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シアワセをつなぐ仕事

「救える命は救いたい」。
今日もドクターカーで現場に駆け付ける。

高橋さやか/総合病院中津川市民病院 病院前救急診療科・手術室兼務


 

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平成25年9月、総合病院中津川市民病院に、日本初の「病院前救急診療科(医師や看護師が院内で患者を待つのではなく、救急現場へ直行して救急・災害医療看護を行う)」が開設。
平成26年3月よりドクターカーによる救急医療が本格稼動した。
この診療科の立ち上げから関わり、
新たな任務に挑む看護師の活動をレポートする。

 

 

 


ドクターカーナースの訓練を受け、中山間地の救急看護に挑戦する。


 

 

 

ドクターカーで傷病者のもとへ直行する。

 140715中津川市民病院_245140715中津川市民病院_129「男性55歳。心臓病の疑い。出動をお願いします」。消防本部から電話連絡を受けると、中津川市民病院の病院前救急診療科の医師、看護師が直ちに準備をして、ドクターカーに乗り込む。サイレンを鳴らしながら運転するのは、高橋さやか看護師(病院前救急診療科・手術室兼務)。緊急走行の訓練を受けたドライブテクニックは実に鮮やかである。
 現場に到着すると、高橋は医師の指示のもと、心疾患の診断に有効な12誘導心電図(四肢および前胸部の12個の電極から得られる心電図)をテキパキと準備する。医師はそのデータなどから心筋梗塞と診断。病院に電話し、手術の準備を依頼する。それから約25分、救急車が病院に到着すると、循環器内科医たちが心臓カテーテル手術の準備を万端に整えて待ち受けていた。タイムロスなく、すぐに手術を実施。幸い、患者は一命を取り留めることができた。「やはり現場で診断し、手術に備えて薬剤で血圧コントロールしながら搬送できるのは大きな強み。119番通報から手術までの時間が比べものにならないほどスピードアップしました」と高橋はほほえむ。
 こうした緊急症例のほか、高齢者が多く住む山間の集落などでは、高齢患者を自宅で看取るケースもあるという。「私たちが現場で懸命に救命措置をしても、命を救えないこともあります。そんなとき、先生からご家族の方に『このままご自宅でお看取りすることもできますよ』と説明して、希望される場合、私たちが看取りをさせていただきます」。そのとき、看護師が果たす役割は「残されたご家族の心のケア」だという。「慌ただしく心臓マッサージなどをした直後なので、ご家族も現実を受け入れる準備ができていません。そこで、ご家族と一緒に点滴やチューブを外したりしながら、大切な人の死をゆっくり受け止められるように導いています」と高橋は話す。

 

 

まったく自信はなかった。
でも、チャレンジして本当に良かった。

Plus顔写真1 高橋がドクターカーナースになったのは、院内公募がきっかけだった。全看護職員アンケートで「ドクターカーの仕事に関心はあるけれど迷っている」と回答したところ、看護部長から声がかかった。それまで手術室看護を担当していた高橋にとって、救急看護は未知の領域。「まったく自信がなかった」という。同じく看護部長から打診のあった比嘉 徹看護師に相談したところ、「高橋がやるなら、僕も頑張る」との答え。お互いに背中を押し合うようにして、ドクターカーナースを志願した。
 それから病院前救急診療科の立ち上げに向けて、高橋らは日々、準備に追われることになった。比嘉は日本DMAT(※)隊員だったが、高橋はまず日本DMAT隊員養成研修を受けて隊員資格を取得。続いて、消防無線使用のための第三級特殊無線技士免許を取得し、さらに安全運転中央研修所(茨城県)で一般緊急自動車運転技能者課程を受講した。諸々の資格取得の合間に、医師の指導を仰ぎながら車に積む検査装置や人工呼吸の器材などを準備。少しずつ体制が整うにつれ、新たな任務への期待や高揚感も高まっていった。
 こうして平成26年3月から、ドクターカーの本格運用がスタートした。高橋の勤務体制は、ドクターカーと手術室の2週間交代。「ドクターカーの担当日は、いつでも出られるようスタンバイしていますが、出動要請があるたびに毎回、すごく緊張しますね。救急現場に到着し、恐怖感で立ちすくむこともあります。でも、少しでも命を救うお手伝いができたときの喜びは何ものにも代えられません、今は本当にドクターカーナースにチャレンジして良かったと思います」と、明るい笑顔を見せた。
※ 災害派遣医療チームの略。医師、看護師などで構成され、大規模災害や事故の現場で、急性期(おおむね48時間以内)に活動する専門的な訓練を受けた医療チームのこと

 

 

