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病院を知ろう

患者さんのために、
医師は生涯、
学び続けなければならない。

 

 

トヨタ記念病院


ジェネラリストの土台の上に、
スペシャリストの知識と技術を磨く。

main

平成25年4月、トヨタ記念病院に<サージカルトレーニングセンター>が開設された。
ここでは、若き外科医・産婦人科医・泌尿器科医(※)が互いに競い合って腹腔鏡の手技を磨いている。そして、その充実した専門医教育のベースには、初期・後期研修において徹底して基本的な診療能力を身につける教育プログラムがある。ジェネラリストの土台の上に、スペシャリストの専門能力を磨いていく。
生涯にわたり学び続けようとする医師たちの意欲に応える教育環境が、トヨタ記念病院には用意されている。

※ 産婦人科医は、帝王切開術や卵巣・子宮がんなどの治療のため、泌尿器科医は腎・前立腺がんなどの治療のため、手術を行う。

 

 

 

 

 

若い医師たちが腹腔鏡の手技を学ぶ、
サージカルトレーニングセンター。

 19408 ある平日の午後、トヨタ記念病院の<サージカルトレーニングセンター>では、腹腔鏡下手術(※)の手技を練習する若き医師たちの姿があった。彼らが真剣に見つめるのは、モニター画面。そこには、腹腔鏡トレーニングボックスの内部の映像が映し出されている。内部には、臓器に見立てた素材が置かれており、ボックスの穴に挿入した鉗子(手術用の器具)を操作し、縫合や糸結びの練習に励んでいるのだ。縫合や糸結びは、手術の基本的な手技である。三次元(目視下)であれば簡単に行える技術も、二次元で示されるモニター画像を見ながらの細かい操作は、遠近感もつかみにくく、かなり難しい。自由自在に手を動かせるようになるまで、相当な時間を要するという。
 同院に、このサージカルトレーニングセンターが開設されたのは平成25年のことだ。室内に並べられている腹腔鏡トレーニングボックスは、婦人科腹腔鏡下手術で有名な倉敷成人病センターのトレーニング方式を導入したもの。「本格的なシミュレーターを導入するには、初期投資の費用がかなりかかります。その点、倉敷成人病センターで使われている装置なら手作りできる。トヨタ自動車の工場技術者に相談したところ、忙しいなかにもかかわらず、20台作ってくれました」。そう笑みをこぼすのは、副院長の小口秀紀医師である。同院では、外科・産婦人科・泌尿器科の専門医をめざす医師たちが時間を見つけては、ここを訪れ、ひたすら練習に励む。壁には、<個別タイム表>が貼られており、各医師が縫合などに要した時間を記入する仕組みになっている。競争心理がほどよく働き、みんな競って腕を磨いているという。

※ 腹腔鏡下手術は、腹腔鏡(内視鏡)カメラを腹部に挿入し、モニター画面に映し出された映像を見ながら行う手術。

 

 

関連臓器についても
理解できる専門医を育てたい。

Plus顔写真 サージカルトレーニングセンターの開設を発案した小口医師は産婦人科医で、とくに婦人科のがん治療を得意とする。名古屋大学医学部を卒業し、公立病院などで経験を積み、そこで、外科出身の産婦人科医と出会い、専門領域だけでなく、幅広い周辺知識と技能が欠かせないことを学んだ。その後、大学に戻って臨床研究に携わった後、米国国立がん研究所で基礎研究に従事した。帰国後、「やはり臨床の現場に戻りたい」という思いから、同院の産婦人科に腰を据えることになった。
 15年前に赴任した当初、トヨタ記念病院の産婦人科は発展途上の状態だった。正常な分娩は地域の産婦人科診療所で、ハイリスク分娩は同院でといった連携体制が確立されていなかったのだ。「地域の医療機関との連携体制を構築するには、当院がハイリスク分娩や婦人科のがんを積極的に引き受けられるように医療レベルを上げなくてはならない。そう考えて、若手医師を集めて教育に力を注いできました」と小口医師は言う。教育で重点を置いたのは、産科医療から高度不妊治療を含む婦人科疾患に対する医療まで、幅広い領域をトータルに診られる医師を育てること。そのためには、子宮や卵巣以外の臓器(たとえば、消化管など)にも精通した総合的な力を習得するよう指導に力を入れた。「婦人科のがんは、お腹の中に広がっていきますから、関連臓器の解剖知識が不可欠なのです。それと、徹底した手技の訓練が重要です。技術がなければ安全な手術は行えません。それが、このサージカルトレーニングセンターの開設にも繋がっています」と、小口医師は説明する。医師によって個人差はあるものの、解剖の知識と手技を体得することで、「だいたい1年半くらいで、がんに対する腹腔鏡下手術を安全確実に執刀できるようになります」と小口医師は成果を語る。

 

 

