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シアワセをつなぐ仕事

看護教育・多職種の
「学びの拠点」として、
地域を繋いでいく。

坂田徳一/八千代病院 4B病棟(内科・小児科病棟)


 

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患者の身体をつぶさに観察し、打診や聴診、触診などから健康状態を把握する技能、「フィジカルアセスメント」。
看護師として大切なこの技能を養うため、安城市の八千代病院では、ベテラン男性看護師が、新人の指導に情熱を傾けている。
平成26年5月には、フィジカルアセスメントモデル(※)で技能を学べる
「シミュレーションルーム」を開設。
「地域医療を教育で繋ぐ」という理想に向けた新たな取り組みが始まった。
※ フィジカルアセスメント用のトレーニング人形

 

 

 


フィジカルアセスメント能力に長けた教育担当者と、
それを実践的に修練するためのシミュレーションルームの開設。2つを手に入れた
八千代病院は、看護教育を通じて地域を一つにまとめ上げていく。


 

 

 

看護師に求められるフィジカルアセスメントとは。

 Plus顔写真1 平成26年6月下旬、5月末に開設されたばかりの真新しいシミュレーションルームで、入職2年目の看護師を対象にした研修が行われていた。「じゃあ今日は、患者さんの呼吸音を聞く研修を実施します」。ベテラン男性看護師の号令の下、聴診器をあてて「フィジコ」の呼吸音に耳を傾ける看護師たち。「フィジコ」とは生身の人間ではない。研修用に開発された精巧なフィジカルアセスメントモデルの名称だ。
 「呼吸には大きく4つの異常音がありますが、この音は何だと思いますか」。講師を務める看護師が問いかける。研修を受ける看護師の一人が、いささか緊張した面持ちで「ええと、胸膜摩擦音でしょうか」と答える。「そう、正解! よくわかったね」。その言葉に胸をなでおろしながら彼女は笑みを浮かべた。
 看護師が医療の現場で求められるもの。そのひとつに「フィジカルアセスメント」がある。フィジカルアセスメントとは、日本語で「身体診断技法」とも呼ばれ、「フィジカル(身体的な)」と「アセスメント(情報を収集して判断すること)」という意味を持つ言葉だ。具体的には、患者への打診や聴診、触診などによって、患者の症状を分析することを指す。
 患者に異変が起こるのは、医師がその場にいないときがほとんどである。そのとき、患者に先に接するのは、医師ではなく看護師である。患者の不調や変化にいち早く気づき、適切に73_Yachiyo_Linked2014対処する――。そのためのフィジカルアセスメントは、看護師にとって患者の症状を判断する重要なスキルのひとつだ。
 冒頭の研修で講師を務めていた坂田徳一看護部主任は、八千代病院で新人看護師向けの研修を担当している。新人看護師の頃、入職した急性期病院で救命救急センターに配属され、三次救急の現場でフィジカルアセスメントを徹底的に学んだスペシャリストだ。

 

 

救命救急センターで磨いた技術を
新人看護師たちに伝えていく。

62_Yachiyo_Linked2014 坂田看護師は、国立大学の工学部に進学後、大学を中退し、改めて看護師の道をめざした異色の経歴の持ち主だ。看護短大卒業後に入職した東京都内の病院では、いきなり救命救急センターに配属され、三次救急の最前線で4年間ほど勤務。徹底的に救急看護のイロハを叩き込まれた。命をやり取りする過酷な現場に、「今日は行きたくない」と思ったことは一度や二度ではなかったという。
 そんななか、坂田看護師の意識が変化したのは、入職3年目の大きな挫折がきっかけだった。くも膜下出血、脳出血などが発生した直後や交通事故の直後といった最も重症度の高い患者を受け持つことになったとき、先輩看護師から「まだこいつには任せられない」と烙印を押されたのだ。「そのときから他の看護師が受け持つ患者を見ながら、分からないときには自分で勉強し、先輩や医師にも熱心に聞いて回るようになりました。いつお前に任せると言われてもいいように、備えるようになった。そこから変わった気がしますね」。後日、尊敬する先輩男性看護師から「今度は大丈夫」と言われたときには、思わずホッとし、嬉しさがこみあげてきたという。
 坂田看護師がフィジカルアセスメントの技能を得るまでの道のりは、決して平たんではなかった。時間もかかり、実際の患者を通じて経験するしかなかった。東京都内の病院で勤務後、地元である愛知県の八千代病院に移り、およそ10年。新人時代から培ってきたフィジカルアセスメントの技能を、後進に伝える立場になった現在では、坂田看護師が学んできた当時とは、学習の環境も様変わりしている。その最たるものが、八千代病院で新たに設置されたシミュレーションルームの存在だろう。
 シミュレーションルームでは、研修で登場したフィジカルアセスメントモデルを使い、より実践的な研修が行える。従来、人を相手にしなければできなかった打診や聴診、触診が、手軽に疑似体験できるようになったのだ。

 

 

