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病院を知ろう

命を守る30分。
生活を支える30分。

 

 

蒲郡市民病院


専門性の強み、総合的なニーズへの対応力。
平成27年4月、地域包括ケア病棟を新たに加え、
これからはより一層、地域に密着した市民病院をめざして。

main

救急・急性期治療能力を持ちつつ、
地域医療機関とともに、地域に密着した病院への歩みを始めた、蒲郡市民病院。
経営の危機と闘った5年の年月を経て、院長、副院長、そして、あらゆるスタッフが一体となり、わが町・蒲郡の医療を守るために、今こそ病院再建へのステージに向かう。

 

 

 

 

 

在宅医療と連関する
地域包括ケア病床を設置。

IMG_5856 蒲郡市は、渥美半島と知多半島に包まれた海辺の町。市の南は三河湾に面し、沿岸一体が三河湾国定公園に指定されている。風光明媚、気候も温暖であり、暮らしやすい地域だ。
 その蒲郡市にある蒲郡市民病院は、蒲郡市とその周辺の、人口およそ12万人を対象とした病院である。病床数は382床。これまではすべて急性期(※)病床であったが、そのうちの47床を、平成27年4月、<地域包括ケア病棟>に変更した。
IMG_6435 地域包括ケア病棟とは、平成26年度の診療報酬改定で新たに誕生した病棟区分。開設にあたり、病院は三つの要件を満たさなければならない。一つは、二次救急に対応できる一般急性期機能を有していること。一つは、急性期治療が終了した患者に対して、リハビリテーションを積極的に提供しつつ、在宅復帰への支援を行うこと。そしてもう一つは、在宅で療養する患者が急性増悪した際、すぐに受け入れ適切な入院治療を行うこと。すなわち、急性期治療能力を持った上で、地域に密着し、複合的な視点で患者をとらえ、在宅医療との連関を重視した病棟といえよう。
 この病棟では、提供する看護も急性期と変わる。食事はベッドの上ではなく食堂に行って食べる、清拭(身体を拭く)ではなく入浴をするなど、退院後の日常生活に即した援助を行う。そのためには、エビデンス(科学的な根拠)に基づいた看護と、患者ごとの生活を見つめたきめ細やかな看護が必要とされる。
※ 重症患者に対して、手術をはじめとした積極的、且つ濃厚な治療を行う期間。

 

 

病床は地域の財産。
本当に必要な姿になる。

 Plus顔写真 同院に地域包括ケア病棟が誕生した理由を、河辺義和院長は次のように語る。「急性期医療は、国の政策として、より迅速に治療を提供することが求められ、入院期間がどんどん短くなっています。そして、急性期治療を終えた後は、回復期や療養期などの病院に移り、適切な治療を継続的に受けることになります。しかし蒲郡市には、急性期後の領域を担う病院が充分に整っていません。となると、患者さんの多くは、急性期病院である当院を退院後、すぐに在宅に戻り、診療所の先生に診ていただくことになります。しかし、在宅医療に注力する診療所数も、当市は決して多くはありません。つまりは、患者さんやご家族は不安感を、診療所の先生は大きな負担感を抱えながら、在宅医療を進めなくてはならないのが実情です。そうした地域の状況を考えると、急性期治療を終えた後、患者さんには在宅への準備ができる病棟が必要であると考えました」。それは地域の実情に合わせた療養環境の整備である。
IMG_6394 「もう一つ正直に言いますと」と、院長は言葉を続ける。「実は当院は、病床の一部を休ませていました。その要因はいくつかありますが…。しかし、病床は地域の財産です。地域住民の高齢化を考えると、急性期のみならず、地域にふさわしい姿に変えていくことが、必要だと判断しました」。
 蒲郡市の高齢化率は27・7%。愛知県下でも有数の高齢化が進んでいる地域だ。高齢者の多くは複数の疾患を抱え、一つの病気への急性期治療で完治するわけではない。病気とうまく付き合いながら、住み慣れた家、地域で暮らしていく。同院の地域包括ケア病棟は、そうした市民とその生活に密着した地域医療機関を後ろから支えるものとなる。

 

 

貫き通した命を守る30分。

IMG_8519 河辺院長が言う「いくつかの要因」。その発端は、平成20年ころから同院に顕在化してきた医師不足である。実際には、ある特定の診療科に与えた影響であったが、それが地域では、いつしか蒲郡市民病院はもうだめだ、という風評に繋がった。結果、医師不足による診療科の縮小、それに連なる入院病床の休止、患者数の減少といういくつかの影響が関連し、同院は経営的に大きな打撃を受けたのである。
 しかし、そうしたなかでも、同院が必死に守ったものがある。<救急医療>だ。内科・外科・小児科の二次救急受け入れを、どんなときも堅持し続けた。河辺院長は語る。「蒲郡市は、海に面している南以外の北、東、西には山があります。その山を越えれば、それぞれ大きな中核病院があるのですが、そこに行くには車で30分、電車なら60分かかります。通常の病気ならそこへ行くのもよいでしょう。しかし、脳卒中や心筋梗塞IMG_6370など、たとえ救急車を30分飛ばしても、その時間が命取りになる病気がある。<30分>は、この地域にとって重要な意味を持つのです。だからこそ、私たちは必死で救急医療を守り続けてきました」。
 蒲郡市民にとって、命に繋がる選択肢は、蒲郡市民病院しかない。それ故に、どれだけ苦しくても、同院は自院の存在意義をかけ、院長はじめ、全職員が互いの業務をサポートし合い、救急医療を守り通したのである。

