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シアワセをつなぐ仕事

目標は「離職者ゼロ」。
教育と現場を繋ぐ、教育専従看護師の挑戦。

中島淳子/松阪市民病院 教育専従看護師


 

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たとえば、新人看護師の悩みにいち早く気づき、即座に教育に反映させる。
教育担当の仲間と一緒に、中堅看護師のモチベーションアップの秘策を練る。
——そんな地道な活動に取り組むのが、教育専従看護師長の中島淳子である。
兼任ではなく、教育だけに専念する看護師の存在が、
松阪市民病院の看護師教育をさらなる高みへと導いている。

 

 

 


新人を育て、生涯のキャリア開発を支援する。
教育専従看護師が、看護部に新たな風を吹き込む。


 

 

 

教育の大切さを胸に、教育専従の看護師に。

matsuzaka_009 matsuzaka_385平成25年12月のある日、松阪市民病院では、新人看護師26名を対象とした院内研修が行われていた。研修のテーマは「多重課題」。ナースコール、機器のアラーム対応、複数の患者からの不調の訴えなど、同時にさまざまな業務が発生したとき、「どのように優先順位をつけ、看護を実践していくか」を学ぶ集合教育だ。シミュレーション研修では、各部署のプリセプター(教育担当の先輩看護師)も患者役として参加したり、患者対応のお手本を示す。新人とプリセプターが一緒に学ぶ機会を設けることでお互いが刺激を与え、高め合うきっかけになっているという。グループワークの終了後は雰囲気が一転。お茶や軽食がテーブルに並べられ、新人たちが入職してからのうれしかったことや困ったことなどを和気あいあいと語り合った。
 この一連の様子を、目を細めて見守っていたのが、同院の看護師教育の統括責任者である中島淳子(教育専従看護師長)である。今回のように和やかな懇談の時間を設けた狙いについて「知識や技術を詰め込むだけではなく、新人同士が悩みや喜びを共感し合うのも大切な教育の一環と考えています」と話す。
 中島は三重大学医学部附属看護学校を卒業後、大学病院に8年間勤務し、結婚。地元の松阪市に戻ったのを機に、平成6年、松阪市民病院へ入職した。平成19年から看護師長を務めた後、平成25年4月、現職に就いた。病棟を離れて教育専従となることに、抵抗はなかったのだろうか。「それまでも病棟の師長としてスタッフの育成は重要だと考えていましたから、心の切り替えはスムーズでしたね」とさらりと答える。

 

 

教育と実践を繋ぐ<要>の役割を担う。

Plus顔写真1 教育専従になって、中島の業務は打ち合わせやデスクワーク、現場に足を運んでの支援と多岐にわたるようになった。たとえば、教育担当の看護師が企画するさまざまな研修の確認と運営サポート、各部署ごとに取り組む研修や看護研究のサポート、院外で行われる研修会や研究発表会の手配など…。同院で実施される看護部の教育すべてに関わり、院内で行われる研修にも時間の許す限り参加、看護師を見守っている。さらに研修の終了後は、各部署の師長を訪ね、「○○さんはここまでスキルを学んだので、引き続きフォローをよろしくお願いします」と報告する。そこまで気配りするのは、「集合教育と現場教育を繋ぎたい」という思いがあるからだ。「研修で基本的看護ケアを学び、実際の仕事を通してさらに実践力を高めていく。研修と現場指導を両輪にして、看護師が着実に成長していくように支援しています」と中島は言う。
 また、こうした業務の合間に、中島は精力的に各病棟の様子も見回る。とくに気になるのは、やはり新人看護師。初めての臨床現場で、理想と現実のギャップに戸惑い、思い悩む者も多いからだ。「ちょっと元気がないなと気になって、声をかけると『大丈夫』と言うんですけど、この言葉は大丈夫じゃないときに出てくるんですよね」と中島は苦笑する。さらにもう一歩踏み込んで「本当に大丈夫?」と尋ねると、「実は…」といろいろな思いがあふれ出てくるという。
 新人看護師をいかに支えるか。中島は、新人たちが︿看護って楽しい﹀と感じ、頑張れるよう、効果的な支援方法を工夫する。その一つが、新人看護師の家族に向けて送る、手作りの「教育ニュース(研修内容を報告する広報紙)」と病棟の師長からの手書きのレターだ。手紙の内容は、例えば本人の頑張っている様子を伝え、<今はしんどい時期ですが、お父さん、お母さんも支えてあげてください>とお願いするもの。新人が辛い時期を乗り越えられるように、家族のサポートも味方につけようという中島の作戦だ。
 こうしたきめ細かい努力が実り、ここ2年間で新人看護師の離職者は、体調不良が原因で退職した1名のみ。もともと離職者は多くなかったが、目に見えて激減した。

