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シアワセをつなぐ仕事

渥美病院から生まれる
「新たな看護」。

鈴木厚子(看護部長)/渥美病院


 

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愛知県東加茂郡下山村(現・豊田市)に育った一人の少女が、看護の道を歩み続け、現在は渥美病院に勤める。
明るくて、飾り気がなく、院内を飛び回る姿は軽やか。
取材班のさまざまな質問にも、丁寧に、一所懸命に答えてくれた。
だが唯一、「看護とは何ですか?」という問いに、彼女は黙り考え込んでしまった。
言葉にできなかった看護の意味。それを探りながら、一つの物語を進めよう。

 


 

 



ケアミックスという、大いなる決断を果たした渥美病院。
その今を支えるのは、苦しみながら、支え合いながら、
新たな看護に挑戦する看護師たちである。


 

 

 

患者を支える看護師を、
支える。

 鈴木副看護部長 業務シーン_079渥美病院の看護部長、鈴木厚子。言葉の受け答え、笑顔、歩く姿は、見るからに<看護師さん>である。
 その鈴木が、普段から心がけているのは、院内のあちこちを見て回ることだ。スタッフに「元気!」「困ってることない?」「あの患者さんどう?」…。笑顔の彼女に声をかけられ、スタッフは同じく笑顔で返事をする。「みんなのお陰で今の渥美病院は成り立っているんです」と鈴木は言う。
 その理由は、平成26年秋、渥美病院が行った病床再編成にある。それまでの一般急性期病棟の一部を地域包括ケア病棟、療養病棟のケアミックスに転換したのだ。急性期病棟は、二次救急と重症の急性期治療を担い、重篤な患者や術後の患者が入院する。地域包括ケア病棟は、複合的な疾患治療に総合的に対応すると同時に、急性期を脱し回復に向かう患者が、在宅復帰に向けた準備を行う(詳細はコラム参照)。そして、療養病棟は、急性期治療が終わっても医療依存度が高く、短期間で退院できない患者が療養生活を送っている。
 鈴木副看護部長 業務シーン_059種類の違う病棟が三つ。鈴木は語る。「ほとんどの看護師は、急性期看護をずっと学んできました。でも今は、それぞれの病棟にふさわしい、つまり、患者さんの回復段階に合致する看護を、きめ細かく提供しなければなりません。戸惑いは大きかったと思います。それを、病棟看護課長を中心に、みんなで試行錯誤しながらも、何とか対応しようとしてくれています。再編にあたり、大きな混乱もなく、また、患者さんからの不満の声もないのは、みんなの頑張りがあったからなんです」。
 そう思うからこそ、鈴木は院内を回る。「頑張れる?」「こうしたらどう…」。そして、「ありがとうね」。課長にも、新人看護師にも、彼女の笑顔は変わらない。

 

 

ライセンスへの魅力が、
看護への魅力に。

Plus顔写真 鈴木は、小さい頃から母親に「手に職をつけ、自立して生活しなさい」と言われた。その言葉をきちんと守り、彼女は、高校を卒業すると、有床診療所に勤めながら准看護学校に通い始める。生活費も学費も自分の稼ぎで賄った。准看護師の資格取得後は、正看護師の専門学校に進学する。
 正看護師となって、鈴木は結婚を機に渥美病院に入職。パート勤務を経て平成4年に正規職員となる。最初は外来中心に勤務し、同15年には産婦人科病棟に異動、課長時代には医療安全担当を兼務し、同21年には医療安全対策室専従となる。そして、教育担当に変わり、同25年には教育担当副看護部長、同27年には看護部長となる。
 看護師を選んだ理由は、「最初はライセンスを取ることだった」と鈴木は言う。まさに手に職をつけたかったのだ。その彼女が、「看護は人生で一番大切なもの」と思うようになるのは、これまでのさまざまな経験があったからだ。
業務シーン_067 まずは学生時代の実習。誠心誠意向き合った失語症の患者から、言葉にならない「ありがとう」を言われたときのうれしさは忘れない。寄り添えば、心は繋がると確信した。外来勤務では、受診するさまざまな患者と、懸命にコミュニケーションを図った。大切なのは、一人ひとりの生活背景まで見つめること。そして、産婦人科病棟で初めて接した患者の死。がんで妻を亡くした夫、死産だった母親。最期の瞬間、看護は家族のためにもあることを知った。
 医療安全を通じては、職種が違うと常識が違うことに驚き、協働の難しさを感じた。さらには、医療者の常識が世の中の常識と違うことにも、目を洗われた。ならば患者と医療者とで、ときに理解の齟齬が生まれるのは当然。メディエーション(※)を一所懸命学んだのもこの時期だ。教育に携わってからは、基礎をしっかり培うことの大切さを痛感。その上で自分が進みたい看護、めざしたい看護師像を育むよう一人ひとりの看護師に説いた。
 スタッフから課長に、課長から副看護部長、そして看護部長に。患者と接する機会が少なくなった分、彼女の物事を俯瞰する目は、高まっていった。

※ 双方の対話を支援し、互いの距離が近づくよう手助けすること。

 

 

