5,336 views

アーカイブTOPタイトル-06世界中を震撼させた「3.11東日本大震災」。想定をはるかに超えた大地震と津波に襲われた東北では、多くの尊い命が奪われると同時に、地域医療の苦しい現状と課題が浮き彫りになったとも言われている。あれから1年を迎えようとする今、宮城県石巻圏の地域医療のどこまで復興されているのだろうか。復興に向かう石巻に学び、より災害に強い地域医療づくりについて考えていきたい。


宮城県石巻の地域医療は今…。

一極集中する救急医療。

 3月11日、三陸沖を震源に発生したマグニチュード9.0の大地震は、東北地方だけでなく北海道、関東まで広範囲にわたる災害をもたらした。特に宮城県は沿岸部を中心に甚大な被害を受け、石巻市では4,000人近い死者・行方不明者を出した。
 あの大震災から1年、石巻の町では津波の傷跡が少しずつ修復されてきたように見える。しかし、海辺に行けば、津波で打ち上げられた船がそのまま残っていたり、家々が流され更地が広がる。町には瓦礫の山が点在し、公園や空き地にはプレハブの仮設住宅が並び、復興への道のりの険しさを物語る。
 震災後、災害医療の中心基地になっていた石巻赤十字病院を訪ねた。平常の診療体制に戻ってはいるものの、大勢の患者がロビーにあふれ、職員が忙しそうに行き交う。同院の飯沼一宇院長に聞くと、「日々、満床の状態が続き、救急患者さんの受け入れに苦慮している」と言う。この背景には、2次医療を担っていた石巻市立病院(206床)が浸水し、診療不能に陥ってしまったこと。同時に、周辺の病院や診療所も被災し、十分には回復していない問題がある。「診療所のなかでも、とくに休日・夜間の診療体制は回復していません。石巻市が9月初め、夜間急患センターを開所しましたが、案内が不十分なこともあり、どうしても軽症や中等症の患者さんまで当院に集中する傾向にあります」(飯沼院長)。
 被災前、石巻赤十字病院は地域の救命救急センターとして、2次・3次救急を担っていた。すなわち重篤な救急患者に対し、高度な医療を総合的に提供するのが専門領域である。しかし、今では軽症から重症(1次〜3次救急)まですべての救急患者が集中し、本来、優先すべき重症患者の治療がままならない状態になっているのだ。

 

中小の病院や介護・福祉事業所が抱える問題。

 石巻赤十字病院から5kmほど南に下ったところに、医療法人社団仁明会・齋藤病院(172床)がある。ここは急性期から慢性期の入院治療に対応する地域の基幹病院でありながら、被災直後、支援の手がなかなか入らず、孤立無援のなか入院患者と近隣の被災者を守り抜いた事実がある。
 震災から1年、齋藤明久院長は「さまざまな対応に追われ、とにかく必死に過ごした1年だった」と振り返る。同病院は法人内の恵愛病院(精神科120床)が全壊し、法人の収入が激減するなか、職員を一人も解雇することなく雇用を守ってきた。震災後、減少していた外来患者数、入院患者数は1年を経てようやく徐々に回復しつつあるという。「石巻の地域医療は診療所を含め、8割程度回復してきているように思います。ただ、石巻市は人口が約1万人減少しましたし、住民の住む場所も変わってきています。それに対応した地域医療ネットワークの再構築が求められているように思います」。
 齋藤病院は同じ法人内に、介護老人保健施設をもつ。介護現場の復興状況はどうなっているのだろうか。一番の問題は、「生活基盤そのものを失った方が大勢いること」だと齋藤院長は言う。「介護老人保健施設は在宅復帰を目的とした施設ではありますが、施設には大震災と津波によって家を失った方がたくさん入所されています。そういう方々が狭い仮設住宅に帰って、在宅で介護を受けるのは現実的にむずかしいです。そのため、必然的に入所期間が長引く傾向にあります」(齋藤院長)。
 その状況に追い打ちをかけるのが、平成24年4月の介護報酬改定である。今回の改定では、介護老人保健施設の在宅復帰支援機能を強化する観点から、在宅復帰率とベッドの回転率を指標とし、基本報酬(一日当たり)に差をつけることが決定している。わかりやすく言うと、在宅復帰率の悪い施設ほど収入が減ることを意味する。「施設運営がさらに厳しくなるのでは…」と齋藤院長は不安を抱く。
 また、同法人では在宅サービス事業として、訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問介護などを展開しているが、こちらの運営も震災前の状態には戻っていないという。「被災地では介護保険の自己負担が免除になっているので施設に入っている方が多いことに加え、訪問看護やヘルパー事業は行政やボランティアの支援があり、私たちの在宅サービスを利用する方は減少しています」(齋藤院長)。
 目の前に、有償サービスと無償サービスがあれば、誰でも無償サービスを選ぶのは当然のことだろう。「ボランティアの方々の支援には心から敬意を表していますが、長期的にみると介護事業者の存在が希薄なものになりかねないのでは…」と齋藤院長は危惧する。

