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アーカイブTOPタイトル-04必死に救急医療を行う一つの病院で、あまりの負担の大きさに職員が耐えきれず、救急から撤退すると、次の救急病院に患者は集中する。そしてそこがまた限界を超え救急を撤退すると、さらに次の救急病院へと集中する…。この状態をある人は「救急医療のドミノ倒し」という。一体、救急車のサイレンの向こうで何が起こっているのか。そしてそれは私たちにどう関わるのか。『LINKED』vol.4では「救急医療」を追ってみた。


「たらい回し」と「受入拒否」

救急問題の典型例、奈良県妊婦死産事件

0001 奈良県妊婦死産事件(2007年8月)といえば、読者の記憶 にもまだ新しいのではないだろうか。38歳の妊婦が深夜に腹痛(実は陣痛)を起こし救急車が駆けつけたが、救急搬送できる病院がなかなか見つからず、やっと決定した病院への搬送中に胎児が死亡したという事件だ。
 この事件の全容を正確に掴むのは難しい。消防機関と医療機関の事実認識にさえ違いがある。その犯人探しを、ここでしたいわけではない。この事件のキーワードとなっている消防と救急病院との連携のあり方、複数の病院による救急搬送不応需、医師不足による脆弱な救急体制、かかりつけ医がいない未受診妊婦、そして、病院側の非を強調する報道のあり方といったことが、今日の救急医療を語るとき、いずれの地域でも共通する問題だからである。

 

救急搬送の加害者は病院なのか

1016 近年、救急医療の事件が報道されるとき、「患者のたらい回し」「救急搬送受入拒否」という言葉がよく使われる。これらの言葉は、実はマスコミが作ったものであり、正確に事態を表現しているとは言い難い。
 まず「たらい回し」。この言葉からは、救急車が患者を乗せて病院から病院へと走り回るようだが、実際は、受入先の病院が決まらなければ、救急車は現場を離れない。一方、「たらい回し」の原因となる「救急搬送受入拒否」は、受け入れ不可能、あるいは受け入れ困難を換言したものと考えられる。だが、拒否と言われると、一般の生活者は、受け入れられるのに断るという、いわば病院を加害者的立場で捉えるのではないだろうか。
 では本当に、救急病院は、救急患者を受け入れられるのに断っているのだろうか。

 


救命救急センター、患者の80%は初期救急
(名古屋第二赤十字病院/通称八事日赤のケース)

医の原点は救急医療である。

2021 救急医療は初期、二次、三次と分かれ、それぞれ異なる施設が行うのが基本だ。だが実際は、地域によってカタチが違う。私たちの名古屋市では、二次・三次を担う5カ所(平成22年10月現在)の救命救急センターが中心となって、市内と近隣市町村の救急医療を支えている。
 八事日赤・救命救急センターはその一つだ。同院は昭和30年代から「医の原点は救急医療である」という方針のもと、今日に至るまで、高度な救急医療の実績とノウハウを積み重ねてきた。同センターには、個室化された集中治療ユニット、手術室13室が集中配置され、先進の医療設備や機器を整備。また、休日・夜間であっても救急を担当する医師7人と各診療科専門医11人の計18人が常時待機という、国内屈指の規模と内容を有する。

 

年間、救急搬送7,000台、救急患者50,000人

83O838983t2 同センターの年間患者数は、平成21年度実績で過去最高の50,968人を記録した。この人数は名古屋市内に15カ所(医科)ある、休日夜間診療所の年間 総受診者数に匹敵する(図1参照)。50,968人の内訳は、二次・三次の救急医療を必要とした患者が約20%、残りの約80%は初期、つまり軽症患者なのだ(図2参照)。
 国内でも屈指の体制を持ち、本来は重篤救急患者のための救命救急センターに、軽症患者が詰めかけている。
2025 この現実を、八事日赤の石川清院長はこう語る。「医療サイドが考える初期・二次・三次救急の違いを、一般の方には正しく理解されていません。事実、初期患者さんや自力受診の患者さんのなかに、実は緊急性の高い方が紛れています。その患者さんたちを私たちは救いたい」。
 この思いは、救急を担当する医師にも浸透している。本来は、救命処置と救急トリアージ(※)を専門とする彼らだが、その胸には、同センターの「不応需を起こしてはならない」というスローガン、そして、「地域にとって我々は命の砦である」という使命感がある。一日約140人。救急搬送患者も自力受診患者も、そして初期であろうが二次・三次であろうが救急患者を受け入れ、その対応に忙殺される毎日と戦っている。
※救急トリアージ
患者の緊急度や重症度を把握し、適切な病態判断のもと専門医に繋ぐこと


 

「受け入れたい」。「でも、受け入れられない」、その背景

増える救急患者、減る救急病院

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 「平成21年救急・救助の概要(速報)」によると、平成21年中の救急車出動件数は約512万件、搬送人員は約468万人だ。左頁の折れ線グラフにあるとおり、ここ数年は若干減少してはいるものの、10年間でいえば出動件数約1.23倍、搬送人員では約1.17倍に増加している。
 傷病程度で見ると、約468万人のうち軽症が50.7%、中等症37.8%、重症9.9%であり、また、年齢区分では高齢者(満65歳以上)49.3%から、成人(満18歳以上65歳未満)40.9%、小児(18歳未満)9.8%と続く。
 以上から、救急搬送件数は増傾向にあり、且つ、その半分は軽症患者、また、半分は高齢者が占めていることが解る。しかもこの数字は救急搬送されている患者だけなのだ。 一方、患者を受け入れる側の救急病院はどうか。 救急医療体制の三段階において、救急車の患者受入要請先は、二次と三次だ。その病院数の推移を示したのが左頁の棒グラフである。都道府県知事が告示・指定する「救急告示病院」は、全国でも、また、愛知県でも、わずかな期間で激減している。
※総務省消防庁:平成22年9月発表

加害者は、病院だったのだろうか?

