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病院を知ろう

患者と医療者が寄り添う心を原点に、
ともに病気に立ち向かう
地域医療の文化を育てる。

 

 

海南病院



医療メディエーションを取り入れ、
患者と医療者の対話を深め、
パートナーシップを築いていく。

main

医療の現場では、患者や家族と医療者の間に大小さまざまなトラブルが発生する。
患者の不満やクレームへの対応は、多くの場合、当事者に任される。しかし、それでは限界があり、双方が深く傷ついてしまう。
そこで海南病院が導入したのが、医療メディエーションという手法である。
同院では、医療メディエーションを活用し、患者と医療者がお互いの信頼関係の上に、共に手を携えて医療を創り上げる風土の醸成をめざしている。

 

 

 

 

 

院内で活躍する
医療メディエーターという存在。

 IMG_7085 メディエーションという言葉を聞いたことがあるだろうか。直訳すると「仲裁、仲介」などの意味。英米で広く普及している、当事者のための対話と協調の手法である。海南病院は医療界において、先駆的にメディエーションに取り組んでいる病院の一つである。医療メディエーションは主に、患者側と医療者側の関係を構築するために行われる。医療メディエーターが患者と医療者の対話の架け橋として、双方の認知や理解のずれを調整して支援していく。医療メディエーターはあくまでも第三者的な立場で、助言や提案をしないのが特徴だ。
IMG_7052 同院の医療安全管理部・医療安全対策室長の戸谷ゆかりは、専門のトレーニングを受けた医療メディエーター(日本医療メディエーター協会認定トレーナー)である。戸谷のもとには、院内の医師や看護師などからさまざまな相談が寄せられる。「ご家族と治療内容をめぐってトラブルが起きた」「患者さんが病棟の対応に怒っている」など。そういう場合、戸谷は患者と医療者に個別に面談を行い、意見の違いを確認して分析した上で、双方が一つのテーブルにつく対話の場を設定する。
 「テーブルにつく前に、患者さんの話を聞いて、本来の深層にある要求は何かを抽出します。たとえば表面ではすごく怒っていらっしゃる方でも、その根底には<もっと親身に診てほしい>という思いがあったりします。その思いを汲み取ることが最初の一歩です」と戸谷は言う。また、対話のテーブルでは、患者の怒りを最初に受け取める役割も担う。「医療メディエーターがクッションになることで、医療者も萎縮せずに会話を続けることができます。そうやって、双方の対話を広げていくのが私の役割です」。

 

 

5年の歳月をかけて
医療メディエーションを院内に浸透させてきた。

IMG_7154 戸谷が医療メディエーションと出会ったのは、7年前のことだ。長く看護課長を務めた後、平成18年に医療安全管理部へ異動。翌年、メディエーションの研修を受けた。看護課長の頃から患者とのトラブルをいろいろ経験してきた戸谷にとって、その研修は「目から鱗が落ちるような」体験だったという。「以前は患者さんの気持ちに共感して、解決しようとしていましたが、研修を受けて、医師もすごく辛い思いをしていることを知りました。揉め事があって双方がとても傷ついている。その間に立ち、きちんと繋いであげないと、患者さんも医療者も不幸になると思いました」。
 その後、戸谷は医療メディエーション研修の基礎から応用へと進んで知識を深める一方で、院内で医療メディエーターとして活動を開始した。が、しばらくすると「苦情処理係」のように、仲介依頼が戸谷のもとに集中するようになった。「これは少し違う。まず医療メディエーションを正確に院内に普及させないと…」。そう考えた戸谷は、同院の管理者に医療メディエーションの研修(基礎編)の受講を勧めた。最初に山本直人病院長に声をかけると、快い承諾が得られ、やがて管理者全員の受講が実現した。また、看護師や医療ソーシャルワーカーにも積極的に研修の受講を勧め、院内に医療メディエーションの概念と手法が浸透。小さなトラブルは院内の総合相談センターを中心に対応し、大きなトラブルを戸谷をはじめとする4名の医療メディエーターが担当する現在の体制を確立した。「ここまでくるのに5年くらいかかったでしょうか。その成果は弁護士に依頼する訴訟の件数の激減にも表れています」と戸谷は手応えを語る。

 

 