専門医になるのを急ぐ必要はない。

19112 「専門医である前に患者さんのために生涯学び続ける医師であれ」という小口医師の医師観は、産婦人科医だけでなく、すべての医師に向けられる。統合診療科部長と臨床研修管理委員会の委員長として、初期研修医教育を統括し、総合的な基礎力を備えた専門医の育成に力を注いでいるのだ。統合診療科とは主に、救急外来<ERトヨタ>において、救急患者の初期診療と治療、必要時には適切な診療科へのトリアージ(振り分け)を行う部署で、同院では初期研修医は全員が統合診療科に配属され、研修医教育の場として機能している。
 同院の初期研修の特徴は、将来の専門科にかかわらず全員がプライマリ・ケア(幅広い総合的、全人的な医療)の基本的な診療能力を徹底的に習得していくことだ。週2回、朝7時半開始のモーニングセミナーによりプライマリ・ケアの教育を受けるとともに、初期研修医は、1年目・2年目にそれぞれ2カ月間ずつ、ERに常駐する救急専門医とともに救急患者の診療に携わり、内科・外科を問わない豊富な症例を経験する。また、当直中に診察した症例については、翌日救急専門医を含む上級医によるカンファレンスがあり、そこでもフィードバックを受けることで上級医の診療技術を学ぶことができる。さらに希有な症例については、情報を共有することで、充分な症例数を学び、吸収しているという。
Unknown 小口医師は、初期研修で習得すべき能力として、ジェネラリスト・マインドとディシジョン・メイキング(意思決定)を挙げる。「患者さんの全身を診て、治療法を選択するとき、正しく意思決定する。それは、どの専門に進んでも必要なことですし、そのためには、どれだけ幅広い知識や経験を持っているかが鍵を握ります」。
 また、小口医師が研修医たちによく言うのは、「専門医になるのを急ぐ必要はない」というアドバイスだ。「医療の進歩は早いので最新の知識は常に更新されています。常に勉強を続ける習慣があれば、最新の知識はすぐに習得できます。それよりも専門医には関連疾患や患者さんの背景を理解した上で、俯瞰して診る能力が絶対必要だと考えています。だから、初期研修・後期研修の過程で、できるだけいろいろなことを学び、その学ぶ習慣を継続してほしいと思います」。

 

 

医師としての土台を作り、
その上に、専門性を築いていく。

19238 初期研修の2年間で基本的な診療を幅広く学ぶ。これは、すべての臨床研修病院に共通した教育体制だろう。しかし、同院はさらに、後期研修に進んでからも、その基本的な診療能力をさらに深め、広げることを第一に掲げ、ジェネラリストとしての能力を養いつつ、専門医の能力を強化していく方針を貫く。
 まず強固な<土台>を作り、その上に専門性を築いていく。当たり前のようだが、土台がしっかりしているからこそ、その専門性は何事にも動じない強く頼もしい力となる。それが、トヨタ記念病院の医師教育の体制なのである。
 同時に、体に染みつけなければならないものと、それを頭で体系的に理解し、理論立てるものの両方をバランス良く養うことができるのも、同院の教育の大きな特徴だろう。「研修医を含めた医師教育においては、学会発表や論文の執筆も重要視しています。特に論文の執筆では、査読者を含め多くの医師とディスカッションすることで論理的思考が身につきます」。
19105 「医師という職業は、理論と実践の両面を、生涯にわたって学び続けなければなりません。それは患者さんのためです。医学の進歩にゴールはありませんから」。そう語る小口医師自身、定期的に腹腔鏡トレーニングを行い、技能のさらなる向上に努めているという。指導医自らも絶えず学び続ける姿勢は、若手医師のいいお手本になっているはずだ。
 医師として歩み出した人が、本当に必要なものを学べる環境、そして、専門医をめざし、専門医になってからも絶えず学び続けられる環境が、トヨタ記念病院には用意されている。この学びの環境こそ、トヨタ記念病院の医師教育の一番の魅力といえるだろう。

 

 


 

column

コラム

●トヨタ記念病院は愛知県より豊田加茂地区の<地域周産期母子医療センター>の認定を受け、この地域でのリスクの高い妊娠・分娩を担当している。ハイリスク妊婦を早期に把握するために、同院が平成18年から運用しているのが、厚生労働省の研究班が作成した<初期妊娠リスクスコア>である。これは、妊婦の年齢や体質などから妊娠リスクを点数化したもの。点数が高いほど合併症への備えなどが必要となる。

●当初は同院のみで運用していたが、その後、地域の産科診療所からも<初期妊娠リスクスコア>の運用を希望する声が生まれ、やがて地域全体での運用に広がっていった。現在では年間4000件ほどのデータが同院に集まり、その割合は地域全体の分娩数の8割にのぼる。同院ではこのデータを活用し、豊田市の保健行政を担当する部署と意見交換し、妊婦に必要なワクチン接種の啓発などに結びつけている。

 

backstage

バックステージ

●これまでの医学教育は臓器別に細分化され、それぞれの専門家を養成することに偏りがちだった。大学では専門的な知識の伝授に重点が置かれ、ジェネラルな知識はどちらかといえば軽視されてきたのである。しかし、一つの臓器だけに特化した知識と技能では、本当の意味で患者のニーズに応える最善の治療を提供することはできない。

●トヨタ記念病院が初期・後期研修において、ジェネラリスト・マインドの養成を第一に掲げているのも、そうした背景があってのことだ。「総合的な診療能力がなくては患者に最善の治療を提供できない」という統合診療科の創設者である岩瀬病院長の信念のもと、基本的な診療能力を徹底して教え込む。研修医たちはその幅広い経験を通じ、大学で学んできた自分の知識を棚卸しして、改めて体系的に理解できる。その結果、より良い治療選択の意思決定ができるのだ。地域の中核病院に真に求められる医師教育とは何か。その答えの一つが、同院の教育体制に凝縮されているのではないだろうか。

 


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