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明日への挑戦者

地域包括ケア社会の鍵を握る、
新たな人材育成への挑戦。

 

 

名古屋市立大学


超高齢先進国の日本で始まった、
日本で、世界で、活躍する
未来医療人を育てるプロジェクト。

main

世界のトップを走り続ける日本の高齢化。
地域包括ケア社会の実現に向けて、病院から在宅へと、
医療のパラダイムシフトが進みつつある。そのなかで、次代を担う人材の育成についても、新たな動きが始まっている。先進的な学びの場であると同時に、市民生活への目線を大切にしてきた名古屋市立大学(以下、名市大)ならではの、生活に根ざした教育プロジェクト〈なごやかモデル〉の取り組みを追った。

 

 

 

 

 

学生と住民が 一緒になって、
交流しながら、体を動かす。

 110051名古屋市緑区にある鳴子地区。中心にある鳴子団地の高齢化率(人口に占める65歳以上の人の割合)は44・1%に達し、その約半数が独居世帯。まさに都市型高齢化の先行地域である。この町にここのところ、若者の姿が目立つようになった。団地の中心部に、名市大のコミュニティ・ヘルスケア教育研究センター(以下、CHCセンター)が作られ、同センターを拠点として健康増進に向けたさまざまなイベントを開催、学生と住民の交流が行われているのだ。近時開催されたのは、<楽しくいきいき! 健康体操教室>。学生と住民がドレミの歌に合わせて楽しく運動し、参加者は笑顔に包まれた。開催後、住民からは「学生さんとおしゃべりや運動ができて楽しかった」「普段、人と接する機会が少ないので、良いコミュニケーションの場となった」という感想が寄せられた。
110068 このイベントに参加した池田ゆきな(名市大薬学部3年生)は、今回で4回目の参加だ。「顔見知りの方が増え、会話が弾みます。実際に高齢者と接し、学ぶことで、将来は薬のスペシャリストになるだけではなく、患者さんの気持ちを支えられる薬剤師になりたいと思うようになりました」と話す。松井ようすけ(名市大医学部3年生)は、今回が初めての参加。「日頃は高齢者と触れ合う機会があまりないので、貴重な体験でした。高齢社会を担う医師としての診療能力を養うために、高齢の方との会話力をもっとつけたい」と語る。核家族化に伴い、若者と高齢者との触れ合いが希薄になっている。その失われた交流を再生し、高齢者とのコミュニケーション能力を育むことも、このイベントの大きな狙いである。

 

 

地域と育む未来医療人
「なごやかモデル」の実践。

110020 CHCセンターを拠点にした活動は、名市大が中心となり進めるプロジェクト『地域と育む未来医療人「なごやかモデル」(以下、なごやかモデル)』の一環である。<なごやかモデル>は、平成25年度文部科学省の未来医療研究人材養成拠点形成事業に選定された、名市大、名古屋学院大学、名古屋工業大学の三大学連携事業。鳴子地区を実践教育フィールドとし、「住み慣れた土地で、豊かに老いを迎え、その人らしく暮らすことのできる社会づくり(エイジング・イン・プレイス、AIP)」を支える医療人の育成をめざしている。具体的には、AIPの実現と発展、質の保証を担う総合診療医、薬剤師、看護師、理学療法士、ICT(情報通信技術)医工学者などを育てていく計画だ。
110107 三大学連携で、しかも地域参加型学習というユニークなプロジェクトの狙いはどこにあるのか。<なごやかモデル>の事業推進の立役者である名市大の早野順一郎教授(医学研究科 医学・医療教育学分野)は、次のように語る。「誰も経験したことのない超高齢社会を迎え、医療界は今後さまざまな未知なる課題に遭遇します。その変革の時代に果敢に挑戦する人材を育てるには、従来とは違う教育の枠組みや実践のフィールドが必要だと考えました」。早野教授は、これから訪れる医療の急激な変革期を、次代を牽引する医療人の育成モデルを構築する、絶好の場と位置づけ、「未来に羽ばたく人を育てたい」と意欲を燃やす。

 

 