シミュレーションルームで、
看護をさらに高いレベルへ。

82_Yachiyo_Linked2014 実のところ、フィジカルアセスメントモデルを置くシミュレーションルームは、大学病院に設置されることがほとんどで、市中の病院に開設されるのは非常にまれだ。では、どうして同院は導入に踏み切ったのか。それはフィジカルアセスメントが重要であること、さらには、そのスキルを身につけるために有効なシミュレーション研修の舞台が必要だと考えたからだ。
 八千代病院では、以前から呼吸音を学ぶ研修を実施してきた。だが、実施後のアンケートを見てみると、「実際の音を聞きたい」との要望が多かった。DVDなどの教材もあったが、それでは実際の現場をイメージしづらい。かといって、患者を実験台のように扱うわけにはいかない。こうした課題を解決する場がシミュレーションルームなのである。
 新人看護師にとって、いきなり現場に立つことはとても大きなストレスだ。シミュレーション研修で実践さながらの臨床訓練を積めば、患者の協力を仰ぐことなく効率的にフィジカルアセスメント能力を習得できるうえ、今までの学習内容と臨床実践力が結びつき、スムーズに現場に対応できるだけの自信がつく。
 また、シミュレーション研修68_Yachiyo_Linked2014は、中途採用の看護師の育成にも大きな効果を発揮する。今まで、ときとして中途採用の看護師の技術レベルには差があったが、実践的なトレーニングを通じてスキルの底上げを図れるからだ。さらに、手技に不安を感じるブランクのある看護師が、自信を取り戻すためにも役立つ。シミュレーションルームを活用すれば、八千代病院の看護の質を担保することが可能なのだ。

 

医療従事者の教育拠点となり、
地域の繋がりを深めていく。

Plus顔写真2 八千代病院では今、シミュレーションルームを地域に開放しようと考えている。自らの病院の看護師を育成するだけでなく、地域の訪問看護師や介護老人保健施設などのスタッフにも開放し、みんなで地域の医療レベルを上げていく。これこそが八千代病院が思い描くシミュレーションルーム活用の将来像だ。「院外の医療従事者の方々にも積極的に活用していただくことで、シミュレーションルームが地域の医療従事者を繋げる<Face to Face>の場になればいいなと考えています」と永坂和子副院長 兼 看護部長は話す。
 地域との繋がりという面では、八千代病院は、安城更生病院をはじめ、近隣の介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、市役所など約70の事業所が集う「安城医療79_Yachiyo_Linked2014福祉ネットワーク」を立ち上げ、事務局として3カ月に1回、医療勉強会を実施。すでに地域の病院や診療所などを結ぶ核となっている。同院ではシミュレーションルームを開放することで、こうした連携をさらに強固にしたいと考えているのだ。
 「例えば、訪問看護師の方が、患者さんの思わぬ急変に直面したとき、事前にシミュレーションルームで訓練をしていれば、あわてずうまく対応できることもあるはず。こうした学びの繋がりを地域に広げていくのが狙いです」と永坂副院長。今後は、勉強する人がモチベーションを保ち、達成感を味わえる仕掛け作りも考えていきたいという。
 院内における質の高い看護を追求するだけでなく、患者が安心して地域で暮らせる地域完結型医療を作り上げる。八千代病院のシミュレーションルームが、教育を通じてハブ機能を果たすべく動き始めている。


 

 

columnコラム

●八千代病院では平成26年5月、新館がオープンした。既存の本館西側に建てられたこの新館には、八千代総合健診センター、内視鏡センター、第2リハビリセンター、画像検査室、外来化学療法室などが入る。このほか、今回紹介したシミュレーションルームが5月末から本格的に稼働を始めたほか、今後も救急医療対応病棟、地域包括ケア病棟を100床増床させる予定だという。


●同院では、地域包括ケアシステムの実現に向けてハードの充実を図る一方で、安城市の「地域包括ケアモデル事業」にも参画している。この事業は、医療・介護の専門職や市、社会福祉協議会が連携してサポートを行うことで、地域住民が主体となった地域の見守り支援体制の構築をめざすもの。同院からも看護師を派遣し、体制づくりに大きく貢献している。

 

backstage

バックステージ

●地域完結型医療を作り上げるためには、急性期病院だけでなく、回復期や在宅を含めた地域の医療・介護施設全体で、医療をうまく繋いでいかなければならない。在院日数の短縮化が進む昨今、退院後の生活を安心して過ごすためには、急性期以外の医療機関を含めた「医療の質の連続性」が、患者の豊かな生活を担保するうえで、非常に大切な要素となってきている。


●医療の質の連続性を担保しつつ連携を深めるためには、地域の医療従事者たちが情報交換を図り、知識を高めていく必要がある。八千代病院は、シミュレーションルームを開設することで、こうした連携を進めるための「場」を提供したのだ。同院の患者を、安心して退院させることができる地域医療の下地を作ること。これこそが、<シミュレーションルームの開放>という選択を下した理由なのである。

 

 


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