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シアワセをつなぐ仕事

もっと学びたい。だから、大学院へ。
専門職のプライドを胸に、専門看護師への道を突き進む。

伊藤美和/名古屋掖済会病院 救命救急センターER(初療室)


 

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伊藤美和看護師(救命救急センター ER(初療室))。
人当たりは柔らかいが、実は人一倍、勉強家で、負けん気も強い。
救急と災害医療に携わりたいと、名古屋掖済会病院へ入職。
4年のICU勤務を経て、念願のER専従へ。
さらに専門看護師をめざし、大学院で学んでいる。
常に上へ上へと、彼女を駆り立てているものは何だろうか。

 

 

 


「臨床経験だけではなく、
 <学問としての看護>を学び続けていきたい」


 

 

 

軽症から重症まで病名のわからない患者に対応するER看護。

116087 伊藤美和看護師が所属するのは、救命救急センターのER(初療室)。発熱や腹痛といった軽症から脳卒中などの急性疾患、交通事故による多発(性)外傷、意識障害、心肺停止まで。実にさまざまな症状の患者が訪れる。
 伊藤は患者の生命の安全確保を第一に心がけ、病名のわからない患者を相手に緊急度・重症度を判断し、優先順位をつけていく。また、患者の不安な心に寄り添い、その人にあった苦痛緩和の方法を考える。「いつも頭はフル回転しています」と伊藤は言う。
 多忙なER業務と並行して、伊藤は「急性・重症患者看護専門看護師」の資格取得をめざし、名古屋市立大学大学院・看護学研究科博士前期課程で学んでいる。
 専門看護師とは、ある特定の専門看護分野において、卓越した看護実践能力を備えた看護師を指す。資格取得には、通算5年以上の看護実務経験を持ち、大学院修士課程を修了した後、日本看護協会の審査に合格しなくてはならない。ハードルは極めて高い。
 専門看護師をめざす者の多くは、大学院通学のため、いったん病院116100を休職する。しかし、伊藤は「現場の情報を常にキャッチしながら、それを学業にも反映させたい」と考え、長期履修制度(3年間)の利用を決めた。2年間のコースを3年間で履修できるとはいえ、仕事と学業の両立は、並大抵の努力では実現しない。提出レポートも多く、講義や実習などのスケジュールはびっしり組まれている。「プライベートの時間は全部、勉強やレポート作成、研究テーマに関する文献の読み込みにあてています。遊ぶ暇は全然ありませんね」と伊藤は苦笑する。

 

 

看護師になる道を選び、救急看護をめざす。

Plus顔写真1 なぜ伊藤は、急性・重症患者看護専門看護師をめざすのか。その説明の前に、彼女が辿ってきた道程を簡単に振り返ろう。
 医療を意識したのは、高校時代。愛知県下でも有数の進学校で、理数系が得意だった伊藤は、教師から医師の道を勧められた。しかし彼女は、祖母の看取りに立ち会い、医学ではなく看護に関心を抱いていた。「祖母が最期を迎えるとき、看護師さんが祖母を個室に移し、家族みんなでゆっくり別れを惜しめるよう配慮してくださいました。患者や家族に近い看護師の存在に、強く惹かれました」と伊藤は語る。 
 その一方で、伊藤は両親の影響を受け、子どもの頃から救急・災害医療にも関心を持っていた。阪神・淡路大震災の際、直ちに救援物資を詰めたリュックを背負い、親戚のいる神戸に向かった両親。その姿から、「困っている人がいれば全力で援助するのが当然」という姿勢を学んだという。
 看護師と救急・災害医療。二つのテーマを胸に、伊藤は名古屋市立大学看護学部へ進学。4年次に救急看護のゼミをとり、「本気で救急・災害医療がやりたいなら、北川喜己救命救急センター長のいる名古屋掖済会病院がいいよ」と教授から勧められ、同院入職を決意した。

 

 

解決できないジレンマ。
「もう辞めよう」入職4年目の挫折。

Plus顔写真3 最初の配属先はICU(集中治療室)。呼吸管理などを徹底的に学び、重症者の看護に自信をつける。転機が訪れたのは、4年目。当時、同院のICUでは小児の入室者が増え、病態管理の難しさ、家族とのコミュニケーション、看護にかかわる倫理的な問題などが重なり、さまざまな立場の価値観の対立にジレンマを抱き、辛い日々が伊藤にのしかかっていた。
 「もう辞めようか。救急や災害医療に携わるなら、他の病院でもいい…」。そんな伊藤の悩みを察したのが、山田秀則看護師(救命救急センター・初療室看護師長)である。山田は、タイミング良く開催された集団災害医学会に伊藤を誘い、終了後、北川医師との飲み会をセッティングした。<迷える子羊>に何かヒントを与えられないか、と考えたからだ。そこへ、たまたま学会に参加していた全国のDMAT隊員が合流。伊藤がめざしてきた、救急・災害医療の最前線で活躍する先輩諸氏と話す機会を得る。「皆さんからいろいろな助言をいただき、当院の救急・災害121048医療のレベルの高さも改めて認識でき、もう少しここで頑張ろうかと思いました」と伊藤は振り返る。
 山田はさらに、伊藤の希望を踏まえ、看護部長に相談し伊藤を自分の部下、すなわちER専従看護師として迎え入れた。念願のER配属。伊藤は、早く周囲から信頼される存在になることをめざし、無我夢中で仕事を覚え、実践力を鍛え、DMATの隊員にもなった。
 ERにおける看護師の役回りは、常に患者サイドにたち、迅速で有効なチーム医療を支えていくことにある。たとえば、患者にとって必要以上に負荷がかかる処置については、医師に提言することも必要だ。伊藤は負けん気の強さから、若い研修医と言い合うこともしばしばだった。
 そうした経験が伊藤をさらなる高みへ誘う。「経験知だけでは医師と対等に議論ができない。根拠を示し、提案事項をリアルタイムに言語化する能力が必要です。そのためにはもっと勉強しなくてはと考えました」と、伊藤は話す。救急看護だけでなく、ICU経験も活かした高度実践看護の追求、倫理問題の調整、保健福祉制度の活用、多職種連携のあり方など、学びたいテーマは山ほどある。伊藤は思い切って、専門看護師資格の取得のため、大学院への進学を願い出た。この希望を、看護師個々のキャリア支援に力を入れる病院は快く承諾。勤務体制の調整、実習時間を勤務時間として認めるなど、時間的にも経済的にも支援体制を整え、伊藤をアカデミックな学びの場へ送り出したのだ。

