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一度は「辞める」と看護師を決意した私が、続けられた理由。

今井貴美/春日井市民病院 循環器科・心臓血管外科病棟


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 「出産を機に、看護師を辞めよう」。そう心に決めたという春日井市民病院の看護師・今井貴美は、現在、出産前と同じ病棟で育児と両立しながら仕事を続けている。辞めると決意した彼女が、心を動かされたのは一体何だったのか。その理由は、春日井市民病院が導入した画期的な勤務形態にあった。

 

 

 

 

 


病院全体で取り組んだ新たな制度が、「仕事と育児の両立」という新たな選択肢を私に与えてくれた。


 

 

出産を控えた私には、仕事を辞める選択肢しかなかった。

111034 「子どもができたとき、私のなかに“仕事を続ける”という選択肢はありませんでした」。春日井市民病院の看護師・今井貴美は当時をこう述懐する。最近では女性の社会進出は当たり前となり、家事や育児と両立しながら活躍する女性も多くなった。ただ一方で、政府や企業の支援策は十分に整備されていないのが実情だ。20・30代の女性が離職する理由の多くは、依然として「結婚」「出産」が大半を占める。キャリア形成の観点からも20代後半~30代は大事な時期にあたり、結婚・出産に伴う離職は、雇用する側にとっても大きな痛手だ。こうした女性を取り巻く状況は、看護師も例外ではない。
 看護師は忙しい。なかでも仕事を続ける上でネックなのが夜勤だ。入職5年目に結婚した今井も、慣れない家事との両立には戸惑いやいら立ちがあったという。「主人は普通のサラリーマンのため、勤務時間がまったく違います。そのなかで家事をやるのは本当にストレスでした」。なんとか折り合いをつけながら続けてきた看護師の仕事。ただ妊娠が分かったときには、すぐさま「仕事を辞める」と決心した。「上司からは『どういう風にしたら仕事を続けられるか教えて欲しい』と言われましたが、当初は無理だとしか考えられませんでしたね」。その後も上司からの説得は続いたが、今井自身は辞めるつもりで有給を消化、産後休暇まで取得した上で退職する手続きを進めていたという。ただ、臨月を迎えた今井に一本の電話が入る。「お話があるのよ」。看護部長からだった。

新たな制度を使うことで、「看護師の自分」を取り戻せた。

112044 「看護部長から聞いたのは新しい制度の話でした」。春日井市民病院では、当時、勤務時間を選択できる新たな制度の導入を進めていた。看護師のワーク・ライフ・バランスを考え、変則二交代、三交代の勤務形態を選べるほか、産前・産後休暇、育児休業、育児短時間勤務、部分休業などを使える仕組みだ。今井が興味を持ったのは育児短時間勤務。看護師は通常週38時間45分勤務が原則だが、これを選べば19.5時間の勤務で済む。しかも雇用形態は正職員のままだ。「初めての子育てはなるべく自分でやりたい。だから辞めようと考えていました。でもこの勤務形態なら子育てをしながら仕事を続けられる。とても魅力的だなと感じました」。こうして今井は、育児休暇後の復帰を決めた。
 有給や産後・育児休暇を終えての職場復帰。2年近くのブランクがあり、当初は仕事をうまくできるかどうか心配だった。ただ、休暇中に導入された電子カルテには多少戸惑ったものの、復帰前に抱いていた不安は「すぐに払拭された」と今井は話す。復帰後はじめての注射は「手が震えた」というが、一回行ってみるとあとは平気だった。「休暇の間はほとんどが子どもとの時間。最初は“人が怖い”というか、コミュニケーションを取るのがとても不安でした。ただ、同僚にも『大丈夫だよ』と声をかけてもらい、徐々に元の自分を取り戻すことができました。子どもも意外にすんなりと順応してくれましたし、復職する前は余計な心配をしすぎていたのかなと思いますね」。
 本当は辞めたくない。でもそれを言っても無駄だと思っていた。そんな今井は、新たな制度を活用することで「看護師としての私」を取り戻すことができた。

