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シアワセをつなぐ仕事

 「プサマカシ」。
神様の手に憧れた助産師による「産後ケア入院」事業。

中橋香那子/春日井市民病院  産婦人科病棟


 

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春日井市民病院では、「春日井市総合保健医療センター」の開設に合わせ、
平成26年6月から、「産後ケア入院」という新たな事業をスタートさせる。
出産後、子育てに悩み、苦しむ母親たちを支えたい——。
事業立ち上げの舞台裏には、アフリカで奮闘する若き助産師に魅了され、
彼女と同じ道を志した一人の看護師の姿があった。

 

 

 


すべては母親のために——。
誕生したばかりの我が子を愛せるように、
心のゆとりが生まれるリラックス空間を、女性目線で創り上げる。


 

 

 

不安を抱える母子に向けた新たなサービスが始動。

326163 春日井市民病院では、平成26年6月、「春日井市総合保健医療センター」が開設されるのを機に、「産後ケア入院」という新たなサービスを開始する。この事業は、生後1カ月以内の新生児とその母親を対象に、産後ケアを目的とした入院ができるというものだ。最短1泊2日から利用でき、入院中は産婦人科病棟の助産師を中心に、母子の健康管理や授乳、育児など、年中無休・24時間体制で支援が受けられる。
 産後ケア入院事業の責任者である産婦人科病棟の中橋香那子助産師は、「産後1カ月間は、まだ育児に慣れておらず、心身ともに不安定な時期。そんな母親たちを支援するのがこの事業の目的です」と語る。母子が自宅と同じ雰囲気でくつろげるように、ベッドには病院らしくない可愛らしいデザインのシーツを採用。帰宅後の子育てに困らないよう、ベビーバスによる入浴を練習できるほか、ミルクを作るためのワゴンやポットも用意する。Plus顔写真3さらに、母親によりリラックスしてもらうために、アロマオイルのマッサージなども実施していく予定だ。中橋助産師とともに産後ケア入院事業に関わる山田みちよ師長も、「たとえば食事についても、見た目の豪華さではなく、産後の母親にとって本当に身体に良いものにこだわっています」と自信をのぞかせる。
 「育児は24時間休みがなく、嫌だといって止めるわけにいかない。そんなときに産後ケア入院を利用すれば、専門家に優しく声をかけてもらえ、子どもと少し距離を置いてゆったりとした時間が持てる。そうすれば、きっと我が子が可愛いと思える余裕ができると思います」。そう話す中橋助産師からは、この事業にかける並々ならぬ情熱が伝わってきた。

 

 

アフリカの地で奮闘する若き助産師の姿に感動。

Plus顔写真4現在、助産師として産後ケア入院事業に人一倍の情熱を注ぐ中橋。今の彼女に至るまでのカギは、あるテレビ番組にあった。小学生の頃から憧れていた看護師となり、その後、結婚、出産。忙しい日々を送るなか、強い感銘を受けたドラマがある。アフリカで活躍する若い日本人助産師 徳永瑞子氏の奮闘を描いた『プサマカシ』という作品だ。
 物語の舞台は、治安が非常に悪く、エイズが蔓延する中央アフリカ共和国の首都・バンギ。タイトルの「プサマカシ」とは、現地語で「強くいきみなさい」という意味だ。このドラマを見て、「私のめざす道はこれだ」と感じる。「いつか私も、彼女のように助産師として活躍したい」。心のなかでそう固く決心した。
 子どもが10歳となり、子育てがひと段落したのを機に、助産師に向けた勉強を開始。ドラマに感動して10年、ついに彼女は念願の助産師となった。
 後日、中橋は、助産師となるきっかけとなった徳永瑞子氏本人に会う機会を得る。そのとき持参した『プサマカシ』の本には、徳永氏のサインの横に、こんな言葉が添えられた。<助産師の手は、神様の手>。そこには、2つの命を預かる尊い職業だという思いが込められている。
 「アフリカでは、子どもを何人も産むのが当たり前ですが、日本ではそうではない。だから一人の子どもに思いが集中してしまい、重荷になってしまう気がするのです」と中橋助産師は言う。今もアフリカの母親を支え続ける徳永瑞子氏のように、中橋助産師も<神様の手>を持つ一人として、地域の母親たちを支えていきたいと考えている。

 

 

