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病院を知ろう

すべては地域の人が幸せに生きるために。
まず海南病院職員の幸せから考える。

 

 

海南病院


main職員の満足度から、職員の幸福度へ。
そして、地域全体の幸福度へ。
一歩先を行く海南病院の組織文化づくり。

「職員満足度」や「患者満足度」という言葉はよく耳にする。
しかし、職員や患者の「幸福度」に焦点をあてた病院の取り組みは、全国でも例を見ないのではないだろうか。
海南病院の「職員幸福度」を追求する取り組み。
同院が所属する日本農村医学会のワークショップでも発表されて注目を集めた、組織文化を醸成するためのユニークな活動についてレポートする。

 

 

職員の「幸福度」を推し量るアンケート。
回収率はなんと84.7%に達した。

  408126平成25年3月下旬、海南病院の会議室で「職員・患者満足度向上委員会ES(Employee Satisfaction=職員満足)部会」の定例会が開かれていた。中央のデスクには、985枚ものシートの山。全職員を対象としたアンケートを1週間の締切りで実施し、回収率が84.7%に達していた。「こんなに集まったのか」。ES部会のメンバーたちは口々に驚きの声を挙げた。なかには「うわぁ、明日から集計作業が大変だなぁ」とぼやく声も聞かれたが、そんな言葉とは裏腹に、メンバーたちの表情は一様に明るく、充足感で輝いていた。
 このアンケートは、職員一人ひとりの「幸福度」を数値化するために、ES部会のメンバーが手づくりで用意したものだ。たとえば、「働くなかで自分の個性を発揮できる」「自分の仕事は責任をもってやり遂げている」といった職場のことから、「家族や友人と過ごす時間がとれている」「ストレスは溜めずに解消している」といったプライベートな内容まで。設問は40項目にわたり、それぞれ10段階で自己評価するマークシート形式になっている。一般的に、こうした職員の意識調査は専門知識が必要なため、外部のコンサルティング会社に委託するケースも多いが、今回実施されたアンケートはまさに海南病院オリジナル。設問一つひとつにこだわって、時間をかけて吟味して作り上げたものだけに、メンバーたちの達成感も格別だった。

 

 

<満足度>とは何か。模索を続けた2年間。

Plus顔写真1 この幸福度アンケート実施に至るまでの道のりを、ES部会の一人、伊奈知樹(事務職/教育研修課)に聞いた。「発端は、院長から『職員満足度を高める活動をしてほしい』と言われたことでした。それで、平成22年の秋に発足したのが、私たちES部会です。まず私たちは、一般的に使われている職員満足度を参照しながらも、『職員は何をもって満足するのか?』というところから問い直しました。でも、考えれば考えるほど何をどうすればいいのか…。そもそも<満足度>とは何だろうと、みんなで頭を抱え込みました」。
 <満足度>とは何か。その答えは見つかったのだろうか。「いえ、2年ほど足踏み状態が続きました」と苦笑するのは、Plus顔写真3同じくメンバーの佐藤友紀(理学療法士/リハビリテーション科)だ。「職員は何をもって満足するのか。それを探るために、いろいろな文献を読んでかなり勉強しましたね。それぞれの学びを持ち寄り、ES部会で何度も話し合いました。ようやく職員満足はやはりモチベーションにあるだろうという考えに到達し、モチベーションを高めるには、福利厚生の充実や現場ごとの環境整備が必要ではないか、という意見を取りまとめて院長に提出したんです。ところが、院長先生は『それは違うよ、満足とモチベーションは似て非なるものだよ』と。で、また振り出しに戻って考える。しかし、やっぱり<満足=モチベーション>以外は思いつかない。もう一度、別の角度から提案しても、やっぱり院長から突っ返される。そんな繰り返しで、月日が経っていきました」。

 

 

試行錯誤の末たどりついた「GKH」というキーワード。

408102 堂々巡りを続けるメンバーたちに、あるとき、同院の山本直人院長が一つのヒントを提示する。「満足度というより、幸福度という広いところから考えてほしい。いうならば、海南病院総幸福度、GKH(Gross Kainan Happiness)だよ」。
 院長がお手本にしたのは、幸せな国ブータンの国民総幸福量(GNH:Gross National Happiness)だった。「テレビでたまたま、ブータンの第5代ワンチュク国王の来日報道を見て、国王夫妻の穏やかな表情に惹きつけられ、ブータンの人々の幸せな生活を思い浮かべました。そこから、ブータンに興味を持っていろいろ調べてみたんです」と、山本院長。ブータンは、国内総生産(GDP)ではなく、国民総幸福量(GNH)という独自の指標を作り、「幸福こそ人のそして国家の究極の目標」という概念を掲げて408094いる。山本院長は、そこに深く共鳴したという。「私たちはこれまで、職員満足度や患者満足度を高めるために、一生懸命考えてやってきました。でも、その原点にはやはり、職員個々の幸せがなくてはならない。一人ひとりが、毎日いきいきと、みずみずしい気持ちで生活できて、初めて<満足度>が生まれるのだと気づいたんです」。
 佐藤は院長の話を聞いて、「なるほど、そういうことか」と目から鱗が落ちたという。「それまで職場での満足感ばかり考えてきましたが、そうではなく、一人の人間としての幸福感を考えるべきだったんだと。ES部会のみんなも院長の話に刺激と感銘を受け、そこから一気に物事が動き出しました」。

