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仕事、結婚、出産、すべてを諦めずに続けてきた。
このバトンを、次の「あなた」に繋ぎたい。

水谷香代/大垣市民病院 消化器内科・呼吸器内科病棟


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約40万人の人口を抱える岐阜県西濃エリアの医療を支え、全国トップレベルの救急搬送受け入れ件数を誇る大垣市民病院。同院では、医療現場を支える看護師に長く働き続けてもらうため、充実した育児支援制度を設け、ワークライフバランスの推進を図っている。2人の子どもを育てながら、日々の看護に奮闘する看護師にスポットをあて、仕事と育児との両立を図る看護師の等身大の姿を追った。

 

 

 

 


仕事と育児を両立する看護師として後輩の手本となるような存在をめざす。


 

看護師の働きやすさを考え、充実の育児支援制度を整備。

IMG_5414 看護師は大きなやりがいがある半面、体力的にも精神的にも大変な仕事だ。また、夜勤などで勤務時間が不規則になることから、女性看護師のなかには結婚・出産を機にやむなく離職する人も多い。こうした看護師の労働環境をどう改善していくのか。全国的に看護師不足が叫ばれるなか、離職者を減らし、復職を促す手段を考えていくことは、少子高齢化が急激に進み、医療や介護への需要が拡大し続ける昨今、どの医療機関も頭を悩ませる大きな課題だ。
 豊かな自然と風情ある町並みが広がる岐阜県大垣市。同市にある大垣市民病院では、忙しい医療現場を支える人材を確保するため、看護師の待遇改善や子育て支援制度の強化などに積極的に取り組んでいる。
 同院の消化器内科・呼吸器内科病棟で働く看護師、水谷香代。彼女もこうした支援を活用する一人だ。現在、2人の子どもの子育てをしながら時短勤務で看護師を続けている。「充実した制度があるおかげで、辞めることなく看護師を続けることができています。この制度を活用させてもらっていることに、本当に感謝しています」と水谷は言う。
 では水谷はどのように制度を活用してきたのか。そこには、新しい制度を組織に定着するまでの、職員にとっての戸惑いと喜びがあった。

 

家族の気持ちが分かる看護師になりたい。

IMG_5391 水谷が大垣市民病院に入職したのは平成7年。最初の配属は循環器内科と胸部外科の混合病棟である。ここで4年半ほど勤めた後、ICUへと異動。このICU時代に結婚をして、岐阜市に居を定めた。そして5年ほど過ぎた頃、1人目の子どもを妊娠する。これは水谷にとってとても大きな慶びだった。「まだ子どもがいない私と、子どもがいる同期の看護師とでは、お子さんを持つお母さんからの信頼度がまったく違いました。早く家族を持つ気持ちが分かる看護師になりたい。そう考えていたときに1人目の子どもができたんです。うれしかった」。
 そして、いよいよ出産。「すでに“育児休暇制度”が整備されていたので、3年間の休暇を取得することもできました。でもそんなに休むつもりはなく、1年間で復職しました」。水谷にとっては、いや当時の看護師にとっては当たり前の選択と言えよう。だが実際には、家族への大きな負担が待ち受けていた。「復職後、子育ては基本的に私の母に任せ、フルタイムで夜勤もやりました。でも気が付いたら、子どもがおばあちゃんのところばかりにいたんです。私は帰宅後も疲れているせいか寝てばかり。主人とも時間が合いません。子ども、主人、親に気を使いながら、毎日をこなすのが精一杯でとてもしんどかった」。
 これを教訓に、2人目の子どもが産まれたときには、“夜勤免除”を利用して夜勤は月2回のみにした。これで大丈夫、と彼女は思ったが…。夜勤回数以外は通常通りの勤務時間のため、帰宅時間はいつも19時頃になる。「結局、またおばあちゃんに頼らなければ子育てができない状況でした。そのうちおばあちゃんがストレスで限界になってしまって…」。思いあぐねた末、師長に相談。「“時短勤務”も使わせていただくことにしました。勤務時間が16時45分までになったことで、ようやく自分で保育園に送り迎えができ、子どもとの時間を持てるようになりました」。

 

