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救命救急センターは、患者さんの命を繋ぐ仕事。
そこに、大きな達成感とやりがいがある。

吉田栄里/豊田厚生病院 救命救急センター


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名古屋中心部から1時間もかからない距離にあり、最寄りの浄水駅から地下道で直結するアクセスの良さをもつ、豊田厚生病院。2008年に新築移転した建物は美しく。患者はもちろん職員にとっても、のびやかで気持ちいい環境が広がっているこの救命救急センターで、ひたすらに救急看護に全力を傾ける。一人の看護師にフォーカスした。

 

 

 

 


「学びたい」が、私の原動力。今、救急看護認定看護師として仕事の充足感をかみしめる。


 

 

救命救急センターを訪れた患者の緊急度、重症度を的確に判断する。

 

182036 「初めて見たときは、驚きと感動でした」。豊田厚生病院の救急看護認定看護師・吉田栄里は4年前に新病院を訪れた瞬間を思い起こす。豊田厚生病院は2008年に新築移転し、旧・加茂病院から名称変更。救命救急センターと地域中核災害医療センターの指定を受けた。旧病院とは違い、救急診療機能やICU(集中治療室)はすべてが先進設備へと生まれ変わった。とくに、一度に4台の救急車が入っても対応できる救命救急センターの診療スペースは、以前とは比べものにならないほど広い。ハードの充実に合わせ、医師や看護師も増強された。現在、救命救急センターの看護師は2交代勤務制で24時間365日、救急患者に対応している。月平均の救急外来受診者は約3000人、そのうち600人程度は、救急車で搬送されてきた患者だ。
 豊田厚生病院の救命救急センターは、あらゆる救急患者を区別なく受け入れ、救急医が診療して各診療科に振り分ける、いわゆる北米型ERシステムを採用。軽症のウォークイン患者(独歩受診患者)のファーストタッチは主に看護師に託されている。「いかに独歩の患者さんであっても、緊急度、重症度を正しく判断し、医師へ伝え、トリアージ(振り分け)していかなくてはなりません。責任は重大です」と吉田は表情を引き締める。看護師から医師へ情報を繋ぎ、診療を受けた患者の多くはそのまま帰宅するが、なかには入院の必要な患者もいるという。
 また、重篤な患者が搬送された場合は、専従の救急医を筆頭に全スタッフが意識を集中し、最善の医療を尽くす。「限られた人数で頑張っていますが、そういうときの団結力、集中力はすごいですよ」と吉田は言う。

突然のケガや病気で訪れた患者さんの命を繋ぐやりがい。

 

185015 吉田は救急外来(当時)に配属されてから、今年で9年目。病院が移転するのとほぼ同じタイミングで、救急看護認定看護師の資格を取った。「救急看護をもっと深く勉強したい」という意欲があったのは当然だが、その片方で「専門知識を身につけることで、もっと長く救急看護を続けられないか」という想いがあったという。そこまで吉田を引きつける救急看護の魅力はどこにあるのだろうか。「病気の診断がついた患者さんに対応する病棟看護とは違い、ここは疾患も既往歴も生活背景もわからない患者さんが相手です。その混沌とした状態から、なんとか診断をつけて、次の検査や手術に繋いでいかねばなりません。“患者さんの命を繋ぐ”というか、バトンを渡せたときの満足感、達成感は何物にも代えられません」。
 今、吉田が力を入れるのは、後輩の育成だ。以前は独学で学んだ知識を伝えていたが、より水準の高い救急看護が提供できるよう指導方法を一から見直した。「患者さん一人ひとりに合わせて“根拠に基づく救急看護”を実践できるようになってほしい。専門的な知識と技術をみんなで共有することや、状況の変化を的確にとらえた臨機応変な対応も重要です」。そんな吉田の姿に触発されてか、「次は私が認定看護師になりたい」と手を挙げる若手も育ってきた。吉田の仕事への情熱はますます高まっている。

出産・育児休暇を機に気持ちを切り替えて看護師の仕事を続行。

 

