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病院を知ろう

超高齢社会に不可欠な
<手外科>の高度な専門技術。

 

 

名古屋掖済会病院


小さい器官ながら複雑で繊細な構造を持ち、運動器と感覚器の機能を
兼ね備えた<手>。そんな<手>を専門にする整形外科医が、
ずっと主張し続けてきた「手術を選ぶ必要性」。

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小さな器官の内部に、骨、関節、筋肉、腱があり、さらには無数の神経と血管が張り巡らされた、<手>。
複雑かつ繊細な構造ゆえに、その治療には高度な技術力が要求される。名古屋掖済会病院の整形外科・リウマチ科の渡邉健太郎部長。
幾多の手を再建(※)してきた<手外科>第一人者の姿を追った。

※再建とは、人工素材や自身の体の組織を移植し、元のように形づくることを指す。

 

 

 

 

 

思わず言葉を失った
10代女性の両手。

 「これはひどい…」。名古屋掖済会病院の整形外科・リウマチ科の渡邉健太郎部長は、救急搬送された患者の手を見た瞬間、思わず息をのんだ。再建か、それとも、切断か――。
 10年前のある日、岐阜県北部で車の横転事故が発生した。助手席にいた同乗者が車外に投げ出されて両腕を損傷。すぐさま救急隊が駆けつけたが、あまりの症状に県内では搬送先が見つからない。そんな救急隊が連絡を入れたのが、名古屋掖済会病院だった。716301
 事故現場から病院まで高速道路で2時間。連絡を受けた渡邉部長は、救急車の到着を待つことなく手術準備に取りかかった。手の手術は、細い血管や神経を繋ぐ高度な技術が要求されるため、長い時間を要する。手術が長時間に及べば、術者が集中力を保つのも難しくなるに違いない。そこで渡邉部長は、専門医を右手と左手に分け、2チームで手術することを決断した。
 渡邉部長が担当する患者の左手は、手の甲の組織が半分削り取られていた。渡邉部長の脳裏には「切断」という選択肢がよぎる。だが、ベッドに横たわる患者の姿を見てその考えを振り払った。「何とかしてあげたい」。患者は10代の若い女性だった。彼女の未来に思いを馳せた渡邉部長は、再建への道を決断したのだった。716314
 まずは汚染された組織を切除し、感染が起こらない状態にする6時間の手術が終了。その後、各機能を再建すべく、顕微鏡を使った10時間の手術を敢行した。患者の骨を使って関節を安定させ、背中や大腿部から血管をつけた状態の皮膚を移植。さらに、それぞれの指に人工の腱を一旦入れた後、患者自身の腱を他から移植することで運動機能の回復をめざした。
 入退院を3回繰り返し、手術とリハビリを行った結果、患者の手は握ったり開いたりできるまでに回復した。渡邉部長の強い思いと技術力が、<奇跡>を起こしたのだ。今、この患者は結婚し、2人の子宝に恵まれている。しかも、育児をしながら仕事にも就いているという。3年ほど前、患者の自宅を訪問した渡邉部長。そのときの写真には、我が子を抱きながら素敵な笑みを浮かべる患者の姿があった。

 

 

40年受け継がれてきた
手外科の歴史と伝統。

  このエピソードからは、手外科の実情が浮かび上がる。岐阜県北部での事故にもかかわらず、救急隊はなぜ越県して名古屋掖済会病院に駆け込んだのか。それは、手外科の専門医が希少な存在だからだ。
 716331手を専門とする医師は全国的に見ても極端に少ない。日本整形外科学会所属の医師は約2万5000人いるが、そのうち日本手外科学会の所属医師は3000人ほど。身体機能にとって非常に重要な部位にもかかわらず、手に強い関心を持つ医師が少ないのが実態なのだ。
 大腿骨骨折や骨盤骨折などと比べてマイナーな印象が強い手外科だが、「動きが大雑把な肩や膝と違い、手首や指の治療には非常に細かなスキルが求められる」と渡邉部長。手は、たとえ指先の小さな怪我でも、その機能は著しく低下し、不便な生活を強いられる。また、温度や手触りといった感覚器としても重要であり、体のなかでも目につきやすい部位であることから、整容面にも大きな影響を及ぼす。
 名古屋掖済会病院整形外科の手外科は、40年に及ぶ長い歴史を持つ。名古屋大学医学部の学生が卒業後、研修医として学ぶ約70の教育病院のなかでも、整形外科領域においては、同院で学ぶ医師が最も多い。こうした伝統は、渡邉部長が医師になった30年前から続いている。「実際、名古屋大学の手外科教室の3分の1は当院の卒業生です」と渡邉部長。手外科の分野において、群を716220抜く知名度と実績を誇る同院だからこそ、近隣のみならず、県をまたぐような広域圏から患者が集まってくるのだ。
 「私たちがめざすのは、患者さんに早く社会復帰していただくこと。そのためにも、手術を行うのか、それともギプス固定などの保存的療法を取るのか。復帰に向けた治療方法の選択を誤らないことが、重要だと考えています」と渡邉部長は話す。

 

 

