1,998 views

病院を知ろう

<生活時間の最大活用>。
それが私たちの<絶対価値観>。

 

 

愛知医科大学病院


群を抜いた大学、群を抜いた病院をめざして。
新病院建設に託したのは、
新たな大学、そして病院づくり。

main

愛知医科大学病院の新病院がオープンしたのは、平成26年5月。リンクトでは、その新病院をこれまで4回に亘り紹介した。
今回は、いわば新病院誕生の舞台裏編。
新病院建設委員会誕生以来10年の歳月を、同院はどう乗り切ってきたのか。
紹介者は、平成27年4月に病院長に就いた羽生田正行医師にお願いした。

 

 

 

 

 

危機感が、
逃避を挑戦に変えた。

 平成17年5月、愛知医科大学病院に<新病院建設委員会>が誕生した。委員長は、現在の愛知医科大学学長・佐藤啓二医師、副委員長は、現在の病院長・羽生田正行医師と放射線科部長・石口恒男医師である。
 Plus顔写真「最初に考えたのは、新病院のコンセプトです」と羽生田は言う。「職種もキャリアも関係なく、みんなが意見を出し合いました」。委員会としては、順調なスタートを切ったといえよう。だが、羽生田は言う。「本当は違うのです」。
 「最初、みんなは現状から脱したい、正直に言えば、現状から逃げたい、という思いでした。当時の院内には、さまざまな問題があり、その解決を棚上げして、新しい病院を作れば何とかなるのでは…、という意識でしたね。ですからコンセプトができ、では具体的にどうする?となっても、答えはなかなか出ませんでした」。
 当時から、同院は無借金経営であった。だがそれは果敢な事業戦略の結果ではなく、ほとんどの医療機材を更新せず、建物もメンテナンスをすることなく、いわば必要な投資をしない消極的経営での無借金。また、教授会を構成する多くの医師が国立大学出身者であり、同院は時代のなかで、大学病院としての影響力を少しずつ落としていた。そうした沈滞ムードが学内・院内に蔓延。その延長線での新病院建設である。進み具合は遅々としていた。
 だが、その空気を一変する出来事が起こる。世界を震撼させたリーマン・ショックだ。無借金経営とはいえ、この時期に新病院建設を続行するのか、しないのか。大学・病院は大きな決断を迫られた。出された答えは<続行>。この答えが、新病院建設委員会面々の意識を変えたのである。
 建設プロジェクトを失敗させたら、自分たちの存在意義はない。いや、大学も病院も二度と立ち上がれない。元々、病院の経営に<何か違う>と感じていた委員会メンバーだけに、大きな危機感が生まれた。

 

 

序章は、
機能評価初受審にあった。

  新病院建設委員会のメンバーは、実は以前にもプロジェクトを組んだことがある。それは平成17年に同院が初めて受審した病院機能評価(※)。その1年半前の平成15年、羽生田は、実行委員長を任された。教授に就任して数年後のこと。あとになって、「当院の風土に染まり切ってない者の目で、<これ、おかしい>という面を洗い出せ」ということだと羽生田は理解した。
150810_38 その頃の職員は、みんな悲観的だった。「施設・設備が悪い。この病院で認定されるわけがない」と、最初から諦めていたのだ。そこで羽生田は、院内でもロイヤリティとヒエラルキーが明確な、看護部中心のチーム編成を考えた。当時の看護部長とは、まさに侃々諤々。その渦を核に、前向きな医療技術スタッフや事務系職員を巻き込み、1年半の準備を経て、機能評価を受審した。
 結果は、認定。職員の誰も彼もが驚いた。羽生田は言う。「機能評価で問うているのは、病院がきちんとした規範を持ち、きちんと患者さんを診て、自分たちの施設で最大限の努力をし、安全に医療を提供しているかどうかです。つまり、病院に求められるものは何か。その当たり前のことを、明確に突きつけられました。認定されましたが、まだ改善課題が残されていることも解りました」。
150810_52 一方、受審を通して、準備で集まったメンバーたちは、一つのことを覚えた。「病院が良くなるためなら、自分の意見をはっきり言ってよいのだ」。同時に、彼らの意識は少し変わった。「自分たちの病院にも可能性はある」。ほんの少しだが思えたのである。
 この機能評価受審が、いわば序章。その意識が薄れるのを留めるかのように、新病院建設委員会、そして、リーマン・ショックの波を、彼らはくぐることになる。

※ 病院機能評価とは、(公財)日本医療機能評価機構が第三者として病院の組織的活動を評価するもの。

 

 