 


地域医療の復興に求められるもの。それは「復旧」ではなく「創造」。

大筋が固まった石巻圏の医療復興計画。

2018 急性期から慢性期、そして介護・福祉の分野まで、多くの問題を抱えた石巻医療圏。行政は、どのような復興ビジョンを描いているのだろうか。
 宮城県では今年2月、東日本大震災からの医療復興事業を盛り込んだ「地域医療復興計画」と「地域医療再生計画」をまとめた。これによると、復興計画の事業費は744億円で、大規模被災した公立病院の新築などに660億円が充てられるという。石巻医療圏では、石巻市立病院に99億円(未定)を投入するほか、保健センターや夜間急患センターの整備も進める計画だ。
 これでようやく公的な医療機関や救急指定病院などの再建の道筋は立ったものの、それは病院という「点」を復旧していくもので、地域医療という「面」の再建計画までは見えてこない。しかも、再建の中心は壊れた建物を新築することが中心だ。石巻赤十字病院の飯沼院長は語る。「地域医療は連携で成り立っています。当院は2次、3次救急医療を行っていますが、石巻にはもともと高度治療を終えた患者さんの受け皿となる後方支援の医療機関が少ないのです。回復期治療や療養期治療を担う医療機関を充実させれば、この地域の医療体制はより強固になると思うんですが…」。
 石巻赤十字病院では、深刻な病床不足を解消するために50床の仮設病棟を建設中で、3月から診療を開始する。さらに3年後をめどに、仮設ではない80床の病床を作る計画で、最終的には480床程度に増強する予定だという。重症患者を受け入れる体制はこれで強化されるが、それだけでは地域医療体制は完結しない。

 