なごやかモデルがめざす、
三つの能力。

Plus顔写真 では、なごやモデルは、どんな能力の養成をめざしているのか。早野教授は第一に<多職種連携マインド>を挙げる。「今後、医療提供の場は、地域コミュニティが中心になります。ところが、病院と違い地域においては、医療・介護職がみんなバラバラに活動する場合が多くなります。ですので、多職種が情報を正確に共有し、役割分担しながら医療を提供するためにも、互いを理解・尊重し、連携していく多職種連携マインドが必要です」。従来の医療界は、医師を頂点にしたピラミッド構造だったが、これからは患者を中心に、医師や看護師などが協働して医療を提供する形へ変化する。そのなかでチームワークを発揮できる能力の養成をめざしているのだ。
 第二のポイントは<高齢者のヘルスケアを支える力>だという。「AIPでは、健康寿命(介護に頼らず自立して生活できる期間)の延伸が重要なテーマです。<健康寿命>を考えたとき、まずは健康自体の概念も変化していくと思います。これまでは、検査値が決められた範囲にあることが、健康とされてきました。しかし、高齢化が進み、多くの人が何らかの異常を抱えながら生活する社会では、たとえ、ある原因で、検査値が異常を示しても、またしばらくして普段の値に戻ればよい。つまり、自分自身をコントロールできていることが健康といえるのです。そのためには、年に一度の健康診断だけではなく、皆が日常的に血圧や血糖値などを測り、継続的なモニタリングをする習慣を持つことが大切です。そんな住民の健康管理を指導しつつ、コミュニティ全体の健康レベルの向上に目配りしていく能力が、未来医療人には必要不可欠だと思います」。
110004 第三のポイントは、これは医師の<創造的な総合診療能力>だという。「高齢者を対象とし、医療の仕組みや健康への意識も変わっていくなかで、医師には従来の診断学にとらわれない自由な発想や、個人の状態に合わせた医療の提供も必要になります。患者さん一人ひとりを全人的に診て、オーダーメイドの医療を創造できるような総合診療医を育てていきたいですね」と話す。
 これらの能力は、教室や病院内だけでは身につかない。学生と教員がともに現実のコミュニティのなかで、高齢者への理解を深め、問題解決にあたり、実践と省察を積み重ねるなかでしか、獲得できないものだ。名市大が地域に飛び出し、新しい教育プロジェクトを推進するのは、まさにそのためなのである。

 

 

医療が変わる。大学も
変わらなくてはならない。

22032 地域と大学が連携して取り組む<なごやかモデル>は、名市大にとってどういう意味を持つのか。早野教授は「大学教育改革の好機」と言う。「未来医療人を育てるには、大学から変わる必要があると思います。たとえば、多職種連携マインドも、卒前教育の段階から取り組むべきテーマです」。なるほど、なごやかモデルは、医療系学部(医・薬・看)の連携がベースとなっている。「多職種連携を実現するには、学生時代から多職種を理解し、協働を常態化する必要があります。そのためには教員がまず学部を超えて協力し、連携の土壌を作り出すことが大切です」。さらに、他学部の学生との交流は、各自がプロフェッショナリズムに目覚める機会になり、自発的・自主的な学びを促すきっかけにもなる。「正解ありきの与えられた学びではなく、それぞれが自ら問題を見出し、解決策を導き出す。そんな<大人の学びの場>に、大学を変えていきたいんです」と早野教授は言う。
110056  プロジェクトが始まって、早2年。早野教授は少しずつだが、手応えを感じている。「とにかく学生の表情がいい。イキイキと輝いているのがうれしいですね。彼らが学んでいるのは、<超高齢社会>という、世界が直面していく最先端の課題。そこから得た成果を世界に発信する気概を持ち、夢を持って学んでほしい」とエールを送る。たとえば、<なごやかモデル>で構築された医療人教育の仕組みが、超高齢社会の教育モデルとなり、他国の標準になっていく。あるいは、ICT医工学を活用した健康情報システムや介護ロボットが開発され、世界の市場に出ていくなど、夢は大きく広がっていく。超高齢先進国である日本だからできる、新しい未来医療人の教育。その成果に今、医療界や教育界から注目が集まっている。

 

 


 

column

コラム

●平成26年5月、鳴子地区に開設された名古屋市立大学コミュニティ・ヘルスケア教育研究センター(CHCセンター)。ここでは、「地域療養医学」「地域療養薬学」「地域療養生活看護学」「地域リハビリテーション学」「地域ヘルスケア工学」の5講座を開設。多職種連携の在宅医療を学ぶ実習や研修が行われ、アクティブな学びが展開されている。また、医・薬・看護学部の混成チームによる「課題研究成果ポスター発表会」など、実践内容を整理する機会も用意され、有効な学びの場となっている。

●CHCセンターには、地域住民のための「なごやか暮らしの保健室」も開設。専任の保健師が常駐し、住民一人ひとりの暮らしや健康、医療、介護に関する相談にきめ細かく対応している。また、AIPコミュニティづくりのための地域交流として、学生と住民が一緒に楽しむ「健康体操教室」や「フラダンス教室」など健康をテーマにしたさまざまなイベントが開催されている。

 

backstage

バックステージ

●一般的に、日本の学校教育はどちらかというと、知識を詰め込む知識偏重型だといわれている。そのため、思考力・コミュニケーション能力・創造力などの育成は、遅れがちだとの批判もある。

●教室で先生が生徒に知識を教える教育を<子ども教育>とするならば、大学では<成人教育>へ転換しなければならない、というのが早野教授の持論である。成人教育とは、自分で課題を見つけそれを解決していく問題解決型の教育である。

●なごやかモデルの教育はまさに、学生たちの参加を基本とした成人教育である。これから日本は、未曾有の超高齢社会に直面する。そこで働く医療人たちは、想定外の問題に次々と遭遇するだろう。その未知なる問題に立ち向かい、主体的に解決できる人材こそが、未来の医療界のリーダーである。そんな真の実力を備えた医療人が、一人でも輩出されることを望む。

 


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