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病院を知ろう

新しい<医育システム>が
地域医療の次代を拓く。

 

 

岐阜県総合医療センター


CERTIFICATE(認定証)を発行し、
研修医のモチベーションを高める。

main

岐阜県総合医療センターの<初期臨床研修プログラム>が興味深い。
外科を例にとれば初期臨床研修1年目であっても必要な条件をクリアすれば、執刀の機会が与えられ、手術が終われば証としてCERTIFICATE(以下、認定証)が発行される。
その内容を知ると、自院のためだけでなく地域医療のあり方を睨んだ<新しい医育モデル>であることが見えてくる。

 

 

 

 

 

初期研修1年目の夏、初執刀。
指導医の助言に手が反応。

Plus顔写真1 畑中勇治は医学部在籍時、実習病院の岐阜県総合医療センター(以下、同センター)で、一定の条件をクリアすれば初期臨床研修の1年目でも執刀の機会が与えられることを知った。外科志望の彼は卒後、初期臨床研修(※)の場としても同センターを選択。現在は初期臨床研修の2年目だが、既に鼠径(そけい)ヘルニア手術や、内視鏡を用いた腹腔鏡下胆嚢摘出術など、彼自身が執刀した手術はすでに10件を超える。
 初めて執刀したのは初期臨床研修1年目の8月。鼠径ヘルニアの患者だった。執刀は1週間前に知らされ、手術当日まで「毎日がドキドキ」の緊張状態が続いた。執刀を言われるまでに、必要な条件をクリアしていたが、初執刀はかなりの緊張感を伴った。畑中は改めて解剖書や手術の手順書を何度も読み、上級医の手術を見学するなど、みっちりとイメージトレーニングに励んだ。指導医からの手術手順に関する口頭試問にも、よどみなく答えることができた。
909420 手術当日午前9時、患者が手術室に入室。60代の男性患者だった。笑顔で軽く挨拶を交わす。麻酔は全身ではなく腰椎だけの局部麻酔。つまり患者には意識がある。なおのこと、「頼りない自分を見せてはいけない」。そんな思いがまた緊張感を生む。「実は手術の時間、無我夢中でした」と畑中。ただ、指導医の「そこを切って」「その箇所を結んで」といった適切な指示には正確に手が反応した。手術は1時間ほどで終わり、ようやく長い緊張感から解放された。1週間後、外来でその患者から感謝の言葉を聞き、一つの達成感を覚えた。

※ 初期臨床研修では基本的な診療能力の習得が目的。研修期間は2年間。

 

 

<認定証>制による
医師育成プログラム。

  外科研修の場合、多くの研修病院では初期臨床研修1年目から手術室に入らせ、段階を経て助手としての経験を積ませることに主眼を置く。実際に執刀するのは卒後3年目以降。つまり後期臨床研修(※1)に入ってからだ。ところが同センターの場合、畑中のように、初期臨床研修1年目からでも執刀させている。なぜそれが可能なのだろうか。
 指導医で消化器外科部長でもある長尾成敏は言う。「執刀医Plus顔写真2として選ばれるまでの過程を明文化して段階的に研修を積ませる、<認定証>制を導入した」。<認定証>制導入となった2012年以前は、外科入局決定した者にのみ主治医や部長の判断で執刀の機会を与えていたが、<認定証>制導入以降は、条件をクリアした者に執刀できる機会を与え、終了すれば執刀した証として<認定証>を授与している。執刀資格の取得から<認定証>授与の一例を挙げるなら、虫垂炎手術の場合、「助手として診療した虫垂切除症例数に加え、胃がん・大腸がんなどさらに高度な消化器外科手術助手の経験、口頭試問をクリアする」などの条件を課す。これで執刀資格を取得。手術が無事終われば<認定証>授与となる。
 <認定証>の発行は、2014年度末までに30人の研修医に対し、虫垂切除術12、ヘルニア手術90922629、腹腔鏡下胆嚢摘出術7、スコピスト(※2)2といった状況だ。長尾は<認定証>発行の効果を、「手術執刀をめざし、積極的に診療に参加する研修医が増えた」「指導医がいなくても自発的に練習に励む」「患者さんの術後管理が真剣」などを挙げる。また、院内で<認定証>自体の価値を高めようと、医局会で公表する場を設け、研修医のモチベーションを高めている。「今後は院外でも認知されるようにしたい」と長尾は言う。

※1 初期研修を修了した医師を対象とする臨床研修。専門分野の医療技術・知識を修得するのが目的。研修期間はめざす診療科により異なるが3年〜5年が多い。
※2 内視鏡を操作するカメラ助手。

 

 