すべての医療機関に補助が出ない仕組み。

DSCF1978 急性期から回復期・療養期・在宅まで一貫した医療を提供している齋藤病院の齋藤院長は、国や県の支援に対して「補助の格差」を実感するという。被災した医療施設の整備に対しては災害復旧費国庫補助が行われるが(復旧費用の1/2まで)、高額医療機器の損壊については公的医療機関だけが対象で、民間病院は枠外となっている。また被災した社会福祉施設については、社会福祉法人の場合、建物の復旧に5/6まで補助が出る。「公的施設とまではいかなくても、ある程度、民間医療機関、せめて政策医療、たとえば救急や休日当番等に協力している民間医療機関に対する支援も考えていただけるとありがたいのですが…」と齋藤院長は胸の内を明かす。
2035 そもそも災害復旧費国庫補助対象となっている医療機関は公的医療機関や「政策医療」の実施機関などに限定されている。政策医療とは「日本において国がその医療政策を担うべき医療」と厚生労働省が定めているもので、がん、循環器病など、19の医療分野がある。今回の東日本大震災では医療施設・社会福祉施設等の復旧に係る施設整備に対する国庫補助率が引き上げられたが、それでも政策医療を実施しない医療機関は再建の多くを自力で行うことが求められている。
 宮城県がまとめた地域医療復興計画では、国の「地域医療再生基金」を原資とし、民間病院からも広く個別事業提案を募集して支援していく計画だが、補助の交付条件は非常に厳しい。一例を挙げると、「今後、政策医療を担い、医療の復興計画に役立つことが認められれば、地域医療再生臨時特例交付金が受けられる」見通しだという(宮城県地域医療推進委員会・資料より)。また、宮城県では診療所など政策医療を行わず、復旧費補助金の枠外となった民間医療機関に対しては、1000万円を限度として補助金を出しているが、到底、全半壊した施設と機器のすべてを賄える額ではない。大規模病院の支援が優先され、地域医療の過疎化がさらに進むのでは、という懸念の声も上がっている。
 齋藤院長は「医療と言うとつい急性期疾患に対する高度医療に目がいきがちですが、急性期を脱した患者さんのケアも忘れてはなりません。地域医療においては、政策医療を実施していない病院も大切です。亜急性期、回復期、慢性期病院の役割を正しく評価していただき、救急病院と後方支援病院が互いに連携していくことが望ましいと思います」。
 今、必要とされているものと、行政の支援政策の間に存在する大きな隔たり。中小の病院や診療所の声がなかなか反映されないのはどうしてだろうか。

パッチワークの復旧よりも地域全体のグランドデザインを。

1006 巨大津波は病院や診療所というハードを壊しただけでなく、この地域に築かれていた医療や介護福祉ネットワークも根こそぎ奪っていった。だからこそ、震災前の状態を取り戻すのではなく、新たに理想の地域医療モデルを創造していく好機とも言える。
 石巻赤十字病院の飯沼院長は語る。「起きたことを嘆いていても前へは進めません。戦後、日本が焼け野原から新しい国づくりを進めてきたように、石巻圏も理想となるような地域医療モデルをゼロから作り上げる千載一遇のチャンスでもあります」。
 東日本大震災では、高齢化が進んだ地域が被害に遭い、医師不足を抱える地域医療のあり方、財政難などの課題が顕在化した。宮城県石巻医療圏の沿岸部もまた、震災前から医師、看護師らの人的資源が絶対的に不足しており、限られた医療資源を活かすには、医療機関の大胆な統合再編が求められる。石巻赤十字病院は昨年7月、いち早く「県北東部の地域医療復興グランドデザイン」を策定し、県に提出した。「ある程度は参考にしていただいているとは思いますが、残念ながら石巻地域の医療資源すべてを見渡した具体的なビジョンは、まだ構築されていないように思います」と飯沼院長は言う。
 震災前の状態を取り戻す“復旧・再生”ではなく、“ゼロからの創造”をめざす好機。石巻医療圏はこのチャンスを活かし、どんな将来を展望していくのだろうか。


 

