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病院を知ろう

 一人ひとりの患者の思いと
最先端のがん医療を結ぶ。

 

 

愛知県がんセンター 中央病院


がん患者に、勇気と希望をもたらす、先進のがん医療。
それは、一人ひとりの医師のマインドと、
基礎医学と臨床医学のスパイラル構造から生まれる。

main

がん患者の個別化治療が少しずつ始まっている。個別化治療とは、個人の体質に合わせた治療法や薬の適切な選択を意味する。
今日ではそこに遺伝子解析も加わり、一部ではより高精度の個別化治療が可能となった。
そうした医療をリードするのが、愛知県がんセンター。
科学者という言葉だけでは表現しきれない医師たちの熱情を通して、同センターの今を追う。

 

 

 

 

 

乳がんのソムリエ、
岩田広治。

 Plus顔写真1愛知県がんセンター中央病院(以下、同センター)の副院長 兼 乳腺科部 部長の岩田広治医師は、乳がんの専門医である。
 乳がんは、乳房のなかにある乳管で発生する。その乳管内にがんが留まっているのが、非浸潤がん。乳管の外に出てしまっているのが、浸潤がんである。非浸潤がんか浸潤がんか。加えて、乳房のなかで、がんがどれだけ広がっているか。そして、5つのサブタイプ(性格)のうち、どのタイプのがんなのか。診断においては、この三つが重要になる。その上で治療になると、手術では乳房を全部摘出するか、部分摘出か。乳房再建を行うのか、行わないのか。さらに、がんのタイプによっては、手術の前に薬物治療を行うか、手術の後に行うか。再発のリスクを減らすために、いかに適切な薬物療法を計画するか…。
 女性にとって乳房は大切。その患者の年齢や生活スタイル、価値観など、女性としての生き方そのものに大きく関わってくる。
224021 岩田は語る。「当センターでは、サブタイプの解明による的確な診断、それに基づいた多様な治療法を確立しています。患者さんにとっては、自分の生き方の選択肢が広がったのです。また、乳がんの手術では、以前は必ず行っていたリンパ節の郭清も、術中の迅速診断(詳しくはコラム)により、本当に郭清が必要かどうかも判明することができます。これによって、本来なら患者さんが負わなくてもよいリスク(合併症)を取り去ることもできます」。「しかし」と岩田は続ける。「血管にがんが浸潤した場合、どこで再発するか、まだ医学的に解明されていません。仮に乳房を全部摘出しても、乳がんとの闘いはそれで終わりではないのです。だからこそ、患者さんには、自分のがんについて、また、治療法や再発の可能性など、すべてを正しく理解していただくことが大切であり、私はそこに最も力を注ぎます。乳がんに関するすべての知識を持ち、患者さんがどういう生き方を望んでいるのかに耳を傾け、最もふさわしいと考える治療法をすべて提示する。そういう意味で、私は乳がんのソムリエですね。患者さんが求める生き方を、より良い形で実現していきたいと考えます」。

 

 

EUS–FNAの先駆者・伝導師
山雄健次。

Plus顔写真2 膵臓がんは、最も治り難いがんの一つだ。理由は、特有の自覚症状が少ない。症状が出ても、膵臓は胃の後ろ側の奥まった位置にあるため、検査で見つけにくい。もし早期の段階でがんが見つかり、手術適応となった際も、膵臓のすぐ近くに主要な血管が通っているため、手術の難易度は非常に高い。もちろん、がんが血管に浸潤している場合、手術は不可能となる。
 同センター消化器内科部 部長の山雄健次医師は、昭和55年から膵臓がんの画像診断に向き合ってきた。追究したのは、超音波内視鏡検査である。これは2段階に分かれる。内視鏡の先端から超音波で観察するEUS(超音波内視鏡検査)。この検査でがんの疑いがあるかないか、そしてその正確な位置が特定できる。加えて、超音波を当て目的の病変組織を針で取り出すFNA(穿刺吸引細胞診)。取り出した組織ががんであること、また、がんの性格を特定する。つまり細胞診によりがんの確定ができるのだ。その二つを合わせた検査がEUS–FNA。この検査に山雄は、平成5年から世界でも先駆者の一人として取り組んだ。
P1010023 なぜ山雄はEUS–FNAに注力したのか。「確定診断が難しかった時代、膵臓がんが疑われると、摘出可能な早期の段階なら、手術で膵臓を丸ごと取ることが常識でした。摘出したあとで、がんが見つかって良かった、がんではなくて良かった。それが答えだったのです。しかし、がんではない膵臓を摘出して良いわけはありません」。膵臓を取り出したあと、膵管と空腸(小腸の一部)とを繋ぐが、それで合併症を引き起こすケースも多いという。
 さらに山雄は「膵臓がんも種類によって治療法は異なり、近年では、手術だけでなく、薬物療法や放射線療法などの進化によって、治療の選択肢が広がってきました。がんのタイプによっては、有効な薬の開発も進んでいます。これを活かすには、より早期にがんを特定すること。患者さんの生活の質に直結するものとして、迅速・安全・確実に診断を下すことが重要なのです」と語る。
 多様な治療の選択肢と生活の質を、患者に提供するために早期の診断を。山雄やそのチームは、慣れない術者が行うと一時間はかかるEUS–FNAを、15分程度で終える卓越した力を持つ。

 

 