強い仲間意識と制度の狭間。でも何も諦めることはなかった。

IMG_5456 水谷が、最初から制度をフルに活用しなかったのには理由がある。同部署で働く看護師仲間への気遣いだ。みんなが頑張っているなかで、自分だけのことを考えて良いのだろうか…。とくに時短勤務を決めたときは、その思いが大きかったと言う。「お休みで一日いないというより、途中で帰るというのは、みんなにとって一番迷惑だろうなと思いました。私が帰った後は、誰かがカバーしなければならないのですから。みんなに悪いなという思いでいっぱいだったんです。ところが実際には、みんなの方から『もう時間よ。早く帰って』と言ってくれるんです。とっても有り難くて…。そのみんなの気遣いに応える意味で、勤務時間中は仕事に集中し、みんなに決して迷惑をかけないと強く心に決めました」。
 制度があると知ってはいても、自分が活用するとなると、やはり周囲への気遣いがあるのは、どの職業でも同じだろう。だが、冒頭に述べたように、体力的にも精神的にもハードな職業である看護師にとって、一緒に働くみんなとの仲間意識は大きな原動力。そのぶん、気遣いはより大きい。水谷もその一人であり、制度活用には十分すぎるほどの慎重さを持っていた。
 制度が組織に根付くまで、ある一定の期間はどうしても必要となる。「だからこそ」と彼女は言う。「好きな仕事をして、結婚して、そして家族を持てました。どれも諦めることなく手にすることができた。それはすべて職場の仲間と病院、そして家族の協力があったからこそです。今度は私が、次の仲間にこの貴重なバトンを繋ぎたい。いえ、そのお手本にならなければと思います」。

 

家族とともに、この地を愛し、自分らしい道を歩む。

IMG_5214 現在、水谷は消化器内科・呼吸器内科病棟にいる。この病棟には終末期の患者が他の病棟より多い。「最期を迎える患者さんとご家族に、どう関わっていけばいいのか、最初は迷いました。でも最近では、できる限り家族が寄り添って患者さんが安らかに逝かれるように、また、残されたご家族が後悔しないように、そういう関わりをしたいと思うようになりました」。結婚・出産を経験することで、患者と家族との関係や、闘病中の患者を支える家族の思いが理解できるようになった彼女は、一回り大きく成長していた。
 最後に水谷はこう語った。「実は私、親元を離れて暮らしてみたい一心で、大阪の看護学校に行ったんです。ところが、念願の一人暮らしを手に入れたのに、すぐにホームシックにかかってしまって」。大阪はどこでも電車で行けて便利である。でもその分時間に追われる気がして、都会での生活は自分には合わないと感じた。「のんびりと自分らしいペースで暮らせる岐阜の良さに、改めて気付かされ、学生時代から岐阜に戻りたいと思っていました」。
 水谷は、夜勤のとき、日が昇る前のキーンと張りつめた空気が好きだと言う。これからも家族とともに、この地を愛し、自分らしい道を歩む。


column

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●大垣市民病院では、看護師一人ひとりの個人的な犠牲によって成り立つような職場環境を見つめ直し、ワークライフバランスを考慮した積極的な子育て支援策を講じているのが特徴だ。平成19年にはワークライフバランスを考える専門委員会を立ち上げ、社会動向や職場の生の声を吸い上げながら、看護師の労働環境改善に向けた取り組みを続けている。
●平成21年には、子育て支援制度として「育児のための短時間正職員制度」と「部分休業制度」が新たに導入された。これは最大3年間の育児休暇後、短時間勤務・部分休業を行うことができる制度で、仕事を辞めることなく育児に専念できるのが最大のメリットだ。こうした制度の利用者は年々増加しており、同院における育児休暇取得率は100%。常時70名ほどの看護師が育児休暇を取得しており、短時間勤務・部分休業の利用者も常時50名ほどを数える。

backstage

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●看護師のワークライフバランスを取り巻く問題は、単なる制度の導入だけでは解決できないことが多い。背景には制度を利用する本人以外の同部署看護師への負担増という問題がある。水谷看護師もそうであったように、どれだけ制度が確立されたとしても、職場の理解が得られなければ、仕事と育児の両立は難しいと言わざるを得ない。
●こうした状況を鑑み、大垣市民病院では、育児支援制度の利用増加に伴う看護師不足の解決にも力を注いでいる。なかでも深刻だった夜勤者を確保するため、夜勤専従制度を導入。また、院内保育所での24時間保育を開始し、子育てしながら夜勤ができる体制も整備した。問題の解決には、子育て支援制度を利用する本人以外の同部署看護師の労働環境にも目を向け、職場全体で理解を深めていくことがなにより重要だと言えそうだ。

 


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