東海地域の災害医療を考える。

大震災で露呈した災害拠点病院の弱点。

2030 厚生労働省は昨年、「災害医療等のあり方に関する検討会」を開催し、その報告書を発表した。そのなかで大きなテーマとなったのは、「災害拠点病院のあり方の見直し」である。
 災害拠点病院は阪神・淡路大震災の反省から生まれた制度で、災害時の医療救護活動において中心的な役割を果たす。各都道府県の2次医療圏ごとに原則1カ所以上をめどに整備されてきた。しかし、東日本大震災では、災害拠点病院自身が被災した例が多く見られた。甚大な被害を受けた3県(岩手県、宮城県、福島県)の災害拠点病院全33病院については、31病院で一部に損壊があったと報告され、そのうち2病院は比較的大きな被害が見られたものの、全壊病院はなかった。この被害を大きかったと見るかどうか…。全壊した病院がなかったということは、宮城県沖地震が確実視されるなかで、個々の病院が十分に備えてきた成果とも言える。しかし、建物がなんとか持ち堪えた一方で、自家発電用の備蓄燃料の不足、食料や医薬品の不足、さらに通信機能の途絶など多くの問題点が報告されている。
 耐震構造について言えば、全国災害拠点病院のうち、すべての建物が耐震構造である病院は58.9%(平成23年度暫定値/厚生労働省資料)だという。耐震化が進んでいない状況は、愛知県下でも同様だ。県内には災害医療の中核を担う基幹災害医療センターが愛知医科大学病院(長久手市)と藤田保健衛生大学病院(豊明市)の2カ所あるが、どちらもすべての建物の耐震補強はまだ終わっていない。
 検討会の提言を踏まえ、厚生労働省は、全国の災害拠点病院の耐震性を強化する必要があると判断。平成23年度第3次補正予算において、災害拠点病院等の耐震化を行うための医療施設耐震化臨時特例交付金の積み増し、さらに自家発電設備や災害対策機器などの整備を行うための補助金の積み増しなどが行われている。
1051 この検討会に最初から出席してきた全国自治体病院協議会・常務理事の酒井和好医師(公立陶生病院・院長)に話を聞いた。「会議では、災害拠点病院の耐震化やライフラインの確保、食料・飲料水、医薬品などの備蓄と流通確保の必要性などが再認識されました。ハードの強化には補助が出ることになりましたが、災害拠点病院を十分に後押しする提言にはなりませんでした」。
 ハード面の強化は望ましいが、検討会報告書にまとめられたように、災害拠点病院の課題はそれだけではない。たとえば、自家発電用の燃料や食料・飲料水、医薬品などをこれまで以上に備蓄しなくてはならない。しかもこれらの備蓄は定期的に交換も必要だ。さらに、職員の防災訓練も強化していかねばならないが、それらはすべて病院の自助努力に委ねられている。「診療報酬などでそういう負担を賄っていただかないと病院としては非常に厳しい、ということは申し上げましたが…」と酒井院長は述懐する。
 実際、愛知県の災害拠点病院では、発電装置を備えているものの、自家発電で3日(72時間)以上賄えるのは、半分強の病院に過ぎない(中日新聞調べ)。不安を抱える病院は多い。

 

「次は東海、東南海地震」という本気の覚悟。

IMG_4673 酒井院長が率いる公立陶生病院(愛知県瀬戸市)は、尾張東部の災害拠点病院である。ここでは今、補助の対象である既存施設の耐震補強とともに、敷地の一部に地上10階の急性期新病棟の建設を進めている。屋上にはヘリポートを備え、ドクターヘリ、防災ヘリが降りられるようになる計画だ。さらに災害時に必要不可欠な「水」も確保した。昨年8月、敷地内に井戸プラント(井戸水浄化設備)が整備されたのだ。大規模災害発生時には、この水を医療に使うことはもちろん、地下水を利用した飲料水を市民に提供するという。
 設備の強化は着々と進行しているが、「それでも備えは十分ではない」と酒井院長は険しい表情を見せる。「ハードだけじゃだめなんですよね。実際に災害時に職員が動けるかどうか。いろんな災害を想定し、状況を変えて訓練をしておかないと。次はこの地域に必ず地震が起こる。そう思って本気で取り組まなければ…と気持ちを引き締めています」。
 「PROJECT LINKED」が震災後行った、東海エリアの災害拠点病院への聞き取り調査では、「人材や医療資源が不足したときの補充手段を持っていない」「ほかの地域からの救護班や病院支援の受け入れ体制ができていない」と答える病院長が多数を占めた。石巻赤十字病院を例にすれば、「発災まもない頃は、あちこちから来てくださった支援団体の方にどういう働きをしてもらうか、対策本部のメンバーが徹夜で計画を練る状態が続いた」(飯沼院長)という。今回の東日本大震災では、東海エリアから東北地方へ支援に駆けつけたが、当地で大災害が起これば立場は逆転する。外部支援を受け入れるための統率機能についても備えが必要と言えそうだ。
 いつ発生しても不思議ではないと言われる東海、東南海、南海の大地震。さらに、3つの巨大地震のうち2つ以上の地震が同時発生する連動型地震も想定される。災害拠点病院の備えは、耐震補強や設備の拡充だけでは心許ない。

