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シアワセをつなぐ仕事

「退院はゴールではない」。
患者の<その後>を見つめる看護へ。

森 紀子 /安城更生病院 地域連携部門


 

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退院調整の本当の目的は、何なのだろうか——。
脳神経外科や内分泌内科の病棟で勤務した後、
高度急性期病院の退院調整の責任者となった看護師の見つめる先に。
彼女の投げかけた「看護職の視点」からの問いかけが、
安城更生病院の看護部に大きな意識改革をもたらそうとしている。

 

 

 


退院調整から見えてきた高度急性期病院の看護職の役割とは?
一人の看護師の問題意識が安城更生病院の看護部に大きな意識改革を生み出す。


 

 

地域連携部門の役割にはじめて気づく。

 Plus顔写真2「私が、ですか?」。突然の打診を受けた森 紀子看護師は、正直、戸惑いを覚えた。異動先は、「地域連携部門」。入院患者の退院に向けた調整だけでなく、各種の相談や紹介患者の予約受付を行う部署だ。これまで脳神経外科や糖尿病の内分泌内科病棟で係長を務めてきた。それがどうして地域連携部門に…。だが、次の瞬間、彼女の脳裏に脳神経外科病棟での経験が思い浮かぶ。突然の発症、重い後遺症、それを患者本人も家族も、すぐには受け入れることができず苦しんでいた。そして退院、在宅へ。「こんな状態で家へ帰されるの?」「帰ってからどう生活するの?」。彼らが不安を抱えたまま退院する姿を、森看護師は何度も見送ってきた。「患者さんに退院後も安心して暮らしてほしい」。彼女は地域連携部門で働くことを決意。平成24年4月、地域連携部門の看護課長となった。
 そして現在、地域連携部門で「退院調整」を行う森看護師。「退院調整」とは、医療依存度が高い、すなわち、酸素吸入、経管栄養、中心静脈栄養など、退院後も在宅において継続的な医療的管理が必要な患者に対して、その準備と調整を行うことである。例えば、酸素吸入器の使い方を患者や家族に指導する。あるいは、特殊な投薬を必要とする患者には、在宅での主治医や調剤薬局と連絡を取った上で、処方日・調剤日・受け取り方法までも調整する。その他にも、在宅スタッフと連携し必要とする介護サービスの手配、療養指導や栄養指導から服薬指導、さらには、自宅で生活するにあたっての住宅改修、福祉用具の準備まで。すべてを入院中から退院に向けて進め、退院したその日から患者や家族が困らない環境を作り上げていくのだ。
 地域連携部門を「連絡すれば退院後の生活の相談にのってくれるところ」と漠然と思っていた森看護師にとって、退院調整の仕事は、「こんなことまでやっているんだ」という驚きの連続だった。

 

 

働き始めて1年半、見えてきた問題点。

IMG_2648 IMG_2602現在、地域連携部門では月に約70名の患者の退院調整を森看護師たち退院コーディネーター4名が担当している。地域連携部門で働き始めて1年半。森看護師の眼には、さまざまな問題点が見えるようになっていた。
 その一つに、スクリーニングの必要性に対する問題意識がある。スクリーニングとは、入院時に、退院に支障をきたす可能性のある患者をあらかじめ把握すること。それが的確にできれば、入院早期から、退院時の問題に取り組むことが可能となり、患者にとって必要な退院支援が可能になる。しかし森看護師は、そのスクリーニングが充分に機能していないと指摘する。「今は、病棟の医師や看護師などが、各々のタイミングで出しているのが現状で、退院調整を必要とする患者さんに適切な介入ができているか不安」。
 森看護師には、彼らの主眼が患者の治療に置かれがちで、患者がどう暮らしたいのか、どんな最期を迎えたいのかという、退院後の生活にまで踏み込んで話をする場面が圧倒的に少ないと感じられていた。意識がどうしても治療中心になり、治療後は早く退院させようと、機械的な退院調整になっている。彼女は彼らの意識を変える必要性を痛感しながらも、病棟時代の自分自身にも思い至る。患者への思いはあっても、自分は実践できていただろうか——。
 「家族はこう思っているけど、みんなならどうする?」。森看護師をはじめとする4名の退院コーディネーターは、患者や家族と日々接するなかで、いつしか自分たちがすべきことは何か、何が本当に患者のためになるのかを、毎日のように議論するようになっていく。

 

 