岐阜県の医師不足問題と
<認定証>制。

909219 厚労省の都道府県別医療統計(2012年度)によれば、人口10万人当りの医師数全国平均226・5人に対し、岐阜県は195・4人で全国38位。県内の医療圏別では、同センターが位置する岐阜医療圏は充足しているが、実際には高度急性期病院が集まる岐阜市に偏っている。その他の4医療圏(東濃・西濃・中濃・飛騨)はいずれも全国平均を下回る医師不足。都市部に医師が集中し、他地域には集まらないという構図が見てとれる。
 読者のなかには「医師不足を解消するには医師を増やせばいいではないか」と思われる人もいるかもしれない。しかし、医師育成はそれほど簡単なことではない。一人の医師を育てるのには医学部と初期・後期臨床研修を合わせて10年余り。経済的背景も必要となる。現実的に対応するには、臨床研修期間中の医師に短期間で技術を習得させ、多くの経験を積ませることが近道ではないか。しかし促成であってはならない。
 こうした視点で同センターの<認定証>制を見ると、地域医療のために、「早く、安全に医師を育成しよう」と作り上げた、新しい医育モデルとしての存在感を帯びてくる。それゆえに当初は外科医育成のために始められたが、同センターでは現在、内科系や救急部門にも拡大。「厳しく濃密な研修により、医師として早くスタートすれば、長くキャリアを積むことができる」という長尾の言葉が大きな意味を持つ。

 

 

地域の実情に合った
医師育成をめざす。

Plus顔写真3 現在の初期臨床研修センター部長は、循環器内科主任医長の荒井正純だ。荒井は言う。「岐阜県総合医療センターは地域医療支援病院としての役割を担っている」。その役割のなかには、同じ医療圏の病院や診療所などへの後方支援がある。そもそも同センターの前身は県立病院だ。岐阜医療圏にとどまらず、岐阜県全域を見る広域性を以前から持つ。それゆえ荒井は「県内の医師不足をどのように解決に繋げていくか。これが医師の育成における重要な役割」との考えを示す。荒井は実情を知るために山間部をはじめ医療過疎地域の病院を視察し、「日勤の医師たちが午後11時過ぎまで働かざるを得ない状況にあり、現場の医師は疲弊している」と現実を直視。こうした病院には合併症の高齢者や、さまざまな疾患の患者が訪れる。医師はすべての患者に対応し適切な診察を行わなければならない。自院で対応できる疾患には対応し、「専門領域の治療が必要」との診断をくだせば治療できる病院を紹介し、受診手段を提案するなど、医師には多様性が求められる。
 荒井は「医師を育てる環境なら当センターは整っている」と優位性を説く。「岐阜県の基幹病院909120として40を超える診療科を持ち、豊富な症例数をもとに各領域で高い専門性を学べる」。さらに続けて「指導医が75人おり、学びの体制は手厚い。<認定証>制も導入し、ラーニングスピードの向上にも注力する」と言う。つまり、豊富な症例数を背景に幅広い疾患への対応能力を身につけるとともに、専門性の追求にも全力を注いでいるのだ。そして、「これからは総合診療医として幅広くプライマリケアを行う医師と専門領域に特化して腕を振るう医師に分かれるでしょう」との見解を示したうえで、「当センターにはどちらのタイプの医師の育成にも理想的な環境がある」と自負する。
 最後に初期臨床研修2年目の畑中医師に訊いてみた。将来、どのような医師をめざすのかと。「僕は高2のとき岐阜県の医師不足を知って医師になろうと思いました。外科志望ですが、求められればどこへでも」と快活に笑って答えてくれた。

 


 

column

コラム

●本文では畑中の鼠径ヘルニア手術初執刀を紹介したが、その後、初期臨床研修1年目の終わりには内視鏡を用いた手術も行っている。

●今日、外科のがん手術では内視鏡下手術が主流だ。必要最小限の切開で済み、痛みも少なく、手術後の回復も早いなどのメリットがある。

●その反面、技術を習得するには一定の訓練が必要だ。同センターでは<トレーニングボックス>と呼ばれる簡易の練習台を総合研修センターに設置。研修医らは、空いた時間を見つけて練習に励む。

●同センターでは<認定証>取得条件の一つに、内視鏡下での糸結びが3分以内にできることを義務づけている。畑中は熱心に取り組み「熟練度は相当なもの」と長尾は評価する。他の研修医も負けじと取り組むとのこと。「手術は見て覚えろ」と言われた長尾の研修医時代と比べるまでもない。こうした練習環境の整備にも注力している。

 

backstage

バックステージ

●長尾は自ら作り上げたこの医育モデルを、2014年6月18日に開かれた<外科系連合学術集会>で発表した。その直後から「参考にしたい」と大勢の外科医から声をかけられ、反響の大きさに手応えを感じたという。

●本文にもあるが、院内<認定証>制の動きは内科系や救急部門にも広がっている。<認定証>制導入効果の一つに<ラーニングスピードの短縮化>があるのではないだろうか。たとえば救急の現場では、初期・後期の研修医だけで患者を最初に診察する。<認定証>には救急の症例を1000例診る<救急1000>という条件もあり、早い者では初期臨床研修1年目の終わり頃には<救急1000>を達成するという。

●緊張感を持ちつつ、救急現場に臨む若い医師たちからは頼もしさすら感じられた。同センターの<認定証>制は今後国内で広まっていくのだろうか。注目したいところだ。また、ここから巣立っていく医師たちの活躍にも期待したい。

 


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