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病院を知ろう

100年の歳月の繋がりを胸に
今、一人ひとりが心をこめて。

 

 

名古屋第二赤十字病院



100年の歴史と伝統を受け継ぎ、
これから進むべき方向を見据え、
新時代にふさわしい病院を創造していく。

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平成26年12月、100周年を迎えた名古屋第二赤十字病院。
大正3年、名古屋市東部の緑豊かな丘陵地に結核療養所として誕生して以来、
長い歳月をかけて、地域医療に貢献する仕組みを築いてきた。
その歴史と伝統に息づく赤十字精神を軸に、新しい時代にふさわしい病院の未来を切り拓いていこうとしている。

 

 

 

 

 

100周年を機に、
新たな整備計画がスタートする。

 Plus顔写真「100周年を素直に喜ぶというよりも、これを受けて将来に向けて病院を発展させなくてはならない、という使命感の方が強いかもしれません」。創立100周年記念式典を1カ月半後に控えたある日、名古屋第二赤十字病院の石川 清院長は、表情を引き締めてそう語った。
 その言葉を裏付けるように、今、同院では新たな整備事業計画の話が持ち上がっている。計画の骨子はどういうものか。「まだ具体的な計画を公表できる段階ではありませんが」と石川院長は前置きして、次のように話した。「地域のニーズに応えるために当院はどうあるべきかと考えたとき、優先課題は救急部門の拡充です。連日連夜、多くの救急搬送を受け入れている救急部門では、救急外来や集中治療室が非常に手狭になり、施設の整備が急務となっています。また、治療機能の高度化も推進しなくてはなりません。たとえば、心臓外科・血管外科や脳神経外科の先進治療を進めるには、ハイブリッド手術室(手術台と心・脳血管X線撮影装置を組み合わせた治療室)の導入が不可欠であり、早急に整備を進めていきたいと考えています」。
 2025年に向けて国が進める医療制度改革では、病院の機能分化と医療連携が最重視されている。そのなかで、同院は地域の高度急性期医療を担うことを決断している。同院は地域完結型医療体制における拠点病院として機能していくために、施設・設備の充実を構想しているのである。同時に石川院長は、「近い将来、発生するといわれる東海地震や南海トラフ巨大地震に備える機能充実も重要」だと語る。同院は、愛知県の災害拠点病院(地域中核災害医療センター)でもある。災害時には、名古屋市内のみならず、より広い地域の拠点病院として機能しなくてはならない。そのための整備事業も、同院の大きなテーマとなっている。

 

 

歴史と伝統のなかで築かれてきた
八事日赤の医療体制。

 100周年を機にスタートする新たな整備事業は、当然、同院が培ってきた歴史と伝統を引き継ぎ、その上に描いていくものである。
 同院は大正3年12月、日赤愛知支部八事療養所として開院。当時、国民病・亡国病と恐れられた結核対策の拠点としてスタートした。戦後、国の結核対策が一段落した後は、名古屋市東部の急速な発展に伴い、地域住民の要望に応え一般診療をスタート。その後、診療科を充実させ総合病院へと成長していった。
 236Hito_100th_YagotoNissekiそのなかで特に同院が注力したのは、救急医療と高度医療の推進である。結核専門病院から一般病院へ転換した昭和35年以降、「医療は24時間求められている」という認識のもと、救急医療の充実に力を注いだ。昭和49年に愛知県救急医療センター、昭和59年に救命救急センターに指定され、名実ともに「救急の八事日赤」と称されるようになった。高度医療においては、早い時期から臓器別診療体制を導入し、腎臓病や循環器病、呼吸器病、脳卒中などにおいてハイレベルの医療を追求。特に、増え続けるがん診療に力を注ぎ、平成20年には地域がん診療連携拠点病院に指定された。また、この間、救急医療や高度医療の充実をめざし、長期間にわたる整備事業を推し進め、施設を拡張し、最新鋭の設備・医療機器を導入。名古屋市屈指の先進的な医療体制を確立してきたのである。
 「長い歴史のなかで、当院は地域の医療ニーズに応えるために必要なハードを整え、救急医療や高度医療を追求してきました。そういった得意分野は今後も伸ばしていきます。とくに<救急医療とがん医療>はこれからも変わらない医療の柱になると思います」と石川院長は話す。

 

 

