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シアワセをつなぐ仕事

「家族」の始まりを支える。
私は、助産師です。

尾関梨沙/海南病院 産婦人科病棟


シアワセメイン_10海南

新しい命が誕生する、それは何よりも素晴らしい瞬間だ。尾関梨沙助産師は、年間約750人の赤ちゃんを取り上げる海南病院に勤める。「命の生まれる場所で働きたい」と一途に助産師をめざした尾関。しかし、そこには幸せなばかりではない現実があった。赤ちゃんの〈生〉と〈死〉に真摯に向き合う助産師の姿を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 


出産の立ち会いだけが、助産師の仕事ではない。生と死、喜びと悲しみ。その怖さと責任の重さから見つけ出した、「家族の第一歩」を支えるという、使命。


自分の仕事が、どうしようもなく怖い。

28-10102 「可愛い赤ちゃんに毎日会えて、その子たちが生まれてくる瞬間を共有できる仕事ってすごい」。そんな思いで中学の頃から助産師を夢見てきた尾関梨沙が、海南病院へ入職したのは6年前。「お産は新しい命が誕生する幸せなもので、助産師はその場に立ち会える仕事。現場に入るまでは、ただただ幸せな職場を思い描いていました」。
 尾関が、初めて赤ちゃんの〈死〉という現実に直面したのは、働きはじめて1年が経とうとする頃だった。担当した産婦の赤ちゃんは胎内で既に死亡していた。産声を聞くことは決してないと分かっていての、悲しみに打ちひしがれながらのお産だった。分娩に立ち会いながら尾関は、「赤ちゃんは元気に生まれてくるもの」と、どこかで思い込んでいた自分の甘さを実感した。
 〈死〉の誕生を目の当たりにし、尾関は初めて、自分の仕事の責任と怖さを知った。「お産は常に正常に進むとは限りません。誰もが元気な赤ちゃんを待ち望んでいるなかで、正常なお産を任されている責任感、そこに向き合っていくことが、どうしようもなく怖いと感じました」。

 

「どう声をかけたら…」。何もできない自分がいた。

28-10068 「死産」についての知識は、もちろん尾関も持っていた。しかし、初めて亡くなった赤ちゃんの分娩に立ち会ったときには動揺した。「助産師として、いつかは関わらなくてはならないお産だと分かってはいましたが、分娩室に入るのが怖かった。産婦さんに対して、自分が何をするべきなのか、分からなかったから…」。お産後、悲しみにくれる産婦の身体をさすり、ろくに声もかけられず、ただ一緒にいることしかできなかった。
 赤ちゃんを亡くしてしまった産婦や家族にどう関わっていくべきか、尾関は悩んだ。教科書上では学んでいても、実際に病室のドアをノックするときにはいつも「どう声をかければいいのか」と迷い、ためらった。一緒に悲しい顔をして話を聞くこと以外、何もできない自分がもどかしく、もがく日々が続いたという。
 そんな尾関の心の支えとなったのは、助産師の先輩や仲間と行う毎日のカンファレンスだった。同じような悩みを抱える仲間や経験豊かな先輩の意見を聞くことで、色々な目線があることに気付き、「すべてを一人で抱えているわけじゃない」という安心感も生まれた。
 悩みながらも尾関は、赤ちゃんの死や、産婦や家族との関わりから決して逃げなかった。仲間や先輩に支えられながら、「自分に何ができるのか」答えを探し続けたのだ。

 

自分が何をしたいのか、思いが固まった。

28-10013 今の尾関は、悲しい顔をして産婦の身体をさする代わりに、亡くなった赤ちゃんを生きている子と同じように抱き上げ、慈しむ。「赤ちゃんを、もう亡くなってしまった子として見るのではなく、その方たちの大切な家族だと思うようになったんです」。
 「死産」の場面では、「心に傷が残るから会わない方がいい」、「早く埋葬してあげたい」と、亡くなった赤ちゃんとの関わりを避ける産婦や家族もある。しかし、その子との限られた時間をどう過ごすかで、産婦や家族のその後の長い人生は大きく変わるのではないだろうか。「お風呂に入れてあげましょう、服を作ってあげましょう、手紙を書いて棺に入れてあげましょう…」。尾関は、限られたなかで家族として過ごせる時間をどう作り出すか、考えるようになった。「赤ちゃんを抱っこしてお風呂に入れてあげた後は、産婦さんの顔がお母さんになるんです。何かをしてあげたかったと後から思っても、取り返しがつきません。そのときは辛くても、家族としてきちんとその子と向き合い、過ごす時間を作る。それが、長い目で見て〈死〉を受け入れることに繋がると思うんです」。
 赤ちゃんの死を悲しむだけではなく、産婦や家族がその悲しみを乗り越え新たな一歩を踏み出せるよう、助産師として力を尽くす。「お産に関わるということは、産婦さんやご家族のその先の長い人生にも関わっていくことだと思います」。助産師として自分が何をしたいのかが明確になったことで、赤ちゃんの死に対する見方が変わった。

