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シアワセをつなぐ仕事

地域包括ケア時代に向けて、
看護師が変わる。
変わらなければならない。

冨田浩一/津島市民病院 5階北病棟(脳外科・神経内科病棟)
●摂食・嚥下障害看護認定看護師


 

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津島市民病院は地域の救急医療を担い、市民に安心・信頼の医療を提供する地域密着型の病院。
一時期、医師不足などから深刻な医療機能不全に陥ったが、病院改革に精力的に取り組み、超高齢社会において人々の生活に寄り添う病院づくりを進めている。
それに伴い、看護のあり方にも変化が求められている。
これから看護師はどう変わっていくのか。その最前線の動きを追った。

 

 

 


「患者の日常生活援助」を第一に。
 「食べる」ことから患者を支え、
病院の看護を地域へ繋いでいきたい。


 

 

 

安全に美味しく食べていただきたい。

 521111 津島市民病院の病室をまわると、ベッドサイドに貼られたA4サイズのシートが目につく。タイトルは「摂食条件指示書」、サブタイトルとして「安全に美味しく食べるために」とある。食前の口腔マッサージが必要かどうか、食事の姿勢はどうすべきか、一口で食べる量にどんな配慮が必要か…など、患者ごとの細かい注意点がわかりやすく指示されている。
 この指示書を考案し、ST(言語聴覚士)と協力して作ったのが、摂食・嚥下障害看護認定看護師の冨田浩一(5階北病棟・副主任)である。「食べ物を噛んだり、飲み込む力の弱くなった高齢者の場合、ほんのささいな不注意から、誤嚥性肺炎(※)を起こすことがあります。そういうリスクを防ぐためにこの指示書を作ったんですが、『わかりやすい』と看護師たちからの評判は上々です」と、冨田は笑みをこぼす。
 さらに、この摂食条件指示書は、病棟だけでなく、院内の看護と地域での看護を結ぶ継続看護のツールとしても利用されている。患者が退院して、他の病院や施設に移ったり、在宅に戻る際に、看護情報の一つとして提供しているのだ。521070「病状が回復してようやく退院された方が、しばらくして誤嚥性肺炎を起こして戻ってくることがときどきあります。そういうことがなくなるように、当院の看護を地域で継続してもらえたら、と考えています」と冨田は語る。
※ 誤嚥性肺炎とは、飲食物が間違って肺に入り、細菌が繁殖して炎症を起こす病気。

 

 

母が導いてくれた摂食・嚥下障害看護認定看護師の道。

521093 「患者さんに美味しく食べてもらって、喜んでいただくこと」が何よりのやりがいと語る冨田。食べることは、療養中の患者にとってどんな意義があるのだろうか。「まず、人として、食べる喜びがありますよね。味覚や匂いを味わい、食べ物を噛むことで脳が刺激され、意識の覚醒が促されます。また、鼻にチューブを通して栄養を補給する手法などでは、感染リスクも高くなります。総合的にみて、口から食べる方が安全だし、口から食べるとどんどん元気になっていきます」。
 冨田が「食べること」にこだわるのには、理由がある。看護師になって1年目に、母親を誤嚥性肺炎で亡くしたのだ。もともと冨田が看護師を志したのも、母親が脳卒中で倒れ、家族みんなで介護するようになったのがきっかけだった。母の死から数年間、冨田はひたすら看護業務に専念するなかで、誤嚥性肺炎のことも忘れかけていたという。そんなある日、嚥下障害の勉強会に出席する機会を得る。「勉強会で話を聞くうちに、母を介護していた頃の記憶が、一気によみがえってきました。食べたいけれど、口からこぼれたり、むせかえっていた母。あの頃、もっと専門的な知識があれば、僕にできることがあったのではないか、という思いがあふれ出てきたんです」。
 この勉強会を機に、冨田は摂食・嚥下障害の領域について猛烈に勉強を始めた。タイミングよく、認定看護師の道があることを知り、病院のバックアップを得て、約半年間、学校に通い、専門的な知識とノウハウを蓄えて同院に戻ってきたのだ。「母と同じように、食べたいけれどうまく食べられない患者さんを、一人でも多く支えていきたい」。そんな志を胸に秘め、冨田は今、STと連携してさまざまな取り組みを進めるとともに、多職種で構成される栄養サポートチームのメンバーとしても、患者が安全に美味しく食べられるように積極的にアプローチしている。

 

 

