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大きな決断を経てつかんだ自分の居場所で、
自分らしく輝き続けるために。

鬼頭典良/大垣市民病院 救命救急センター


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今年1月には新たな救命救急センターが完成し、約40万人の医療圏を担う基幹病院として、さらなる期待がかかる大垣市民病院。日本トップクラスの救急搬送者数を数えるこの病院には、エンジニアから転職した異色の経歴を持つ男性看護師がいる。将来への不安から30歳を目前にして異業種である看護師の道へ。退路のない場所で日々奮闘する彼の姿を追った。

 

 

 


不退転の決意で看護師の道へ。家族と自分のために、病院から必要とされ続ける看護師でありたい。



救急医療の最後の砦として、新たな救命救急センターが完成。

IMG_0852 奥の細道むすびの地として知られ、風光明媚な街並みが広がる水の都・大垣市。ただ、同市の医療を担う大垣市民病院の日常は、こうした光景とは対照的だ。人口40万人を抱える西濃地域の基幹病院として、三次救急を担う大垣市民病院。年間1万件近くに及ぶ救急搬送を受け入れ、その忙しさは東海地区のみならず全国でもトップクラスだ。そんな救命救急の現場を担うメンバーの一人が、入職5年目の看護師、鬼頭典良だ。
 大垣市民病院では、かねてから救急医療に力を入れてきた。現在では岐阜県内に6カ所ある救命救急センターの一つを有し、その救命救急センターも今年1月には一新したばかり。鬼頭が勤務する救急病棟も増床され、全部で18床になった。新病棟の設計には看護師からも積極的に意見が出され、鬼頭も「以前とくらべてフロアがとても広くなりました。最新設備も導入され、作業も格段に効率的になりました」と話す。西濃地区の「救急医療の最後の砦」として重要な役割を果たす大垣市民病院。その救急医療を担う鬼頭に寄せられる期待は大きい。

救急医療の現場で積み上げた、さまざまな経験が成長の糧に。

IMG_0901 入職後、まず鬼頭が勤務したのは救急病棟だった。「半年後には救急外来への異動が決まっていたため、救急病棟にいるのは半年間。ものすごいスピードで仕事を覚えなければならず、本当に大変でした」。先輩から指導を受けるだけでは知識が追いつかず、夜勤の休憩時間に手順の説明書を何度も読み返すなど、人知れず努力を重ねた。
 半年後、救急外来に異動してからも大変だった。「救急外来にはさまざまな患者さんが来院するので、状況に応じた判断や頭の切り替えがとても重要です。急性期のなかでも超急性期なわけですから、目の前で急変する方もいますし、モニターに表示された数値では分からない部分も多い。きちんと患者さんを観察していないと、いきなり意識を失うなんてこともあります。とてもシビアな場所だと実感しました」。
 また、生死に関わる現場だけに大きな衝撃を受けることもあった。入職間もない鬼頭が最もショックだったのが、1~2歳の小さな子どもが心肺停止の状態で搬送されてきたときだ。「あのときは本当に全然手が出せませんでした。自分の子どもと同じぐらいの年齢であり、また、マッサージ方法が大人とまったく違うことで気が引けてしまったのです」。
 救命救急の看護師が難しいのは、患者だけでなく家族にも適切な対処が求められる点にもある。鬼頭もその難しさを痛感した。「重症であればあるほどご家族は心配されますが、患者さんの状態が分からないまま、1~2時間も待っている不安は相当なものです。そうしたときは、自分が分かる範囲内で、ご家族に少しでも状況を説明するように心がけていました」。
 このように対人折衝も含めて大変な1年目を過ごした鬼頭だが、以前から興味を抱いていた職業だっただけに、当時を懐かしむように「ものすごく新鮮だった」と振り返る。

