4,207 views

病院を知ろう

西尾の「宝物」。
鹿児島県出身、研修医・濵田琴巳。

 

 

西尾市民病院


main厳しい経営環境のなかでも、医師教育に全力を注ぐ。
一人の医師を育てることは、
この町の医療を守ることに繋がる。

 

西尾市民病院は、多くの自治体病院と同様、医師不足で苦しんでいる。
にもかかわらず、同院で医師としての基本を学ぼうとする一人の医師を紹介したい。
彼女は、院長、部長医師、先輩医師、そして、看護師、検査技師、事務職員、みんなの温かいまなざしを受けつつ、
厳しくて深い学びの日々を続けている。この町の医療を守る決意。すべてがそこから始まる西尾市民病院・医師教育の一編である。

すれ違いざまでも質問に答えてくれる。

Plus顔写真 濵田琴巳は、初期臨床研修医である。医師は国家資格取得後、臨床研修指定病院で2年間の臨床研修が義務づけられており、そこで多数の診療科を回って、医師としての基本的・総合的な診療能力を修得する。濵田はその2年目を迎えている。
 高校時代に「鹿児島県は医師のマンパワーが少ない」という新聞記事を読み、ならば故郷鹿児島の役に立ちたいと、濵田は医師をめざした。その鹿児島から遠く離れた、愛知県の病院を研修先に選んだ理由は何か?「愛知県の病院での臨床研修は、屋根瓦のように、年次が順に重なり合った構造での指導体制だと、聞いていたからです。それなら安心だと思い、大きな基幹病院をいくつも見学しました」。
 「そのなかで」と彼女は言う。「西尾市民病院は、屋根瓦がなかった(笑)。研修医、いえ、医師自体が少ないんです。でも、若い先生はバリバリやっているし、看護師やコメディカルの方が、とても温かく迎えてくれました。病院全体に、研修医を育てたい、研修に来てくれるなら一緒にやろう!という空気があふれていて、それは他病院では感じられなかったことです」。
IMG_1687 実際、同院での研修は彼女にとってどうなのか。「医師が少ないだけに、研修医でも一人ひとりが責任を負って、診療に携わらないといけません。実践のなかでの学びは、何より自主性を問われます。でも各科の先生方は、どんな状況でのどんな質問にも、きちんと答えてくださる。廊下でのすれ違いざまでも、質問をすると答えてくださいます。また、手技一つとっても、自分がやりたいことを言うと、『やってみろ。勉強してきたのか』と言い、横について見てくださる。先生たちの方から研修生に歩み寄り、何とか育てようとしてくださっていることを、常に感じています」。

 

 

将来の夢は、故郷での地域・僻地医療。

IMG_4757 研修医を育てようという思いは、ベテラン医師はもちろん、濵田の数年先を行く先輩医師も同じだ。研修医にとって勉強になる症例があれば、診療科を問わず、向こうから声をかけてくれる。距離感がとても近く、診療科の垣根もない。
 看護師やコメディカルも、濵田にとっては心強い存在だ。「私の様子をきめ細かく見ていてくれて、困っているときは声をかけてくれる。私が何か間違いをしても、温かく指摘し、そして、きちんと理解するまで、とことん付き合ってくださる」と、濵田は言う。
 コンパクトな組織ならではのメリットを受け、充実した研修医生活を続ける濵田。平成26年4月からは後期研修医(専門医をめざす研修医)として、この病院で再スタートを切る。「正直に言えば、他の病院を見てみたい気もあり、少し迷いました。でも、私の将来を我が身のように真剣に悩み、いろいろアドバイスしてくださる先生がいらっしゃいます。個人のキャリアを一緒に見つめ、そこから学びを一緒に創り上げてくださる。その思いに応えたいと思い、この病院で後期研修を続けようと決めました」。
 そう話す濵田の夢。それはいつか故郷の鹿児島県に戻り、地域医療、僻地医療に携わることだ。「鹿児島県は、交通が不便で陸の孤島といわれる地域があり、また、離島もたくさんあります。そうしたどこかで、人々の役に立ちたいと思っています。医師が少ないという面では、この西尾市と似ていますね。この病院も医師が少ないですから。そんなことを考えると、後期研修医とはいえ医師の一人であるなら、まずはこの西尾市の役に立ちたい。それが病院への恩返しに繋がればと思います。まだまだ学ぶべきことはたくさんありますから」。

 

 