がんの質的診断を担う、
谷田部 恭。

Plus顔写真3 豊富な治療法の選択肢とより高い生活の質を、患者に提供する。こうした岩田や山雄たち専門医にとっては、がんの存在診断だけではなく、どのようながんかという質的診断が重要になる。それを支えるのが、谷田部 恭部長率いる遺伝子病理診断部。彼らを病理診断医という。
 谷田部は患者に接することがない。完全なる裏方である。しかし、がんかがんでないか、どういう性格のがんか、それは細胞を顕微鏡で見なければ、本当の意味で特定できない。病理診断医は、生検、術中、手術での切除組織などから、確定診断をし、確実なデータと所見を主治医に提供する。彼らがいることで、主治医は患者一人ひとりにふさわしい治療方針、治療法を組み立てることが可能になる。患者に会うことがない谷田部もまた、患者をしっかりと見つめている。
121240 基礎医学と臨床医学との橋渡し役も、谷田部は担う。「基礎医学で研究したことを臨床医学で治験する。その答えを基礎医学に戻し、より精度を高めていきます。ただ、基礎医学と臨床医学とは、言語体系が違うんですね。ですからその両方を理解している私たちが、いわば翻訳機能。それにより基礎医学と臨床医学が、一体になることが可能となります」。
 近年では、遺伝子レベルでの診断を行うという。「世界的にみて、遺伝子解析が100%完成されたわけではありません。しかし、正常細胞が何らかの原因でがん細胞に変異する以上、その患者特有の遺伝子変異を見出し、特性が解るようになれば、それに合わせた治療が可能になります。そこに到達するための研究に全力を注いでいます」と谷田部は言う。
 病理診断医は、今、日本では2276名(平成27年2月1日現在)しかいない。その理由の一つに、患者を直接診療することがないため、充分な対価を医療施設に提供できないことが挙げられる。しかし、病理診断医が機能することで、診療の質を高めることは間違いない。その病理診断医が、同センターには5名いる。「私たちの存在意義、重要性を、病院の医師は理解してくれています。一つの病院に5名の病理診断医がいるのは極めて珍しいですね」と谷田部は言う。

 

 

世界で可能とされる
がんの最先端治療をめざす。

8382 愛知県がんセンターは、昭和39年に設立された、我が国初の県立がん専門施設である。平成26年で50周年を迎えた。同センターは、病院と研究所を有し、病院では診療と臨床医学的研究を、そして、研究所では基礎医学的研究を担っている。また、地域にあっては、都道府県がん診療連携拠点病院として、愛知県下のがん診療連携拠点病院をリードする立場でもある。
 同センターの特長は、基礎医学で構築したがんの最先端医療の知見を、臨床医学に活かし、さらに、臨床医学での知見を基礎医学に戻して、より精度を高めるという、スパイラル構造を有することだ。がん医療の実践において、他の病院と決定的に異なるところである。
 加えて、岩田、山雄、谷田部に象徴される医師としてのマインド。病気を治すだけに留まらず、患者の思いに寄り添い、その生活の質、人生に対して、いかに貢献するかを第一義とした姿勢である。岩田は「本来、医療はすべてそうあるべきだと思います」と言う。
 そうしたセンターとしての機能と、医師のマインドを背景に生み出されているのは、患者ごとのオーダーメイド治療。患者一人ひとりの思いに応えるという、これこそが最先端たる所以である。
 自らをソムリエという医師は、単なる説明ではなく、患者の人生の物語をともに紡ぐ思いで、日々、患者と向き合っている。先端的な画像診断力と手技を持つ医師は、より早期の診断による多様な治療法により、患者に生きる勇気を与え続ける。そして、黒子に徹する医師は、自らの研鑽が診断と治療の新たな地平を開くと確信し、顕微鏡を覗く。

 

 


 

column

コラム

●乳管に生じたがん細胞がリンパ管に入ってしまった場合、最初に到達するのが、脇のあたりにあるセンチネルリンパ節だ。従って、術中にセンチネルリンパ節の組織を取って生検を行うことで、手術時点でのリンパ管への浸潤の有る無しが解る。無いとなれば、リンパ節の郭清は必要ない。岩田は、このセンチネルリンパ節術中迅速診断に、国内ではいち早く(平成11年)取り組みを開始した、草分け的な存在である。

●EUS–FNAは、極めて高度な技術を要する。その実力を有する山雄だが、「私一人ができても意味がない。この診断技術を広めることが大切」と言う。そしてその言葉どおり、山雄はEUS–FNAの普及に全力を注いできた。手技の標準化を図るための教科書の作成。学会や講演会での発表。そして、研修医は、国内だけでなくタイ・インド・エジプト・韓国・台湾・中国から100名ほどを受け入れ、他の医療スタッフとの協働の大切さをも含め指導にあたっている。

 

backstage

バックステージ

●愛知県がんセンターでは、組織バンクプロジェクトを走らせている。これは、従来よりも高精度なDNA解析ができる装置を使い、個体(個人)ごとのゲノム解読を進めるというもの。谷田部は、「遺伝子解析が治療に結びつくとなれば、誰もがそれに飛びつきます。だからこそより研究を進めなければなりません。それで救える生命があるのですから」と言う。

●遺伝子解析は、まだ100%解明されていないという。しかしたとえ少しずつでも、実際の治療に活かすことは始まっている。

●そうした時代が訪れた今、かつてのようながん治療において<疑わしきは手術で取る>といった発想は過去の遺物。個別化治療による最先端医療が行われていく。

●それをリードする、最も近いところにあるのが愛知県がんセンターではないだろうか。<がんの征圧>という自らの使命に向けて、邁進する同センターのこれからを注目したい。

 


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