制度をそのまま放置せず、まずは「使ってみる」ことで、
組織に浸透させることが大切。

112028 以前の春日井市民病院では、「みんなが平等に」というのが基本だった。ただ、新制度を導入したことで、一人ひとりの看護師の「事情に合わせた」対応を取るようになった。その典型例が夜勤への対応だ。今では「子育てが大変」「子どもがたくさんいる」などの個別の事情に合わせ、月1・2回の夜勤を選ぶことも可能だ。「月1・2回しか夜勤に入れない方は、他の病院ではそもそも入職できないことが多い。ただ、春日井市民病院では、こうした方でも積極的に採用するようにしています。ライフサイクルを考えると、そうした状況がずっと続くわけではありませんから」と看護部長の鈴江智恵は語る。新たな制度導入の影響で、看護師の間にも「子育てや介護があるのは当たり前」という雰囲気が醸成され、今では男性看護師も育児休暇を取得するなど、職場内の意識は確実に変化してきている。
 「従来の看護師の仕事は、“個人の私生活の犠牲の上に成り立っていた”といえるかもしれない。強い使命感も手伝い、看護師は家庭や育児を犠牲にして働くのが“当たり前”でした。でも、こうした状況は変わりつつあります」と鈴江看護部長。最近ではどの自治体の公立病院でも、6歳までの短時間勤務制度が採用されるようになったのだ。ただ、現実的には、制度を運用できていない病院も多い。
 その理由は、自治体病院職員が公務員であることだ。横並び意識の強い公務員の枠組みのなかで、特殊な働き方を自治体にどう理解してもらうか。鈴江看護部長は、経営データなどの客観的な数字を使い、論理的に話を進めることに努めた。少しずつでも、試行錯誤しながらも、とにかく制度を使う。その思いと行動の積み重ねが、現在の制度活用に繋がっている。

「部分休業」の確立など、制度の拡充に向けた挑戦は今後も続いていく。

113014 看護師は地域医療を担う大切な社会資源だ。社会全体の少子高齢化が進み、労働力人口が減少しつつあるなか、医療を支える看護師の確保は年々難しくなりつつある。「結婚・出産を機に退職する看護師を減らし、キャリアを断絶させることなくスムーズに復帰できる制度が構築できれば、それだけ質の高い医療・看護の提供にも繋がる」と鈴江看護部長。春日井市民病院が取り組むように、今後は医療界全体でもこうした制度を活用し、病院全体でブラッシュアップを行うことで、看護師が結婚・出産後も無理なく仕事を続けられる環境を整備することが、将来の医療を考える上で重要といえよう。
114025 春日井市民病院では、今、すでにある“部分休業”の運用方法を再構築しようと模索中だ。子どもが3歳を迎えれば育児にも徐々に余裕が生まれ、「もう少し働きたい」という要望が出てくる。そのため、「1日2時間早めに帰宅する」、「1時間遅めに出勤する」など、1時間単位で勤務時間を調整できるようにし、それぞれの状況に応じてもっと柔軟に働ける運用方法を確立する考えだ。「さらに今年からは、看護師長の負担を軽減し、人材育成とキャリア管理をより充実させるため、ケアのマネジメントと病棟のマネジメントを分離させる新たな取り組みにも挑戦しています」と鈴江看護部長は話す。
 看護師を取り巻く環境が劇的に変わりつつある春日井市民病院。新たな制度により、仕事と育児を両立させた今井看護師も、制度をうまく利用しながら「もう一人子どもを産みたいですね」と笑顔を見せた。



column

83R83898380● 育児休暇制度が確立されていても、実際の運用には看護師の人員的余裕がなければ難しい。柔軟な勤務形態を取り入れ、短時間勤務を実施するためには、それを カバーできるスタッフの確保が不可欠だ。多くの自治体の公立病院では、人的余裕がないために育児休暇制度があるにもかかわらずそれをフル活用できず、結果 的に多数の離職者を出してしまっているところが少なくない。

●看護師の待遇改善を図るためにも、各病院は看護師の人材確保に躍起だ。こうし た“売り手市場”の看護師募集の現場では、なんとか人材を獲得しようと、求人対策費に多額の予算を使い、過剰な募集合戦が繰り広げられている。こうした現 状が、看護学生や転職希望者の冷静な判断機会を奪い、自分に合わない病院に入職、結果、離職スピードを早めてしまうという弊害を生んでいる一面もある。看 護師の待遇改善と同時に、看護師募集のあり方についても大きな岐路を迎えている。


backstage

83o83b83N83X83e815B83W● 近年、あらゆる組織で「ダイバーシティ(多様性)」に向けた取り組みが活発化している。市場ニーズの多様化に対応するため、人種や性別、年齢などにこだわ らず、多様な人材を活かし、最大限の能力を発揮させるというのがその考え方だ。少子高齢化により労働力人口が今後も減り続ける日本では、人材確保の観点か らもダイバーシティに熱心に取り組む企業が増えつつある。

●看護師はよくステレオタイプだといわれる。また、専門性が強く異業種との交流も 少ないため、何かと視野が狭くなりがちだ。ただ、個々の看護師を見ていけば、それぞれ違った価値観やライフスタイルを持ち、生活を取り巻く状況も異なる。 今後の病院や看護部には、個々の多様性を認めながら、これにどう対応すればいいのかを考え、積極的に制度改革を進める姿勢が重要だといえそうだ。

 


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