地域包括ケア時代に求められる看護師とは。

Plus顔写真 「食べる」行為を基点に、多職種と協働して活躍する冨田を「患者さんのQOL(生活の質)向上を促すキーパーソンです」と評価するのが、同院の副院長 兼 看護局長の太田真美である。
 太田が同院の看護局長に就任したのは、平成25年4月のこと。それまで長きにわたり名古屋大学医学部附属病院で、人事や教育などのマネジメントに携わってきた。太田は前職のとき、高名な日野原重明医師の講演会で聞いた話がずっと心に残っていたという。「講演された先生が、『看護師は病院のなかで<診療の補助>を中心に発展してきたが、もう一つの役割である<療養上の世話>を置き忘れてきたのではないか』と指摘されました。それはどういうことだろうと考えてきましたが、当院にきて、<あ、このことか>と合点がいったんです。ここは患者さんも働く人も地域の人で、まさに地域の真ん中にある病院。私たち看護師に求められている役割も、患者さんが地域でその人らしく生活できるように、QOLの向上を促すことなのだと実感できました」。
 こうした思いの背景には、地域包括ケア時代(詳細はバックステージ参照)に向けて、日本の医療が大きな転換期を迎えたことがある。病院から在宅(地域)へと、医療のパラダイムシフトが進むなか、同院は従来の「治し、救う」医療機能に加え、地域の人々を「癒し、支える」医療の実践をめざし、病院改革を進めている。
 「看護も変わらなければならない」。そう強く決意した太田は長年親しまれてきた看護局の理念を見直し、本年度(平成26年4月)、新しい理念と基本方針を発表した。新たな理念には、同院伝統の看護の心は残しつつ、地域へのまなざしを持って看護する志が込められた。

津島市民病院 看護局 理念
地域の人々が安心安全に暮らすことができるよう、看護でささえ看護でつなぎます。

 

病院から地域へ。質の高い看護を繋いでいくために。

521060 太田は今、新たな看護局の理念に基づく教育プログラムの見直しに取り組んでいる。「看護局の理念や基本方針を変えたということは、育成したい看護師像が変わるということです。そのため、教育プログラムの見直しは必須です」と説明し、こう続けた。「地域に貢献できる看護師を育て、看護職一人ひとりが主体的に向上できるようなキャリア開発システムを作っていきたいですね。また、今後はますます医療依存度の高い患者さんが、当院から地域にお帰りいただくことになります。地域の看護職の皆さんとともに学ぶ機会を作っていきたいと考えています」。
521055 太田が描く新たな看護師像。それをまさに体現しているのが、冨田だろう。冨田自身、「病院から地域への転換は、僕にとって大きなチャンス」と意欲を燃やす。「ゆくゆくは地域で勉強会を開いたりして、摂食・嚥下障害看護の知識を地域へ広げていくことを目標にしています。また、院内でも、将来的には嚥下外来を開設するなどして、在宅療養している患者さんと家族を支えていければなと考えています」。
 今まで以上に地域との繋がりを強める、津島市民病院の看護局。ここには、従来の津島市民病院に甘んじることなく、前に進むプラスのエネルギーがあふれている。「これから病院で働く看護師は変わります。変わらなければなりません。その先頭に立って、私たちが実践していきたいと思います」。太田は、静かな決意を込めてそう語った。


 

 

columnコラム

●津島市民病院は、看護師の離職率が例年平均5%前後と、非常に低い。一方、既婚率は70%以上で、育児・介護休暇、勤務時間短縮制度などを利用する人も多い。冨田看護師の妻も同院の看護師で、2人の子どもがいる。「出産前後は妻が育休制度などを利用しましたし、今もお互いの夜勤が重ならないように配慮してもらって、助かっています」と冨田は言う。

●ワークライフバランスへの配慮は、「看護師自身が成長するために必要なもの」というのが太田看護局長の考え方だ。「看護師はそもそも患者さんの生き方に 寄り添う仕事。看護師自身が結婚や出産、介護などさまざまな人生経験を積むことで、人間として豊かになり、より良い看護の提供に繋がります。職員には積極 的に種々の福利制度を利用し、無理なく働き続けてほしいと思います」と語る。

 

backstage

バックステージ

●団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、国は今、社会保障を充実させた地域社会「地域包括ケアシステム」を構築しようとしている。具体的には、高齢者が住み慣れた地域で生活を継続できるように、医療・介護、介護予防、福祉などのサービスを包括的に提供する体制を整える計画である。

●津島市民病院は、そんな地域包括ケア社会のなかで、地域の人たちの生活に寄り添うコミュニティホスピタルをめざしている。そこで、患者にもっとも近い存在である看護師に求められるのは、病院と地域、治療と患者を繋ぐキーパーソンの役割に他ならない。そのことを同院の看護局ではいち早く自覚し、看護局の理念と基本方針を見直し、新時代の看護師教育に力を注ぐ。<看護でささえ、つなぐ>という新たな理念は、まさにこれからの看護のあり方を端的にいい表しているのではないだろうか。

 

 


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