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シアワセをつなぐ仕事

医療資源は足らない。
でも、私たちは決して
救急応需をあきらめない。

中村優子/松阪市民病院 救急部主任


 

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松阪市民病院の救急部に、ひたむきなチャレンジャーがいる。
看護師の中村優子主任。
限られた医療資源という厳しい条件に屈することなく、
一人でも多くの救急搬送患者を受け入れるために、
決してあきらめない姿勢で取り組んでいる。その熱い仕事ぶりを追った。

 

 

 


「患者さんを一人でも多く救いたい。
私たち看護師が繋いで、
松阪市民病院の救急医療を守り抜く」。


 

 

 

「うちが断ったら、
この患者さんはどうなるの?」。

 108002 平成27年9月、ある日の昼下がり、松阪市民病院の救急部で、救急隊からのホットラインが鳴り響いた。「松阪市外の患者さんです。労災事故で膝を強打して手術が必要ですが、救急病院は全部断られました。何とか受けてもらえませんか」。電話を受けたのは、救急部の中村優子看護師(主任/看護師長を代行)。すぐにパソコンで、整形外科医のスケジュールをチェックする。ダメだ、手術中だ。次に、救急部の責任者である外科医に電話するが、あいにくこちらも長時間の手術中。「どうしよう。うちが断ったら、救急車は鈴鹿か伊勢に向かうしかない。ケガから時間も経ち、患者さんの痛みはピークに達しているだろう…」。苦しむ患者の姿を思い浮かべると、中村はあきらめることができなかった。別の外科医に電話し、診療を頼み込む。承諾を得ると、救急隊に「すぐ連れてきてください」と返答した。受話器の向こうから安堵のため息がもれた。
Plus顔写真1 患者が搬送されると、直ちに外科医が痛み止めの救急処置を行い、後日あらためて整形外科で手術を行う段取りをつけた。患者が病室で落ち着くのを見届けると、外科医が中村に聞いた。「整形外科が受けられなかった患者さんを、僕が引き受けてよかったんですか?」。その質問に、中村はきっぱりと答えた。「当院の方針は、整形外科が手術中なら外科が診て整形外科に繋げる。決して断らない。整形外科の先生も理解しています」。
 このエピソードは、中村の仕事に対するスタンスを示す端的な事例といえるだろう。どんなときでも<患者のために>を最優先に考え、医療者と患者を繋ぐインターフェイス(接点・仲立ち)となり、必要な治療を患者に繋いでいく。その押しの強さはときに、周囲の誤解を招くこともある。しかし、それでも「患者さんに喜んでもらえたらいいんです。先生方もみな、最終的には納得してくださいます」と中村は笑う。

 

 

救急搬送患者を一人でも多く受けたい。
そのために知恵を絞る。

 中村が救急部主任になってから1年余り。この間、中村は、ただひたすら「救急搬送患者さんをもっと受け入れるにはどうしたらいいか」と考え、看護の立場から救急外来機能の強化を進めてきた。
108034 第一の取り組みは、医師や検査技師など多職種とのコミュニケーションである。「救急の現場は、チームプレイ。日頃から、看護師同士はもちろん、先生やコメディカルスタッフと密に情報交換して、いい関係を築くよう努めています」と中村は言う。二つ目は、救急看護の能力向上。救急の看護師には、多様な病態を理解する力、患者の全身を観察・アセスメント(評価)し、重症度や緊急度を判断する力、あるいは不安な家族を精神的に支える力など、幅広い能力が要求される。中村はスタッフとともに、BLS(1次救命処置)やACLS(2次救命処置)、アイナース(心停止回避)の講習会に参加するなど、看護力の底上げに力を注ぐ。「当院は限られた医療資源IMG_2928のなかで、先生方が懸命に救急医療に取り組んでいます。先生方の負担を少しでも減らすために、私たちは救急看護のエキスパートでなくてはならないと考えています」。
 この二つに加え、中村はさらに一歩踏み込んだ、戦略的な取り組みを実践している。それは、救急部の実績の<見える化>である。救急搬送の受け入れ要請のうち、何台受け入れできたのかを月ごとに集計。<救急の応需率>としてグラフ(コラム参照)にまとめ、病院の経営企画会議や松阪地区の救急に関わる会議の資料にしているのだ。「成果が目に見えれば、励みになるし、もっと頑張れると考えました」。その狙い通り、中村が発表するグラフは、職員たちのモチベーションアップに繋がっているという。将来的には、救急応需率を平均80%台へ。それが目下、救急部がめざす目標だ。

 

 

