcommon diseaseに対する対応力のあるいわゆる中間的病院の重要性が増しています。
地域密着型病院として発展してきた尾西病院は、これまでも急性期一般の医療機能に加え、精神科医療、療養病棟、訪問看護、訪問介護、居宅介護支援、地域包括支援センター、健康管理センターなど、医療・介護・予防に関わる幅広い機能を提供してきました。今後は、中間的病院として、二次救急やcommon diseaseに対する急性期医療機能を高めつつ、病々連携、病診連携および介護系事業所との連携強化に努めて、利用者の皆様の人生の時間軸に沿ったシームレスなサービスの提供を目指して参ります。
当院は現在、東館の建替え工事中です。新東館完成の暁には、祖父江町をはじめとした稲沢市西部の地域医療を担う病院としてより広く認知して頂くために、病院名を稲沢厚生病院とあらためますが、尾西病院の名の持つ深く重い歴史を忘れることはありません。“古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求むべし”という言葉をかみしめながら、スタッフ一同で邁進して参ります。皆様のご支援を宜しくお願い申し上げます。

 



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