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わたしの目標は、この地域から、
寝かせっきりの患者さんを一人でも少なくすること。

前 千登世/トヨタ記念病院 脳卒中センター(脳卒中リハビリテーション看護認定看護師)


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 愛知県豊田市のトヨタ記念病院の脳卒中センターでは、意識障害のある患者でも、寝かしたまま目覚めるのを待つことはしない。早くから身体を起こし、筋力が低下する前にリハビリテーションを組み合わせたケアを実践する。こうした取り組みの“仕掛け人”が、同センターの前(まえ)千登世看護長だ。50歳を目前にして脳卒中リハビリテーション看護認定看護師を取得。豊富な知識と経験を武器に、「退院後を見据えた看護」を広めている。

 

 

 


日常のケアにリハビリテーションの要素を意識的に組み入れ、患者の「その後の生活」を見据えた看護を実践。


足を洗うんじゃない、刺激を入れるんだ。

260062 「1ケア1ギフト1リハビリ」。この言葉を実践するのは、トヨタ記念病院の脳卒中センターの前 千登世看護長だ。2010年に脳卒中リハビリテーション看護認定看護師の資格を取得。ここで得た知識を生かして、看護の質の向上をめざした奮闘を続けている。「1つのケアに、リハビリテーションという骨格を入れ、いかに患者さまに提供するのか。これを徹底してきた結果、最近では看護の質が飛躍的に高まってきたと実感しています」。
 従来の看護において、「意識障害の患者さまは仕方がない。そのうち目覚めるのを待つ」という受け身の姿勢だった。「私自身もそうでしたね」。前看護長も自らをこう省みる。ただ、認定取得を経て彼女の意識は大きく変化した。今では「患者は看護師が目覚めさせるもの」だと言い切る。
 「現在の脳卒中センターでは、寝かして待つのではなく、早くから身体を起こし、筋力が低下する前にケアを行います。これによって患者さまは確実に変化します。治療のガイドラインはおそらく他の病院と大差ありません。ただ、看護は絶対に違うと断言できます」。
 前看護長はスタッフにこう諭す。「足を洗うんじゃない。刺激を入れるんだ」。手足を洗いながら毎日刺激を与えれば、大脳皮質にも刺激が伝わる。これがひいては意識レベルの覚醒度の変化として現れてくる。あるいは、清拭は寝たまま行われない。1日3回の口腔ケアに、嚥下訓練のひとつであるアイシングや顔面マッサージを取り入れる。口腔ケアとリハビリを一緒にやることで、嚥下機能の数値は目に見えて上がっていく。すなわち、日々のケアにどれだけリハビリテーションの要素を入れられるかが大きなポイント。「患者は看護で変わる」。これが、前看護長のめざすべき看護の姿だ。

客観的数値に基づく「成果」で看護師たちの考えが変わる。

260054 ただ、はじめから順風満帆だったわけではない。前看護長も「最初の1年間、私は病棟で完全なアウェーでした」と振り返る。認定資格取得で得た知識を現場に浸透させる。これはつまり、現場スタッフの負担を増大させることに他ならない。最初は「どうせやり始めても長続きしない」といった反対意見が大勢を占めていた。
 どうしたら周りの考えを変えられるのか。悩んだ前看護長は、「客観的評価」を行うことにした。それまでの看護は、いわば“感覚”の世界。「なんだかいい感じ」「治ったみたい」。こうした変化を主観で判断するのではなく、数値的なデータを取ることで「成果」にこだわったのだ。1年あまりが経過したとき、身体拘束が激減し、患者の嚥下機能を示す数値が上昇したりと、データとして確かな実績を出せた。これによって看護師の意識も徐々に変化しはじめた。
 さらに、看護師の意識改革を促したのが、月1回行う転院先訪問だ。自らが回復期や療養期の病院に送った患者のその後を見ることで、日頃のケアの効果を実感。このことが日々の看護への姿勢の変化に繋がった。「とくに排泄チームなどでは、頑張ってリハビリに送り出した患者さまを1ヵ月後に見に行くと、排泄の機能的自立度評価が4だった患者さまが7にまで上がっていたりします。こうした確かな変化を自分の目で見る。この体験を通じて、『やはり次に繋がる看護をするべきなんだ』とみんなの意識が変わっていきました」。

