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病院を知ろう

医師の臨床教育。伝統と新しさの融合に向けて。

 

 

岡崎市民病院


main受け継がれてきた伝統の教育スタイルに新しい風を取り入れ、研修医一人ひとりをのびのびと育てる。

医学生の間では、「救急が多く、症例が豊富」というイメージで語られることの多い岡崎市民病院。
確かに救急医療では愛知県下屈指の救急搬送受け入れ実績を誇り、
ER(救急外来)に配属された初期研修医たちは日々忙しく診療にあたっている。
しかし、その表情は疲れを感じさせず、イキイキと輝いている。その秘密はどこにあるのだろうか。

 

体を動かしながら考える力、判断する力を身につけていく。

Plus顔写真2 「この2年間で本当に多くのことが学べました」。そう振り返るのは、初期研修2年目の永田佳敬医師である。永田医師が2年間で自分の成長を実感できたのが、愛知県下屈指の救急搬送数であるER(救急外来)の現場である。
 同院のERは、初期研修医と救急科医師が初期診療を担当し、すべての各科専門医が協力する体制をとっている。途切れなく訪れる救急患者のうち、軽症患者のファーストタッチ(初期診療)を、初期研修医が中心となって担う。「最初の頃は、<その検査をオーダーする目的は何か>といった基本を徹底的に問われ、<考える力>が養われましたね」。
 ほぼ2年を経て、永田医師は、救急外来を訪れた患者に対し、「おそらく今後、こういう経過になるので、今はこの治療をしておきましょう」と、病気の経過に筋道をつけて説明できるようになった。その成長ぶりは、本人も日々のなかで感じている。「いろいろな診療科をまわり、豊富な症例に触れたおかげですね」と笑う。
 それにしても、岡崎市民病院の救急外来には次から次へと救急患者が来院する。忙しさが本人のキャパシティを超えることはないのだろうか。「いいえ、忙しさをストレスに感じたことは一度もないですね」と永田医師。その理由は二つあるという。
 「まず一つは、指導体制の厚みです。卒後1年目は2年目が教え、2年目は3年目が教える体制ができていて、何でも相談できます。もう一つは、他の診療科の充実したサポートです。医師らは電子カルテで情報共有できるので、いろいろな科の先生が救急患者さんの動向も把握していて、入院になりそうな場合は早めに指示を出してくれます。また、帰る前に必ずERを覗いて、困ったことはないか声をかけてくれたり、『今日は救急当番だから、いつでも呼んでね』と声をかけてくれたり…。病院の医師全員が救急をサポートする気持ちが強いので、ストレスなく働けるんだと思います」と話す。
 さらに同院は、医療圏で唯一の三次救急病院であるため、地域で発症する症例はすべて集まる。多種多様な症例を偏りなく経験できたことは、永田医師の大きな財産となった。
 この2年間でひとまわり大きく成長した永田医師の志望は小児科。後期研修に入る3年目もここに残り、小児科の専門研修へ進む予定だ。

 

 

 

好きなことがどんどん学べる自由な気風。

Plus顔写真 「自分のやりたいことを自由にやらせていただけるのが、すごく幸せです」と語るのは、同院で初期研修を受け、後期研修もここで受けている専攻医1年生の鈴木 愛医師である。鈴木医師はもともと外傷に興味があり、外科に強く、救急医療に力を注ぐ同院を初期研修先に選んだ。「先輩方のなかに女医さんも数人おられて、自分の働いている姿もイメージしやすかったですし、外科に強い病院だけどスパルタ的な厳しさも感じられなかった」ことも選択理由の一つだ。
 初期研修2年目の夏、鈴木医師は将来の進路で悩んでいた。「救急科と放射線科をどちらも学びたい」と考えていたのだ。一般的な後期研修では、二つの診療科を掛け持ちすることはできない。無理なお願いだろうか…。鈴木医師はためらいながら、救急科、放射線科の指導医に相談を持ちかけたところ、どちらも「いいでしょう」と、あっけないほどの快諾。さらに、研修教育センター長の小山雅司医師(総合診療科部長・医局次長)の全面的なサポートも受けて、初期研修2年目後半から後期研修に至るオーダーメイドの研修プログラムが作られたのだ。現在、鈴木医師は、救急科と放射線科を行き来しながら、救急患者の初期診断と画像診断、放射線科で血管内治療などの知識と技術を同時並行で学んでいる。将来的には、救急科と放射線科、両方の専門医資格の取得をめざしている。
 「自由にいろいろと挑戦させてくれるのが、この病院の良さだと思います。また、小山先生がすごく積極的に、私たちの意見を聞いてくださって、本当にありがたいですね。たとえば、勉強会を開いてほしいと要望したら、すぐに取り入れてくださったり…。うちの研修システムの弱い部分を、小山先生がどんどん改善されているように感じます」と語る。

 

 

