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急性期病院の「がん診療」とは?
患者さんと過ごした時間のなかから、生まれたカタチ。

室田かおる/名古屋第二赤十字病院 がん診療推進センター


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壮絶な痛みと戦うがん患者を救う看護師の、手。看護師の、やさしさ。患者と向き合い、患者と過ごした時間から、生み出されてきた、緩和ケアのカタチ。その答えにたどり着くまでの長い道のりを、今振り返る。

 

 

 

 

 

 


本人でなければ理解できない痛みと、看護師はどう向き合うのか?


 

その患者の「痛み」を前に、自分を責める思いがあった。葛藤があった

IMG_8588 ある日、突然。あなたは白血病だ、と宣告されたら…。
 白血病の場合は、すぐに入院し、急ぎ抗がん剤による化学療法が始まる。場合によっては無菌室に入って、一切外部との接触が遮断される。家族との何でもない語らい、忙しかった仕事、友人たちとの無駄話。あれもこれも、すべてを断ち切って入院し、治療が始まる。
 そのあまりにも突然の、衝撃的ともいえる変化を、多くの人は受け止めることができない。心の準備も、自覚症状すら、ない。「なんで自分がこんな目に合わなきゃならないんだ」、こぶしを握りしめて、歯を食いしばってその悔しさに耐えている…。患者の、感情の持って行きどころのない怒り、哀しみ、憤りが、すべて看護師に向けられることもある。
 そんな患者を前にしたとき、看護師の自分には何ができるのだろうか?果たして何かができているのだろうか、きちんとその人の痛みを受け止められているのだろうか、支えられているのだろうか?わからない。どこまでいっても自分には経験がない。それでも、その想像以上の壮絶な精神的な苦しみを理解したい。
 そんな葛藤のなかで、看護師の室田かおるは、がん患者と向き合う日々を過ごしてきた。

 

「答え」は、出さなくても良いのだ。ただ、この空間に一緒にいること。

IMG_8652 室田には、ある患者との出会いが、今も鮮明に脳裏に刻み込まれている。血液・腫瘍内科でのことだった。白血病で骨髄移植を受けたその患者は、数年後、違う病気で再入院された。薬の副作用で免疫力が低下し帯状疱疹になったのだった。身体を電気が走るような、鋭い痛み。彼は日々、その痛みに悩まされ続けた。そして、ある日ついに「もう死にたい」と呟いたのだ。骨髄移植のときでさえ、弱音を一切吐くことのなかったその患者が漏らした一言は、痛みの凄さを想像させるに充分だった。
 室田は、苦痛で顔を歪める患者の前で、ただただ自らの非力だけを感じていた。この非力な自分に何ができるのか、その答えを探したくて、彼女は「がん性疼痛看護認定看護師」の教育課程に進んだ。資格取得後は、「緩和ケアチーム」専従看護師として配属、再びさらに多くのがん患者と向き合うこととなった。
 室田はまず先入観や自分の価値観を取り除くことが必要だと悟る。十人いれば十通りの患者に対して、ただ寄り添って、話を聞く。そこからスタートするしかない。もちろん答えはまだ、見いだせない。しかし室田は「患者にとっての緩和ケア」に、おぼろげながら形が見えてくるような気がした。
 それは、どう対応したらいいのか、ではない。「答え」は、出さなくても良い。ただ、この空間に一緒にいること。そして、患者の抱えているものを、「吐き出して」もらう。解決には程遠いが、「吐き出す」ことで少しは楽になるかもしれない。また、ともに考え、悩むことができるかも知れない。患者自身で整理がつくこともあるかもしれない。そして最期まで、その人らしく、生を全うしてもらう。
 薬を渡すときも、ちょっと手を添えて渡す。終末期の患者は、すでに話すだけで体力を消耗することがあるから、やさしく触れるだけにする。痛みの刺激と触覚刺激は同時に脳に到達するが、意識化された感覚が優先されるとする説がある。つまり、どんなに強い痛みを感じているときでも、やさしく触れられているという感覚を意識すると、痛みが半減する。やさしくさする、手を当てる、そんなことが看護師にできることなのかな、と、今、室田は思う。

 