患者と医療者の
コミュニケーションの質の変化に対応する。

Plus顔写真2 同院が医療メディエーションを導入したきっかけは何だったのだろうか。「以前に比べ、患者さんとのコミュニケーションの質が変わってきたことが一つあると思います」。そう語るのは、院内で医療メディエーターとしても活動する、奥村明彦副院長(医療安全管理部 部長を兼任)である。「昔は、患者さんのヘルスリテラシー(※)が今ほど高くなく、主治医の言うことに従っておられました。でも最近は、患者さんも主張し、私たち医療者もきちんと説明する。一緒に、最善の治療を考え、病気の快復という目標をめざす協力関係が重要になっています」。以前は患者が医師に全幅の信頼を寄せ、ある意味では、医師に依存していたのが、現在は患者と医療者が対等な立場で医療に向き合うように進化してきたのだ。
 そこで重要になるのは、患者と医療者の「認知のずれ」を正していく医療メディエーションの手法だと奥村副院長は言う。たとえば、手術後の合併症。手術に関して、医師が「合併症の起こる可能性は1%です」と説明すると、患者はそれなら大丈夫と思ってしまう。しかし実際には「1%というのは、100人に1人は合併症をおこす危険性があること」を意味する。「ですから、最初のインフォームド・コンセント(治療に対する説明と同意)から、医療メディエーションの手法を使うことが非常に大切です。私たち医療メディエーターがその場に同席することもありますし、そうでない場合も、当院では患者さんとの認知の違いに配慮して対話するよう教育しています」。
 その一方で、「医療メディエーションは決してトラブルの原因をうやむやにして丸く収めるためのツールではない」と奥村副院長は強調する。「医療ミスがあればそれはきちっと公表し、反省して改善していく。それはもう、基本中の基本です。医療者が問題を隠すようであっては、患者さんから信頼していただけません」。医療安全に対する真摯な姿勢、その上で医療メディエーションが実践されてこそ、患者とのパートナーシップを築くことができるのである。

※ ヘルスリテラシーとは、健康や医療に関する情報を調べ、理解し、健康維持や治療の際の意思決定に活かす能力

 

 

患者に寄り添う心を大切にする
組織文化を醸成したい。

Plus顔写真1 医療メディエーションを活用して、同院がめざしているもの。それは、同院が大切にする「<患者さんに寄り添う心>をさらに育んでいくこと」だと、同院の山本病院長は言う。「医療メディエーションの研修を受け、一番大切なのは患者さんの話を傾聴することだと実感しました。医療メディエーションは患者さんと医療者の信頼関係を再構築するためのものですが、その前に、日々の診療のなかで、患者さんの話に耳を傾け、一人ひとりの物語を把握する。いわば、患者さんに寄り添うためのスキルなのだと理解しています」。
IMG_7227 その考えを発展させ、山本病院長は医療メディエーションを「組織文化を醸成するためのツール」と位置づける。「職員みんながメディエーションマインドを持って、患者さんの話を傾聴することで、医療の質と安全の向上を図り、<和>を大切にする健全で倫理的な病院文化を醸成できると考えています」。
 さらにまた、山本病院長は、医療メディエーションの考え方や手法を地域に広げていくことも構想する。「今、戸谷さんが院外で医療メディエーションの勉強会を計画したり、地域に発信する取り組みを始めていますが、とても期待しています。医療メディエーションを軸に、この地域の住民と医療機関が信頼関係を築いて、その上で協力して地域医療を育てていこうという考えが広がれば、これほど素晴らしいことはありません」。患者と医療者が互いに信頼し、強いパートナーシップで結ばれる。そんなこれからの地域医療の文化を育てるために、海南病院の取り組みは続いていく。

 

 


 

column

コラム

●医療安全は、職員だけの活動ではなく、患者・家族の参加と協力があって、はじめて成り立つものである。海南病院ではその考え方に基づき、平成18年4月、『海南病院医療安全組織文化づくり宣言』という冊子を作成した。これは、院内の安全活動や患者・家族の安全対策などを紹介するもので、入院する患者・家族に配布し、患者との協力関係の強化に役立てている。

●現在、冊子は第3版まで重ねており、その改訂を担ったのが、戸谷ゆかりである。「職員だけでなく、患者さんに読んでいただくことで、医療安全という目標を共有していきたい」と戸谷は話す。このほか同院では、患者・家族が同院で受けた医療行為について「ヒヤリ」としたことの情報提供を呼びかけるなど、患者に対し医療安全への積極的参加を求め、患者と一緒になって医療安全管理を強力に推進している。

 

backstage

バックステージ

●治療行為をめぐる患者と医療者の対立は、今に始まったことではなく、医療界の永遠の課題ともいえる。そのベースにあるのは、双方の「認知フレームのすれ違い」である。本文で取り上げた合併症の事例のように、患者側と医療者側の会話には、認知・理解のずれが生じやすい。その「ずれ」を補正する上で、医療メディエーションは大きな効果を発揮する。

●患者と医療者の関係を「対立」ではなく、「信頼」へ変えていくには、医療者が患者に寄り添うと同時に、患者が医療者の立場を理解しようと努力することもまた重要である。医療は患者と医療者が目標を共有しながら共に作り上げていくものだ。医療事故や医療訴訟といった不幸な事態を招かないためにも、患者が医療に積極的に参加し、理解・納得した上で治療を受けることが大切と言えるだろう。

 


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