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シアワセをつなぐ仕事

病院の看護部から<地域の>看護部へ。

加藤恵子(摂食・嚥下障害看護認定看護師)/稲沢市民病院 脳神経外科病棟


 

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誤嚥性肺炎で入退院を繰り返すご高齢の患者さんが多い。
何とか減らせないだろうか」。
一人の摂食・嚥下障害看護認定看護師の熱い思いから始まった、地域での出張研修会。市民病院の看護部ではなく、地域の看護部として飛躍をめざす、稲沢市民病院の取り組みを追った。

 

 

 



退院した患者の療養環境の質を高めるために、
病院から地域へ、
看護のフィールドを広げていく。


 

 

 

北津島病院で口腔ケア研修会を開催。

 037_inazawaShimin_2014 稲沢市民病院とともに、稲沢市の地域医療を支える北津島病院。法人内にグループホームなども備える、精神科中心の病院(病床数:292床)である。
 平成26年12月下旬、この北津島病院で看護師などの職員を対象にした「口腔ケア研修会」が開催された。口腔ケアとは口の中を清潔に保ち、口腔機能を維持・向上させるケアのこと。この研修会では、参加者が二人一組のペアを組み、介助者役と患者役に分かれて、実際の口腔ケアを実践していった。
024_inazawaShimin_2014 「舌のお掃除は奥から前へ、優しくふきとってくださいね」「患者さんに無理のない姿勢、のどに唾液を流し込まない姿勢を保つように気をつけて」。参加者一人ひとりにわかりやすく指導しているのは、実は北津島病院の職員ではない。稲沢市民病院から足を運んだ、摂食・嚥下(えんげ)障害看護認定看護師の加藤恵子だった。加藤は、地域の病院の依頼を受け、こうした出張研修会をたびたび開催。高齢者のQOL(Quality Of Life:生活の質)の向上に欠かせない口腔ケアや、摂食・嚥下障害(※)のある高齢者への食事介助法などを指導してまわっている。研修会は毎回、好評で、今も数カ所の施設から研修依頼が舞い込んでいるという。
※ 摂食・嚥下障害は、加齢や病気によって、食べ物がうまく飲み込めなくなる症状。

 

 

誤嚥性肺炎の再入院を減らしたい。

143_InazawaShimin_2014 加藤の日常は、同院の脳神経外科の病棟にある。そこで病棟の主任として、若い看護師たちを束ねるかたわら、摂食・嚥下障害看護認定看護師として専門知識・技術を発揮。80代、90代になっても<食べる喜び>を感じてもらえるように、入院患者の嚥下訓練や食事形態の選択などに力を注いでいる。「今まで食べられなかった患者さんが、ひと口だけでも食べられたときに見せる嬉しそうな笑顔が、一番のやりがい」だとほほえむ。
 その加藤が、地域での活動を始めたきっかけは、同院に入院してくる患者の「口の中の汚れ」が気になったのが発端だった。「口の中が汚れていると、細菌が誤って肺の中に入って引き起こされる誤嚥性肺炎(詳しくはコラム参照)の原因になるんですね。実際、入院患者さんを見回すと、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返す方がとても多い。それを減らすには、当院だけで口腔ケアに取り組んでもだめだろうと。患者さんの転院先である病院や施設の方々と一緒に口腔ケアに取り組めないかと考えました」。
 退院後も、入院中と同じ口腔ケアを継続できれば、誤嚥性肺炎の予防に繋がる。加藤は早速、地域の医療・介護従事者を対象にした口腔ケア研修会を計画。石田久恵看護部長の快諾を得て、平成26年6月、院内の会議室を使って研修会を開催した。すると、初めての試みにも関わらず、100名近い参加者が集まり、全員が会場に入りきらないほどの盛況ぶりだった。「すごく多くの方が関心を持っていることを知って驚きました。そこから、直接、現場を見て、アドバイスしたいという思いも湧いてきましたし、地域の方々からの出張依頼も受けるようになり、今日の院外の活動に繋がっています」と加藤は振り返る。

 

 

