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病院を知ろう

臨床教育の先に「次代の豊橋市民病院」を見つめて。

 

 

豊橋市民病院


main伝統のオン・ザ・ジョブ・トレーニングに、
最新の医学教育を取り入れ、
真の臨床能力を備えた専門医を育てていく。

  「あっという間に1年が過ぎる」と、初期研修医が口を揃える豊橋市民病院は、三次救命救急センターを備える
東三河地区の基幹病院(三次救急、もしくはそれに準ずる機能を有する地域の医療機関)。
診療科は35科あり、多様な診療科で豊富な症例を経験する日々は、刺激と学びに満ちている。「臨床能力が身につく」と定評のある同院だが、
近年は最新の指導方法も導入し、臨床研修の進化をめざしている。卒後臨床研修センターの指導医たちの熱心な取り組みを追った。

中心静脈カテーテルのシミュレーション研修。

069_ToyohashiShimin_Linked2014  その日、豊橋市民病院の会議室では、初期研修医が数人ずつのグループになって、医療シミュレーター(練習用人形)を用いた中心静脈カテーテルの研修を行っていた。これは触診によって静脈の位置を探り、注射器を刺すトレーニングだが、間違った箇所を刺すと、警告音が鳴る仕組みだ。中心静脈カテーテルは、経口摂取困難な患者などに高カロリー輸液を投与する基本的な手技。「万一の事故のリスクも臨場感を持って学べる」と研修医たちは熱心に練習を繰り返していた。
 同院がこの研修を取り入れたのは、平成23年から。研修医に指導する前に、まずは病院の医師たちを対象に、毎週1回10名ずつ、延べ120〜130名の医師に研修を行った。勤務医全体を対象にした狙いについて、卒後臨床研修センター・副センター長の平松和洋医師(一般外科第二部長 兼 救急入院センター長)はこう説明する。「一般に、医師なら誰でもできる手技ですが、流儀がいろいろあります。指導医によって教え方がマチマチでは、研修医が戸惑ってしまう。そこで、マニュアルを作って手技を標準化し、受講した医師には、院内認定証(中心静脈カテーテルを研修医に指導できる免許証)を発行しました」。
 院内では最初、「人形を使って教えることに意味があるのか」と猛反対にあったというが、参加した医師からは「医療安全の観点からも有意義だった」と多くの共感を集めているという。
 こうしたシミュレーション教育は、日本では大学病院が先行しているが、アメリカではすでに、医療の質と安全を担保する教育として重視され、多くの病院で実施。シミュレーション研修に合格しないと、患者に触れられない施設もあると聞く。同院はそうした時代の趨勢を見通し、平成28年度中にシミュレーションセンター(臨床技能実習室)を開設予定、医師をはじめ、看護師も含めて、シミュレーション研修に一層力を注いでいく方針だ。

 

 

臨床研修を通じて見えた病院の課題を一つひとつ解決していく。

199_ToyohashiShimin_Linked2014037_ToyohashiShimin_Linked2014  平松医師は、中心静脈カテーテルのトレーニングを院内に広げるなかで、大切なことに気づいたという。それは「教育を通して病院の課題が浮き彫りになり、改善のきっかけになる」ことだ。医師によって異なる中心静脈カテーテルの手技を標準化できたのも、教育がもたらした成果の一つだろう。
 次に平松医師がめざすテーマは、なんだろうか。「早急に取り組みたいのは、医療事故から患者さんと研修医を守る仕組み作り」だと言う。「たとえば研修医が何か失敗して個人的に攻撃されれば、誰でも萎えてしまう。失敗した本人を責めるのではなく、失敗をみんなで考え、研修医が安心して仕事できるような環境を作りたい」と語る。院内で発生した見逃し症例や重症例などを題材とし、その原因を医療システムや組織レベルで探っていく会議を、専門用語で「M&M(モビディティ・アンド・モータリティ)カンファレンス」という。平松医師は「当院でも、M&Mカンファレンスを定期的に開いて、医療安全の質を高めていきたいですね」と意欲を見せる。最終的なゴールは、研修医に選ばれる病院、患者に選ばれる病院へと成長していくこと。これからも、教育を通して見える課題を一つひとつ、根気よく解決していく決意である。

 

