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LINKED Vol.22:知多厚生病院

2017年3月29日 水曜日
表紙大地域社会づくりへの貢献を胸に、地域とともに、時を重ねる。これまでも、そして、これからも     知多厚生病院 地域の人々の<Aging in Place>実現をめざし、職員の力を結集。この町を、幸せにしよう。この町で、幸せになろう。 東京―新大阪間の東海道新幹線開業、そして、東京オリンピック開会で日本中が沸き立った昭和39年(1964年)、愛知県知多郡美浜町に知多厚生病院は誕生した。公立病院の無い知多半島南部において、総合的な病院を切望する住民の声に応えてのスタートである。以 [...]

LINKED Vol.22:知多厚生病院


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病院を知ろう

地域社会づくりへの貢献を胸に、
地域とともに、時を重ねる。
これまでも、
そして、これからも

 

 

知多厚生病院


地域の人々の<Aging in Place>実現をめざし、職員の力を結集。
この町を、幸せにしよう。この町で、幸せになろう。

main

東京―新大阪間の東海道新幹線開業、そして、東京オリンピック開会で日本中が沸き立った昭和39年(1964年)、
愛知県知多郡美浜町に知多厚生病院は誕生した。
公立病院の無い知多半島南部において、総合的な病院を切望する住民の声に応えてのスタートである。
以来52年。誕生当時も、今も、同院が地域を見つめる目線は変わらない。

 

 

 

 

 

地域の総合力で、
住民の安心、安全を守る。

 病院開設以来、半世紀以上に亘り、知多半島南部地域とともに歩む知多厚生病院。歴代の病院長は、常に住民のニーズを注視し、それに応えるための病院づくりに心血を注ぎ続けてきた。
03救急現場_05 例えば、住民の要望が最も高い救急医療。限られた医師数で、増え続ける救急患者にいかに対応するか。初代病院長の山田恭一医師、二代目病院長の片桐健二医師、そして、現名誉院長の宮本忠壽医師らは、当直医を一人置き、全診療科の医師が待機して支える体制づくりに注力した。形ができ上がるには20年の年月を要したが、その間に、病院を挙げて救急搬送に応えよう、とする気運も高まり、結果、平成27年度では救急搬送応需率が約82%、救急患者数7509名。<断らない救急>実現に全力で取り組んでいる。
 また、全診療科の医療の質の向上には、医師たちが一意専心、努力を重ねる。頻回に発症する病気への急性期機能を維持するとともに、一部の診療科では高度急性期にも対応する能力を磨き上げてきた。
04カンファレンス_08 その一方で、地域連携にも力を注ぐ。地域の医師会とは症例検討会、合同勉強会などを重ね、顔の見える関係を構築。今では、医師会の医師が、知多厚生病院内で休日の定点診療を実施する。また、同院の訪問看護ステーションを連動させ、一人医師の診療所から依頼があれば、在宅の看取りの支援を知多厚生病院の医師が行うなど、緊密で良好な連携が果たされている。
 こうした活動に、高齢者医療では不可欠な生活を支援する介護福祉施設、介護福祉サービス事業所との連携も加わり、今日では地域の医療・介護・福祉を一体化させ、いわば地域の総合力で住民の安心、安全を守り抜くという姿勢を明確に打ち出している。

 

 

長い視線の医療を見つめ、
多様な姿を有する。

 12調剤室_07 医療だけではなく、介護・福祉をも併せて地域を見つめる同院だが、その背景には知多半島南部という地域特性がある。
 愛知県知多郡美浜町、南知多町は、北以外の三方を海で囲まれた地域だ。人口の減少が進み、現在は5万人弱。主要産業は、観光と漁業と農業。すなわち生産と生活が一体化された地域であり、ここで生まれ、育ち、そして、老いを過ごす住民が多く、高齢化は進んでいる。
 医療資源は、少ない。また、高齢化に伴って必要とされる介護資源も、広域な地域に点在する利用者をカバーするのは採算性が低く、決して充分ではない。となると、この地域に暮らす人々にとって、命の砦として、さらには日々の生活を守る核として、同院への期待は高まり続ける。
 そうした住民の思いを受け止め、同院は、前述の救急医療、急性期医療だけではなく、病気の回復の時間軸に沿って、回復期、療養期の医療も展開。対応する入院機能を整備してきた。そして、訪問看護、訪問リハビリテーション…。それは長い視線を持った医療であり、病気の発症から在宅07リハビリテーション_02での療養まで、質を担保した継続ケアの提供に他ならない。
 また、第二種感染症指定医療機関として中部国際空港の検疫所との連携、さらには、篠島や日間賀島など離島を支援する僻地医療拠点病院、加えて、臨床研修指定病院、災害拠点病院など、同院に課せられた役割は実に数多い。知多半島南部とともに生きる病院として、時代を見つめ、自らを懸命に、そして、しなやかに変化させ続けてきた同院ならではの姿である。

 

 