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職員の幸福度が患者の幸福度、
そして、地域の幸福度へ繋がっている。

408103 ES部会では「GKHのための10のスローガン」を作成し、院内にポスターを掲示。さらに、その内容を小さなGKHカードにまとめ、職員証のネームフォルダに常時携帯できるように配布した。このポスターやカードを目にすると、「そろそろストレス解消しないといけないなぁ」「そういえば、ありがとうの気持ち、忘れてるなぁ」などと、自分の生活を振り返るきっかけができると、職員の好評を得ているようだ。
 院内に広く浸透してきたGKHキャンペーンだが、今後の目標は何だろうか。「とりあえず、GKHアンケートを毎年続けて、幸福度の数値の傾向を見ていく計画です。ただし、その数値を上げるために僕たちに何ができるかというと、正直、難しいところですね」と伊奈は語る。初回GKHアンケート結果によると、職種別では、看護師の幸福度の数値がやや低く、年代別では、若年層になるほど低い傾向が見えた。佐藤はこの結果について、「看護学校を卒業してすぐ入職した看護師さんは、社会経験も少ないので、<何を自分の幸せと考えるのか>というモノサシがまだないのかもしれません」と分析した上で、「まずは一人ひとりが<自分の幸せ>を考え、自発的に行動していくよう支援していきたいと考えています」と話す。
Plus顔写真2 山本院長も、「GKHキャンペーンは始まったばかり」だというが、その先の成果に思いを馳せている。「実は、幸福度のキャンペーンをこの地域で展開したいという大きな夢を描いています。たとえば、弥富市など他の行政とも連携して、海部地域全体、いわば<GAH>へと広がっていけば、こんなに素晴らしいことはないでしょう。その前に、まず当院の職員の幸福度を高めることが基本です。一人ひとりが幸せを感じることができれば、職場でもいきいき活躍でき、患者さんからも感謝される。すると、また仕事の喜びが生まれ、幸福度も上がる。私は、これを<幸福のスパイラル>と呼んでいるんですが、GKHを通じて、そんな幸福のスパイラルが病院全体に広がり、さらに地域に広がっていくことが究極の目標です」。
 職員の幸福度から、患者の幸福度、そして地域の幸福度へ。海南病院は、医療界でも初めての<幸福度>にフォーカスした病院づくりを進め、その先に地域社会全体の幸せをしっかりと見つめている。

 

 


 

column

コラム

●海南病院では、平成22年度末から6年計画で大規模な施設整備を進めている。コンセプトは、「コンパクト、高機能、次世代型病院」。バックヤードは極力削り、療養環境を確保するなど、限られた敷地を徹底的に活かした、新しいモデル病院を建設しようとしている。すでに、管理棟(管理・経営部門、健康管理センター、内視鏡センター、日帰り手術センター)、第Ⅰ期診療棟(救命救急センター、救急専用病棟、血液浄化センター、医療・診療情報室、薬剤部、MEセンター、SPD、エントランス)が稼働している。

●新しい急性期病院として生まれ変わろうとする同院だからこそ、ソフト面、すなわち職員の幸福度に焦点をあてた取り組みに力を注ぐ。「職員の幸せが前提になくては、病院は良い方向に変わりません」と山本院長。GKHの取り組みをエンジンにして、真の意味で素晴らしい病院へと生まれ変わっていこうとしている。

 

backstage

バックステージ

●世界幸福度ランキングによると、経済大国の日本は43位にとどまる(コロンビア大学地球研究所:平成25年発表)。物質的には満たされていてもどこか閉塞感が漂い、格差の広がる「今」の時代の気分を反映した結果ともいえるだろう。戦後、日本は「モノの豊かさが幸せである」と考え、経済的な発展を求めて突き進んできた。その価値観がここにきて揺らぎ、これまでの「幸せ観」の限界が見えてきたようにも感じられる。

●職場においても、働きがいや幸せの価値観が転換点を迎えている。仕事を最優先する職場から、仕事の成果を上げながら、個々の生活を充実させる職場へ。一人ひとりの「幸せ」に基づいた新しい組織文化の醸成が求められているのではないだろうか。海南病院のGKHの取り組みは、まさにその先頭に立つものである。職員の幸せ、患者の幸せ、地域の幸せを模索する海南病院のこれからに注目していきたい。

 


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