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病院を知ろう

研修医のハートに火を点けるのが
私たちの役割だと思う。

 

 

名古屋第二赤十字病院


main 「他院のお手本」と高く評価される臨床教育。
その縁の下では、教育に情熱を注ぐ指導医の奮闘があった。

平成25年、NPO法人卒後臨床研修評価機構の審査を受け、「認定期間6年(※)」という最高ランクの認定を取得した名古屋第二赤十字病院。
同機構からは「貴院は充分に臨床研修病院の手本となり得る病院」という評価を得たという。
高度な臨床教育システムを築いた同院で、さらなる教育の進化を求めて活動する指導医の姿を追った。
※ 卒後臨床研修評価機構は、臨床研修を評価する唯一の第三者機関。認定期間は2年間・4年間・6年間の3種類があり、臨床研修体制が優れているほど、認定期間が長く設定される。

答えは教えない。
それは研修医自身が持っているものだから。

130094名古屋第二赤十字病院の総合内科。外来の合間をぬって、研修医と立ち話をする、横江正道医師(臨床研修部部長 兼 第二総合内科部長)の姿があった。「入院中の○○さんですが、この薬の処方でいいでしょうか」。そんな研修医の質問に、横江医師は少しいたずらっぽい笑みを浮かべて「君はそれで良いと思う?」と聞く。研修医が少し戸惑いながらも、根拠を説明すると、「うん、それでいきましょう」とゴーサインを出した。
 この問答は、横江医師がいつも行うスタイル。「質問されてすぐに答えを言うのでは、研修医は育たない。少し遠回りですが、自分で調べ、考えて答えを出すという習慣を身につけてもらうための作戦です」と話す。初期研修2年目の岡田祐美子医師は、そんな問答スタイルにいつも触発されるという。「プレッシャーも感じますが、横江先生は私たちのためにあえて質問されているのだと理解しています。先生の一言で自分の足りない部分に気づくと、もっと頑張ろう、と思いますね」。
 横江医師は、指導医に一番必要なことは「研修医のハートに火を点けること」だと考えている。示唆に富んだ会話を通じて、何かに気づかせ、やる気に火を点ける。さらに、将来へのモチベーションを刺激する。「やる気がボッと燃えて、目を輝かせて成長していく。その姿を見守るのが何よりの楽しみですね」と目を細める。横江医師は最近になって、同院で展開している人材育成手法の一つ、「対話により個々の自発的な行動を促すコーチング」の指導を受けた。その指導を通じて、改めて「今まで自分がしてきた指導方法はまさに<コーチング>だったんだ」と実感。さらに相手の立場に立って考える手法も学び、自分の教育スタイルに自信を深めたという。

 

 

伝統の研修医教育。
救急の現場で鍛える基本的な臨床能力。

008041同院には、横江医師のような指導医が80名以上。毎年、20数名の初期研修医を受け入れ、各診療科において2年間のトレーニングを行う。その教育内容は、古くから医師教育に力を注いできた同院の伝統が色濃く反映されている。
 第一の特徴は、救急現場の研修だ。「医師は全員が救急医」という意識を持ち、全科参加型救急体制で取り組む同院の救急医療。その救急外来では、初期研修医が最前線の戦力だ。研修医1、2年生が、多様な患者のファーストタッチ(初期診療)に携わり、上級医がサポートし、そのバックに各診療科の専門医たちが待機する。研修を通じて、専門医の高度な救命処置を学ぶ機会も多い。初期研修2年目の山室亮介医師は、救急現場で鍛えられた成果を実感する。「救急患者さんが非常に多く、検査も多数行います。血液検査や超音波検査はもちろん、MRIも即座にオーダーできる。スピード感あふれる医療現場で、検査結果を解釈する力が鍛えられたと思います」。
 第二の特徴は、基本的臨床能力の獲得をめざした充実の研修プログラムだ。研修の基本は、さまざまな診療科をまわるスーパーローテーション方式。約1カ月単位で異なる診療科を経験していく。岡田医師は「多くの診療科をまわり、自分の知識不足を痛感しました。どの診療科も最新の知見に基づく高度な医療を展開しており、その質の高さに圧倒されます」と話す。山室医師も「スーパーローテーション研修は得るものが多かった」と振り返る。「各科に親しく話せる先生ができ、困ったときに気軽に相談できるようになったのは大きな収穫ですね」。
 この2人は初期研修の修了後もそのまま同院に残り、引き続き後期研修を受ける予定だ。「これまで培ってきた人間関係を活かし、各専門医の先生方との関わりを深めながら、幅広い視野で診療できる医師になりたい」と、意欲を燃やしている。

 

 

