10,609 views

病院を知ろう

大学の臨床教育拠点として、
新たに歩み始める
稲沢市民病院 脳神経外科。

 

 

稲沢市民病院


変形性疾患に、神経からアプローチする、
稲沢市民病院の脳神経外科。
脊椎・脊髄を専門とする
神経のスペシャリストたちの目線は、患者の生活の質にある。

main

高齢になると、
多くの人が訴える手の痺れや腰の痛み。
その治療では、
多くの人は整形外科をイメージする。
だが、ここ稲沢市民病院には、
整形外科とは、
まったく異なる視点から
治療を行う専門医たちがいた。

 

 

 

 

 

愛知県下で3台目、
O–arm始動。

 319045稲沢市民病院の手術室に足を踏み入れると、直径1m80㎝ほどの大きなOの形をした機器が目に飛び込んだ。これはO–arm(オーアーム)と呼ばれる術中画像装置。可動式になっており、撮影準備が整い、患者が横たわるベッドがOの真ん中に位置するようセットすると、装置が360度回転し、X線透視画像やCT画像のような3D画像を撮影することができる。国内ではまだ20数施設しか導入されておらず、愛知県内では3台目となる最新機器だ。
 このO–armとナビゲーションシステムとを組み合わせると、ナビゲーション誘導手術が可能となる。術野は3D画像がモニターに映し出され、執刀医はもちろん、手術室スタッフ全300418員が、病変部の手術進行状況をリアルタイムに確認することが可能だ。また、患者をCT室に移動させ、改めて撮影することも必要ない。
 O–armの強みは、首や胸、腰の脊椎・脊髄(※)の、変形性疾患治療において最も発揮される。手術で脊椎の切削や病変の除去などを行う場合、分量や角度、深度などを三次元で確認できるからだ。「今回の手術では、背中側から切開して、脊椎の正面の治療を行うものでした。つまり、執刀医からみて手術箇所は直接見えません。こういった場合、360度の画像が得られるO–armは、手術を安全・確実、そして、迅速に行うのに、大きな威力を発揮してくれますね」。こう語るのは、同院副院長で、<脳神経外科>部長である原 政人医師。彼は、脳神経外科の指導医であり、脊髄外科の指導医でもある。

※ 脊椎は、首から腰まで、椎体が縦に積み重なった構造をしている。椎体と椎体の間には椎間板が挟まっており、脊椎のなかには、脊髄という神経の束が通っている。

 

 

骨ではなく、
神経へのアプローチ。

  O–armの有意性を知る一方で、取材班は、脊椎・脊髄の変形性疾患の治療を、同院では脳神経外科が行っていることに意外な思いを抱いた。
 変形性疾患には、頚椎・腰椎椎間板ヘルニア、変形性頚椎症、腰部脊柱管狭窄症などがあり、脊椎・脊髄疾患の大多数を占める。多くは加齢によって起こるもので、手や脚の痺れ、腰痛といった症状から、人々は整形外科を受診。骨のずれをボルトで固定するなどして、いわば骨を整える、といった手術を受けるのが一般的だ。
319041 「確かに日本ではそうですね。でも実は、欧米では違います」と原医師は語る。「脊椎・脊髄疾患の約7割は、脳神経外科医によって治療されています。なぜならば、そうした疾患は、脊椎に骨棘(こっきょく:骨のでっぱり)ができる、靭帯が分厚くなる、また、椎骨が不安定になって脊柱管が狭くなるといったことが原因。つまり、骨が、何らかの理由で、脳と繋がる神経を刺激することによって生じているのです。神経障害の観点でいえば脳神経外科の領域であり、欧米ではそれがスタンダードなのです」。
 では一体、脳神経外科ではどのような治療を行うのか。「ひとことで言えば、神経を圧迫し刺激を与えているものを取る、ということです。もちろん、同じ疾患でも症状はさまざまですから、まずは患者さんから症状を丁寧にお聞きし、神経学的な診断をします。その上でMRIなどの検査をして、神経症状と画像が一致したら最適な治療方法を決定します。なかには不安定性といって、骨がぐらついていたら固定することもありますが、それは病態によって必要とすること。固定ありきではありません。根幹は、身体症状を引き起こした神経の問題に目を向ける。それが脳神経外科のアプローチですね」(原医師)。
 例えば、頚椎椎間板ヘルニアでは、経椎体的椎間板摘出術がある。これは脊椎の動きを損なわないように、病変部を取り除く手術法。骨を固定しないため、頚椎の動きには有利であるという。
 同じ変形性疾患でも、整形外科は、骨へのアプローチ。脳神経外科は、神経へのアプローチ。ここに大きな違いがある。

 

 