185030 今は何の迷いもなく、救急看護に邁進する吉田だが、仕事につまずいたこともあった。学校卒業後、最初の4年間は脳神経外科に配属。仕事にも慣れ、NCU(脳神経外科集中治療室)の業務もほぼ任されるようになった頃だ。「だんだん人の死に慣れてしまい、ご遺体の処置なども業務の一つになり、命の尊厳を意識していない自分に気づいたんです。このままではいけない、と…」。たまたまその頃に結婚、妊娠し、1年間の出産・育児休暇を取った。「出産と子育てで、気持ちをうまく切り替え、自分の看護を見つめ直すことができましたね。また看護師を続けていこうとやる気がわいてきました」と振り返る。
 1年後に復帰した吉田はしばらく内分泌科に勤務し、第2子の出産・育児休暇をはさんで、当時の救急外来へ配属された。もともと救急の分野に興味のあった吉田は、気合い十分に新しい現場へ飛び込んだ。しかし、初めての外来勤務である。それまで病棟で積んできたキャリアはまったく活かせない。「体も頭もついていかず、必死で覚えるしかない」状況だったという。

一度こうと決めたら絶対に曲げない。これからも学び続ける。

 

184014 そこから救急分野での猛烈な勉強が始まった。吉田は毎日外来で看た症例をメモし、自宅で疾患を勉強。さらに、厚生労働省の通信講座を受講し、救急の専門知識を学んだ。それだけでは飽き足らず、次に「救急救命士」の資格試験をめざして勉強を開始。参考書を取り寄せ、独学で学び、資格を取った。その知識は看護に直接役立つものではないが、「救急救命士の視点を学ぶことで、救急医療への理解が深まった」という。
 こうした経緯もあり、前述した認定看護師への挑戦はごく自然な流れだった。病院の全面的なサポートを受け、約10カ月間現場を離れ、大阪府看護協会・認定看護師教育課程に通った。そこで学んだ日々は、今も貴重な財産だ。「当時の仲間とは学会で会ったり、メーリングリストで意見交換も頻繁にやっています。折りに触れ、有益な示唆を得ていますね」。
 もう一つ、病院の外に出てわかったことがある。それは豊田厚生病院の支援体制の厚みだ。「認定看護師教育課程のような長期のサポートはもちろん、資格を磨くための学会参加は年2回、旅費や参加費を援助していただけますし、その他の看護師も同様に、年1回の援助があります。また、私たち職員が24時間利用できる図書館も整備されていて、欲しい文献も病院の費用負担で取り寄せることができる。この恵まれた環境は認定看護師教育課程でともに学んだ仲間から大層うらやましがられましたね」と笑う。
 一度思い立ったら、何でもやり通す吉田。そんなチャレンジ精神をしっかり受け止め、おおらかに伸ばしていこうという風土が、ここ豊田厚生病院には根づいている。


 

 

 

 

column

83R83898380●2 度の出産・育児休暇を経て、働き続ける吉田。その背景には、家族の協力はもちろん、病院の充実した支援体制がある。緑豊かな敷地内に保育所「かもっこ保育 園」が開設され、0歳児~満3歳児までの子どもを預かっている。月〜金曜日は夜間保育もあり、勉強会などで遅くなるときには延長保育も可能。また、夜勤明 け保育も用意されており、どちらも無料で利用できる。「お迎え」が気になるママさんナースの肉体的・精神的負担を解消している。

●子どもが 4歳以上になると、一般の保育園を利用することになるが、看護師長が個々の家族状況も踏まえて、勤務ローテーションに工夫を凝らし、無理なく子育てできる ように配慮している。こうした体制もあり、豊田厚生病院ではママさんナースが大勢勤務し、仕事と家庭を両立させている。

 

backstage

83o83b83N83X83e815B83W (1)● 日々進歩する医療のなかで、看護師は10年、20年、その先もずっと成長することを求められる専門職だ。そのため豊田厚生病院ではきめ細かい教育プログラ ムとともに、「クリニカルラダー(看護師が臨床能力を段階的に習得できるキャリアプラン)」を導入。それぞれのめざす道にしたがって、継続的に学べるよう きめ細かく支援している。

●院内教育に加え、研修参加や認定看護師資格取得への支援体制も充実している。「医療はマンパワーで支えているも の。最終的に、病院づくりは人づくりに行き着く」という片田直幸院長の方針のもと、専門職ごとにさまざまな教育支援が行われている。人を育てることが病院 の質的向上につながり、地域医療を支えていく。自らを高めたい人にとって、またとない環境と言えるだろう。


 


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