 

災害拠点病院の役割を改めて問い直す。

1027 ここでもう一度見直したいのが、災害拠点病院の役割である。独立行政法人国立病院機構災害医療センターの資料によれば、災害拠点病院とは、平成8年に当時の厚生省の発令によって定められた「災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関」とある。
 東日本大震災では、その機能は十分に発揮されたのだろうか。石巻圏では、発災後、停電であたりが真っ暗になったなか、石巻赤十字病院だけが自家発電の光を放ち、被災者がその明かりを頼りに大勢押し掛けたという。病院は大勢の来院により、大混乱をきたしたという事実がある。
 もしも、この地域で大震災が起きたら…。石巻赤十字病院がそうであったように、地域の災害拠点病院は周辺住民の、言わば「駆け込み寺」と化すだろう。しかし、それでは災害拠点病院としての機能が果たせない。公立陶生病院の酒井院長は語る。「東日本大震災と予測される東海地震の決定的な違いは、人口の違いだと思うんです。愛知県のような人口密集地で大規模災害が起きれば、当然被災する人数も違います。住民が災害拠点病院に押し掛けたら、それだけで病院の機能はパンクしてしまいます」。
 災害拠点病院が本来の役割である初期救急医療を実践するには、災害拠点病院と周辺の病院が連携し、地域医療という「面」で被災した患者を支えていく仕組みが必要なのではないか。とくに大都市を抱える東海エリアでは、そのことが強く言える。「災害拠点病院の役割は被災地域内の傷病者の受け入れや搬出だけではないはずだ。広域災害においては、その地域の限られた医療機能を統合し、機能を上手く発揮させるための中心的な役割を果たすべきではないか」。そう指摘する病院長もいる。

 

中長期にわたる医療提供をどのように行っていくか。

_DSC6020 発災後、数週間から数カ月にわたる医療の荒廃に対する支援はどうだろうか。
 石巻では、99%の確率で発生すると予測されていた大震災に備え、2010年1月頃から、「石巻地域災害医療実務担当者ネットワーク協議会」が発足。実務者同士で話し合いを重ねており、2011年2月、石巻赤十字病院外科医・医療社会事業部長石井正医師が宮城県から「石巻の災害医療コーディネーター」の委嘱を受けていた。震災後は司令塔となった石井医師が中心となり、一元的にすべての救護チームを統括する石巻圏合同救護チームが3月20日に発足し、一部行政機能も肩代わりしながら効率良く救護活動を行った(チームの活動は9月30日まで続き、その間、延べ3,633チームが応援に訪れ、5万3,696人の患者を診察)。その活躍については多くのメディアで報道され、全国の人々に深い感銘を与えた。
 そんな災害医療ネットワークづくりは、ここ東海エリアでどこまで進んでいるのだろうか。「愛知県では、行政と三師会(日本医師会・日本歯科医師会・日本薬剤師会)との会議はありますが、実効性のある体制づくりについてはまだ議論が始まっていないように思う。また、災害拠点病院同士が話し合う機会もほとんどない」と、ある病院長は語っている。

 


 