脊椎・脊髄疾患治療に取り組む。
神経のスペシャリスト。

 脳神経外科というと、脳卒中や脳腫瘍などを思い浮かべやすいが、実際には、血管障害、腫瘍、脊椎・脊髄、外傷、小児・先天奇形、末梢神経、機能的疾患など、疾患別にいくつも分野がある。そのなかで脊椎・脊髄疾患を専門とする脳神経外科医はとても少ない。原医師は、なぜ脊椎・脊髄を選んだのだろうか。
 「私が研修医期間を終え、脳神経外科医としてさまざまな疾患を見始めたころ、脊椎カリエスの患者さんを受け持ったことがありました。難しい病状に陥り、当時の私の手に負えなかったのです。自分の非力さを思い知りましたね。脳神経外科分野は、血管や腫瘍などいくつもある。それぞれに専門性は高いのですが、脳神経外科医である以上、各分野で一定の疾患は診ることができなければと思いました」。
300105 そう思って周りをよくよく見ると、原医師が学んだ名古屋大学医学部の脳神経外科には、以前から先進的に脊椎・脊髄疾患に取り組むグループがあり、専門医師の存在があった。彼らは米国で最新治療を学び、名大医学部の脊椎・脊髄分野の伝統を守り続けているのである。「諸先輩からしっかり学ぼう」と、原医師は決意。気がつくと、脳神経外科の各分野のコモンディジーズ(頻回に発生する疾患)への治療はもちろん、脊椎・脊髄疾患を専門とする、神経のスペシャリストに成長を遂げていた。そして、名大医学部脳神経外科の脊椎・脊髄グループの准教授となり、平成26年には稲沢市民病院の副院長に就任したのである。
 「私がめざしているのは、<オーダーメイド>の治療です。同じ疾患でも、個々の患者さんによって治療への考え方も違えば、病態も違います。それを充分に踏まえ、ゴールは、患者さんの望むその後の生活の質。それを、いかに低浸襲で、何度も手術を繰り返すことなく提供できるかを考えています」。

 

 

臨床教育拠点として、
後進の育成に注力。

Plus顔写真 稲沢市民病院は、以前、脳神経外科医が不在の時期があった。「これは大きな問題でした。何とか解決しようと、名大の脳神経外科に、対象領域のコモンディジーズに対応できる医師派遣をお願いしたのです」と言うのは、同院の院長である加藤健司医師である。「そこで平成26年に当院に来たのが、原先生をはじめとする3名の医師です。彼らはみな脳神経外科の専門医であり、同時に脊椎・脊髄疾患の専門医。これはうれしい誤算でした。つまり、地域でのコモンディジーズはもちろん、今後、患者さんの増加が予想される変形性疾患を、専門に診ることが可能となったのです。稲沢市だけではなく、もっと広域圏の方々のニーズに応えることができます」。
 加藤院長は、この診療体制をもっと充実したいと考え、名大にさらなる希望を出したところ、平成27年7月にはもう1名増員が決まったという。
 だがそこで、加藤院長にとってより大きなうれしい誤算が生じた。名大から、稲沢市民病院を、名大の脳神経外科脊椎・脊髄グループの、臨床教育拠点にしたいというアプローチがあったのだ。原准教授を柱に、神経のスペシャリストを育成して、この分野の有用性を広げていくという考えだ。
300322 それはつまり、大学と同じ水準の治療が、ここ稲沢で展開されるということ。「これはとても大きなことです! この分野をめざす脳神経外科医が当院で学ぶ、また、大学でも学ぶ。その循環のなかで、地元だけではなく広域圏のニーズに応える。その進展に、私は大きく期待しています」と加藤院長は語る。
 原医師は「当院には、最上位機種の神経機能検査装置、手術支援機器をはじめ、とても優れた環境があります。それを最大限に活かし、充実した臨床教育の場で、若い医師を育てていきたいですね」と言う。
 その原医師は現在、学会の認定指導施設の承認を受ける準備を進めている。それには脊椎の手術を、年間100名以上3年間続けているという条件がある。だが、原医師率いる稲沢市民病院では、年間300名を超える勢いだという。同院が正式な認定指導施設となるのは、そう遠くはない。

 

 


 

column

コラム

●同じ変形性疾患でも、脳神経外科と整形外科とでは、アプローチがまったく異なる。

●その相互理解を進めようと、原医師は、院内で二つの診療科を対象とした合同勉強会を開催している。「変形性疾患において、神経に焦点を当てた脳神経外科の治療の話をすると、整形外科の先生たちは、最初、驚きますね。でも、何回か話をするなかで、段々と理解をし、興味を持ってくれる先生も出てきます」。

●それはつまり、医師の間でも、変形性疾患への神経アプローチが理解されていないということ。「愛知県でいえば、脳神経外科と整形外科がジョイントした学会はたくさん行われています。互いに良い意味で競争しているといえますね」(原医師)。

●そうした活動に加え、今後は地域住民や診療所の医師を対象にした、情報発信の必要性を原医師は重要視している。まずは知ってもらうこと。そこからのスタートをこれから始めるという考えだ。

 

backstage

バックステージ

●人間は重力に抵抗して生きている。それを支えているのは、首から腰に至る脊椎である。それを考えると、年齢とともに脊椎そのものに支障が起きてくるのは当然のこと。高齢社会は腰痛社会といっても過言ではなかろう。

●となると、そうした腰痛=変形性疾患への治療ニーズは拡大するが、そのときどのような治療法が良いのか、生活者自身も正しく知る必要がある。

●整形外科による骨を固定するのも一つの方法だ。だが、固定することで、いくらかの期間は症状が治まるものの、年齢とともに腰が曲がるのは自然の法則。整形外科では、それを見越した治療が大切といえよう。

●そうした骨を矯正する方法ではなく、神経に刺激を与える病変を取るという、脳神経外科によるアプローチ。これは私たちにとって、大きな福音といえるのではないだろうか。

 


10,609 views