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シアワセをつなぐ仕事

家族、病院、地域…
退院調整がひとつに繋ぐ。

田中美智代(退院調整看護師長)/松阪市民病院


 

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松阪市民病院に退院調整部門が誕生して1年余り。
その立ち上げに尽力したのが、田中美智代看護師。
看護歴36年のキャリアを誇る。
田中は言う。「退院調整は、患者さんとご家族に、退院後の選択肢を増やすこと」。
院内を走り回りながら、職員を巻き込みながら、彼女の毎日は続く。

 

 

 


地域の医療ニーズに応え続けてきた松阪市民病院。
その歩みとともに、
キャリアを重ねた一人の看護師の新たな挑戦。


 

 

 

退院後の一番良い生活を見つめる。

 708232 「心配しなくても大丈夫。私に任せて!」と、患者に笑顔で力強く声をかける。それが松阪市民病院初の退院調整看護師、田中美智代である。
 退院調整とは、患者が病院から退院した後、自宅や施設で、安心して療養生活を送ることができるように支援することである。自宅での生活を望んでいるのか、施設への入所を希望しているのかなど、患者の希望や取り巻く状況を確認する。また、院内の医師、病棟看護師、MSW(医療ソーシャルワーカー)、さらには、院外の診療所医師や訪問看護師をはじめとする、地域の医療・介護サービス機関とも連携し、その人らしく生活できる環境を作り上げていく。
 同院の場合、入院患者のうち約3割の患者は退院調整を必要とする。通常は病棟から田中に要請が入るが、なかには救急部からの声もあるという。「入院して早々に退院調整というと、戸惑う患者さんもいます」と田中。「でも、患者さんやご家族にとって、〈退院後一番良い生活をしていたPlus顔写真1だくための支援〉とお話しすると、皆さん解ってくださいます」。
 その人らしい生活を見つけ出すために、田中は患者カルテを繰り返しチェックする。退院後を見つめ、食事の形態はこれでよいのか。家族への栄養指導は行っているのか。リハビリテーションは進んでいるのか。少しでも疑問があると、多職種に声をかけ、患者には見えないところでの調整に努める。
 それは地域で介護サービスを提供する人たちに対しても同じだ。例えば、訪問看護利用に難色を示す患者がいた。ケアマネジャーや訪問看護師と何度も話し合いを続け、患者に提供する看護を吟味。丁寧にその有用性を患者に説明し、利用が始まったケースもある。

 

 

36年の看護キャリアを最大限活かす。

Plus顔写真2 田中が退院調整の仕事を引き受けたきっかけは、眞砂由利看護部長の「あなたしかいない」というひとことだった。
 田中は、看護学校を卒業以来、36年間、松阪市民病院一筋で勤めてきた。内科病棟、外来、手術室、救急外来、緩和ケア病棟など、同院看護部のさまざまな部署で、多種多様な疾患と治療、そして、多くの患者を見つめ続けてきたのだ。
 眞砂は言う。「退院調整部門の目的を正しく理解した上で、退院後の患者さんやご家族のために、何が必要か、どうすればそれを提供できるのか。その実現には、看護において確実にキャリアを積むとともに、〈患者さん〉と〈病院〉の二つの目線が必要なんです。この両方で、田中はまさに適役です」。
 看護部長がそう語る、田中のエピソードを一つ紹介しよう。2年前、彼女は、がんの終末期の患者のための緩和ケア病棟に配属された。当時、緩和ケア病棟には、無料と有料の病室があった。その整備には、医師をはじめさまざまな職員、また、自治体病院ゆえに市議会も関わり、それぞれの思いを込めて、無料と有料を用意したのだ。だが実際には、無料病室は大勢の患者が順番待ちし、有料病室は希望する患者が少なかった。本来は地域に開かれた病棟のはず。小倉嘉文院長が全室無料を市議会に納得させるものの、院内で職員たちが難色を示した。理由は無料と有料との設備の違い。患者間の公平は保たれるのか? 患者から不満が出たら、どう対応すればよいのか…。
 そうした職員を説得し、現場での調整を図る708101ことが田中の役割だった。職員一人ひとりの言い分を丁寧に聞く一方で、田中は、痛みに苦しむ患者さんを一人でも多く救うためにと、病棟の目的を語り続けた。「師長さんが言うなら…」。全スタッフが同じ方向を向き始めたのだ。
 粘り強さ、コミュニケーション能力、そして、実行力が田中の強みである。

 

 