 

 

わが町、蒲郡に最適な病院をめざす。

IMG_5126 医師不足の顕在化から丸5年。その間に、同院の経営は少しずつ改善し、平成26年度には条件はあったが黒字転換したという。「特効薬があったわけではありません。全職員の意識統一、その上でのコツコツとした地道な努力が、少しずつ奏効したのです」(河辺院長)。例えば、医師不足。どこかの大学医局が派遣数を増やしてくれたのではない。同院の初期臨床研修医(※1)が、そのまま後期臨床研修医(※2)として残り、少しずつ戦力化してきたのである。
 蒲郡市民病院は、5年の歳月をかけ息を吹き返し、今こそ反転攻勢のときを迎えた。だがそれは、以前とまったく同じ病院に戻るわけではなく、地域包括ケア病棟の設置が象徴するように、その姿は変容されようとしている。
IMG_8452 河辺院長に今後のビジョンを聞くと、「地理的制約を持つ、わが町にふさわしい医療モデルを作ること」だと言う。そのためには、まず、同院の強みを明確に打ち出す。前述の脳卒中や心筋梗塞など血管系の診療科、そして、小児科・産婦人科といった周産期に関わる診療科である。前者は市民の命を守るため。後者は、若い世代が安心してこの地域に住むことができる、いわば、町の活力維持に絶対必要だ。
 その一方で、地域医療機関との信頼関係構築をめざす。「高度な専門治療を必要とする患者さんには、広域圏で急性期病院同士の連携が可能です。しかし、12万人の生活に密着した医療提供には、地域医療機関との連携を抜きに考えられません。これまで以上に地域医療機関との会話を進め、地域で頻回に発症する病気、高齢者への継続ケアなど、生活を支える30分の医療をも見つめていきたいと考えます」(河辺院長)。
 少ない人数で救急医療を担い続けた医師。その負担を補うため、さまざまな医師業務を補佐した看護部。チームを支えた医療スタッフ。そして、裏方役に徹した事務スタッフ。「医師不足をはじめ、すべてが解決したわけではありません。それでもみんなのなかに、反転攻勢しようというマインドが戻ってきました」と、河辺院長は微笑む。
※1 医師免許を取得後に義務づけられた2年間の臨床研修を受ける医師。
※2 初期臨床研修を終え、それぞれ希望の専門領域において研修を受ける医師。

 

 


 

column

コラム

●同院が息を吹き返したのは、特効薬ではなく、意識を統一した全職員による、コツコツとした地道な努力であると、河辺院長は言う。一つひとつの現場で、一人ひとりのスタッフが、ときには挫けそうになる思いを抑え、みんなが努力を重ねたのである。

●その現場に、実は院長、副院長たちもいる。

●例えば、救急医療。院長は日直を、副院長は当直を担っていたのだ。<人にやらせるからには、自分もやらなくてはいけない>。まさに率先垂範。そのスタンスを、院長、副院長たちは守り通したのだ。

●その理由は、<蒲郡への愛着>であろうと、職員たちは見ている。それが、わが町の医療を守り通してみせるという、医師としての矜持に繋がり、その姿勢が職員たちを奮い立たせたといえよう。

 

backstage

バックステージ

●平成20年、蒲郡市民病院における、大学医局からの医師引き上げ。それは同院だけではなく、中小規模の自治体病院の多くが被った問題である。同院のように自力で活路を見出す病院もあれば、どうしてもその壁を乗りきれず、今なお苦しみ続ける病院もある。

●そうした自治体病院の場合、自治体がどのようなスタンスを取るか、これが重要になる。

●同院の再建物語には、市長、市議会、市役所、つまりは、蒲郡市を挙げての温かい視線があった。すべての責任を病院にぶつけるのではなく、一緒になって医師確保に注力する、河辺院長の相談に乗るなど、サポートを続けてきたのだ。

●その蒲郡市は、<蒲郡市ヘルスケア計画〜健康・予防と先端医療の産業集積を目指して〜>を平成25年度から推進。産官学を通じて、各種連携事業を実施してきた。河辺院長は、「将来、市や企業と臨床を連動させた、新たなビジョンを描いていきたい」と言う。

 


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