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病院を知ろう

愛知県で一番小さな市民病院の、
地域で一番やさしい病院づくり。

 

 

みよし市民病院


いち早く超高齢社会を予見し、
<人の尊厳を守る医療>を届ける
仕組みを構築してきた。

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みよし市民病院は平成13年に開院した、愛知県では最も新しい、そして最も小さな市民病院である。
 <2025年の地域医療はどうあるべきか>を考えて、療養病床(54床)を備えると同時に、みよし市の訪問看護ステーションと在宅介護支援センターを併設。
時代を先取りした発想で、市民が年老いても安心して人生を全うできる地域社会をめざしている。

 

 

 

 

 

療養と在宅支援を第一に考えた病院の設計。

 Plus顔写真 誰もがいつかは体も心も老いていく。そのとき、医療はどうあるべきだろう。その命題と真摯に向き合い、必要な病院機能をとことん考え抜いて平成13年につくられたのが、みよし市民病院(当時は三好町民病院)である。
 病院づくりの立役者は、前病院事業管理者の柴田時宗氏(開院当時は院長)。そして、柴田前事業管理者に請われて同院に赴任してきたのが、成瀬 達院長である。柴田前病院事業管理者がみよし市民病院に移る前、名古屋大学医学部第二内科・膵臓病研究室で短い期間、共に過ごした2人は、何度となく、これからの地域医療について語り合ったという。成瀬院長は、当時のことをこのように振り返る。
 「ちょうどその頃、医学界の著名な先生や病院の院長先生が相次いで脳卒中で倒れるという出来事がありました。お2人とも急性期治療を受けて一命は取り留めたものの、退院後の療養先が見つからずに大変苦労されたんですね。障害を持ちながらでもある程度の知的活動はできたと思いますが、そういう環境を得ることができず、本当に不本意な人生の最期だったと思います。私自身、医療者としてすごくショックを受け、柴田先生ともいろいろな話をしましたね。そうした出来事にも背中を押され、柴田先生はみよし市民病院を作られたのだと思います」。
 開院時のみよし市民病院は、一般病床が52床(現在は68床)で、療養病床が54床。全体の約半分を慢性期疾患を対象にする設計で、病院開設と同時に、訪問看護ステーションと在宅介護支援センターを併設した。開院当初から、急性期主体の公立病院とは一線を画し、療養や在宅支援を第一に考えた病院だったのである。

 

 

高度急性期治療後の医療を提供し
在宅復帰をサポート。

先方提供写真002 みよし市民病院が誕生した頃、医療をめぐる環境はどうだったのか。少し時代背景を振り返ってみたい。まず平成4年の医療法改正で、特定機能病院制度と療養型病床群が創設された。平成9年には総合病院制度が廃止され、地域医療支援病院制度が生まれ、平成13年には、医療機能の分化を図るための病院類型がスタートした。それまで精神・結核・感染症以外の病床は<その他の病床>としてひとくくりにされていたが、<一般病床>と<療養病床>の届け出が必要となったのである。平均在院日数を短縮する方向が打ち出されたのもこの頃で、いわば今日の病院機能再編の黎明期ともいえる。
 これらの医療政策は高齢社会の進展に対応し、良質な医療を効率的に提供することを目的に整備されたものだが、制度の狭間で行き場のない患者も生まれた。急性期治療を終えて、なお医療を必要とする患者の受け皿となる病床は、すでにこの頃から不足していたのである。
IMG_3194 こうした制度上のすき間を埋めるためにつくられたのが、みよし市民病院であり、その思想には徹頭徹尾、人へのやさしさが貫かれている。療養病床では急性期治療を終えた入院患者のほか、在宅療養中の患者を短期間、受け入れるレスパイト入院にも対応。これは、家族の肉体的・精神的介護疲れを解消するためのサポートである。さらに療養病床では、在宅に戻れない長期入院患者も受け入れている。「療養病床では、1年以上入院している患者さんもいます。確かに採算は取れませんが、行き場のない人をつくるわけにはいきません。ですから、その分の医療費はみよし市の支援を受けています」と、成瀬院長は説明する。
 また、地域の医療機関との連携体制にも取り組んでいる。とくに平成20年、同院の近くに豊田厚生病院が移転してから、高度急性期医療を終えた患者の継続治療に力を注ぐ。「豊田厚生病院の移転が決まったときは、当院の経営を心配してくださる方もいました。でも、むしろ柴田先生と私は、当院でカバーできない領域を担っていただけると大歓迎でした」と成瀬院長は振り返る。同院と豊田厚生病院は今、研修医教育においても連携しており、その関係は緊密だ。その一方で訪問看護ステーションと在宅介護支援センターの機能を活かし、地域の診療所と連携し、在宅の患者を支えている。まさに、高度急性期病院と診療所(在宅)を結ぶ中間的な病院として重要な役割を果たしているといえるだろう。

