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病気を治すだけの病院ではない。
患者さまの生活や人生を変える、そんな力のある病院。

鶴見志奈子/藤田保健衛生大学病院 上部消化管外科


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藤田保健衛生大学病院は、今や先進医療において日本中から高い評価を受ける病院である。創立以来、『我ら、弱き人々への無限の同情心もて、片時も自己に驕ることなく医を行わん』という理念を掲げ、半世紀を歩んできた。片方に、高度な先進医療への取り組み。そしてもう片方に、人とその家族、あるいはその人生を思いやる温かい医療がある。間違いなく、その温かい医療を支えているのは、藤田保健衛生大学病院の看護師たちである。

 

 

 


 看護とは、 研ぎ澄まされた「感性」が左右するものかもしれない。



 

 

患者さまとの距離を縮める、早朝の挨拶。

IMG_4358 朝7時。眠くないといえば嘘になる。白いジャケットに身を包んだ看護師が、朝日を浴びて、来院される患者さまに元気な声で「おはようございます」と挨拶をしている。この時間、まだ病院の総合案内は稼動していない。看護師は必要に応じて院内へ案内もすれば、車で来られた方に乗り降りの介助もする。
 来院される患者さまは、不安感や緊張感に身体を固くしている。そんな患者さまに看護師が声を掛けると、患者さまの表情はまたたく間に和らぐ。その柔和な笑顔に接すると看護師の表情もまた輝く。
 白いジャケットの看護師の隣で、同様に患者さまに声を掛けているのは、青いジャケットの医学部生である。看護部の取り組みを見ていた医学部の学生たちが、「ぜひ参加したい」と言ってきたのである。看護部と医学部の学生は、1年生に看護部実習などがあり互いに馴染みが深い。もちろん現場での関わりもある。
 話がやや横道に逸れるが、藤田保健衛生大学では創立以来、「アセンブリ精神」を掲げている。これは端的に言えば現在の「チーム医療」。医師、看護師やその他の医療職がほぼ同じ立場で連携し、互いを尊重し合いながら患者さまと向き合う。また日ごろも学部や学科、学校などの枠を超えて交流し、連携して、融合して一つの力となる強さを学ぶ。IMG_1259
 看護部がスタートさせた、患者さまへの朝の挨拶運動は、こうして医学部生も参加することになった。患者さまから戻ってくる笑顔や、「ありがとう」の言葉。何気ない言葉のやり取りが、患者さまとの距離を縮めているのがわかる。地域のコミュニティも強い絆を持たなくなっている今、実は看護師も医学部生も、こうしたふれあいを求めていたのかもしれない。

患者さまの痛みや苦しみを自分のものに。
そのとき、彼女は変わった。

IMG_4371 看護師の鶴見志奈子は、藤田保健衛生大学病院に入職して9年目。所属は食道・胃を主とする上部消化管外科だ。患者さまは全国からやってくる。低侵襲である鏡視下手術が高い評価を得ているのだ。それは逆に言えば「求められるものの大きさ」でもあった。
 鶴見は婦人科への配属をイメージしていたため、ほとんど上部消化管の知識はなかった。もとより胃がんに関する知識もほとんど皆無。初めは続けられるのだろうか、と悩んだ。しかし厳しいなかにも周囲の温かい支えがあり、鶴見は続けることができた。
 上部消化管外科は胃がんの患者さまが中心。その多くは手術後、食事を摂ることができない。その患者さまの痛みや苦しみに直面したとき、鶴見は変わったのだ。患者さまと対話を繰り返し、その痛みや苦しさに寄り添い、多くのものを患者さまから与えられた。そして、鶴見はがん性疼痛の認定看護師をめざす決意をする。のめり込む性格なのだろう。鶴見は医師にもためらうことなく意見を言う。手術がメインとなりがちな医師に対して、それはもちろん理解はしているが、「もうちょっとだけ患者さまのケアに目を向けて欲しい」。そんなことを言ってしまった。
 「私も頑張ります。がん性疼痛認定看護師の資格も取って、その知識を現場のスタッフと共有して…。でも先生の協力がなくちゃできないんです」。彼女の剣幕に驚いた医師も、やがて少しだけ表情を和らげ、小さく頷いた。