市民病院と行政とが手を携え、母親を支援する事業を展開。

Plus顔写真2 実は、産後ケア入院事業と同じタイミングで、春日井市総合保健医療センターでも「妊産婦ケア事業」という新たなサービスが始まる。こちらは、助産師、保健師、臨床心理士などが、育児相談、母体ケア、メンタル相談を行い、育児への不安の軽減を図る通所型のサービス。利用対象者は、20歳未満の若年、初産40歳以上の高齢、心身に不安がある者など、特に支援が必要と判断される妊産婦だ。
 事業の立ち上げを主導した春日井市青少年子ども部 子ども政策課の冨田雅子課長補佐は、「従来の離乳食の教室や健康相談といった子ども主体の支援ではなく、今までにないママが主体の母子保健サービスを作り上げました」と話す。
 春日井市民病院が展開する「産後ケア入院事業」と、春日井市が行う「妊産婦ケア事業」。2つの事業が直接的に交わる場面は少ないが、デ326072イサービス型の妊産婦ケア事業では支えきれない母子を春日井市民病院がフォローしたり、リスクを抱えた母子の情報を共有したりするなど、市役所と病院とが強力なタッグを組み、お互いを補完し合いながら不安を抱える地域の母親たちを力強く支援していく。産前・産後の直接的なケアはもちろん、育児不安の軽減にも大きな期待が寄せられている。
 巷にあふれる育児情報に翻弄され、不安を抱く母親たち。少子化や核家族化を背景に孤立しがちな母子を救い、心の拠り所になりたい。市役所も、病院も、その思いは一つだ。

 

 

母親を見守る地域の目がない今、
それに代わる存在をめざしたい。

Plus顔写真1 当院では、今までも助産師たち自身の意思で、助産外来や院内助産をやりたいと新たな取り組みを始めてきました。今回の育児支援事業もその延長線上にあるものだと思います」と話す鈴江智恵看護部長。「少子化や晩婚・晩産化、虐待問題などが注目されるなかで、子育て支援の新たな視点が必要だと考えていたとき、市の妊産婦ケア事業の話が出てきました。そこで当院でも産後ケア入院事業を立ち上げ、うまく連携を図りながら、助産師たちのマンパワーを地域に還元していきたいと考えたのです」。
 今回の産後ケア入院事業は、病院経営を考えれば、完全に不採算事業だ。それでも、春日井市民病院では、サービスの必要性を強く感じ、あえて産後ケア入院事業の立ち上げに踏み切った。「他の施設がやるのであれば、私たちは撤退してもいい。でも、地域に必要なものですから、公立病院として誰かがやるまでは、私たちが取り組んでいきたいと思います」と鈴江看護部長は話す。
326091 「今は、お母さんが落ち込んだとき、『大丈夫だよ』と言ってくれる人がいないのです」。そう口にする中橋助産師は、自身も産後うつに陥り、実家に帰った経験を持つ。そんなとき、知人が語った「子育てにはいろんな人の目が必要だから」という言葉に救われた。「両親や祖父母だけでなく、さまざまな人の目があって子どもは育つ。だから、一人で育てようと思っちゃダメだと」。自分一人で抱え込まなくてもいい。そう思うだけで、気持ちがふっと楽になったという。
 地域との繋がりが希薄化する今、妊産婦ケア事業は、昔ながらのコミュニティに代わり、たくさんの目と「神様の手」に支えられ、安心して子どもを育てられる場所になろうとしている。


 

 

columnコラム

●春日井市では、平成26年6月のオープンに向け、春日井市総合保健医療センターの整備が着々と進められている。同センターは、既存の保健管理センターが手狭になったため、市民病院に隣接する場所で建設が進められてきたもの。総事業費は約32億円、延べ床面積は旧施設の2倍超の9100平方メートル。

●同センターの特徴は、市民病院の救急部と同じ建物に、休日・平日夜間急病診療所が設けられている点だ。市民病院では、救急部を同センター1階に移設してすでに稼働を始めており、市民病院の救急部と医師会が運営する休日・平日夜間急病診療所が連携し、1次・2次救急の患者に柔軟に対応する体制を整えている。さらに、人間ドックや乳幼児検診のための設備のほか、脳ドックが設けられ、MRI(核磁気共鳴画像法)装置やMRA(磁気共鳴血管画像)装置を導入。妊産婦ケアのため、出産後の女性がベッドやお風呂でくつろげる「さんさんルーム」を新たに設けているのも特徴だ。

 

backstage

バックステージ

●本格的な人口減少時代を迎えた日本では、今後も続く社会保障費の増大を何とか抑制するため、急性期を過ぎた患者をできるだけ早く生活の場に戻し、その後の暮らしを地域で支えていく「地域包括ケアシステム」の構築が積極的に推進されている。このシステムがうまく機能していけば、確かに医療費の抑制に貢献するかもしれない。ただ、現状では、地域の医療機関の連携や在宅医療の問題など、取り組むべき課題は、山積しているのが実情だ。

●行政と密に連携を図りながら、地域の妊産婦を支援する今回の春日井市民病院の仕組み。これがうまく軌道に乗れば、同様のシステムを、がんや糖尿病を抱える高齢者を地域で見守る仕組みへと発展させていけるに違いない。このような産後ケア入院事業と妊産婦ケア事業という、医療と福祉が連携した取り組みは、今後の地域医療のあり方を考える上でも、とても大きな可能性を秘めた試金石だといえるかもしれない。

 

 


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