本当の退院調整のために看護ができること。

IMG_1667 高度急性期病院では、増加している重篤な救急患者を受け入れるため、常に空き病床を確保する必要がある。そのために、急性期治療の終わった患者には次のステージに移ってもらう退院調整は必要不可欠だ。安城更生病院において、その推進役を果たしてきたのは地域連携部門だ。成果は、脳神経外科で平成13年度に34日だった平均在院日数を、平成24年には20日にまで大幅に短縮。より多くの重篤な患者の受け入れを可能にしている。
 しかし、退院させることに注力するあまり、いつしか退院自体が目的化していた。「退院がゴールになってしまっている」。森看護師が気づいたことはまさにその部分だった。彼女は言う。「退院調整の真の役割は、決してベッドを空けることではありません。患者さんを本人や家族が望む生活の場に戻すことなんです」。
 なぜ森看護師がそれに気づくことができたのか。それは第一には彼女が看護師であるからだ。医師の業務が、病気を治療することにフォーカスされている一方、看護師は本来、患者が普段の生活を取り戻すまでのすべてを看る。だからこそ、彼女は、退院の先にある患者の生活に気づくことができた。
 そしてもう一つは、森看護師の脳外科病棟での経験だ。「声を発せられない患者さんの思いを汲み取りたい」。彼女は、重い後遺症の残った患者に接するたび、少しでも患者のそばに寄り添いたいと強く願ってきた。その思いが、彼女を「本当の退院調整」に気づかせたのだ。

 

 

現場の意識改革を促し退院後を見据えた看護へ。

Plus顔写真 森看護師は今、「看護職の視点」の重要性を痛感している。「入院した患者さんはいつか退院します。その過程において、退院後の患者さんの生活を見据えてどう関わるのかというのが、看護の本来のあり方だと思うんです」。
 森看護師の言葉を受け、鈴木久美子看護部長は言う。「彼女の言う看護のあり方は、私たちのめざす看護のあり方でもあります。当院の看護部の理念は、<私達を必要としている人々の潜在的回復力を尊重し、倫理と責任を持って最高の看護を提供する>です。高度急性期病院のため、どうしても救命や看取りなどに目が行きがちですが、患者さんの生活のサポートという視点で看護にあたることも私たちの大切な使命です。
IMG_272 看護というものは断片断片ではなくて、発症から退院後の生活までずっと繋がったもの。看護師は、患者さんの命を守りながら、それぞれのステージで生活を支えていかなければならない。今こそ、彼女の気づきに看護部全体が向き合うべきです」。そう語る鈴木看護部長は、看護師の意識改革に向け、こう続ける。「現場では意識を向ける余裕がないだけだと思います。潜在的には治療が終わった後、退院した後を考えなければいけないと誰もが感じている。その思いをどう呼び覚まし、どう繋いでいく仕組みを作っていくか。それが、看護部全体のこれからの課題です」。
 高度急性期病院でありながら、退院後の生活もサポートする看護を実現するために。安城更生病院の一人の看護師が抱いた問題意識が、看護部全体に意識改革を促し、さらには病院を変える萌芽となりつつある。


 

 

columnコラム

●安城更生病院の地域連携部門では、看護師だけでなく、医療ソーシャルワーカーや事務職も配属されている。彼らは、患者の生活支援を第一に考え、それぞれの得意分野で専門能力を発揮している。

●現在、同院の地域連携部門は「みかわ尾張地域連携会」に参加。これは、西三河南部西、および知多半島医療圏に属する病院の地域連携室責任者による私的ネットワークから派生したもので、会では、地域の医療職や介護職のなかで在宅医療に興味のある人を集め、年2回ほど勉強会を行っている。同院で、長い療養を余儀なくされる神経難病の患者に携わってきた神経内科医師に講師を依頼し、在宅医療について語ってもらうなど、毎回さまざまなテーマの勉強会を実施。参加者たちは、その勉強会の企画・運営を通じて集まるメンバーと積極的に情報共有を図ることで、地域の医療機関、介護・福祉施設とのより強固なネットワークを築けるように努めている。

 

backstage

バックステージ

●安城更生病院の一人の看護師から始まった今回の意識改革は、「退院がゴールになっている」という高度急性期病院共通の問題に対し、現場から何とかしようと始まった。その意識改革のきっかけとなり、また改革を進める上で基礎となったのが「看護職の視点」である。

●森看護師は言う。「私としては、退院コーディネーターは、退院調整だけとは考えていません。将来的には、外来患者さんのなかで訪問看護や訪問診療の必要な方々へのアプローチも行い、再入院の予防に繋げていきたい」。

●安城更生病院が持っている高度な看護能力を地域の医療機関と連携しながら、地域のなかで活かしてもらう。退院調整という枠組みも超えて、「看護職の視点」から患者のその後の生活を考える森看護師のアプローチは、今後の退院調整のあり方の大きなヒントになるかもしれない。

 

 


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