苦悩する患者さまに寄り添い、その発するものを必死で
受け止める看護師へ。

IMG_1294  認定看護師の資格を取得して7カ月がたった。認定看護師になったことは、看護師という職業を見直すきっかけになった。鶴見がまずやったことは、「ナイチンゲールの覚書」を読むこと。原点に戻らないと、次へは進めない。そのなかでこんな言葉に出会った。
 「ナイチンゲールって白衣の天使と呼ばれるのを、あまり好まなかったみたいです。天使は美しくて、穢れなきものというイメージですが、彼女はこんな言葉を残しています。『天使とは、美しい花を撒き散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である』。この言葉に私は看護師の原点を見つけた気がしました」。
 実際、最近のことだが、亡くなられたがん患者さまのご家族から、「この人はがんになって変わりました。入退院を繰り返し、それでも医師や看護師と接していくうち、無口な性格だったのが、心を開くようになったのです」と聞かされた。
 病気で学んだ患者さまがいる。その患者さまの人生に自分のささやかな足跡が残る。苦悩する人に寄り添い、ともに戦った看護師だけが言える一言かもしれない。
 藤田保健衛生大学の風土は、こうした看護師一人ひとりによって連綿と培われてきた。患者さまを自分の家族と思い、患者さまが発信するものを必死で受け止める。看護とは、研ぎ澄まされた「感性」が左右するのかもしれない。
IMG_4414 藤田保健衛生大学病院に伝わる、理念。『我ら、弱き人々への無限の同情心もて、片時も自己に驕ることなく医を行わん』。鶴見は正直なところ、入職当時はこの理念が「何を言っているのかさっぱり」だった。しかし、ほんの2~3年前、それは“すとん”と自分の胸に落ちた。ある程度看護師としての経験を積み、藤田保健衛生大学病院の風土を呼吸し、自分のものになり、深く納得できるようになる。苦悩する者に寄り添い、患者さまを家族と思い、その発するものを必死で受け止める。そんな鶴見の看護師像と、藤田保健衛生大学病院の理念は、今、美しく重なり合っているようだ。
 鶴見の上司である看護部長は、鶴見をこう評する。「活き活きと看護をしています。看護の楽しさが周りの者に伝わってくるんです。笑顔も素敵。沈んでる鶴見さんって見たことないです。まさに藤田保健衛生大学看護部の、一つのモデルですね」。

看護師を務めるという「幸せ」、
看護する「喜び」を伝えるため、種を蒔く。

IMG_4388 朝のあいさつ運動に立ったとき、鶴見は「気持ちよかった」と感じた。患者さまを朝の清々しい空気のなかでお迎えする。またこれから患者さまのために働くぞ、という決意。病院へ来る患者さまの気持ちを思いやる。それがベッドサイドケアにもにじみ出る。
 藤田保健衛生大学病院のなかで、看護師を務めるという「幸せ」、看護する「喜び」。それを感じ取ることができる看護師を、また一人、増やしていかねばならない。それが私の役割だと、鶴見は感じている。
 「私が種を蒔くんです」。
 藤田保健衛生大学病院は、病気を治すだけの病院ではない。病気によってうまくいかなくなった生活や人生を変える、そんな力のある病院だと、鶴見は言う。確信を込めて。

 

 

 


 

column

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●「チーム医療」という言葉はもはや、医療界では常識である。しかし、そんな現在でも法的な制約のため、医療行為は医師の指示が必要であるなど、課題も多い。また昔ながらの縦割り組織の名残が、普及を阻んでいる場合もあるようだ。

●藤田保健衛生大学のキャンパスには「連携」と題された陶壁画がある。創立以来「アセンブリ精神」を掲げてきた同大の象徴である。アセンブリとは、「集まり」「会合」などを意味する。

● 藤田保健衛生大学では、創立者 故・藤田啓介氏の発想により、医師も看護師も、その他の医療職も同等の立場で、患者さまと向き合うべきであるとの信念を持つ。教育の場においても、学部や 学科、あるいは学校の壁を超えて、人と人が交流し、知識やスキル、思いを共有するという風土を創り上げた。


backstage

83o83b83N83X83e815B83W93A193c●藤田保健衛生大学病院の看護師、鶴見志奈子さんの取材を終えて感じたこと、それは彼女の「しなやかさ」である。肩の力がいい感じで抜けていて、さらりと「看護って楽しい」と言う。なんのてらいも、気負いもない。

●それは彼女が持って生まれた資質であるが、藤田保健衛生大学病院という、伸びやかで自由な環境のなかで、そのしなやかさは大きく花開いたのではないか、とも思える。

●創立者は「私学人の野党的反骨」と言った。中央のしがらみや、制度、あるいは先例に囚われることなく、自らの信じた道を進む。その自由と引き換えに、責任を自らのものとして。その潔さが、一人の看護師にも脈々と生きていると感じた。

 


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