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病院を知ろう

患者のQOL向上のため、
体にやさしい治療を追求する
安城更生病院、
泌尿器科の果敢な挑戦。

 

 

安城更生病院


手術による傷をできるだけ減らしたい――。
安城更生病院の泌尿器科部長が追い求めた、
より低侵襲な腹腔鏡手術とは。

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開腹手術に比べて傷が小さく、早期の社会復帰が実現できるとあって、今やがん治療を中心に有力な選択肢となっている<腹腔鏡手術>。
そんな腹腔鏡手術のなかでも、さらに患者の負担を減らした術式に挑戦し、
確かな成果を上げ続けている安城更生病院の泌尿器科。
その根底にあるのは、患者のQOL(生活の質)向上と、真に<患者のため>を考える揺るぎない信念だった。

 

 

 

 

 

泌尿器科で展開される低侵襲な腹腔鏡手術。

IMG_2275 平成27年9月中旬、安城更生病院で、とある患者の前立腺がん手術が行われた。執刀医を務めたのは、泌尿器科の秋田英俊代表部長。手術室に運ばれた患者に全身麻酔がかけられ、いよいよ秋田部長による手術が始まった。
 秋田部長はまず、患者のへその近くに25㎜の孔(※1)を一つ開け、複数の手術器具を挿入できる医療器具<マルチチャンネルポート>をはめ込む。そして、その横にもう一つ2・4㎜の孔を開ける。手術をするためにつけられた傷はこの小さな2つのみだ。その後、マルチチャンネルポートの孔から内視鏡カメラと鉗子(※2)が、もう一つの孔から鉗子が入れられ、室内のモニターに患部の様子が映し出される。真剣な眼差しでモニターを見つめ、繊細な手さばきで鉗子を動かしながら手術を進める秋田部長。そして、鉗子の先についた電気メスで病巣が切除され、手術は無事終了した――。
IMG_2375 この日、秋田部長が行った手術は、<腹腔鏡手術>と呼ばれるもの。患者の体に開けた小さな孔から、内視鏡というカメラと手術器具を体内に挿入して行われる。術者には高い技術が要求される手術だが、平成2年に日本に導入されて以降、そのメリットの大きさから急速に全国に普及していった。
 腹腔鏡手術のメリットは主に3つ。第一に、開腹手術に比べて小さな切開で済み、傷や出血が少ないこと。第二に、拡大可能なカメラで、人間の目では確認しづらい部分もはっきり捉えられること。第三に、手術の様子をモニターでその場の全員が確認でき、録画すれば術後の検証や学びにも役立つことだ。

※1 孔(こう)。腹腔鏡手術のために切開する傷口のこと。5~12㎜幅で、ポートとも呼ばれる。
※2 はさみに似た形状の金属製の医療器具。器官や組織などをはさみ、引っ張ったり圧迫したりする。

 

 

腹腔鏡のメリットをさらに推し進める
<リデュースドポート>。

Plus顔写真 前述の秋田部長による手術は、実は通常の腹腔鏡手術ではない。手術器具を挿入するための孔を減らした<リデュースドポート>という概念に基づくものだ。通常の腹腔鏡手術では、4~5つの孔を開け、それぞれの孔に一つずつ手術器具を入れる。しかし、リデュースドポートに基づく腹腔鏡手術では、手術器具の数よりも少ない孔で腹腔鏡手術を行う。その際、カギを握るのが、先ほど登場した<マルチチャンネルポート>。この器具を使えば、一つの孔から一度に複数の内視鏡や鉗子を挿入できるため、通常の腹腔鏡手術と変わらない手術をより少ない孔で実現できる。以前から「患者さんの負担を減らすため、少しでも孔を減らしたい」と考えてきた秋田部長は、マルチチャンネルポートの有用性に早くから着目。「どうにかこの器具を活かせないものか」と2孔式という術式を自ら考案した。
IMG_2284 しかし、このリデュースドポートには、一つ難点がある。それは手術の難しさだ。ただでさえ、手術器具の可動域が限定される腹腔鏡手術。それがリデュースドポートでは、手術器具同士がぶつかるほど可動域が狭くなるため、術者には高度な技術が要求される。そのため、秋田部長は、若い医師たちに自らが手術を行えるほど準備をした上で手術に立ち会うこと、腹腔鏡用のトレーニング装置で徹底的な訓練を行うことを求める。そのことにより、彼らは習熟度の速度を上げ、術式を自分のものとするのだ。現在では、秋田部長率いる同院泌尿器科は、このリデュースドポートに基づく腹腔鏡手術を、症例に合わせ、孔の数を1つ、2つ、3つというように使い分けて行っている。
 では、孔を減らすことが患者にどのようなメリットをもたらすのか。まず、従来に比べて傷口が少ない分、術後の痛みが少なく治りが早い。ベッドで横たわっている期間が少なくて済むことから、さまざまな合併症や術後肺炎の可能性を減らす。また、早くからベッドを出て体を動かすことが腸の活動を活発にし、早期から食事をとることが可能に。それが栄養状態の回復に繋がり、また傷の治りを早める、といった好循環が生まれるのだ。さらに、体に残る傷が減るため、見た目の美しさの面からもメリットは大きい。このように、腹腔鏡手術が持つメリットをさらに伸ばし、患者のQOL向上にも繋がるのがリデュースドポートなのである。

 

 

