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病院を知ろう

春日井に最先端の放射線治療を。
名古屋市立大学・放射線医学教室と、
春日井市民病院の挑戦。

 

 

春日井市民病院



研究と臨床が一体になって取り組んだ、
最先端のがんの放射線治療。それを実現させたのは、
 「何としてもこの地域に導入させたい」という強い思い。

main

通常、研究現場(大学医学部)と臨床現場(病院)が一体になって、一つの成果を生み出すことはあまりない。
だがそれを打ち破り、地域におけるがん治療を大きく進化させたのが、名古屋市立大学医学部放射線医学教室と春日井市民病院。
最先端の技術を日本に上陸させた一人の医師と、最先端の技術をこの地域にと念ずる一人の医師。その思いと歩みを追う。

 

 

 

 

 

人体に絵を描くような放射線治療。

IMG_3431 IMG_3454 「トモセラピー(※)は、人体に絵を描くように放射線を当てることができるんです。がんの形、大きさ、場所に合わせ、複雑な当て方もできます」。こう話すのは、名古屋市立大学(以下、名市大)医学部放射線医学教室准教授の杉江愛生(ちかお)医師(放射線治療専門医)である。もう少し彼の話を続けよう。
 「放射線の形や強度を変調(変化)させて照射を行う方法を、IMRT(強度変調放射線治療)、画像で患者の位置のズレを確認して治療ベッドを動かし補正する方法を、IGRT(画像誘導放射線治療)といいます。これらは以前から確立されていましたが、装置によって医師の意のままにという面では難しさがありました。それがトモセラピーの誕生により可能になったのです。もちろん、正確な治療のために、がんの位置のズレや放射線量の誤差に対する精度管理は、厳しく要求されるようになりました。放射線治療医の能力がこれまで以上に発揮できると同時に、その能力が問われるということですね」。
 放射線によるがん治療は近年、大きな進化を遂げ、それに伴い最先端の機器も開発されている。しかし、杉江医師が言うように、最先端の機器が持つ有用性を精度高く活用するのは、放射線治療医次第。画像を解読し、どこにどれだけの放射線を当てるかの範囲を指定する、すなわち、治療の設計図を決める放射線治療医の能力による部分が大きい。
 杉江医師は、前述のとおり名市大医学部放射線医学教室の准教授である。その彼が、もう一人の准教授 松尾政之医師、その他若手医師とチームを組み、週1回ずつ合わせて3日、春日井市民病院に訪れ、放射線治療を行っている。実はこれまで春日井市民病院には放射線診断医は3名在籍し、読影を専門に行っていたが、放射線治療医は非常勤医師が細々と行っているのみであった。それが杉江医師、松尾医師らが訪れることによって、同院での放射線治療が様変わりしたのである。

※ 放射線治療装置とCTが一体化したIMRTの専用機器

 

 

稀少な存在、名市大放射線医学教室。

Plus顔写真1 春日井市民病院での放射線治療の実施に尽力したのは、名市大医学部放射線医学教室の芝本雄太教授である。「渡邊有三院長の強い決意に動かされましてね。院長は放射線治療装置の更新にあたり、たとえ高額でも最先端機器のトモセラピーをぜひとも導入したい、地域のがん治療のために充分な環境を整えたい。そのためには何とか専門医を派遣してもらえないかと私に訴えられたのです」。
 渡邊院長の思いに、芝本教授の心が動いたのには理由がある。トモセラピーの日本上陸を先導したのが、他ならぬ芝本教授だったのである。「放射線治療が大きく進化したのは、1990年代に、がん組織をピンポイントで破壊する、高精度放射線治療装置が登場してからです。なかでも2000年に入りトモセラピーが開発されてから、がん治療における放射線治療の有用性が格段に高まりました。当時私は、アメリカの学会に参加しその精度に触れたとき、衝撃を受けました。この装置はすごいと。ぜひとも日本に取り入れがん治療に役立てるぞ。そう決意しました」と芝本教授。より優れたがん治療を見つめた二人の医師の思いが一つに重なった。
IMG_8520 ただ一つ、課題がある。日本では放射線専門医が極めて少ないのだ。言葉を換えると、大学医学部において、積極的に放射線医学に取り組む教室が少ないということである。そうしたなかで、名市大医学部は、2002年に芝本医師が教授に就任するとともに、放射線医学の研究、教育、臨床に全力を注いできた。それは本教室の発展だけではなく、日本の放射線治療の高度化を図りたいという教授と医局員との結束力ともいえる。今、日本には45台のトモセラピーがある。そのうち12台は同教室が関与し、治療自体を軌道に乗せてきた。
 杉江医師らが非常勤として春日井市民病院で治療を始めて4年。「この間の様子を、私はこの目で確かめました。春日井市民病院のがん治療における姿勢はすばらしい。これからも積極的に支援していきたいと考えています」。

 

 