臨床研修の進化に取り組む卒後臨床研修センター。

096_ToyohashiShimin_Linked2014  平松医師を、卒後臨床研修センターの副センター長に招き入れたのは、同センター長の杉浦 勇医師(副院長 兼 血液・腫瘍内科第一部長 兼 輸血センター長)。そのほかにも、2名の副センター長を揃え、合計4名のトップ陣が、卒後臨床研修センターを率いる。「私一人でできることは、限界があります。異なる専門領域でアクティブに活躍している人材を集めて、当院の医師教育の充実を図ろうと考えました」と杉浦医師は説明する。
 4人が顔を合わせるのは、毎週1回。水曜日午前11時に、小さな会議室に集合し、1時間程度かけて活発に意見交換する。たとえば、研修医への依存度が高い救急現場の指導体制をどのように充実させていくか。シミュレーションセンター開設の計画をどう進めていくか。臨床研修に関わる議題は多岐にわたる。「もう少しディスカッションの回数を減らしたいんですが、議論が尽きなくて…」と、杉浦医師は苦笑する。
 同センターができたのは、平成23年9月。それまでは卒後臨床研修委員会などが担っていた機能を集約し、初期研修医の研修計画作り、プログラムの作成、研修の評価など、研修医に関するあらゆる業務を行う。同院の研修の最大の特徴は、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを早期から取り入れた実践的な研修だ。初期研修医1年次の高崎哲郎医師も、「最初は慣れるのに必死でしたね。とくに救急外来では多様な患者さんを診療し、医師の責任の重さを実感しました」と語る。また、もともと高崎医師は消化器内科を志望していたが、いろいろな診療科を経験して、他の領域にも大いに関心が広がったという。内科系の場合、同院では後期研修にあたる3年目も特定の診療科に固定せず、さまざまな専門内科を経験できる。「3年間で基礎をじっくり学べばいい」という杉浦医師の助言もあり、高崎医師は後期も引き続き同院に残り、「ゆっくり専門領域を決めるつもり」だと話す。
 高崎医師のように、最初の2年間で偏りなく学び、後期も専攻医として残る人は非常に多い。「医師教育は、初期研修2年プラス後期研修3年の5年で考えるべき」というのが杉浦医師の持論。「最初の2年間は医学部での座学中心の学びを確認する期間。そこから本当に医師になるためのトレーニングが始まります。その意味で後期研修にも非常に力を入れています」。

 

病気を診る専門医、患者を診る専門医を育てていきたい。

Plus顔写真  杉浦医師が5年間かけて育てたいのは、「一言で言えば、本当に患者さんを診られる医師」だと言う。それは、一般的にいわれる「病気ではなく人間を診る医師」を指すのだろうか。「いえ、そうではありません。まず、病気を診る力。根拠に基づく治療を前提に、それ以上の臨床的な直感やセンスを働かせることのできる診療能力。また、最新の医学を常に吸収し、新しい病気にアプローチする攻めの姿勢も大切です」と語る。その上で、「主体はあくまでも患者さん。医学的に良い治療法ではなく、患者さんが望む良い治療法をいろいろな角度から提案していくことが求められます。そうした総合的な臨床能力を養うには、日々のオン・ザ・ジョブ・トレーニングを通じて、<自分の引き出し>を増やしていくしか方法はありません」。
 同院がオン・ザ・ジョブ・トレーニングに力を注ぐのは、単なる手技を磨くためではない。その先に、患者を見据えた真の実力の養成を目標としているのだ。その思いもあり、杉浦医師はよく研修医にこう問いかける。——あなたは何がしたくて医師になったのですか——。「医師になることがゴールではありません。医師になって、何がしたいか、という目標を持つ。その目標に向かって、知識と技術を磨いてほしい。将来的には臨床研修センターの対象を研修後の医師・コメディカルの生涯教育まで広げて職員研修センターに発展させるビジョンです」と杉浦医師は話す。
222_ToyohashiShimin_Linked2014 医師の生涯教育。それは新人だけでなく、中堅、ベテランまで含め、同院の医師教育全般に取り組む決意を示す。一人ひとりの医師のパフォーマンスが向上すれば、病院の提供する医療サービスの質も自ずとレベルアップする。杉浦医師の最終的な目的は、実は医師教育を通して、病院をより良い方向へ変革することにあるのではないだろうか。そう尋ねると、杉浦医師はその問いには答えず、ふふっと意味ありげな笑みをこぼした。

 


 

columnコラム

●豊橋市民病院では、研修医教育にITを積極的に活用している。研修医室や図書館、各病棟に数台ずつ設置してあるパソコンから閲覧できる電子カルテには、データウェアハウス(過去データの格納庫)機能が装備。研修医の名前を入力すると、担当した患者名、疾患名、治療内容を閲覧でき、研修医一人ひとりの研修成果を確認・評価できる仕組みを整えている。

●また、研修医は一人一台、専用のノートパソコンを持ち、そのパソコンからは、院内グループウェアが利用可能。職員のスケジュール管理、その日の連絡事項などの情報を、研修医も職員と一緒に共有している。さらに、万全のセキュリティシステムのもと、院外からもアクセスできる仕組みを構築。院内でないと見られなかった書籍も自宅で閲覧できるようにするなど、研修医の学習環境の向上に努めている。

 

backstage

バックステージ

●古くから「教えることは、学ぶこと」だといわれる。臨床の現場においても、研修医を指導することで上級医、指導医は貴重な学びを得る。そもそも医師は生涯にわたって、最新の知識と技術を学び続けることが義務づけられた職業ともいえる。

●豊橋市民病院の卒後臨床研修センターがめざすのも、まさに生涯にわたって医師を教育していく拠点作りだ。教えることで学びながら、全診療科の医師のレベルを引き上げようとしている。教える側・学ぶ側、双方のモチベーションを高めるために、表彰制度も導入。熱心な指導医には「優秀指導医賞」を、成果を上げた研修医には「優秀研修医賞」を授与している。

●一方、医師教育の取り組みは、ときに病院の改善点を浮かび上がらせ、病院そのものをレベルアップするきっかけ作りにも繋がる。同センターのこれからの挑戦を、大きな期待を持って見つめていきたい。

 


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