 

 

専門看護師として院内の看護を繫ぎ、地域へと繋いでいく。

Plus顔写真2 同院の看護部では、認定看護師は続々と増えているが、専門看護師は伊藤が第一号となる予定だ。認定看護師は特定の看護分野において、看護や指導を高い水準で行う看護のプロ。専門看護師はそれに加えて、保健医療福祉に関わる多職種との連携・調整を含め、マネジメント的な役割を現場で果たす。さらに、科学的根拠に基づく看護を言語化・体系化し、看護の専門性を確立させる。いわば、「これからの看護を創っていく」使命を担っている。
 まもなく誕生する専門看護師に、伊藤安恵副院長 兼 看護部長らは大きな期待を寄せる。一つは倫理問題のコーディネートなど、看護部の各領域に組織横断的にかかわり、困難な症例の調整役を担う。もう一つは、ERから帰宅する患者のサポート。高齢者や精神疾患のある方など、サポートを必要とする人々が地域で安心して暮らせるように、地域の介護・福祉機能と連携する。伊藤自身、「ER看護は実は急性期だけじゃなく、地域連携がとても大切」と考え、今後の取り組みに意欲を燃やしている。そんな伊藤の姿勢を「現状のなかで足りないものを考え、自ら解決していこうとする姿勢が素晴らしい」と伊藤副院長は高く評価する。「彼女がいることで周りに良い影響を与え、結果、看護部全体の質が上がっていくと期待しています」。
 一方、看護師のキャリア開発に視点を移せば、伊藤は同僚たちの良きモデルとなるだろう。同院の看護部では、新卒だけでなく、中堅以降のキャリアプランも充実。それぞれのライフスタイルを考慮した教育制度を設け、一人ひとりの自己実現を応援している。「60歳、65歳までと看護師人生は長く続きます。そのなかで、みんなが看護専門職としてのプライドを持って自律し、人間として成長してほしいと考えています」と伊藤副院長は語る。その期待に応えて、伊藤はこれからも走り続ける。「看護師は専門職である限り、学ぶことに責任があると思います。もうすでに、大学院を出た後、学びたいことがいろいろあるんです」。そう話しながら、伊藤は瞳を輝かせた。


 

 

columnコラム

●名古屋掖済会病院は、東海地区で初めて救命救急センターの指定を受けた、ERの草分け的な存在である。軽症から重症まですべての患者を診る「北米型ER方式」を採用。救急搬送はもちろん、独歩の患者も決して断らない姿勢を貫く。

●救命救急センターを訪れる患者は、毎日100人以上。歩いて来院した患者が、実は心筋梗塞などの重症患者であることも少なくない。常に先を予測し、治療の優先順位をつけ、医師と協働していく看護師には極めて高い看護能力が問われ、やりがいも大きい。また、高度な救急医療は、そのまま災害医療に通じるものである。東日本大震災の際、同院ではDMAT(災害派遣医療チーム)や災害支援ナースなどを現地へ派遣し、積極的に医療支援活動を行なった。さらに、災害拠点病院として、南海トラフ巨大地震を想定した医療訓練にも積極的に取り組んでいる。

 

backstage

バックステージ

●今や看護師は専門職ということに異論を唱える人はいないだろう。しかし、「看護の専門性は何か」といわれると、即答できる人は少ないのではないだろうか。歴史的経緯を見れば、看護の専門性は19世紀半ば、近代看護の母といわれるナイチンゲールによって定義づけられ、今日まで数多くの看護実践理論を積み上げてきた。しかし、それらは長い間、独立した学問領域として認知されてこなかった。

●日本において、経験として受け継がれてきた看護理論が、学問として体系化され始めたのは、20世紀半ばから。看護の大学教育の進展とともに、看護学は独自の学問領域として専門的知識体系を築き、さらに発展しつつある。実践の学問である看護を、科学的根拠に基づき言語化・体系化し、一つの学問領域として成熟させていくことは、看護界全体にとっての大きな課題であり、専門看護師に課せられた使命ともいえるだろう。

 

 


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