地域にとってのマイナスという苦い経験。

Plus顔写真2 名市大医学部放射線医学教室と共同で、がんの放射線治療に力を注ぐ春日井市民病院。だがここまでの道程は順調ではなかった。5年前、地域がん診療連携拠点病院(コラム参照)の指定を受けることができなかったのだ。
 地域がん診療連携拠点病院は、2001年度から厚生労働省が導入を進めるもので、質の高いがん医療を全国どこででも受けられるようにするための制度である。
 指定を受けるには、診療体制、研修体制、情報提供体制の3項目について指定要件が盛り込まれており、それをクリアしなければならない。同院は、その要件を満たすことができず、指定されなかったのだ。
 同院の渡邊院長は言う。「準備不足という言葉に尽きます。当院にとって苦い経験でした。この結果は、当院だけのことではありません。地域全体にとって大きなマイナスであると肝に銘じ、以来、がん医療全体の見直しに、病院を挙げて取り組んでいます」。
 結果、愛知県がん診療拠点病院の指定は受けることができた。これは愛知県が、よりいっそうきめ細かながん医療体制整備を図り、愛知県におけるがん診療の充実を図るために取り組んでいるもの。厚生労働大臣が指定する、地域がん診療連携拠点病院と同等の機能を持つと認められる病院を指定する制度である。

 

 

病院挙げてのチームワークで挑戦。

IMG_8475 地域のためにマイナス。この言葉は重い。すべては地域のために、という一念で歩んできた春日井市民病院にとって、一つの蹉跌であった。
 しかし、厚生労働省からの指定には繋がらなかったものの、同院のがん医療への取り組みは過去から真剣である。そのベースは、同院単体ではなく、春日井市、地域の医師会、また、在宅サービス事業所とともにがん患者を見つめることにある。
 例えば、早期発見については、春日井市医師会と連携し、春日井市のがん検診を進める。診療所の医師が疑問を呈した検査結果について、二次読影を同院が行うのだ。これによってがんの診断精度がぐっと高まる。すなわち、春日井市のがん検診における面展開に参加することで、地域住民が安心して検診を受けることに寄与しているのだ。
 また、治療面でいうと、手術・化学療法・放射線治療が三位一体となり、診療科の垣根を越えて、患者に最適、かつより良い治療の提供を図っている。そのうちの放射線治療は前述したとおり、院長の強い思いが推進してきたもの。化学療法はセンター化を図ることで、より高度な治療を実現させている。
IMG_8545 さらに、がんは慢性疾患であることから、同院での治療だけでは終わらず、かかりつけ医の経過観察が必要になる。そのため、主要ながんについては地域連携パス(医療機関が異なっても同質の治療を継続させるための診療計画表)を作成した。
 この他にも、臨床心理士が担うがん患者への精神的ケアの実施、がん相談支援センターの開設、緩和ケアへの取り組み等々。「誰か一人が、一所懸命取り組んでいるわけではありません。みんなでやっている。みんなでこの地域のがん医療に真剣に向き合っています。チームワークの賜物ですね。これからも多面的な展開をより強化させ、地域医療機関の皆さまとともに、この地域のがん医療のさらなる高度化を図っていきたいですね。そして、住民の皆さまに安心と信頼をいただける地域づくりを進めたいと考えます」(渡邊院長)。

 

 


 

column

コラム

●がん診療連携拠点病院は、超高齢社会にあって、今後、がん患者の増加が予測されるなか、厚生労働省が設置した制度である。

●拠点病院にもいくつかの種類があるが、生活者には、各都道府県に概ね1カ所の整備をめざす都道府県がん診療連携拠点病院、そして、二次医療圏に1カ所程度を目安とする地域がん診療連携拠点病院がより身近な存在であろう。

●そのなかで、地域がん診療連携拠点病院の役割は、継続的・全人的な質の高いがん医療の提供体制確保、地域医療機関との緊密な連携に基づく医師などへの研修機会提供、地域医療機関および住民へのがん診療の情報提供がある。

●具体的には、がん登録、抗がん剤治療、放射線治療などの専門医を置くことや、住民、患者への情報提供などおよそ30項目の要件がある。

●なかでもがん登録は、日本の統計に資する正確性が求められ、今後の我が国におけるがん医療の方向を決める重要なデータとなっている。

 

backstage

バックステージ

●近年における医学の進歩は著しい。それはこれまでの常識となっていた治療法さえも変えてしまうほどの内容を伴う。

●今回紹介した放射線によるがん治療はその代表ともいえる一つ。がんの三大治療法である手術・化学療法・放射線治療のなかで、平均してみると、放射線治療がこれまで前面に出ることはあまりなかった。それが医学の進歩、それに伴う医療機器の開発により、がん治療の常識を覆えされようとしている。

●こうした先進医療を、どのように地域医療に活かすか。実現するには高額な資金を必要とする。当然、一つの病院ですべてというわけにはいかない。そこで重要なのは、自己医療圏と近隣医療圏を見通すマーケティング能力だ。

●病院同士が同じ領域、分野、武器で闘うのではなく、地域に本当に必要なもの、地域に欠けているものは何かを冷静に見つめる。そうした視野の広さが、結果、地域住民に大きな成果をもたらすことになろう。

 


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