 増え続ける救急患者と減り続ける救急病院。その構図のなかで、救急車のタクシー代わりの利用への戒めや、医師数の増員、診療報酬の見直し等、地域の救急医療を維持するための声が次第に強まりつつある。一方、今回の取材を通じて、救急医療の現場には、理不尽な要求・苦情・暴言・暴力を起こすモンスターペイシェント、独居高齢者、ホームレス、さらに保険証を持たない外国人、薬物中毒患者、自殺企図患者等々、単に医学的側面だけでなく、さまざまな「社会の病理」を抱える多くの患者に、振り回されている医師の姿にも直面した。
 確かに、現状は何とか救急医療に携わる個々の病院の、医療従事者の努力で危うい均衡が保たれている。但し、この均衡はいつまで保つことができるのか。表題の「地域から『救急病院』が消える日」が、現実となる可能性は否定できない。


 

「みんな」が、変わらなくてはいけない

私たちに出来ることは何か?

2002 現在の救急搬送患者のおよそ半分が高齢者であり、今後はその高齢者がますます増え続ける。また、およそ半分が軽症の患者であり、自力受診の患者を含めると、八事日赤のデータが示すように80%に上っている。今、早急に注目すべきは、増え続ける高齢者と軽症患者への対応ではないだろうか。
 だが、高齢者や軽症患者を、救急医療現場は拒むことが出来るのか? 答えは否だ。「軽症患者のなかに、緊急性の高い患者が紛れている」という、石川院長の言葉に端的に表されている。
 ではどうするのか。考えられる処方箋は、点から面としての救急医療体制の整備ではないだろうか。すなわち、疾患予防を徹底することで救急患者を制御し、同時に、地域全体の初期救急機能を底上げする。そのことで救命救急センターにしかできない救急医療を、いかに守るかだ。

 

私たちに出来ることは何か?

 そのためには私たち一人ひとりが、常日頃から身体の健康チェックを怠らず、疾患予防を徹底することが必要だ。その上で、闇雲に救急病院に走るのではなく、今、必要な医療は何なのか、冷静に考えるようにしたい。
 もちろん、非日常の場面での冷静な選択は難しい。今日のような核家族になる前は、家族にお年寄りがいて知恵があったが、今はそれを誰に求めれば良いのか。鍵を握るのは、診療所のかかりつけ医ではないだろうか。日頃から自分や家族の健康管理を任せられ、そして、休日や夜間でも対応してくれる診療所の医師を見つけてかかりつけ医とする。そうすれば、早期の疾患発見にも繋がり、何かのときの対処法も教えてくれる。もし身近にいないなら、地域にある休日夜間診療所を利用する習慣を持つことだ。初期の診療は言うまでもなく、必要があれば救急病院と連携してくれる。

 

救急医療は地域の財産、という考え

1023 救急医療は地域の財産だ。これを私たちは失ってはならない。事件や事故が起こったときや、自らが利用しなければならないときだけ、地域の救急医療を意識するのではなく、自分たちの財産として関心を持ち続けることが必要と考える。また、救急医療に直接携わらない医療・介護・福祉従事者も、地域連携のなかで自らの機能を今一度見据え、救急医療現場にかかる負担をいかに軽減するかを考えてほしい。
 足早に「救急医療」の現状を語ってきたが、これはほんの一面にすぎない。医師不足を中心とする「人」の問題、救急病院の経済事情など、問題点は多々残っている。それらを個人で解決することは難しいが、それでもみんなが関心を持って考えることはできるはずだ。『LINKED』では、これからも救急医療について、読者の方々とともに考えていきたい。


 

 ■Close Up

【三段階に分けられた救急医療体制】

●初期救急医療施設(休日夜間急病診療所など)

救急医療体制の基盤であり、傷病の初期および急性期症状の医療を担当。第二次救急病院への選別機能を持つ。

●二次救急医療施設(救急病院)

初期救急医療機関の後方病院であり、入院または緊急手術を要する救急患者の医療を担当する。

●三次救急医療施設(救命救急センター)

第二次救急医療機関の後方病院として、脳卒中、心筋梗塞、頭部損傷など、特殊な診療部門での重篤救急患者の救急医療を担当する。
(「愛知県の救急医療」より)

 

※読者の皆さまへ
<LINKED>は生活者と医療を繋ぐ情報紙。生活者と医療機関の新しい関係づくりへの貢献をめざし、中日新聞広告局医療チームとHIP(医療機関の広報企画専門会社)の共同編集にてお届けします。

企画制作:中日新聞広告局

編集協力:名古屋第二赤十字病院

編集:有限会社エイチ・アイ・ピー

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