病院建設は契機、
本質は組織づくりにある。

 病院機能評価、そして、新病院建設委員会のメンバーは、みんな若い世代であった。それが約10年過ぎた今、医師も看護師も医療技術スタッフも、見事なほどに各領域や部門のトップになっている。
150810_05 「新病院建設の続行が決まってから、委員会ではコンセプトに立ち戻り、すべてを検討しました。例えば、<生活時間の最大活用>。初めは単に時間の無駄の改善、といった考えでしたが、もっと具体的に患者さんの生活にまで目線を伸ばし、そのなかでの治療のあり方の検討に変わったのです。そうすると、外来はこう、病棟はこうと、みんなの意見が百出しました。では職員にとってはどうだろう?という視点も出てきました。働きやすさ、もっと言えば働き甲斐の意味を考え始めたのです。それが元になり、他部署との連携や協働について話し合う、業務の見直しを図る…。すべては患者さんのため、という発想に切り替わったとき、委員会活動は、まさに私たちに与えられた生活時間の最大活用となったのです」。
 目的意識が揃ったあとは、共通の会話が生まれた。本当に必要な病院が抽出されたのである。「今、振り返れば」と羽生田は言う。「その会話のなかで、委員会のメンバーたちは、今、自150810_78分たちが創っているのは、単に建物だけではない。仕組みや人材も生み出しているのだ。つまり、新しい愛知医科大学病院を創造しているのだと、感じ始めました」。それが、未来へのベクトルとして一致したのである。
 新病院の行動指針は<Plus Ultra 創造する未来へ>、<元気ホスピタル あなたを元気にする、私も元気になる>の二つ。リーマン・ショックという深い谷底を越えて、現実が指針に追いついた。

 

 

視線は、
新たなコミュニティヘルスケアの創造。

 職員たちのさまざまな思いを詰め込み、新たな歩みをスタートした愛知医科大学病院。今後への目線を紹介しよう。
 羽生田は言う。「特定機能病院(※)として、高度急性期領域を極めることが当院の使命です。とはいえ、今日の地域医療は、病院が単独で存在することは困難。いかに地域の医療機関と連携し、地域医療全体を支えるか。そうした発想が不可欠です」。
150810_43 それを具現化した一つが、PCC(プライマリケアセンター)の設置である。PCCとは、三次救急を担う高度救命救急センターに隣接されたセンター。時間外や夜間を中心に独歩の患者や、診療所からの紹介状を持たずに来院した患者の初期診断を行う。救命救急センターと連動し、重篤な患者はすぐに診療体制を切り替えることが可能。今では一日に約90名の患者がPCCを訪れている。
 このPCCと地域の診療所の有機的な、そして、組織対組織の関係づくりに力を入れる一方で、もう一歩進んだ地域との結びつきを、羽生田は構想する。そこでのキーパーソンは、看護師だ。「当院をインフラとして、必要に応じて地域と結びつけていく。それが可能なのは、患者さんの生活に寄り添う看護師だと考えます。その意味では看護師というリソースの活躍場所を、もっと地域に広げなくてはいけません。高度急性期病院と地域の医療・介護サービスをどういう形で繋いでいくか。まだ模索の段階ですが、その糸口が見えたとき、当院が新病院に盛り込150810_45んだシステムを、本当の意味で地域に活かすことができると考えます。視線は、常に、地域とともに。これを基本にこれからも歩んでいきます」と羽生田は力強く言葉を結んだ。
 愛知医科大学病院は、決して平坦な道を歩んできたわけではない。だが、苦難を乗り越え、職員自らが再構築した仕組み、人材、すなわち大学病院そのものを創った。20年先、30年先、同院の存在感が示されることを大きく期待する。

※ 特定機能病院とは、高度の医療技術を開発し、地域医療全体の発展に資する病院。

 


 

column

コラム

●平成17年、羽生田は、新病院建設委員会設置の際、佐藤(現・学長)から言われた言葉が忘れられないという。

●副委員長を依頼されたのだが、そのときの羽生田からの質問は「先生、僕、まだ当院に来て2年半しかたっていませんが…?」そんな自分が携わってよいのか、という素朴な思いである。

●それに対する佐藤の言葉は、まさに真理を貫くもの。「羽生田君、病院を建ててから10年以上いない人は、建てるものに責任が持てないのだ。そういう人に頼んではだめだ」。

●大学教授会での建設委員選定ではさまざまな意見、そして、文句も出たという。だが、佐藤は、羽生田への言葉どおり、教授会でもその考えを貫いた。

●ここから推察するに、佐藤には、建物を作るというくくりを離れ、建設をきっかけに、<次代を担う新しい世代の母体づくり>が、最初から念頭にあったのであろう。そして、まさにそれは実現したのである。

 

backstage

バックステージ

●新病院建設委員会で、佐藤委員長は委員たちに「この病院建設に失敗したら、あなたたちは10年苦しむことになる」と言ったという。だがその一方で「自分たちが良いものを創ろうと思ったらできる。だからみんなで考えよう」と、委員たちを奮い立たせる言葉も送り続けた。

●組織において、新たにゼロから創るのではなく、すでに存在する組織を改編することの方が難しい。なぜなら、事実の否定から始めなければならないからである。先人たちの知恵と行動と結果を、社会動向と合わせ、冷静に客観的に判断する。そして、未来への道筋を立てていく。

●その活動のリーダーシップを取るものに求められるのは、事実への洞察力と、柔軟性ある発想力、そして、勇気であることを、佐藤から学ぶことができる。

●愛知医科大学のホームページ、その学長あいさつのページにはこう書かれている。<新病院建設では、一から組み立てなおすことを徹底的に行い、生まれ変わりました>(全文より一部抜粋)。

 


1,998 views