看護と看護で繋ぐ継続ケア。

 団塊の世代が後期高齢者となる2025年を目前に控え、医療ニーズの増大が予測されるなか、国は医療費抑制の観点から、急性期病院には入院日数の短縮を強く求めている。そのため、急性期治療は終了したものの、継続ケアが必要な状態で、退院せざるを得ない患者は少なくない。
 退院にあたって、これまで急性期病院の多くは、MSWによる退院調整を行ってきた。MSWは、社会保障制度や自治体による各種サービスの知識を豊富に持ち、患者の療養に伴う生活費や医療費への不安、心配事などに、福祉の視点からサポート。療養に専念できる環境づくりに力を注ぐ。
 だが前述どおり、継続ケアが必要な患者の退院となると、新たな視点が必要となってきた。それは、医療の視点である。さまざまな疾患の知識を持ち、入院中の治療の内容を理解した上で、どのような継続ケアが必要か、そしてそのケアを、どのような形で受けるのが良いか。それらを地域の医療・介護サービス機関とともに考え、ス708222ムーズに繋いでいく。
 その担い手として、近年、注目を集めているのが看護師である。看護師は、患者の入院生活に寄り添って、治療を受ける患者を看る。その病院看護師と地域の訪問看護ステーションの看護師が、看看連携、すなわち、看護と看護を繋いで、患者の療養生活を支える動きが活発化してきた。

 

 

地域ニーズとともに進化する。

708223 かつて松阪市民病院は、70億円もの累積赤字を抱え、病院の存続を危ぶむ声さえ聞こえていた。それを斬新な改革をもって蘇らせたのは、平成13年に院長に就任した小倉嘉文医師である。
 斬新な改革とは、〈徹底した効率化経営と職員の士気を高める人事戦略〉である。例えば、救急当直への外部医師の応援、健診業務を地元医師会に移管。また、その一方で、医師への成果主義・看護師への評価制度導入、あるいは、電子カルテ導入、DPC(診断群分類包括評価)導入など、次々に行ってきた。
 なかでも決定打は、病院の得意分野を打ち出すセンター化である。従来から〈自治体病院は、総合的な病院であるべき〉という認識がある。だが、小倉院長が採った方針は、地域の医療資源を見つめた上での〈選択と集中〉。メリハリの利いた経営路線を選んだ。すでに呼吸器センター、消化器・内視鏡治療センターが開設され、その高度で専門的な治療には、県外からも患者が訪れるほどだ。
 そして近年、大きな力を注いでいるのが、在宅医療である。訪問看護ステーションの立ち上げに続く、退院調整部門の立ち上げ。さらに、地域連携にかかわる部署には、多くの人員を投入してい708215る。こうした病院の姿は、地域が求めるものに合わせて進化し続けてきた結果といえよう。
 退院調整部門が誕生して1年が過ぎた今、同部門の看護師は田中を入れて3名となった。「まだまだ仕組みまでになっていない」。だが、ケアマネジャーが来院したときは、必ず同部門の看護師が一緒に患者を訪問することで、病院と在宅とがしっかり結ばれていることを示す。地域のネットワーク会議には、退院調整看護師の一人は必ず参加し、地域との結びつきを高める等々。ゆっくりでも一つひとつの定着を図っている。
 田中は言う。「病棟看護師のときより今の方が、多職種と密接な繋がりを持つようになりました。もちろん、地域の方々との繋がりも、今の仕事に就いてからです。そうした人と人との関係があってこそ、退院後の患者さんやご家族の選択肢を増やすことができる。それが退院調整なんだと実感しています」。


 

 

columnコラム

●松阪市民病院 看護部では、新たな二つの取り組みを計画している。

●一つは、在宅看護論を看護師に根づかせるための、大学と連携した教育システムの導入。

●一つは、病棟看護師による在宅療養中の患者宅への訪問看護師との同行訪問。

●その理由を、看護部長の眞砂はこう語る。「病院の医療は、生活を中心としたものに変わってきています。患者さんの生活から切り離して、医療も看護も考えられないということですね」。だが、看護師の多くは、専門教育の課程で、在宅医療を学んできているわけではない。それを補う意味で、前述の二つの取り組みを導き出したのである。

●その一方で、同院にいるさまざまな領域の認定看護師を、地域に開放する動きも出てきた。地域の訪問看護師への勉強会開催である。

●院内でも、院外でも、市民病院の看護部として、持てる力を最大限に活用するための試みが続く。

 

backstage

バックステージ

●本文でも紹介したとおり、超高齢社会を見つめ、医療のあり方が変わろうとしている。病院は自らの機能を明確にし、その上での連携による地域完結型医療への道を進まなくてはならない。

●そのなかで、急性期の治療は終えたものの、自立度の低い、あるいは、複数の病気を抱える高齢者の受け皿不足が、各地で大きな問題となっている。

●もちろん、松阪市も例外ではなく、そのため松阪市民病院は、地域包括ケア病棟の導入の検討を進めているという。

●地域包括ケア病棟とは、高度な急性期治療後の患者への継続ケア提供、在宅で療養中の患者の急性増悪時の受け入れ、そして、リハビリテーションを主軸にした在宅復帰支援を担う病棟である。

●松阪市民病院は急性期病院として、地域の医療ニーズを常に見つめ、市民のための市民病院として歩み続けてきた。その同院が今後どのような選択をするのか、その動静に注目したい。

 

 


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