医師不足、赤字体質。中間的な病院の苦しみ。

IMG_1637 西尾市民病院は、深刻な医師不足に苦しんでいる。その理由には複雑な背景が絡んでいるが、初期臨床研修において、研修先が医学生の自由選択に切り替わった影響が大きい。従来のように、出身大学の医局にそのまま残る医師が減少してきたのだ。すなわち、大学医局自体が医師不足となり、地域に派遣していた医師を、大学に引き上げざるを得ない事態となった。また、医学生の研修希望先は、都心部で三次救急を担う基幹病院に集中。西尾市民病院のように、郊外部にあり二次救急を担う病院を希望する者は少ない。そのため濵田が言うところの、医師指導体制を屋根瓦方式で構築できず、医学生がますます遠のく傾向となる。
 また、医師不足により、同院は全診療科が揃っていない。治療自体も、ある一部の部分では高度専門的な治療を展開するが、基本的にはコモンディジース(地域で頻繁に発症する一般的な病気)への対応だ。この他にも、人材不足によっていろいろな不都合が起こっている。それでも何とか地域医療を守るために、職員一同、救急医療などに全力を注ぐ。
 こうした状況を見て、地域の住民は同院ではなく、安城市や刈谷市にある基幹病院を受診するケースが増えている。濵田自身も、年配の住民は西尾市民病院を利用するが、若い世代は他の市の病院に行くという事例を多々見てきたと言う。
 その結果、同院では、病院の大きな収入源である、入院病床の稼働率が低迷。多くの自治体病院に見られるように、慢性的な赤字体質を続けている。

 

 

医師を育てることは、西尾の医療を守ること。

UnknownIMG_4747 病院の抱える問題に、西尾市民病院はただ手をこまねいているわけではない。平成25年4月、院長に就任した禰宜田(ねぎた)政隆が陣頭指揮を執り、病院を挙げて、「病院再生」に取り組んでいる。例えば、大学医局への医師派遣要請の強化、入院環境の向上を図った病棟改修、また、市民との意見交換会開催、市民を対象とした今後の地域医療に関する講演会開会など、さまざまな視点でのアプローチを続ける。
 医師の臨床研修については、各科のトップが直接指導に力を入れるほか、有名大学の教授を招聘し、院内での勉強会を開催。同院での学びの確かさを裏づけるとともに、より広範な指導へと繋げている。参加した濵田は、「とても勉強になった」と満足感を示す。また、同院の働きかけにより、西尾市では、「医師確保奨学金制度」を創設。大学または大学院に在籍する医学生に対し、安心して臨床研修を受けることができる環境を提示している。
 西尾市の市民も動き出した。平成25年12月にスタートした市民の署名活動(詳しくはコラム参照)は、県知事に医師確保の陳情書を出すための活動だ。
 院長の禰宜田は語る。「医師教育に対して、私の目標は、総合的な技術と人格を有した、<病を診られるだけでなく、人を診られる医療人>の育成です。特別ではないにしても、自分にも他人にも恥ずかしくない医療を提供できる医療人を育てたいと考えます。なぜなら、当院は<市民のための病院>です。ごく普通に生活する人々と同じ目線に立ち、生命と健康的な毎日を支えることができる医師の育成は、この町の医療を守ることに繋がると信じています」。

 


 

columnコラム

●平成25年9月、西尾市民病院は、西尾市長、西尾市市議会議員、町会長をはじめ、地元企業、地域医療機関からおよそ200名を招き、医療講演会を開催した。テーマは「これからの医療の動向について」。講師は国立長寿医療研修センターの大島伸一総長である。

●この講演会の目的は、高齢社会を迎えて、大きく変わる地域医療のありようを、広く地域の人々に理解してもらうこと。院長の禰宜田は「当院がこれからどういう病院であるべきか、地域医療全体の動きのなかで理解をいただきたいと思いました」と語る。

●そうした地域医療への変化と、同院の現状を見つめて始められたのが、「署名活動」である。これは市代表町内会長会によるもの。市民病院の深刻な医師不足に対し、県知事への医師確保の陳情を市民自らで果たそうとしている。目標は市民の7割に当たる12万人分。市内に400ある町内会組織を活用し、回覧や会長・班長の個別訪問などを通して集めている。

 

backstage

バックステージ

●専門性の高い高度急性期病院=基幹病院は、生活者や医学生からの人気が高い。医師に診てもらうなら専門医に。そうした社会のニーズが高いから、学ぶなら専門的な高度急性期病院で。どちらも「大病院指向、専門医指向」である。

●そうした社会の動きのなかで、西尾市民病院のような中間的な病院(基幹病院と診療所の間で、二次救急を担うとともに、亜急性期、回復期などを展開する病院)は、医師不足、看護師不足等に苦しみ、経営的に大きな危機を抱えている。

●だが、高齢社会では、高度専門医療はもちろん必要だが、その一方で、複数の疾患を抱えた高齢者に対する、生活の時間軸に沿った適切な医療は不可欠である。そうした医療を担うのは中間的な病院である。

●それに一歩早く気づき、病院任せにするのではなく、市民活動に繋げた西尾市の市民には敬意を表したい。そして、市を挙げての取り組みが、さらなるムーブメントに繋がることを心から願う。

 


4,207 views