 

 

松阪市民病院で初めての教育専従看護師長というポスト。

Plus顔写真2 看護業務と兼任で教育担当者を配置するケースはよく見られるが、教育専従の看護師を置いている病院はまだ、それほど多くないだろう。どうして、教育専従の看護師を配置したのか。同院の眞砂由利看護部長に話を聞いた。
 「まず新卒者の入職が毎年増えてきたことが一つあります。全国的にも新人看護師の離職率の高さが問題視されていたので、新人教育の充実が急務の課題でした。その一方で、看護師が生涯学んでいくためのキャリアデザインの構築も必要でした。この二つの課題をクリアするには、とても看護業務と兼務では不可能だと考え、教育専従のポストを作ることにしたんです」。
 看護部の教育体制の土台を作るために、平成24年4月、別の病院で看護部長を務め、看護学校の教員もしていた山下成子を「教育専従看護師長」として迎え入れる。そして、山下がクリニカルラダー(※)システムの導入など教育システムを整えると、眞砂部長は次のステップとして、後任に中島に白羽の矢を立てる。「中島さんを選んだのは、とても面倒見がよく包容力があるから。彼女なら新人一人ひとりをあたたかく見守ることができると考えました」と話す。その狙い通り、中島は今、「直属の上司には言えない悩みも相談できる」お姉さんのような存在として、新人たちに慕われている。
※ 看護師としての知識や技術を身につけるためのキャリア開発プラン。ラダーとは梯子のこと。

 

 

<あたたかい看護>を実践する看護師を育てていきたい。

matsuzaka_524matsuzaka_347 中島は今、平成26年度の研修プログラムの計画に追われている。「今年度の反省点がいくつか上がってきています。たとえば、看護師のレベルに比べて負荷のかかる教育内容を組んでいたところは改善していきます。また、平成26年度は新人が30人も入職しますから、新人教育にもいっそう力を入れていく計画です。山下師長が作ってくださった教育体制をベースに、<中島色>を出していくのはこれからですね」と気合いを入れている。
 そんな中島に対し、眞砂部長は「教育全般の統括者として、安心して任せられる」と信頼を寄せる。これからの中島に、期待するのはどんなことだろうか。「ひとことで言えば、当院が大切にしている<あたたかい看護>を提供できる看護師を育ててほしい、ということに尽きます」と眞砂部長は言い、こう続けた。「常に患者さんを尊重し、誠実に向き合い、<良くなってほしい><元気で退院していただきたい>という思いを込めながら看護を実践できる看護師を育ててほしい。そのために、看護部も私も全面的にバックアップするつもりです」。
 看護師を育てるために全精力を傾ける、中島の存在。彼女の活躍が、同院の看護師教育をひとつ上のステージへ押し上げようとしている。


 

 

columnコラム

●松阪市民病院では、ラダー教育のレベルアップに独自の評価方法を採用している。自己評価と他者評価の2つのチェック表を使い、最終的に両者が80%以上の評価を超えた時点で、次のレベルへと進める形式を取っているのだ。そのため、何ができて、何ができていないのかが明確になり、本人の良い点・悪い点をフィードバックしやすくなっている。

●看護技能をシミュレーションできる「研修ルーム」が整備されていることも同院の大きな特色である。たとえば、自分で採血の技術が不得意だと感じたら、いつでも看護教育用シミュレータ(人形)を用いて練習できる。呼吸音の異常の判断が難しいと思えば、正常な音と、異常な音とが聞き取れる教材で自学自習できる。この研修ルームは、新人看護師だけでなく、育休からの復帰など、ブランクのある看護師の学びの場としても役立っている。

 

backstage

バックステージ

●今、医療を担う看護師の人材不足が問題になっている。厚生労働省の予測によれば、平成26年だけでも需要に対して約3万人の看護師が不足する。その看護師不足に拍車をかけているのが、離職率の高さである。

●現在、就業している看護師の数は約150万人。しかし、平成24年における看護師の離職率は、常勤10.9%、新卒7.5%にものぼる(日本看護協会調べ)。この数字をいかに下げていくかが、看護師の人材不足解消の大きなカギを握るといえるだろう。

●看護師の離職の原因には、理想と現実とのギャップ、精神的な負担などが挙げられる。これらを解消するためには、手厚い教育制度が不可欠だ。日本看護協会の発表でも、教育制度が充実した病院は、離職率が低い傾向にあると指摘されている。「新人離職者ゼロ」をめざす松阪市民病院の手厚い支援対策は、看護師離職に悩む医療機関の道標として注目を集めていきそうだ。

 

 


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