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地域を愛してやまない強い気持ちが、
看護師が辞めない「風土」を築く。

岩崎 翼/半田市立半田病院救命救急センター


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知多半島に位置する半田市立半田病院は、半島全域で唯一、三次救急を担う地域の基幹病院だ。この救命救急センターで活躍する看護師、岩崎 翼は、入職7年目の若さで、救急看護認定看護師をめざして動きはじめた。彼を、認定取得へと突き動かしたものは何だったのか。そこには、先輩の姿と、東日本大震災での苦い経験があった。

 

 

 

 


地域のために、救急はもっと強くないといけない。ひとりの看護師の決意が、病院の未来に光を灯す。




知多半島の三次救急を担う半田病院の救命救急センター。

111118 「救急は断らない」。半田市立半田病院が掲げるモットーだ。人口60万人あまりを抱える知多半島で、唯一、三次救急を担う同院。救急を断らない姿勢は、強い使命感の表れでもある。
 同院の救命救急センターでの救急車受け入れ数は年々増加。独歩の来院者も急増している。とりわけ休日には「混乱」といえるほどの混雑ぶりが続く。一日の救急患者の数は軽く100名を超えるという。
 そんな救命救急センターで働くのが、岩崎 翼だ。入職後は4年間、ICU(集中治療室)での勤務を経験。その後、念願だった救命救急センターに異動した。現在は救命救急センターに所属し、センターの外来業務を行ったり、ICUでの勤務にも対応している。
 「救命救急センターに訪れる患者さんは増加していますが、そのほとんどは軽症の方です。ただ、なかには重症の方がいらっしゃる可能性もあるので気は抜けませんね」と岩崎看護師。同院では来院した患者をすべて受け付ける。ただその分、帰り際の“指導”にも力を入れる。「この症状のときは、自宅で様子を見ましょう」などの具体的なアドバイスを行い、救命救急センターの適切な利用を促しているのだ。
 入職7年目の岩崎看護師は、救急の看護師のなかではすでに中堅。リーダー的な役割を期待される存在だ。後輩の看護師への指導にも目を光らせつつ、経験の浅い研修医には看護師目線で助言をするなど、センター内のコーディネート役を担っている。一方、ICUで勤務するときには、うまく力を発揮できてない看護師にアドバイスするなど、メンバーの一人として“120%のメンバーシップ”を発揮できるようフォローに回る。

声なき患者に自分の無力さを痛感。その悔しさから、あえてICUへ。

111013 岩崎が看護師をめざしたのは、高校時代だ。最初は「手に職を付けた方がいいのかな」という漠然とした動機だった。だが、看護学校に入学してみると、想像以上に勉強が面白かった。なかでも実習では、岩崎が関わるごとに患者の表情が明るくなり、病状も回復に向かう。「看護の力で回復を助ける」。そんな“看護の醍醐味”に取りつかれた。
 ただ、半田市立半田病院に入職後のローテーション研修中、ICUで自分の無力さを痛感することになる。「ICUの患者さんは会話ができません。患者さんから発せられる情報が遮断されただけで、自分の思い込みが先行した看護になってしまった。何もできない自分というものを突き付けられた思いでした」と回顧する。「このままでは終われない」。そんな思いを抱いた彼は、研修終了後、迷わずICUでの勤務を希望する。
 ICUでの4年間は大変だった。ICUでは全診療科の知識が問われるため、引き出しがない新人看護師には過酷だ。ただ、一つずつ実績を積み上げる過程で、岩崎看護師は確かな自信を積み上げていった。
 ICUでの自信を糧に、満を持して救命救急センターへ。ただ、そこでも苦闘の日々は続く。「病棟看護と外来看護ではまったくの別物」と岩崎看護師。最も違うのは、患者の情報がない状態からはじまることだ。病棟では患者の情報があり、治療方針や看護計画が決められている。一方、外来ではまず症状から見ることになる。「症状からどんな病気かを考えるだけでなく、その患者さんの背景、生活、家族との関わりなども探る必要がある。本当に難しいですね」。2年間、がむしゃらに働いた。そんなとき、東日本大震災が発生する。

