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病院を知ろう

地域の限られた医療資源を最大化する
多治見病院の緩和ケア病棟の試み。

 

 

岐阜県立多治見病院


出会う機会を作り、地域を繋ぐことで、
地域の持つ知恵や能力を最大化する。

main

岐阜県立多治見病院(以下多治見病院)は、質の高いがん医療の全国的な均てん化を図ることを目的に整備された、がん診療連携拠点病院の一つである。ここに5年前の平成22年6月、東濃医療圏唯一の緩和ケア病棟が開設された。
緩和ケアとは、がん患者とその家族の持つ身体的・精神的・社会的な苦痛に対して、その痛みや症状を和らげるためのもの。
地域のがん患者と家族を支えるため、新たなコンセプトで作られた同院の緩和ケア病棟をレポートする。

 




地域を繋ぐ場としての <緩和ケア病棟>。

214_KenTajimi_2014 平成27年1月、多治見病院の一室で、緩和ケア病棟に入院するがん患者の退院前カンファレンスが行われていた。医師や看護師、MSWが同席するなか、不安そうな表情を浮かべる患者と家族に、ある医師が退院後のことをゆっくりと丁寧に説明する。在宅療養時の訪問診療、訪問看護などの体制、地域の診療所と連携した継続治療、そして、いつでも再入院可能なこと――。退院後も緩和ケア病棟がサポートし続けることをその医師が伝えると、患者と家族は安堵した様子を見せ、最後は笑顔で部屋をあとにした。
 医師の名前は伊藤浩明。緩和ケア病棟の専従医師である。伊藤は病棟について、こう説明する。「私と病棟看護師以外に、薬剤師・管理栄養士・MSW・リハビリ療法士などからなる多職種で、患者さんやご家族の身体や気持ちのつらさ、不安を取り除くようサポートしています。当病棟の最大の特徴は、<一般病棟と在宅療養を繋ぐ存在>だというところ。患者さんやご家族にとって必要ならば、たとえ入院前、退院後であっても私たちがサポートします」。
Plus顔写真1 実は今、この緩和ケア病棟が新たな展開を見せつつある。同病棟が、地域の緩和ケアに関わる多職種の「出会う」機会を創出、その連結拠点として機能することで、地域の持つ知恵や能力の最大化を図っているのだ。その現れの一つが「事例検討会」。これは、在宅に戻った患者について、患者に関わった同院や診療所の医師、スタッフの間で情報交換やディスカッションを行うもの。会わなければ、お互いへの「不満」で終わることが、「出会う」機会を創出したことで、有用な「意見」に姿を変え、新たな課題発見や改善に繋がる。加えて、実際に会うことで「顔を見える関係」が構築され、以前よりも連携が緊密かつ円滑になったという。
 伊藤は言う。「当院のある東濃医療圏は医療資源が少ない地域です。それを補うためには、限られた医療資源を繋ぎ、地域の持つ知恵や能力を最大化するのが非常に有効なんです」。他にも緩和ケア病棟では、院内外の緩和ケア勉強会や研修会、講演会など、さまざまな「出会う」機会を創出。そのことにより、より良い緩和ケアを追求、患者や家族のQOL(生活の質)向上をめざしている。

 

 

多治見病院が行うべき<緩和ケア病棟>を求めて。

133_KenTajimi_2014 現在、緩和ケア内科部長として多忙な毎日を過ごす伊藤だが、もともとは消化器外科医。きっかけは、病棟設立時に前病院長の舟橋啓臣から、外科と兼任での緩和ケア病棟の担当を打診されたことだった。
 「外科医として認められていないのか?」。当初は不満もあった伊藤だったが、独自に緩和ケアについて調べるうち、徐々に認識を改めるようになる。「これは片手間でやれることではない、腰を据えてやる必要がある」。だが、自らの外科医としてのキャリアを考えると迷いもあった。「どちらに進むべきか…」。最後は、東濃医療圏に緩和ケア専門の医師が一人もいないという事実が後押しする。「自分がまず先頭に立って闘う立場になろう!」。
 そう決断した伊藤は、まず、どのような緩和ケア病棟にするべきかの糸口を得るため、在宅医療に熱心な地元の診療所に相談する。すると、返ってきたのは、それまでの同院の緩和ケアへの取り組みに対する厳しい声だった。「症状コントロールをしていない」「何かあっても、再入院を受け入れてくれない」――。在宅医療で頑張っている地域の診療所の悲痛な訴え。どうすれば、がん診療連携拠点病院としての責任を果たせるのか。悩んだ末に辿り着いた答えが、多治見病院の緩和ケア病棟は、<一般病棟と在宅療養を繋ぐ存在>になるべきだ、ということだった。
Plus顔写真2 病棟のあり方が決まると、伊藤はめざすべき病棟づくりに着手する。東濃地域の診療所を訪問し、同院に求められているものを把握。さらに、先行して緩和ケア病棟を持つ愛知・岐阜県の病院をすべてまわり、あるべき緩和ケア病棟の姿を模索した。そうして生まれたのが、<第2の家>というコンセプトだった。
 現在、伊藤とともに同病棟の師長として働く山本知枝子がん看護専門看護師は、<第2の家>を病院と自宅を繋ぐ家のような存在だと話す。「緩和ケア病棟は、患者さんが第1の家である自宅で過ごすまでの<第2の家>であり、自宅で過ごせないときの<第2の家>でもあります。緩和ケア病棟の存在が、病院から自宅へ向かう際に、患者さんとご家族に生じるさまざまな障壁を取り払うだけでなく、病院と自宅、相互の行き来を可能にするんですよ」。