 

より長い時間を妊産婦や家族と関わりたい。

28-10118 さまざまなお産を経験し、産婦や家族、それを囲む多くの人々と関わりを持つなかで、尾関は、分娩の限られた期間だけでなく産前産後のより長い期間、産婦やその家族と関わっていきたいと思うようになった。「妊娠が分かって家族が喜ぶところから関わり、妊娠中の思いの変化なども感じていきたい。そうすれば、助産師としてもっと色んなことができるはずだと感じたんです」。その気持ちに応えるかのように、海南病院では一昨年から助産外来がスタート。尾関は外来担当として、毎週木曜に妊産婦への保健指導を行っている。
 助産外来は、16週までの妊娠経過に異常がなく、お母さんも赤ちゃんも健康で、赤ちゃんの成長が正常な妊産婦が対象だ。「お産には予測のできないリスクがあります。ある程度の期間を正常に過ごしても、いつ異常に移行するか分からない。個別ケアをするなかで、異常に移行するサインがないかどうかを丁寧に看ていきます」。それが、悲しみを減らすことにも繋がる。
 尾関は「お腹のなかにいるときに看ていた子が無事に生まれて、産婦さんがお母さんの顔に変わるのを見ると、本当に嬉しい」と話す。誰もが無事な出産を望むなか正常なお産を任される、助産師は責任の重い仕事だ。死産への怖さも消えない。しかし、赤ちゃんが無事に生まれ、家族になっていく姿を見ることは、これ以上ない喜びだ。「家族が生まれるその瞬間に立ち会えるのは、この仕事だからこそ」。尾関にとって助産師は「本当に幸せな仕事」だ。「産婦さんやご家族のそばに、温かく寄り添える助産師になりたい」。尾関はこれからも、助産師として多くの命の誕生を見守り続ける。


column

-83r83898380●海南病院は、海部医療圏で唯一、ハイリスク妊娠(母児のいずれかまたは両者の重大な予後が予想され、妊産婦死亡・周産期死亡・周産期罹患の発生する可能性が高い妊娠)を受け入れることのできる病院だ。現在8人の医師と約20人の助産師がおり、産科の総出生児数は平成23年度で752人となっている。

●海南病院では、問題を抱える妊産婦に対するカンファレンスを毎日行い、助産師全員で妊産婦一人ひとりへの今後の対応を話し合う。このカンファレンスは、「死産」などに対応したスタッフが精神的な痛みを一人で抱えこまないよう、問題や悩みを全員で共有し、いたわり合いながら現実と向き合う場ともなっている。入職1年目で赤ちゃんの死を経験した尾関も「仲間や先輩と色々な話ができたことが、精神的な支えとなった」と話す。


backstage

-83o83b83n83x83e815b83w●古来より、分娩は命がけの行為だ。現代では周産期医学が発達し、日本の周産期死亡率は著しく低下した。2011年の日本の周産期死亡率は、1000人の出産に対して4.1人と、世界一の低率だ。しかし、それでも妊娠高血圧症候群、前置胎盤、癒着胎盤、へその緒の巻絡、大量出血、HELLP症候群などのリスクは、決してなくなってはいない。

●かつて身近だった死産や新生児死亡はまれなものとなり、「出産は安全なもの」「無事に生まれて当然」という認識が一般的になったことで、そうした事態が起きた場合、立ち会った産婦人科医や助産師がすべての責任を負わされるケースが増加している。そのため、現在、多くの産婦人科医たちが現場から離れ、産科空白地帯が広がっている。この国で現在の周産期死亡率の水準を今後も維持していくためには、「出産は本来リスクが高いもの」という認識を国民が改めて持ち、その現場に立ち会う産婦人科医、助産師への理解を深めることが必要だ。


 


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