認定取得はまだ早いかもしれない。でも、病院は背中を押してくれた。

111087 東北での惨状を知り、日本看護協会を通じて災害支援ナースとして現地入りした岩崎看護師。宮城県気仙沼市に到着したのは地震発生から10日後のこと。やっとライフラインが復旧しはじめた頃だった。ただ、彼は被災地で何もすることができなかった。
 「看護をしに来ているはずなのに、アプローチの仕方すら分からない。情報も得られず、余震もまだ続く状況のなかで、二泊三日しただけで限界でした」。後悔の念だけが残った。
 「自分は“役立たず”だったのではないか」。そんな思いを抱えて悶々とする彼に、転機が訪れる。半田市立半田病院が現地の医療機関に物資を届ける際、「自分の思いを確認してきなさい」と同行する機会を与えられたのだ。再び、東北へ。現地の人からは、「来てもらっただけで、良かった」という温かい言葉をもらった。
 この言葉で「救急を極めたい」という思いがますます強くなる。同じ救命救急センターにはすでに救急看護の認定看護師がいるが、その人との力の違いを感じることも多い。また、この地域では東海・東南海地震の発生も予測されている。「救急の認定看護をめざしてもっと勉強したい」。そんな思いを病院にぶつけてみると、「挑戦してきなさい」と背中を押してくれた。
 だが、岩崎看護師は2年前に結婚したばかり。育休中である奥さんの美香さんは同じ病院に勤める看護師だが、小さな子どもがいるため、当初は猛反対された。その後も何十回と家族会議を重ねる。そして、最終的には夫を送り出す決意を固めてくれたのだ。「頑張ってたくさんのモノを得て帰ってきて欲しい」。そう美香さんは語った。

地域医療を担う病院を支えるもの。それは、連綿と受け継がれる「風土」。

111124 職場への復帰を間近に控える妻が、夫の認定看護教育課程への挑戦を納得したのは、半田市立半田病院に根付く「風土」に理由がある。看護師同士の結婚となれば、子育てはおろか、通常の家庭生活を送るのも至難の業だ。だが、岩崎看護師は結婚当初から不安はなかったという。「先輩看護師の働きぶりを見て、病院がうまくバランスを取ってくれていると感じていましたから」。院内には数多くの男性看護師が勤務し、大半は既婚者。その多くが岩崎と同じく看護師同士の結婚だ。周りには同じ状況の先輩がたくさんいる。そのため、何か悩みごとがあれば身近な相談相手がすぐに見つかるのだ。
 また、同院では、「充実した看護のためには、充実した私生活が欠かせない」という考え方が浸透しており、看護師の労働環境の整備にも熱心だ。時短勤務、夜勤軽減や免除、柔軟な勤務形態を選ぶ制度もある。こうした職場の雰囲気と制度が、岩崎夫妻をはじめ家庭を持つ看護師たちの大きな支えになっている。
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 同院の白井麻希看護局長は言う。「当院では20年近く前から院内保育を整備するなど、ずっと『働きやすい環境づくり』に努めてきました。福利厚生の充実を図り、さらに『できる限り使うように』と促してきたのです。これは歴代の看護局長から脈々と受け継がれてきた伝統ですね」。
 人が辞めない環境づくりを重んじる同院の風土が、知多半島の医療を担う基幹病院としての誇りを支えている。


 

 

column

-83R83898380●半田市立半田病院では、近隣の病院に先駆け、看護師の待遇改善に取り組み、看護師が制度を活用しやすい風土を醸成してきた。それを可能とした根底には、「ワークライフバランスをどう捉えるかがあります」と白井麻希看護局長は語る。

●「一つは、看護職らしく働き続けられるということです。そのためには、“今、この人は、ワークとライフのどちらに価値観をおいているのか”を見つめ、できるだけそれに合致した仕事環境を提供するようにしています。二つには、10代から60代の看護師まで、平等に対応するということ。ワークライフバランスというと、子育て看護師を中心に捉えがちですが、決してそうではなく、専門職として、それまでのキャリアで培われたモノを、活かすことができるよう考えています」。

●こうした考えが時間をかけ風土として定着。結果、同院の看護師離職率は、全国平均、愛知県平均をともに大きく下回ることに繋がっている。

 

 

 

backstage

-83o83b83N83X83e815B83W●急性期医療を担う看護師の負担を軽減し、より質の高いケアを実践するためには、チームによる看護体制を整備していく必要がある。従来のように看護師がすべての業務を担う看護のあり方を見直し、看護師は自らの専門性を発揮できる業務に特化し、看護助手と適切に役割分担・連携を図ることで、チームとして質の高い看護をめざすのだ。

●半田市立半田病院のように、救命救急センターを持つ基幹病院では、全国的に救急搬送や独歩での患者が急増している。一方、急性期医療を担う看護師は、慢性的に不足しているのが実情だ。こうしたマンパワー不足を打開するためにも、看護師と看護助手との役割分担・連携は不可欠だ。今後は、看護助手の育成、やりがいを感じられる環境の整備などを進め、チームとしていかに看護の質を高めていくのかが大きな課題となりそうだ。

 

 


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