研修医の総合的な課題はコミュニケーション能力をいかに身につけさせるか。

130024研修医の満足度も高く、密度の濃い臨床研修を実践する同院だが、その体制をさらに進化させるために、平成25年4月、新たに「臨床研修部」が創設され、その部長に横江医師が就任した。横江医師はもともと総合内科副部長として、研修医教育に深く関わり、患者を全人的に診る指導に努めてきた。その実績をベースに、現在は臨床研修を統括する大役を担う。
 研修医教育の伝統を持つ同院が、なぜ、改めて「臨床研修部」を創設する必要があったのか。横江医師は、次のように説明する。「医療を取り巻く環境が劇的に変化し、その一方で、研修医も平成生まれの若者たちになってきた。従来のやり方では対応できない部分も増え、次世代を見据えた新たな教育システムを構築していく必要があったからだと思います」。
 従来では対応できない課題の一例として、横江医師は「研修医の患者さんに対するコミュニケーション能力」を挙げる。「今の研修医はみな、とても真面目なんです。真面目過ぎるがゆえに、患者さんからすると、親しみやすさに乏しく、少し息が詰まるような印象を持たれてしまうこともあるようです。一方、高齢の患者さんが増え、研修医がお伝えしたと思っても、伝わりきらない場合があり、トラブルに発展することもあります」と分析する。さらに、「名古屋第二赤十字病院」というブランドへの期待感から、患者サイドからより厳しい注文が寄せられる側面もあるだろう。
 こうした研修医をめぐる問題は、各部署から横江医師のもとへダイレクトに寄せられる。さまざまな意見を集約した上で、「新しいコミュニケーション研修の体制を作っていかねばならない」と横江医師は考えを巡らせている。

 

 

今は土台を作るとき。
2025年以降の地域医療を支える医師を育てていく。

130018130066コミュニケーション能力も含め、研修医は最初の2年間で、どんな能力を身につけるべきだろうか。横江医師は、「初期研修はインフラ整備のとき」と表現する。「街づくりに例えるなら、更地に上下水道、ガス、電気を引いて、基礎工事を行うとき。植物にたとえるなら、地面に根っこを張る時期です。その大切な2年間に、専門的な治療の手技ばかりを追求するのはまだ早い。まずは幅広い知識と技術を身につけ、全人的に患者さんを診る力を養ってほしいと考えています」。
 考えてみれば、現在の研修医たちは、団塊の世代が後期高齢者になる2025年以降に、地域医療の第一線で活躍する世代だ。複数の疾患を抱える高齢者が増え、より総合的に患者を診る能力が問われることは言うまでもない。横江医師は、専門医への道を急ぐ研修医には、「専門医である前に医師であれ。医師である前に人間であれ」と諭す。まずは医療人、組織人、社会人としての礎を、2年間でしっかり築いてほしいと願い、一人ひとりの個性や将来ビジョンを尊重しながら、的確な助言を与えている。
 人を育てるには大きなエネルギーを費やすものだが、なぜ横江医師は、そこまで教育に情熱を傾けるのだろう。その問いに「恩返しですよ」という言葉が返ってきた。「今の僕があるのも、いろんな先生に育ててもらったから。今、当院を見渡すと、各診療科に一人ずつぐらい、お世話になった先生がおられます。そういう方々への感謝の気持ちを忘れずに、研修医と向き合っていきたいですね」。ただ一つ、最近の気がかりは、部長職となり、研修医との間に距離感ができないかという心配だ。「肩書きがあっても、少々年齢が離れていても、研修医の兄貴分として関わっていきたい。相談されたら、とことんつきあいますよ」と、にこやかに語った。

 


 

columnコラム

●平成25年4月、名古屋第二赤十字病院に「スキルズラボ」がオープンした。ここでは、研修医のための「中心静脈カテーテル挿入シミュレーター」や「胸腔ドレーン挿入シミュレーター」、専門医向けの「手術支援ロボット・ダヴィンチのシミュレーター」が配備されている。ここまで本格的なシミュレーション教育環境が整備されているのは、大学病院以外では珍しいといえる。

●医療安全に対する意識の高まりを背景に、ひと昔前なら実践を通じて学べた手技も、現代の医療現場で許されなくなってきた。研修医たちは、実際に手技を行う前に、スキルズラボで充分にトレーニングを積み、高度な技術を身につける。人形を使った訓練は、「納得できるまで技術を磨ける」と研修医からも好評だ。シミュレーション教育は、患者の安全を守るだけでなく、研修医を医療過誤・医療訴訟から守る意味も持つ。同院は今後も、積極的にシミュレーション研修を推進する計画だ。

 

backstage

バックステージ

●現在の指導医の多くは、若い頃、上の医師から「俺の背中を見て育て」と言われた世代である。先輩の的確な診断や匠の手技を見て、真似をして、優れた技術を盗み取り、がむしゃらに自分のものにしてきた。その世代からすれば、21世紀の学校教育を受けた研修医たちは、どちらかというと従順で受け身、少々物足りなく映るかもしれない。こうした世代間ギャップは医療界だけでなく、社会共通に見られる現象である。

●名古屋第二赤十字病院においても、世代間格差はしばしば話題にのぼる。同院には長年受け継がれてきた研修医教育の伝統があるが、「昔のやり方では通用しない」場面もある。その気づきが、コーチングの導入や臨床研修部の開設にも繋がっているのだろう。現代の研修医の気質を認め、尊重した上で、現代にふさわしいやり方で研修医を導いていく。次世代の医師を育てるための、新たな教育スタイルの構築。その行方を、今後も見守っていきたい。

 


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