中山間地域にこそドクターカーのニーズがある。

Plus顔写真2 同院におけるドクターカーの仕掛人は、ドイツでドクターカーについて学び、岐阜県立多治見病院救命救急センターでその運用を手がけてきた間渕則文医師である。なぜ、間渕は中津川でドクターカーの運用を考えたのか。「中津川のような中山間地にこそ、ドクターカーのニーズがあると考えたんです。都市部ならば10〜20分くらい救急車で走れば、対症療法ではなく根治療法を行える病院に到着する。でも、中津川では、病院にたどり着くまでかなり時間がかかる場所もあります。そんなとき、医師と看護師が現場に駆け付けて治療を開始すれば、それだけ救命率も社会復帰率も高まります」と間渕は説明する。
 間渕は、中津川でそれを実現するために、同院はもちろん、中津川市消防本部に何度も足を運び、その必要性を力説した。さらにドクターカーの円滑な導入のために、市議会でも丁寧に説明し、理解を得て、運用へとこぎつけたのだ。
140715中津川市民病院_110 現在、病院前救急診療科は間渕を含め、麻酔科医2名。看護師は、高橋と比嘉、そして外部から採用した鈴木晴敬と石川正太を合わせ、合計6名体制だ。昼間は医師と看護師が、夜間は医師1名で現場に向かう。救急出場事案は、4カ月で84例。決して数は多くないが、「現場で治療を開始したからこそ救える命もあった」と、間渕は手応えを感じている。
 また、ともに現場へ向かう看護師の教育も、間渕が率先して行っている。「高橋さんたちが高いモチベーションを持って、一生懸命やってくれるので助かっています。ただ、救急看護についてはまだまだ勉強が必要です。教育プログラムを作って、救命処置や重症患者看護を学んでもらっているところで、これからの成長に期待しています」と笑みをこぼした。

 

 

ゆくゆくは中津川市外の地域へ救急診療を広げたい。

140715中津川市民病院_060P3030524 間渕医師を迎え入れ、病院前救急診療科の開設に尽力した同院の院長・安藤秀男医師は、「最初はドクターカーの運用イメージがわかず、当院に必要ないのではないか、という反対意見もありました。でも、今では多くの職員が、ドクターカーの導入を喜んでいます」と手放しで評価する。評価の第一は、重症疾患への対応が非常に迅速かつスムーズになったことだが、救急医療に精通した麻酔科医2名を迎えられた利点も大きいという。「間渕先生たちは麻酔科医としても、24時間、緊急手術に対応してくれます。当院の救急医療の充実に繋がり、院内の職員はもちろん、地域の方々にとってもありがたいことです」。導入にあたって院長の頭を悩ませたのは、採算性の問題だった。「導入・運用コストを考えれば、かなり厳しいことも事実です。でも、トータルに考えて、この地域の医療の充実に資すると思います」と語る。
 現在、ドクターカーの活動範囲は中津川市内に限定されている。主な活動範囲は同院を中心にした半径10キロ圏内だ(さらに遠方の場合は、中継地点で救急車と合流する)。恵那市で生まれ育った高橋は、「行政間の調整が必要だと思いますが、ゆくゆくは隣の恵那市にも車を走らせ、地元への恩返しがしたいですね」と夢をふくらませる。
 同院は、岐阜県の医療計画の中で地域災害医療センターの指定を受けている。災害医療の大きな戦力としても、ドクターカーのさらなる活躍に期待が集まっている。


 

 

columnコラム

●欧州では乗用車型ドクターカーが多くの国で採用され、医師が救急現場に出向いて緊急診療を開始している。日本においても昭和54年からドクターカーの運用が始まったが、それは患者搬送用ストレッチャーを装備した救急車型ドクターカーだった。道路交通法により、救急車型でないと緊急車両として認められなかったためだ。だが、救急車型は高価な導入コストに加え、常時出動できる運行チームの編成も難しく、なかなか実働数が伸びないのが実情だった。

●平成20年、法律が改正され、乗用車型ドクターカーが緊急車両として運用できるようになり、岐阜県立多治見病院で第一号の運用がスタート。救急車型と比べ比較的安価な費用と小回りの良さから、現在、多くの病院で使われ始めている。中津川市民病院が導入したのも、同タイプだ。日中は医師と看護師、夜間は医師1名が車に乗り、24時間の病院前救急診療を可能にしている。

 

backstage

バックステージ

●中津川市は岐阜県と長野県境にある中山間都市。飛騨山脈、木曽山脈にはさまれ、木曽川とその支流の流れに沿うように集落が連なっている。平成26年3月から運用開始されたドクターカーは、その広い中山間地の救急医療を守る戦力として確実に成果を見せている。たとえば、命に関わる重篤な患者の場合、まず直近の中津川市民病院に搬送し、そこで初期診断した後、三次救急医療機関に搬送されることも多かった。しかし、ドクターカーが導入されると、救急現場で医師が診断、救急医療を提供しながら患者にとって最適な病院へ迅速に搬送することが可能になったのだ。

●ただし、ドクターカーは採算の取れる医療ではなく、現在は運営コストの一部を中津川市民が負担している。そうした事情もあり、ドクターカーの出動範囲は市内に限定されているのが実情だ。今後ドクターカーによる救急医療をさらに発展させるには、「市」単位ではなく、県をまたいでその有効性を認め、バックアップする必要があるのではないだろうか。

 

 


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