生活への復帰のため
手の骨折は手術で治す。

Plus顔写真 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年を10年後に控えた今、整形外科領域で患者が急増しているのが<橈骨遠位端骨折(とうこつえんいたんこっせつ)>である。
 橈骨遠位端骨折とは、手首の2本の骨のうち、太い方の橈骨の骨折のこと。骨が脆(もろ)くなった高齢者が、転倒したときに思わず手をついて骨折するケースが多い。この橈骨遠位端骨折は、大腿骨、腰椎、肩の付け根と並んで〈高齢者の4大骨折〉に数えられ、名古屋掖済会病院の手外科でも年間100人近くの患者が手術を受けている。
 橈骨遠位端骨折の治療法は、長年、ギプスで固定する保存的療法が主流だった。ところが10年ほど前、骨を固定する画期的な内部固定材料<ロッキングプレート>が開発され、今ではこの固定材料を使った手術が主流となっている。「ギプスで固定する方法では、治療に1カ月から1カ月半ほどを要しますが、ロッキングプレートによる手術なら、術後3日目から手を使えます」と渡邉部長。高齢独居や高齢夫婦の世帯が増えるなか、早期に生活を取り戻せる手術は、患者にとって何ものにも代え難い治療法だ。
 実は、渡邉部長はロッキングプレートによる治療が普及する以前から、「ギプスではなく手術716334を」と一貫して主張し続けてきた。ロッキングプレートが登場する前の手術でも、保存的療法より後遺症が少なく、早期に社会復帰できるとデータが示していたからだ。ただ、当初はどれだけ手術の必要性を声高に訴えても、そのエビデンスが学会で認められることはなかった。ところが今では、かねてからの主張が認められ、渡邉部長は<橈骨遠位端骨折診療ガイドライン>改定の責任者を務めている。

 

 

地域との連携を深め、
病院への理解を促す。

 名古屋掖済会病院の整形外科では、10年ほど前に中川区で開業する整形外科医らと「中川整形外科医会」を結成した。発足後は年3回、症例検討会や勉強会を実施している。
 「手の怪我というのは小さく捉えがちです。そのため、診療所の先生からは、症状が進んでから紹介されるケースが少なくありませんでした。中川整形外科医会を通じて交流を深めることで、早期に患者さんをご紹介いただき、手術を終えてリハビリを進めた段階で、再び診療所で診ていただくという連携がうまくでき上がっています」と渡邉部長。軽症の場合は診療所で、重症の場合は名古屋掖済会病院で治療し、716207症状が安定した後は再び診療所で経過を見守る。そして、何かあればすぐに渡邉部長に相談する。そうした密な関係性が構築されている。「名古屋掖済会病院のある地域は、中川区だけでなく、熱田区や港区にも広がるエリアですから、今後は2つの区にも連携の輪を広げていきたい」と渡邉部長は語る。
 手外科を含めた整形外科分野で名を馳せる名古屋掖済会病院だが、それ以外の外科分野や診療科も相当な力を持っている。ただ、その実力が一般に広く認知されているかといえば、そうではないのが実情だ。中川整形外科医会での活動を含め、名古屋掖済会病院に対する地域の理解がさらに進んでいけば、その<真の実力>が遺憾なく発揮されるに違いない。そしてそれが、市民の日常生活を守ることに繋がると、渡邉部長は確信する。

 


 

column

コラム

●名古屋掖済会病院ではこれまで、建物の改修よりも、医療機器を充実させるための投資を優先させてきた。そんな同院がいよいよ、建物の刷新を図ろうとしている。「地域と共生し良質な医療を提供する都市型病院」をコンセプトにした、新病棟の建設が現在進行中なのだ。平成26年1月の立体駐車場の建設に始まり、新病棟の建設、南館の改修、北館跡地の患者駐車場の整備に至るまで、実に3年8カ月に及ぶ一大プロジェクトだ。

●新病棟では、従来の北館と南館を一体化させた、コンパクトなL字型病棟ができ上がる。効率的に業務が遂行できるように各部門が配置される一方、病棟中央にナースステーションを置き、患者に安心感を与える造りにもこだわっている。病室は、木目調を基本とした温かみのある快適な空間に。また、建物の免震構造やヘリポートを採用し、災害拠点病院としての機能も強化していく考えだ。

 

backstage

バックステージ

●高齢者の骨折は、その後の生活に非常に大きな影響を及ぼす。二世帯同居が多かった一昔前なら、骨折した部位をギプスで固定し、手の自由が利かなくなったとしても、周りの家族が生活を支援できた。だが、核家族化が進み、高齢夫婦や高齢独居が当たり前の光景になりつつある今日では、こうした状況は様変わりしている。怪我を抱えながらどう生活を送るのか。そんな切迫した状況に頭を抱える高齢者が少なくないのだ。

●より短期間で手が使えるようになれば、生活への影響は少なくてすむ。だからこそ、社会復帰しやすい治療法の選択や、早期からのリハビリテーションが大切になるのだ。「安静にしなければいけない部分以外は、翌日からリハビリを始めます」と渡邉部長。生活に早く戻すという視点が、高齢者の骨折の治療には不可欠な要素なのである。

 


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