これからの市民病院に求められる<生活を守る>目線。

163_InazawaShimin_2014 病院から地域へと活動エリアを広げていく、稲沢市民病院の看護部。しかし、それは、同院に豊富な看護師が揃っているから実現するわけではない。同院は、長年にわたり、医師や看護師の不足に悩まされており、その窮状は今も続いている。
 そうした状況下にあって、なぜ貴重な人材を地域へ送り出しているのか。その理由の一つは、市民病院に求められる使命が変化してきたことだろう。市民病院の使命は、<市民の生命と健康を守る>ことである。だが、超高齢社会を迎え、医療を必要とする人々が増加していく状況において、地域医療の提供体制は、病院単体で治療する「病院完結型医療」から、地域全体で患者を治し、支える「地域完結型医療」へと大きく転換してきた。そのなかで、市民病院に求められる役割も、<市民の生命と健康>に加え、<市民の生活>を守ることも求められるようになってきたのである。同院の看護部が、院外での活動に力を注ぐのも、地域の医療機関や介護施設と連携し、退院した患者が安心して療養生活を送れるようサポートすることが目的である。限られた人数のなかで、地域での看護活動を実践するのは厳しいことだ。しかし、「高齢社会になり、施設や在宅で療養する患者さんはこれからますます増えていきます。その方々の幸せな人生のために、市民病院だからこそできる取り組みをしていきたいと思います」と石田看護部長は語る。

 

 

病院と地域を繋ぎ、市民から信頼される病院へ。

Plus顔写真 病気を抱えて地域で暮らす人たちの生活を守るために、石田看護部長は早くから地域の医療・介護従事者との連携を模索してきた。その一つとして2年前から始まったのが、同院の医師や看護師などの多職種と、地域の訪問看護師や介護職などで構成される「稲沢地域 看護・介護研究会」である。「研究会主催で地域の訪問看護師や介護職の方々に声をかけて定期的に研修会を開いているんですが、皆さん、本当に熱心で、利用者さんの困りごとを解決しようと頑張っておられます。そういう方々を精一杯サポートしていきたいと考えています」。
 看護師の院外活動も、その延長線上にあるものだ。「当院には、認定看護師をはじめ、専門知識を持ったスペシャリストがたくさんいます。その人たちは当院だけの財産ではなく、地域の財産だと思うんですね。加藤さんはときに、管理栄養士や医療ソーシャルワーカーとともに地域の病院を訪問してくれていますが、素晴らしいことだと評価しています」と語る。
150_InazawaShimin_2014 ただし、摂食・嚥下領域では院外での看護活動は、病院の収入となる診療報酬には算定されていない。それでも石田看護部長には迷いはない。「当院が信頼される病院になるために必要な活動です。こうした活動が地域で暮らす人の安心に繋がり、地域の方々に<市民病院があって良かった>と思っていただけるようになればいいなと考えています」。
 一時期は、施設の老朽化や医師不足から、市民が離れてしまった同院。だからこそ、石田看護部長は取り戻しつつある信頼の絆をより深めるために、これからも地域に出ていく強い決意を持つ。病院の看護部から、<地域の>看護部へ。その取り組みはまだ始まったばかりである。


 

 

columnコラム

●誤って気管に入った食物や唾液に含まれる細菌が引き起こす誤嚥性肺炎。稲沢市民病院が、この誤嚥性肺炎の予防に力を注ぐのには、理由がある。肺炎は長らく日本の疾患別死亡の第4位だったが、平成23年から脳血管障害を上回り、第3位になった(第1位 がん、第2位 心疾患)。また、年齢が高くなるほど肺炎による死亡率が高まり、その多くが誤嚥性肺炎といわれるほど患者が急増しているのだ。

●誤嚥性肺炎の予防策の一つが、本編で紹介した口腔ケアである。口腔ケアでは、口腔内を清潔に保ち、清掃のほか、唾液腺マッサージなどを行う。口腔機能の回復は、誤嚥性肺炎の予防だけでなく、患者のQOL(生活の質)向上や、認知症予防にも繋がる。歯周病菌の脳に及ぼす影響が危険視されており、また咀嚼(そしゃく)による脳への刺激が、認知症を予防するとされている。

 

backstage

バックステージ

●平成26年11月に新病院がオープンしたばかりの稲沢市民病院。同院は今、地域の病院や診療所との連携体制をより強固にして、急性期から回復期、在宅医療までを繋ぎ、稲沢市民の命と健康、そして生活を守る体制づくりをめざしている。

●今回、取り上げた<地域での看護活動>も、新病院としてさらなる飛躍をめざす同院の果敢なチャレンジといえるだろう。だが、しかし、摂食・嚥下障害看護認定看護師の地域での活動は、まだ診療報酬に加算されていない。平成24年度診療報酬改定で、病院の専門性の高い看護師の同行訪問に対する指導料が新設されたが、それは<褥瘡とがん>に限られているのだ。今後、こうした地域での看護活動を普及させていくには、その効果を正しく評価し、医療制度などで後押ししていくことも必要なのではないだろうか。

 

 


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