トヨタ式のカイゼン手法で業務効率化と人材育成を促進。

260042 こうした取り組みを実践するうえで、前看護長が積極的に活用するのが「TQM(総合的品質管理)」の手法だ。従来のケアにリハビリテーションの要素を組み入れれば、その分、業務量が増大する。そこでTQMによる問題解決手法を使い、まずは記録時間の短縮に取り組んだ。業務量調査を実施したところ、最も業務を圧迫していたのが記録時間だったからだ。重複記録ゼロを目標に、徹底したカイゼンを行った結果、それまで患者1人あたり1日平均33分だったケア時間を、88分にまで大幅に増加できた。
 また、病院全体で取り入れている固定チームナーシングを発展させ、チーム活動に人材育成の要素を強化した。まず前看護長が工夫したのがネーミングだ。たとえば、腹部抑制をはずして転ばず動けるように支援するチームの名前は、「安全に(A)」、「転ばず(K)」、「ゴー(G)」の略で「AKG」。また、患者への再発予防の指導を行うチームは、「脳卒中お助け隊」だ。「看護師たちにとっては、活動の目的がより明確になりました」と前看護長は話す。
 そうしたチーム活動では他職種との連携も進め、そのうえで必ず「成果」にこだわる。排泄チーム、嚥下チームなどに分かれて1年間自分のテーマを持ち、知識を増やし、技術を高め、そして患者を変化させて成果を出す。この経験を積み重ねることで、看護師の成長を促していくのだ。「あくまで成果を出すことが条件。毎月チームのリーダー会を実施し、プロジェクトの進捗状況を確認します。もし変化がなければ、何が原因なのか、やり方が間違っていないかなどを検証するようにしています」。

地域連携室での経験を糧に継続性のある看護を追求。

260098 脳卒中センターで勤務する以前は、同院の地域連携室で働いていた前看護長。そこから感じたのは、「今の状況は、患者さまにとって医療の機能分離状態」だということ。「今ではどの基幹病院でも地域連携を積極的に推進していますが、患者さまへの説明は不十分な場合が多い。そんななかで患者さまは、医療情報がなく困り果て、治療が中断してしまったり、再入院してしまう方もいます。どうすれば患者さまが無理なく次のステージへ移行していけるのか。これを考えることが大事だし、私たち医療従事者の役割なのかなと思います」。
 地域連携室での経験は、前看護長の看護観にも大きな影響を与えた。「私たちが何のために看護をしているのかといえば、最終的に家で生活する際に少しでも、質の高い生活が送れるようにするために尽きます」。
 患者のその次を見据えた、継続性のある看護の実践。そんな脳卒中センターの仕組みは、完成型に近づいたようにも見える。ただ、前看護長は「まだ最終章ではない。やっと中間地点ですね」と話す。「患者さまの身体的な機能を上げるだけが目的ではありません。予防に力を入れたり、ご家族の潜在能力をいかに引き出すかも大事な要素です。スタッフにはもっといろんなことを教えて経験させていきたいと思います」。前看護長の視線は、さらなる高みを見据えている。


 


column

83R83898380●愛知県豊田市にあるトヨタ記念病院は、その名の通り、トヨタ自動車が運営する企業立病院である。元々、トヨタ自動車工業の工場内に開設された診療所としてはじまり、1987年にトヨタ記念病院として現在地に開設された。そのため、他の医療機関とは異なり、製造業の企業などで多く見られるTQM(総合的品質管理)の考え方が随所に取り込まれている。なかでも院内スタッフの教育の一環として、QCサークル(自発的な品質管理)活動が取り入れられているのが特長だ。

●前看護長の脳卒中センターでも、看護師の育成や日々の業務改善に、QCの考え方が役立てられている。固定チームナーシングによって小集団が形成され、そのなかで排泄・嚥下などのテーマを掲げ改善に向けた取り組みを実施。また、トヨタ自動車のTQM推進部の担当者が定期的に指導を行うなど、医療サービスの質の向上を後押しするシステムがしっかりと構築されている。




backstage

83o83b83N83X83e815B83W●近年、基幹病院が高度急性期化するのに伴い、患者の入院期間の短縮に拍車がかかっている。ただ、病気は急性期だけでは終わらない。そのため、回復期、療養期、在宅といった次のステージとの間に大きな断層が生じている。こうした溝を埋めるためにはどうすればいいのか。これには、「地域による疾患ごとの医療提供体制」の構築が不可欠だ。疾患別に、地域全体で疾病の発生から社会復帰までを網羅的にカバーする仕組みを作り上げる必要がある。

●まず重要となるのが、医療の質を担保することだ。急性期を担う基幹病院から地域の医療施設、介護施設へと提供主体が変わっても、良質な医療を途切れなく提供できる体制を地域全体でつくることが求められる。また、高齢化が急速に進む今の社会では、単に病気を治すという発想に留まらず、患者の今後の生活を考えながら、よりよい状態で次のステージへと繋いでいく「その後を見据えた医療」の提供が必要といえよう。

 

 


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