東海の地域医療が取り組むべきこと。

災害拠点病院が中心となり、医療支援を面展開していく。

2025 万一災害が発生したとき、災害拠点病院に全国から人や物資の支援が入る。災害拠点病院ができるだけ早い時期に周辺の医療機関と情報交換をして、それらの支援を地域の医療機関に「面展開」していく。さらに、東海エリア全域にまたがる広域災害の場合、災害拠点病院同士が連絡を取り合い、対策を立てていく。そういう仕組みができれば、震災後に災害医療拠点のみが駆け込み寺になる心配はない。重症患者を除いて、被災した人たちは近隣の病院へ向かう。そこにも人や物資の支援が速やかに入り、住民たちは医療が受けられるはずだ。その後の長きにわたる被災者支援も、「面」で支える災害医療と地域医療の連携があれば、これほど心強いことはない。
 この「点と面」のシステム、実は何かに似ていることに気づかれた方もいるだろう。そう、これは、日頃のかかりつけ医制度を軸とする地域医療のあり方、すなわち面展開における「病院とかかりつけ医」の役割分担を災害時にあてはめたものに過ぎない。かかりつけ医制度とは、普段の健康管理はかかりつけ医のもとで行い、高度な検査や治療が必要なときに急性期病院を利用するものだが、そのシステムはそのまま災害時の医療につながっていると言えそうだ。

 

災害医療は、平時の医療の延長線上にある。

_DSC6054 災害医療というと、非常に特殊な医療のように思いがちだが、石巻赤十字病院の飯沼院長は東日本大震災の経験から「災害医療は、平時の医療の延長線上にある」と言う。「たとえば、救急医療が充実していなければ、災害時にうまく機能することはあり得ません。また、地域医療機関や行政などとのネットワークができていなければ、いざというときに協力し合うことはできませんからね」。
 逆に言うと、災害時に、平時の医療の問題点が一気に露呈するとも言える。たとえば、愛知県では2次救急医療が弱く、3次救急を担う医療機関に1次〜3次の救急患者が集中する傾向がある。その問題点が大規模災害でそのまま起これば、3次救急医療機関はすぐにパンクし、医療機能の停止状態に追い込まれるだろう。こうした地域医療の問題点は、市民の間では意外に認識されていない。
 もう一つ、災害を「面」で受ける医療体制を築くために重要なキーワードになるのは、「公正」な目線だろう。たとえば、災害拠点病院の強化は建物の耐震補強中心で良いかどうか。補助金の仕組みは、政策医療を担う医療機関中心でいいのかどうか。医療機関という「点」ではなく、地域医療という「面」で考えれば、その地域にある医療機関をすべて貴重な医療資源と捉え、公正な目で評価し、機能分化を推し進めることが、地域医療全体の災害対策の強化に結びつく。そういう地道な取り組みが、地域住民の安心へとつながっていくのではないだろうか。


この度の東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、
被災された皆さまに心からお見舞いを申し上げます。


 

HEYE

元厚生労働副大臣 大塚耕平/
「医療関係者の独自のネットワーク機能」
EEYE
※読者の皆さまへ
<LINKED>は生活者と医療を繋ぐ情報紙。生活者と医療機関の新しい関係づくりへの貢献をめざし、中日新聞広告局医療プロジェクトチームとHIP(医療機関の広報企画専門会社)の共同編集にてお届けします。

企画制作:中日新聞広告局

編集協力:飯沼一宇氏(石巻赤十字病院 http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/)
     齋藤明久氏(医療法人 社団 仁明会 齋藤病院 http://www.jinmei.or.jp/saito/)
     酒井和好氏(公立陶生病院 http://www.tosei.or.jp/)

編集:有限会社エイチ・アイ・ピー

Editor in Chief/黒江 仁

Art Director/伊藤 孝
Cory Director/中島 英

Planning Director/吉見昌之
Copywriter/森平洋子
Photographer/越野龍彦/加藤弘一
Web Director/大和誠司/藤田春菜
Editorial Staff/猪塚由衣/吉村尚展/内藤綾美/小塚京子/岩田舞海/倉橋聡美/平井基一/村島事務所
Design Staff/古澤麻衣/山口沙絵/大橋京悟
Web制作/(株)グランフェアズ

 

 


5,336 views