 

 

がん患者があふれる将来を見据えて。

055_KenTajimi_2014 なぜ多治見病院は緩和ケア病棟を作ったのか。背景には、我が国におけるがん患者の増加が挙げられる。日本人の死因の第1位である<がん>は、高齢化を背景に患者数が年々増え続け、今では国民の2人に1人ががんに罹る。そして、団塊の世代が後期高齢者層を形成する2030年前後には、患者数が著しく増加、がん多死社会が到来するという(国立がん研究センター発表資料による)。
 がん患者は増え続けるが、病院の収容能力には限界がある。と同時に、国からは、治療の終えた患者を速やかに在宅へと戻すことも病院には求められている。病院は今後、多くのがん患者を受け入れつつ、なるべく早く退院させなくてはならないのだ。
 しかし、慢性疾患であるがんは、経過の状況によって入院治療や通院治療が必要。加えて現状では、麻薬を使用した疼痛管理や、精神的・社会的なサポートなど、がん患者が在宅で療養できる体制はいまだ充分に整備されていない。
 そしてそれは、医療資源の少ない東濃医療圏において、まさに喫緊の課題だった。今後、増え続けていくがん患者と家族をどのように支えていくのか。こうした問題を見据えたとき、多治見病院は、がん診療連携拠点病院として、地域全体でがん患者と家族を支えるための緩和ケア病棟設立に踏み切ったのだった。

 

 

緩和ケア病棟での試みを
東濃医療圏へと広げていく。

Plus顔写真3 東濃医療圏は、医療資源が乏しいながらも個々の診療所が奮闘、患者を在宅で支えようという意識の高い地域である。しかし、それが個々の頑張りに留まり、繋がりに欠けていたこともまた事実だった。こうした個別の力を繋ぎ、その能力の最大化をめざすものこそ、多治見病院の緩和ケア病棟の新たな試みだったのである。伊藤はこの試みのなかで、連携の本当の意味がわかったと語る。「私は緩和ケアを地域で完結するために、さまざまな体制を考えてきましたが、体制を整えただけでは連携にはならない。連携とは、顔の見える関係による人との繋がりです。それを痛感しましたね」。
 そのような関係を作り上げ、維持することで、それぞれが得意分野を担い、苦手な分野を補う。そして、不足分野を埋め、重複分野をなくしていく。そのことが地域における医療資源を最適化し、患者に対して、限られた医療資源を適切に提供することに繋がるのだ。
 緩和ケアセンター長でもある原田明生病院長は、緩和ケア病棟の取り組みについて、「地域に浸透してきている」と評価した上で、そこでの試みが緩和ケアに限った話ではないと語る。「昨年、東濃可児地域にある8病院で、2回の院長・事務長連携会議を行いました。今はまだ、それぞれの病院の現状を正直に話そうという段階ですが、『来年度も続けたい』という前向きな意見も出るなど、少しずつ顔の見える関係が醸成されつつあると感じます。今年は、それを一歩進めて、それぞれの持つ医療資産を繋ぎ、限られた医療資源を有効に活用していく方策を講じていきたい」。そう力強く抱負を語る原田院長。多治見病院は、そのための繋ぐ場、ハブになることをめざし、これからも進んでいく。

 

 


 

column

コラム

●多治見病院の緩和ケア病棟がめざすのは、<地域ホスピス>の実現だ。ホスピスとは、主に末期のがん患者に対して緩和ケアやターミナルケアを行い、患者にとっての「終の棲家」となる場所のこと。<地域ホスピス>とは、地域の患者が地域で最期を迎えられるよう、地域全体で患者を支える仕組みに他ならない。

●そこにおいて、多治見病院の緩和ケア病棟は「スタッフステーション」として機能する。「スタッフステーション」である同病棟が、病院、地域の医療・介護施設、自宅を繋ぎ、連携を広げていくことで、地域全体を看取り可能な「病室」へと変えていく。

●また同病棟は、<地域ホスピス>を実現する「リソースステーション」でもある。病棟スタッフは、専門知識を持って地域へと出ていき、さまざまな出会いを通じて、地域における緩和ケアをレベルアップ。地域の患者が地域で最期を迎えることのできる環境を整えていくのだ。

 

backstage

バックステージ

●今回の取材を通して感じたのは、緩和ケアにおいて、患者と家族に残された時間は決して「最期に向かう時間」ではなく、「生きる時間」であるということだ。多治見病院の緩和ケア病棟の取り組みは、患者と家族を「緩和ケア=終末期」というステレオタイプから解き放ち、患者と家族に、がんとともに生きる勇気を与えてくれる。

●がんとともに生きることを、どのように可能にするか。同院の緩和ケア病棟で行われている取り組みは、そのための基盤を作り上げることである。患者と家族が今を生きるために最適な基盤を作り上げ、基盤を作るにあたっては、地域の持つ力を最大限に活用していくこと。それが今、多治見病院の緩和ケア病棟で行われている新たな試みなのではないだろうか。

 


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