国の医療政策に則りつつ、
地域医療のニーズに全力で応えていく。

173Hito_100th_YagotoNisseki 今後の方向性をしっかりと見据える石川院長だが、「国の医療政策の転換によっては、10年後、どういう病院になるかわからない部分もある」と危惧する。国の医療政策の方向性は、2年に一度改定される診療報酬に反映される。国がめざすべき医療提供体制にそって診療報酬点数が設定され、政策誘導が行われる仕組みで、改定の度に病院経営は大きな影響を受ける。
 「経営を考えれば、当院の得意分野を活かしながら、国の医療政策に則った経営方針を打ち出さなくてはなりません。しかし、国の政策に従い、医療の効率化を追求するだけでは、地域医療は成り立ちません。特に公共性の高い赤十字病院としては、周産期や小児医療、万が一の場合に備207Hito_100th_YagotoNissekiえた災害医療など不採算といわれる分野の医療も積極的に担っています。国の政策を意識しながら、この地域に顕在しているニーズや潜在ニーズを把握し、地域から期待されている医療を推進していくことこそ重要だと考えています」と石川院長はきっぱり語る。
 同院では今、地域の人口構造や疾病構造の将来予測など、さまざまな情報も参考にしながら、地域の医療ニーズの分析を進めている。

 

 

自分の仕事に誇りをもって働ける
最高の病院をめざして。

164Hito_100th_YagotoNisseki 次の100周年に向かって、立ち止まることなく飛躍をめざす上で、石川院長が最も重視するのは何だろうか。「やはり根本は、組織を動かす<人>です。職員が誇りとやりがいをもって仕事に取り組めば、すべてうまくいく。困難も乗り越えられるし、地域の人にも喜んでもらえると信じています」。
 職員の意識を高めるために、石川院長は「良い病院」という以上に、「最高の病院になろう」と職員に呼びかけてきた。最高の病院とは、職員が日々の仕事にやりがいを持ち、自分たちの医療やサービスを最高であると信じ、患者もまた、最高の医療サービスを受けられると感じられる病院である。具体的な方策として、コーチング(対話によって相手の自己実現や目標達成を図る人材開発の手法)や、医療メディエーション(患者の気持ちを理解し、対話を通じて信頼関係を構築していく対話促進・問題解決モデル)といった新たな人材教育手法を積極的に導入。その成果は、院内のコミュニケーションの円滑化をもたらし、実際に、医療事故の防止に繋がっているという。
dainisekijyuji_2  「ただ、医師の世界は異動が当たり前なので、毎年40人ほど入れ替わります。だからこそ、教育を継続して行うことが非常に大切です。常に人を育て、いい人が育っていくような風土を大切にしていきたい」と石川院長は話す。同院の人材教育の原点にあるもの。それは、社会貢献や災害救護に代表される赤十字の精神に他ならない。「僕自身、大学の助教授を辞してこの病院に赴任してきたのは、赤十字の精神が好きだったからですし、当院の職員は皆、その思いを共有していると思います。さらに言うと、職員が赤十字の理念を忘れてしまっては、当院の存在意義はなくなります。一人ひとりが赤十字の一員であり、当院の職員であることにプライドをもって働けるような、そんな病院であり続けていきたいと考えています」。石川院長は明るい笑顔でそう締めくくった。

 

 


 

column

コラム

●赤十字は「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」という7つの普遍的な原則のもとに活動する、人道団体である。そのルーツは、1859年、スイス人のアンリー・デュナンが戦場で、苦しむ人を敵味方の区別なく救護したことにさかのぼる。以来、赤十字は世界中で、戦争・紛争犠牲者や災害被災者の救援、医療・保健・社会福祉事業を展開。日本赤十字社はそのネットワークの一員として、人道支援活動を推し進めている。

●日本赤十字社が運営する病(産)院は現在全国に93カ所ある。赤十字組織において、病院を有するのは世界でも日本くらいである。日本の赤十字病院は、いざというとき、平時に病院で研修を積んだ看護師を派遣しており、災害救護など、「人間のいのちと健康、尊厳を守る」ことを使命とし、活動している。その人道・博愛の精神こそ、赤十字病院の風土を形成している原点である。

 

backstage

バックステージ

●国は今、超高齢社会に向けて医療提供体制を「地域完結型」へと転換させることをめざしている。その背景には逼迫した医療財政があり、高齢者医療費の大幅な増加が見込まれるなかで、医療の効率化を推し進めようとする狙いがある。

●国の医療政策の方針は全国一律で定められるものだが、地域によって実情は異なり、医療に対するニーズもさまざまである。国の医療政策と地域のニーズ。その二つの側面から将来を見据え、地域の医療提供体制をより望ましい方向へとソフトランディング(軟着陸)させることが、地域医療の中核を担う病院に求められる使命ではないだろうか。名古屋第二赤十字病院がめざす方向性には、地域で暮らす人々の期待に応えようとする強い使命感がにじみ出ている。

 


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