 

 

医師や看護師が
誇りを持って働ける病院に。

IMG_6709 高い志を持ち、地域に根ざして成長してきたみよし市民病院だが、開院から十数年の道のりは、決して順風満帆ではなかった。第一に苦労したのは、医師や看護師の確保で、それは今も続いているという。同院では内科、消化器科、循環器科、外科、整形外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、皮膚科、小児科、眼科、リハビリテーション科、放射線科の12科を標榜しているが、常勤医は13名と圧倒的に少ない。不足する戦力を、大学からの非常勤医師に頼っている状況だ。また、看護師の慢性的な不足にも頭を悩ましているという。
 「当院の良さは、患者さんに寄り添う医療や看護ができるところです。今まで急性期の最前線で活躍してきたけれど、もう少しじっくりと医療や看護をしたい人に最適の場所だと思うのですが、なかなかその魅力を伝えることができません」と成瀬院長は、苦しい胸中を打ち明ける。
IMG_6561 医師をはじめとした職員が高いモチベーションを持って医療に取り組めるよう、同院は愛知県で最初に電子カルテを導入し、64列マルチスライスCTなど最新の医療機器を揃えるなど、コンパクトでも高機能な病院づくりをめざしている。「理想はここで働く職員が、当院で提供する医療に誇りを持てることです。そのために、これからも最上クラスの環境を整備していくつもりです」と成瀬院長は話す。

 

 

みよし市民病院の思想に、
今まさに時代が追いついてきた。

IMG_6625 急性期治療を終えた患者を受け入れること。在宅で家族が介護に疲れたとき、患者を受け入れること。訪問看護や在宅介護支援のサービス機能を備えること——。同院が進めてきた病院づくりは、まさに今、国が進める地域包括ケアシステム(※)の動きに合致するものだ。
 「この地域に必要な医療を届けようと頑張ってきましたが、まさに時代が追いついてきたように感じています。今後、高齢化が進んでも、今の122床があれば、過不足のない医療を提供できると考えています」と成瀬院長は自信をのぞかせる。
 過不足のない医療とは、具体的にどういうことか。「それは、ひと言で言うと、人の尊厳を守る医療です。その人の人生観や価値観を尊重し、たとえ体が不自由になっても、社会に参加しながら過ごせるような場を用意し、自立して生活できるように地域で支えていきたい。そのために今後は医療と介護を完全に一体化して提供できる体制をつくっていく計画です」。
 5年後、10年後、地域の人々が「みよし市民病院があって本当に良かった」と思える未来を見据え、同院はこれからも市民にとって一番やさしい、一番安心できる病院づくりを進めていこうとしている。

※ 地域包括ケアシステム:高齢者が住み慣れた地域で生活を継続できるように、医療・介護、介護予防、福祉などのサービスを包括的に提供する体制。

 


 

column

コラム

●みよし市民病院は、一般病床と療養病床を持つ、いわゆるケアミックス病院(同じ病院施設内に一般病床や療養病床など異なる機能を併せ持つ病院)である。さらに同院では今後、一般病床の一部を、地域包括ケア病床(急性期治療を終えた患者に対し、在宅復帰に向けて医療・看護、リハビリテーションを行う病床)に転換することを検討している。

●国は、今後の地域医療の提供体制として<地域完結型医療>をめざしている。すなわち、地域にある病院が明確に役割分担して連携し、高度急性期から急性期、回復期、慢性期、在宅まで切れ目なく医療を繋ぐ体制である。そうした動きのなかで、みよし市民病院はいち早くケアミックスを選択すると同時に、地域の高度急性期病院と診療所を結ぶ中間的な病院というポジションを確立し、その機能をいかんなく発揮している。

 

backstage

バックステージ

●公立病院はこれまで、地域における政策医療の担い手の中核に位置してきた。たとえば、都道府県の医療計画で定められた5事業(救急医療、周産期医療、小児医療、へき地医療、災害医療)については、不採算であっても地域に必要な公益性の高い医療サービスを提供すべきであり、そのために公費が投入されている。

●だが、公益性の高い医療サービスは、医療計画の5事業だけではないことを、みよし市民病院の取材を通じて改めて感じた。たとえば、同院では、療養病床において長期入院患者を受け入れ、みよし市の税負担で支えている。年老いて病気になっても、行き場がなくならないよう最後の砦としての役割を担っているのだ。このような高齢社会のセーフティネットとしての機能も、これからの公立病院の大切な役割の一つかもしれない。

 


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