救急を断らざるを得ない
苦しみを乗り越えて。

 同院のある松阪地区には、2次救急病院が3つある。同院は他の2病院とともに輪番体制を組んで、365日の救急医療を維持し、急性期病院としての役割を果たしている。しかし、この状況はずっと前から維持されてきたものではない。今から10年ほど前、同院では医師が次々と大学に引き上げられ、院内の診療機能が危機的な状況に陥った。「先生方は連日の長時間勤務で疲弊していました。救急医療についても、夜間の輪番を維持するのに精一杯で、昼間の救急は断らざるを得ませPlus顔写真2んでした。本当に辛かったですね」。そう振り返るのは、看護部長の眞砂由利である。
 そのどん底の状態から大胆な病院改革が始まり、院長は日夜、医師獲得に奔走。副院長はずっと病院に寝泊まりして「いざというときは僕が診るから」と、救急の最後の砦となった。こうしたトップ陣の強力なリーダーシップにより、看護師一人ひとりの意識も大きく変わっていったという。「みんなで力を合わせて、この病院の機能を維持しよう。救急についても、先生の人数が足りない分、看護師が前面に立って動かしていこうという気運が、看護部のなかで生まれました。その精神が、今日の救急部に受け継がれていると思います」と眞砂部長は言う。

 

 

超高齢社会に対応し、
救急から在宅まで看護が繋いでいく。

108026 落ちていた診療機能を取り戻し、さらに救急の充実をめざす松阪市民病院。ここに来て、救急医療の質が目に見えて変化してきたという。「施設入所の方など、高齢の救急患者さんが増えています。在宅療養中の患者さんが急変したからと、訪問看護ステーションから救急の依頼が入ることも多いですね」と中村は言う。同院の救急医療の基本は、入院や手術を要する患者を対象とする2次救急である。しかし、在宅療養中の急性増悪への対応となると、2次救急だけでない。それほど症状は重くないが、入院治療を必要とする、いわば1・5次救急まで間口を広げなくてはならない。「それでも市民のニーズに応えることが、私たちの使命ですから、柔軟な発想で松阪地区の救急医療を守っていくべきだと思います」と眞砂部長は述べる。
 では、これからの救急医療で大切なのは、どんな看護だろうか。「さまざまな緊急の症例に対し、迅速・確実な看護を提供するといった基本的な役割に加え、高齢の救急患者さんに対しては、退院後の生活への視点が欠かせないと思います」と、眞砂部長は話し、次のように続けた。「救急外来では、救急という一つの場面での関わりですが、看護はそこで終わるものではありません。救急の看護師から病棟看護師、退院調整看護師、そして訪問看護師へとバトンを繋ぎ、患者さんに<質の高い継続ケア>を提供していくことが私たちの大きな役割です。ですから、入口を担う救急外来の看護師にも、常に継続看IMG_2904護を意識し、患者さんやご家族をしっかり支えてほしいですね。また、そういう看護の積み重ねが、救急病院として、また市民病院として、地域の方々から信頼を得ることに繋がっていくと思います」。
 看護師は医療者と患者を繋ぐインターフェイスであり、さらに病院と生活を繋ぐインターフェイスの役割も担う。その視点に立ち、同院の看護部はこれからも救急から在宅まで続く継続看護を実践していこうとしている。


 

 

columnコラム2

救急応需率の推移●右のグラフは、松阪市民病院の救急車応需率の推移。平均すると、平成24年度は59・5%、25年度は55・5%、26年度は65・8%。27年度は4月〜8月までの5カ月のデータだが、平均76・8%の数値をマークしている。決して高い数値ではないが、「医師不足のなかでも、一人でも多くの救急搬送患者さんを救いたい」という職員たちの意識の高まりが応需率のアップに繋がっている。

 

backstage

バックステージ

●救急医療というと、マスコミでよく取り上げられるのは、ドクターヘリや3次救命救急センターで繰り広げられる華々しい救命活動である。だが、実際には、命に関わる3次救急に該当する重篤な患者数は、それほど多くはない。それよりもむしろ、地域医療で日常的に必要とされるのは、中等症患者を対象とする2次救急、あるいは軽症患者を対象とする1次救急だろう。

●その傾向は、超高齢社会を迎え、医療の中心が病院から在宅へと転換するなかで、さらに強まっていくのではないだろうか。複合疾患を持つ高齢患者が急性増悪したとき、24時間365日、引き受けられる病院がなくては、安心して在宅療養を続けることはできない。松阪市民病院はこうした医療ニーズの変化を機敏に捉え、これからの時代にふさわしい救急医療体制を作ろうとしている。救急車応需率の著しい伸びに、同院の救急医療に対する覚悟と決意が垣間見えるような気がした。

 

 


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