全国一律の政策は、
この地域では適用できない。

13病棟催し_11 団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる2025年が目前に迫った今、国は、超高齢社会に対応する、地域完結型医療の推進と地域包括ケアシステムの構築を急務としている。
 地域完結型医療とは、地域の病院が異なる機能(診療領域)を持ち、病院同士の連携によって医療を提供するもの。また、その動きを推し進めるため、地域医療構想の策定が進んでおり、地域の病床再編成に拍車がかかっている。地域包括ケアシステムとは、高齢になっても、住み慣れた地域で暮らせることを目的とするもの。中学校区に一つを目安に、医療・介護・介護予防・生活支援・住まいの5つのサービスが、一体型で提供されるコミュニティである。
 こうしたさまざまな政策の渦中に、医療は存在し、病院は今、自らの次代の機能・役割を定める大きな岐路に立たされている。もちろん、知多厚生病院も例外ではない。
 05診療_05だがしかし、地域完結型医療、病床再編成は、一定の地域に複数の病院が存在することを前提とする。そうした地域では、効率的な医療提供に功を奏するだろう。だが、知多厚生病院しかないこの地域で、それは最適解となり得るのだろうか。同院が、充実した医療設備を活かし高度な急性期治療しか担わない。あるいは、介護や福祉といった面は地域に任せる。そうしたことが、できるわけはない。もちろん地域の病院との連携は現在も行っているが、それでも小規模ながら自己完結できる複数の異なる診療機能・病床を持ち、その先は在宅医療・介護・福祉との結びつきを強めしっかりと支援する。そうした多様性ある事業展開が必要であり、実際に担ってきた。国の政策とはいえ、知多厚生病院に一律適用することはできないのが実情だ。

 

 

地域の人々とともに、
新たな地域の創造を見つめる。

 試行錯誤しながらも、この地域にふさわしい医療を創り上げる。それが、半世紀以上をかけて、知多厚生病院が求め続けてきたことである。では今後は、どのような展開を視野に置いているのか。
Plus顔写真 宮本名誉院長は、<Aging in Place>の実現だと言う。すなわち、住み慣れた地域で、住民同士が助け合い、老いても豊かに暮らしていく社会。これは地域包括ケアシステムの根幹でもある。幸い、同院の周辺地域には、隣近所の助け合い精神が残っている。行政単位とは別にしっかりとした区の組織があり、一からコミュニティを作る必要がない。
 「今、改めてこの地域を見ると、離島では子どもが増えています。産業では、元からの漁業とともに観光が伸び、少しずつですが活力を持ちだしてきました。これは知多半島南部にとって大きなヒントです。すなわち、観光にもっと視点を移し、関連する企業を誘致する。そうなると、若い世代も増えてくるでしょう。それに加え、穏やかな気候、豊かな自然が相まって、定年退職した世代が、終の棲家としてこの地域を選ぶ可能性も出てきます。それを地域起こしに繋げていく。そうした考え方も大切です」。(宮本)
 ではそのために必要なことは何だろうか。宮本名誉院長は言う。「病院は、医療だけの発想に留めず、もっと地域の再生への視線を強めることですね。地域住民が一体となる機会や空間の提供など、関わり方はいろいろ考えられます。また、職員は、今より以上に、知多半島南部でともに生きるという思いを、住民と共有すること。つ11看護師の業務_11まり、この地域に生きる当事者の一人として、医療はもちろん、さまざまな活動を行ってほしいですね。それが患者さんに伝わり、地域に伝わったとき、当院の使命である地域社会づくりへの貢献に近づくと思います」。
 <Aging in Place>の実現。それイコール、新しい地域の創造。その求心力は、職員一人ひとりと、その総和としての知多厚生病院にある。

 


 

column

コラム

●住民の強い要望である救急医療に、知多厚生病院は応え続けてきた。その牽引役が、新病院長の水野志朗医師。平成6年に同院に赴任以来、今なお救急の最前線に立つ。

●水野病院長は、脳神経外科の専門医だ。だが、救急搬送された患者は同科に限らず、すべてを診る。「医師である以上、総合的に一定の診断力を有することが必要です。当院のように、限られた医師数で地域の救急医療を守るには、なおさら不可欠ですね」。

●彼のそうした姿勢は、病院長就任まで兼務していた臨床研修部長としての、医師の研修にも大きく表れる。例えば、救急医療でいうと、トリアージ(重症度に応じた治療の優先度を決定する)能力。患者にとって、真に必要な医療への道筋を、若き医師たちが身につけられるよう、全力を注いできた。

●地域が求める医師を育み、住民の安心を守り続けるために…。水野病院長の存在は、地域に寄り添い歩む同院の根幹を、まさに具現化するものといえよう。

 

backstage

バックステージ

●知多厚生病院は、ひたすら地域を見つめて歩み続けてきた。宮本名誉院長は常に職員に言う。「何か一つの問題が起こったとき、一人で解決しない、一つの部署だけで解決しない、病院全体で解決しよう。チーム医療の視点で、いろいろな部門が協調し合い、みんなで創意工夫をしよう」。

●この言葉には、人、施設・設備など、医療資源が限られている同院では、みんなの力を持ち寄ることが根幹にあってこそ、地域への貢献に繋がる、という思いが溢れている。

●医療資源が少ない地域を爪先立ちで支える病院は、同院をはじめ、全国にいくつもある。そうした病院は、地域に不可欠な存在であり、全国一律の医療政策で一括りに捉えることはできない。

●知多厚生病院には、地元JAとの協力体制という強みがある。地域住民に残るネットワーク、そして、JAが持つ生活の基盤を支えるノウハウ。それらと同院の医療を融合させた、さらなるコミュニティづくりを期待したい。

 


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