現在のがん患者を取巻く現状は、決して万全とは言いがたい。

IMG_6587 がん患者の痛みを緩和し、最後まで、がん患者を支え続ける仕組みは、ほとんどないのが現実だ。
 「緩和ケア」の重要性が、今日ではクローズアップされているが、緩和ケアそのものが正しく理解されてはいない。緩和ケア、イコール「終末期」というイメージがつきまとっているのだ。そのため、医師に緩和ケアを勧められた患者は、「もう助からないんだ」と誤解し、逆に、患者が緩和ケアを受けたいと言うと、「まだそんな時期じゃないから受けなくてもいい」と答える医師も少なくない。
 緩和ケアとは、がん患者の痛みや苦痛を除き、生活の質の向上を目的とする。そして、これは終末期だけになされるのではなく、診断直後から並行して進めるものである。緩和ケアへの誤解と認識不足を誰もが解き、社会全体でがん患者のための仕組みづくりが必要と言える。

 

明日へ。そして今も苦しむ人とともに、この思いを繋げていく。

IMG_8459 こうした現状のなか、名古屋第二赤十字病院では、がんに対するさまざまな取り組みが進められている。平成20年4月には愛知県医療圏の「地域がん診療連携拠点病院」に指定され、がん医療の充実を図ってきた。先行して平成18年には緩和ケアチームがプロジェクトとしてスタート。平成19年には外来化学療法センター、平成21年7月には緩和ケア外来を開設した。また院内の関連組織を横断的に纏める「がん診療推進センター」を設置した。
 さらに平成23年には、がん患者サロンとして「ひだまり」が開設された。がん患者同士が語り合い、支えあう場になれば、との願いを込めて。今は、毎月、10人から15人ほどの患者が集う。直接、その輪に加わるのは、室田たち看護師や医師ではない、臨床心理士や事務職員。口を出すわけではなく、ただ見守る。一緒の空間を、ともに過ごす。
 今、室田は、「がん診療推進センター」に所属しており、この「ひだまり」の運営にも携わる。そんな室田が、名古屋第二赤十字病院での、がん診療の今後について、思うところを述べてくれた。「大きなことができる、とは思っていないんです。でも、まだ目の届かないところで、苦しんでいる人、痛みに泣いている人がたくさんいると思います。私だけでどうの、ということではなく、名古屋第二赤十字病院にはがん領域の認定看護師もたくさんいます。がん診療に携わる医師、薬剤師、また臨床心理士…、そういうメンバーで多角的に、患者さんと向き合っていきたいと思うのです。患者さんの苦痛を少しでも和らげることができるように、力を合わせてできる限りのことをしていきたい。そのためには私たち一人ひとりが成長していくことも大切です。看護師の質の向上をめざす教育や、指導、あるいは病院のシステムを整備することも必要かもしれません。地道なことを一つひとつ続けていきたいと思います」。


column

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●2006年6月に成立したがん対策基本法によってがん対策推進基本計画が策定され、この一環として名古屋第二赤十字病院も、2008年4月に「地域がん診療連携拠点病院」として指定された。
●これに応えて、院内の各部署に分散していたがん領域関連部署、たとえば緩和ケアチーム委員会、がん化学療法検討委員会、放射線安全委員会、あるいは関連の診療科、専門医師、薬剤師、看護師、ソーシャルワーカーなどを俯瞰し、横断的に統括する組織として「がん診療推進センター」が設置された。あらゆる角度から多角的にがん患者を見つめ、高度な診療や看護が行えるようにした。さらに、がん患者サロン「ひだまり」を設け、同じ悩みを抱えるがん患者、ご家族のふれあいの場としている。

backstage

83o83b83N83X83e815B83W●疾患を治す(cure)ことを目標にしてきた医学。これに対し、患者を全人的な観点からケア(care)することに重きを置くという、看護学。私たちは、この両者の間の隔たりを、医師と看護師の間の埋めがたい距離、と受け止めてきたのではないだろうか?
●名古屋第二赤十字病院におけるがん患者への対応を見るとき、それは隔たりではなく、アプローチの違いであることがわかる。さらに、医師、看護師だけではなく、多くの職種が一緒になってチームを作り、患者を包む。そこには多角的、かつ総合的な視点で、治療全体に臨む姿が浮かび上がってくる。患者にとっては、自分を支えてくれる誰かが常にいる。それが痛みに苦しむ患者の心を「楽にする」、価値ある「薬」となっていくのではないだろうか。

 


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