将来への不安から看護師の道へ。次はないギリギリの選択を決意

IMG_0889 現在は救命救急の看護師として活躍する鬼頭だが、実は、大学の工学部で応用化学を専攻し、大学院まで進んだ異色の経歴を持つ。卒業後はプラスチック部品のメーカーでエンジニアとして働いていた。「仕事自体に不満はなかった」と口にする鬼頭だが、折からの不況の影響で給料は思うように増えていかず、結婚を機に将来への不安を抱くようになった。本気で転職を考えはじめたとき、妻が何気なく口にしたのが「看護師はどう?」という言葉だった。
 「実は、大学院への進学を考える時点で、医療に興味を持った時期がありました。でもずっと工学部で学んでいましたし、今は応援してくれている両親も当時は反対していたため断念したのですが、その言葉で挑戦してみようという気になりました」。
 ただ、看護師になるには、看護学校に通い、国家資格を取得する必要がある。学校に通う間はもちろん無収入だ。それでも自分の一大決心を前へと進めてくれたのが、鬼頭の妻だった。「その期間は私が働くから大丈夫だよと言ってくれました。また、妻の実家が岐阜にあるため、生活費を浮かすために同居もさせてもらいました」。妻とその家族が全面的にサポートしてくれたことで、看護師の勉強に専念することができた。
 30歳目前にして進んだ看護師への道。「もう次はない」。入職時に救命救急での勤務を希望したのもそんな鬼頭の決意の表れだ。「年齢のことはやはり気になりました。その分を挽回するためにも、看護師の仕事を早く覚えられるように救命救急を選びました」。

「必要とされる自分」であり続けるために、今後も自らを高めていきたい。

 鬼頭の目標は、「きちんと家族を養うこと」。大きな決断を後押しし、陰で支えてくれた家族のことを考えれば、当然のことだろう。看護学生時代に1人目が、大垣市民病院に勤務してからは2人目の子供が産まれ、病院近くに新居を構えるなど、生活基盤をしっかりと確保した今、家族を担う大きな責任がある。鬼頭はあらためて「大垣市民病院で一生働き続けたい」と考えている。IMG_1099
 看護師は全国的に人手不足だ。希望すれば他の医療機関で働くことも十分にできるだろう。ただ、鬼頭が大垣市民病院にこだわるのは、看護師としてのやりがいが大きいからだ。医療レベルが高く、地域からも大きな信頼を寄せられる基幹病院。そのなかでも特に力を入れる救急医療の現場であれば、自分の力を存分に活かすことができる。自分らしく働ける今の職場に、鬼頭は大きな充実感を感じている。
 自分のやりがいと家族を守ること。それを両立させるためには、「病院から必要とされる存在であり続けることが大事」と話す鬼頭。最近では看護の知識だけでなく、医療機器に関する知識を深めるなど日々自己研鑽に励む。病院から必要とされる看護師となり、それに応えれば、自分が自分として生きていける。そして、家族をちゃんと守っていける。そんな思いが鬼頭をさらなる高みへと突き動かす。
 自らの将来像を見据え、周囲の期待に応えるべく努力を続ける鬼頭。そのまなざしは、看護のプロとしての輝きに満ちあふれていた。


column91E58A_8Es96AF83R83898380● 昭和8年に大垣市立診療所として発足以来、80年近くにわたり岐阜県西濃地区の医療を担い続ける大垣市民病院。診療科26科・病床数903床は岐阜県下最 大であり、自治体が運営する病院として全国屈指の規模を誇る。約40万人の人口を抱える西濃地区において500床以上の規模を持つ唯一の大規模病院である ことから、大垣市外のほか、近隣の滋賀県や三重県から訪れる患者も少なくない。

 

●そんな同病院が力を注ぐのが救急医療だ。小児・周 産期から高齢者まですべての救急患者を受け入れる体制を整備。岐阜県内6カ所にある救命救急センターの一つとして三次救急を担うほか、地域災害医療セン ター、地域周産期母子医療センター、小児救急医療拠点病院などにも指定。昨年度は救急搬送数9768件、救急患者数4万4752人と全国トップレベルの救 急患者数を数え、西濃地区における「救急医療の最後の砦」として住民から絶大な信頼を寄せられている。

 

 

 

backstage91E58A_8Es96AF83o83b83N83X83e815B83W● 「看護師=女性の仕事」というイメージが根強くある一方、2002年には「看護婦」から「看護師」へと名称が統一され、最近では看護師をめざす男性も増え てきた。厚生労働省の平成22年度衛生行政報告例によれば、男性看護師は5万3748人。この10年間で約2・5倍にまで増加している。

 

● かつては数少ない女性の専門職であり、多くの学生が「白衣の天使」に憧れて看護師の道をめざしていた。ただ近年では、看護自体が学問的に体系化され、単な る憧れの対象ではなく、プロフェッショナルな職業として認知されるようになった。そして、医療は地域から必要とされる大切な領域。こうした背景から看護の プロをめざす男性は、今後も増加することが予想されている。

 

 


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