伝統の教育スタイルに新しい時代のニーズを組み入れていく。


起1  小山医師が率いる研修教育センターは、平成22年に開設された。「現在の医師教育の体制を、再構築してくれないか」。そんな木村次郎院長たっての希望で、小山医師がセンター長を引き受けることになった。
 同院には、医師臨床研修制度が発足する約30年前から研修医を受け入れ、育ててきた伝統の教育スタイルがある。それが、前述の研修医が述べたように、救急外来の教育体制や、研修医の自主性を重んじる自由な気風を作ってきた。「その伝統的な教育の仕組みをベースに、厚生労働省が求める臨床研修の枠組みに沿った新たな研修体制を構築することが大きな目標でした」と、小山医師は説明する。
 同院がその目標達成のために活用したのが、NPO法人卒後臨床研修評価機構(JCEP)による臨床研修評価だ。これは、JCEPが臨床研修指定病院を訪問214136して、<社会が求める医師を育てる研修プログラムができているか>を評価するもの。第三者の目で客観的に、臨床研修の内容を見つめ直せるメリットがある。
 「当院ならではの自由な風土はある程度、制限されるかもしれませんが、新しい時代の要請を組み入れて、より良い研修プログラムにしていくつもりです」と小山医師は意欲を燃やす。すでに、今まで手薄だった内科系のカンファレンス・勉強会の充実、救急外来における研修医の勤務体制づくりなど、いくつかの改善点が具現化されている。臨床研修評価の受審は平成26年秋頃の予定。今後は、シミュレーション研修なども積極的に導入していく方針だという。

 

 

「体で覚える臨床研修」が、自分で将来を切り拓く力を育てる。

214075 医師教育体制を再構築するにあたり、小山医師は同院伝統の「ERという絶好の舞台を活かし、体で覚える臨床研修」は今後も貫いていく考えだ。「体で覚える臨床研修」とは何だろう。小山医師は「水泳」に例えて、次のように説明する。「当院では、泳げる子も泳げない子もみんな、いきなり<臨床>という足のつかない深いプールに入ってもらうんです。泳げない子たちを集めて<水泳とは何ぞや>と講義して、次に体育館のマットでバタ足の練習をして、それからようやくプールに入る、という段階を踏んだ教育はしません」。
 それでは、研修医はみな慌てふためくのではないだろうか。「確かに溺れそうになる子もいますが、みんな浮かび上がろうと必死になります。そしたら一度プールから上がって、何が足りないのか一生懸命勉強して、またプールに入ってもらう。それを繰り返しているうちに、気がつくと自力でプールの端から端まで泳げるようになっています」。
 小山医師が語る教育は、一見、泥臭い昔ながらの現場教育にも感じられるが、実はこの臨床プールには見えない仕掛けがいろいろある。たとえば、水中でもがいている研修医に、そっとビート板を渡す上級医の配置。体に負担のない水泳時間のルールづくり、プールから上がったときの勉強会など。研修医が自分の力で泳げるようになるまでしっかり後押ししていくのだ。「2年間はプールですが、その後、研修医たちは、急流の川や荒れた海へ一人で泳いでいかなくてはなりません。そのとき、目の前の患者さんに最善の医療を提供できるように、自分の力で前へ進める力を身につけてもらいます」と語る小山医師。その言葉には、研修医に対する深い愛情と、地域に必要な医師を育てていこうとする情熱があふれているように感じた。

 


 

columnコラム

●岡崎市民病院は、西三河南部東医療圏唯一の基幹病院(三次救急、もしくはそれに準ずる機能を有する地域の医療機関)である。そのため、本医療圏の患者が同院に集中、慢性的な病床不足に陥っていた。そこで、平成25年10月に西棟を新築。新たに50床を増床し、700床とした。さらに、住民への高度な医療の提供をめざし、新棟には最新鋭の放射線治療機器を導入。さらなる医療機能の高度化も図っている。

●完成した西棟は、地上3階地下3階からなる。地上1階には外来を設置。加えて、以前は分散していた外来治療室を集約、通院がん治療のための「外来治療センター」として生まれ変わった。2階には病棟50床、3階には非常用スペースを配置。地下の3階には放射線治療室が置かれ、リニアック、トモセラピーといった最新放射線治療機器が並ぶ。

●新棟の完成により、ますます地域に欠かせない病院となった同院だが、その取り組みはまだまだ止まらない。さらに地域のニーズに応えるため、平成27年夏には新しく「救急棟」が完成、救急病棟ベッドなども配備される計画だ。地域の最後の砦に相応しい医療環境を整え、より高度な救急医療を提供していく構えである。

 

backstage

バックステージ

●NPO法人卒後臨床研修評価機構(JCEP)の認定を受けるのが、臨床研修指定病院の主流になりつつある。第三者の目で病院の医師臨床研修機能を評価し、教育のクオリティが全国的に標準化されていくことは非常に望ましい。しかし、その一方で、病院それぞれが長い歴史のなかで培ってきた伝統的な教育もしっかりと継承されるべきだろう。

●岡崎市民病院では、医師臨床研修制度が発足する約30年前から研修医を受け入れてきた経緯があり、病院全体で研修医を支えていこうとする土壌がある。その土壌が有形無形のサポートを生み、研修医を陰日向なく支えている。たとえば、1名の初期研修1年生(子べん)に、1名の初期研修2年生(親べん)がついて手取り足取り指導する<親べん・子べん>などユニークな制度もその一つだ。そうした長年にわたって培われてきた研修医を支える温かい風土は、時代が変わっても受け継がれていくだろう。

 


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