腹腔鏡手術の進化を支える
技術の進歩と安全性の担保。

IMG_2345 患者へのメリットが大きい腹腔鏡手術の普及。それを可能にしたのがデバイスや技術の進歩だ。前立腺がんを例にとると、20年ほど前まで、その治療の中心は開腹手術だった。しかし、手術の際の出血が多く、合併症を引き起こす危険もあるなど大きなリスクが伴った。それがまず手術手技の改良により、開腹手術が安全にできるように。そして平成10年代に入る頃には、世界中で腹腔鏡手術の実施が報告されるようになる。それを後押しするように検査技術も向上、早期発見が増え、腹腔鏡手術の適応症例が広がっていく。加えて、さまざまな器具の開発が進んだことで、腹腔鏡手術はより安全に確実に行えるようになったのである。
 但し、ここに至るまでには困難もあった。それが平成14年に発生した<慈恵医大青戸病院事件>である。
IMG_8194 平成14年11月8日、東京慈恵会医科大学附属青戸病院の医師3人が、前立腺がんの患者に腹腔鏡手術を実施した。ところが、術中の大量出血が原因で患者が脳死状態となり、約1カ月後に死亡。その後の調査で、医師3人に腹腔鏡手術の執刀経験がなかったことが判明した。事件の影響は大きく、世間一般には<腹腔鏡手術は危険ではないか>という偏ったイメージが流布してしまう。そこで日本内視鏡外科学会は、腹腔鏡手術のガイドライン、施設基準などを策定。充分な技術を持った術者が、設備の整った施設でのみ腹腔鏡手術を行えるようにする。腹腔鏡手術における安全性を担保する仕組みを整えたのである。
 技術の進歩と安全性の担保。これらが両立することで、腹腔鏡手術は早期のがんを低侵襲で根治へと導くものとなった。そして今、リデュースドポートという新たな概念のもと、腹腔鏡手術はますます進化を遂げようとしている。

 

 

腹腔鏡だけではない
<患者のため>を貫く治療を。

IMG_2103 患者の負担を軽減するため、孔を減らした腹腔鏡手術に取り組む安城更生病院の泌尿器科。ただ、腹腔鏡手術を第一と考えている訳ではない。大事なのは、患者の選択肢を増やし、患者が選んだ治療を安全に行うことだ。
 開腹手術、放射線治療、ホルモン治療など、それぞれの治療法やその利点・欠点を患者に伝え、充分な情報を提供した上で、最終的な決定はあくまで患者に委ねるのが、秋田部長の方針だ。「私たちは、患者さんが希望した治療法を尊重したいのです。その上で、それぞれの治療においては、なるべく痛みや負担がないような方法を患者さんに提示します」と秋田部長。そのために、若い医師たちに「どのような治療法があり、その治療法がどのようなものなのか、患者さんに分かりやすく説明しなさい」と指導する。
 そして同科では、安全な治療にも細心の注意を払う。腹腔鏡手術は、ガイドラインや施設基準に則った環境で、泌尿器科学会がその技術を認める<泌尿器腹腔鏡技術認定制度認定医>の2人を中心に実施。さらに、若い医師たちにもトレーニング装置での訓練や、手術を録画したビデオでの症例検討を徹底的に行うことで、患者に安心・安全を提供することを図っている。
 <安全を確保した上で、少しでも患者さんのQOL向上に繋がる治療>。これこそが秋田部長、そして安城更生病院の泌尿器科の思いなのである。安城更生病院の泌尿器科は、これからも<患者のため>をどこまでも追求し続けていく。

 


 

column

コラム

●安城更生病院では昭和10年の創立当時、まだ大学病院にしかなかったレントゲンを導入するなど、常に、地域に新しい医療をもたらしてきた。その姿は、リンクトでも度々紹介している。

●例えば、リンクトプラス16号では、『沈黙の臓器、<肝臓>。その治療を支えるチームの力』と題して、消化器内科が他の病院に先駆けて導入した<ラジオ波焼灼療法>を取り上げた。また、リンクトプラス18号『先駆者が追い続ける、心疾患の内科的治療の深化』では、同院の循環器内科が、すでに昭和50年代後半には、当時は一般には広く認知されていなかったカテーテルによる検査・治療を開始した歴史を紹介している。

●安城更生病院は、農村地帯だった当地に、近代的で質の高い医療をもたらそうと考えた地域住民が自らの手で創立した病院である。その精神は、現在も同院の根底を流れ、安城更生病院を地域の基幹病院たらしめている。

 

backstage

バックステージ

●前立腺がん手術において、目下、急速に普及が進んでいるのが、内視鏡手術支援ロボット<ダヴィンチ>である。平成24年度から前立腺がんのロボット手術が保険適用になり、各地で導入が加速。今や日本は、世界2位の導入台数を誇る<ダヴィンチ大国>である。

●ダヴィンチには、リデュースドポートによる腹腔鏡手術と比べ、孔を5つ必要とするものの、手術における術者の負担が少ないという利点がある。だが一方で、高額な導入・維持コストが、最終的には<医療費>という国民の税金で賄われるという課題も指摘されている。

●ダヴィンチを代表とする手術支援ロボットは今後も進化していくだろう。しかし現段階では、その治療結果は腹腔鏡手術と大差がないという。そうであれば、ダヴィンチ一辺倒になるのではなく、より患者への負担が少なく、医療経済学的にも効率の良い、リデュースドポートという選択肢があることは、我々にとって意味のあることではないだろうか。

 


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