渥美半島の実情を
見つめた決断。

 渥美病院は、なぜ三種の病棟編成に様変わりしたのか。
 元々、渥美半島には、急性期病院が渥美病院しかない。医療圏の人口は田原市と豊橋市南部を含め、約10万人。そのエリアの人々にとって、まさに同院は生命線である。また、同院より西に伸びる半島には、入院病床が皆無。渥美病院で急性期の治療が終わっても、その次の回復期や療養期を担ってくれる病院はなく、医療依存度の高い患者を受け入れる介護施設も極めて少ない。結果、一方で急性期治療を行い、一方で回復期や療養期の患者を診る。すなわち、急性期病棟に、術後の患者もいれば、長期の療養患者もいるという状態が生まれていた。加えて、医師確保の難しさから、一部診療科で入院制限をかけざるを得なくなるなど、さまざまな問題が噴出してきた。鈴木副看護部長 業務シーン_011
 持てる急性期能力を活かしつつ、地域の人々の思いにどう応えるか。平成25年8月、院内にプロジェクトチーム<病床再編検討会議>が誕生した。
 「病院が存続するためにはどうあるべきか。みんなで考えました。地域にとっても職員にとっても、絶対に病院をなくしてはいけない。本当に真剣にみんなで考えたのです」と鈴木は振り返る鈴木副看護部長 業務シーン_049。そこで出た結論が、ケアミックスへの移行。急性期6病棟のうち2病棟を地域包括ケア病棟と療養病棟に転換するのだ。地域包括ケア病棟については、回復期リハビリ病棟とどちらにするか、これも検討課題だったという。「みんなが考えたのは、リハビリだけでなく、医学的、且つ看護的なアプローチも合わせ、退院支援に繋げようということです。高齢者が多く、医療・介護施設が少ない地域であるという、半島の実情をしっかり見つめたみんなの決断です」。

 

 

支え合って、
自律を生み出す看護。

鈴木副看護部長 業務シーン_025 渥美病院が、ケアミックスになってまだ半年に満たない。各病棟では、看護師同士が互いをカバーし合いながらの日々が続く。「まだ満点とは言えませんが、患者さん一人ひとりの状態に合わせ、この患者さんに最適な看護はなんだろう、最適な病棟はどこだろうという議論が、病棟看護課長を中心に日常的になされるようになりました。これは大きな変化です」と鈴木。確かに、同院の三病棟は、それぞれ違う空気感がある。濃密な治療を集中して提供する急性期病棟。リハビリとともに退院後の生活への支援を行う地域包括ケア病棟。ゆっくりと落ち着いた時間が流れる療養病棟。そのいずれにもそれぞれの患者の日常があり、その日常に寄り添う看護師たちがいる。まだ粗削りではあるが、決して画一的な看護ではなく、患者それぞれに合わせた看護を生み出そうとする、懸命な姿がある。
 「すべての看護師が、入院時から在宅を見据えた、看護計画を立てることができるようにしたいと思っています。それには、常に患者さんの<その先>にある生活を見つめ、会話をして、寄り添って歩んでいくことが大切。もちろん、看護師だけではなく、さまざまな専門職と手を携え、地域の方々を支える。そんな看護がある病院にしたいと考えます」。
 今になって「手に職をつけ、自立して生きなさい」という、彼女の母親の言葉を思い出す。自立とは、単に独りで生きることではない。誰かと互いに支え合い、その上での自律。今の渥美病院の看護師たちもまた、患者表紙用_12にとって、支え合っての自律を生み出す看護に向き合っている。そしてそれこそが、これからの高齢社会の医療に必要なものではないだろうか。
 最後に、鈴木厚子は取材の翌日、取材班にメールを送ってきた。熟考ぶりが窺われる文面には「私のなかで看護は、その人がその人らしく過ごせるように支援すること。入院生活だけでなく、退院後も、そして病気ではないときも、その人らしく生活できるように支援することだと思います」とあった。
 院内のみんなから役職名ではなく「厚子さん」と呼ばれる鈴木厚子。彼女は看護部長になった今でも<看護とは?>と、自らに問い続けている。


 

 

columnコラム

●地域包括ケア病床とは、平成26年の診療報酬改定で新たに設置された病床である。

●その機能には三つの要件が求められる。一つは、二次救急に対応できる一般急性期機能を有すること。一つは、急性期治療が終わった患者に、リハビリテーションを積極的に提供し、且つ在宅復帰への支援をしっかりと行うこと。そして最後の一つは、在宅で療養する患者が急性増悪した場合に、適切な入院治療を行うことである。

●回復期リハビリテーション病床が、急性期病院からの患者入院という一方通行に対し、地域包括ケア病床は、設置病院が急性期機能を持つことから、地域との双方向の関係性が生まれる。

●超高齢社会となり、今後、増え続ける高齢者に対し、病院ではなく在宅を中心に医療を組み立てる、という国の方針から考えると、地域包括ケア病床は、地域医療における新たな要。導入を決めた病院のなかから、今後の標準モデルが生まれることになる。

 

backstage

バックステージ

●団塊の世代が75歳以上となる2025年が10年後に迫っている。これからの時代に必要な看護とは何であろうか。高齢者の多くは、複数の病気を抱える場合が多い。すべてが完治するわけではなく、病気を抱えながら、それでも<その人らしく>暮らすことができたら、それは大きな幸せである。

●鈴木厚子は言う。「当院には訪問看護ステーションや介護老人保健施設、居宅介護支援事業所など、在宅サービスの施設や事業所があり、教育プログラムには1年間、そうしたところでの研修も取り入れました」。それは病院だけではなく、もっと多角的な視点で地域と生活を見つめ、それを看護に活かすことができる看護師を育てるということ。まさに患者をそれぞれの生活へと繋ぐ看護師。患者の<その先の生活を見つめた>上で、日々の生活への道筋をつけてくれる看護といえよう。

●高齢で独り暮らしであっても、自分の傍らには看護師が寄り添っていてくれる。そうした次代を心から願う。

 

 


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