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シアワセをつなぐ仕事

新人ナースの自信とスキルを育む、
海南病院の
ビギナー教育プログラム。

石川麻里(外科病棟)・百本千恵(集中治療センター)/海南病院

 

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はじめての病棟夜勤(※)、はじめての気管吸引…。
新人看護師たちの最初の試練は、入職1年目後半、夜勤独り立ちのタイミングにやってくる。
特に日勤と比べ夜勤は、一人で対応する状況も増え、大きな不安や重圧から「辞めたい」と感じることも。
「もし患者さんが急変したら…」「まだまだ未熟なのに…」、そんな悩める新人たちを救うべく、海南病院は<新人教育の改革>に乗り出した。

※ 入院患者のいる病棟に勤める看護師は、24時間を2交代や3交代で勤務する。その際の夜間帯の勤務を夜勤という。

 

 

 



<専門学校での学び>を<臨床での実践>へ。
2つを繋ぐビギナー教育プログラムが、
新人看護師たちを独り立ちへと導く。


 

 

 

目立たない普通の子が、
堂々とした看護師に成長。

  Plus顔写真1 「正直、途中からはパニックでしたね」。入職1年目の石川麻里看護師が苦笑いを浮かべながら振り返るのは、海南病院が新人看護師向けに実施している<多重課題>と呼ばれる研修プログラムだ。
 <多重課題>とは、病棟勤務の看護師が夜勤での患者対応を学ぶロールプレイング研修(現実に起こる場面を想定して、複数の役をそれぞれが演じ、疑似体験を通じて学ぶもの)。患者の生命、安全、ニーズに対してどのように優先順位をつけるべきかを判断し、複数の患者の突発的な訴えに適切に対応、ケアへと繋げていく。看護係長たちが患者役を務め、自らの実体験に基づいてさまざまな行動を起こす研修では、不測の事態が次々と発生、参加した石川は、最後にはどうすればよいか分からなくなったという。「最初に患者さんがベッドサイドで転倒してしまい、その対応に追われていると、同室の患者さんから『うるさくて眠れない』と訴えられる。そのうち、ナースコールが鳴って…。とにかく、自分一人でできることには限界があると痛感しました」。
 その後、ほどなくして夜勤に入った石川だが、<多重課題>での経験がとても役立ったと話す。「<多重課題>で多くの模擬的な状況を体験しましたし、たとえ想定外のことが起こっても、自分一人ですべてに対応しようPlus顔写真2とせず、まず優先順位をつけ、次に役割分担していくことで問題の解決をめざします。それに、自分にできることとできないことが分かったので、少しでもおかしいと思ったときには先輩に伝えて一緒に看てもらう判断ができるようになりました。<何が起こるか分からない不安>と<何か起こったときの不安>が少なくなり、夜勤への不安感が和らいだ気がします」。
 新人看護師の教育を担当する百本千恵看護師は、そんな石川の成長ぶりに目を細める。入職当初、決して目立つ印象ではなかった<普通の子>が、一人の看護師として頼もしさを増している。その堂々とした姿に、「ものすごく自信がついたようですね」と満足げだ。

 

 

「辞めたい」を未然に防ぐ
2つのシミュレーション教育。

_MG_0491 海南病院が、前述した<多重課題>をはじめとするシミュレーション教育の充実を図る一番の目的は、新人看護師の不安をできるだけ取り除くことにある。新人看護師にとって、夜勤など独り立ちのタイミングを迎える入職1年目後半は、臨床現場での戸惑いや、責任を伴う業務へのプレッシャーから、「辞めたい」と感じやすい時期でもある。そこで海南病院の看護部では、<専門学校での学び>と<臨床での実践>を繋ぐビギナー教育プログラムとして、リアルな看護の現場を疑似体験できるシミュレーション教育を採用した。
 新人看護師の教育担当者である百本は、3年前に導入した<多重課題>に確かな手ごたえを感じている。「研修を受ける前は、<漠然とした不安>を抱えている新人が多かったのですが、研修後のレポートを見ると、『何が分からないか、<漠然とした不安>が具体的になった』という声が多いです」。夜勤で何が起こるのかを事前にイメージでき、さらには実践形式のトレーニングでその対処法を学べることが、新人看護師たちの不安の軽減に繋がると百本は考えている。
 また、<多重課題>と同じシミュレーション教育のひとつとして、入職1年目の看護師を対象とした<高機能患者シミュレーション>を実施。この研修では、人形を使って、打診や触診、聴診などによる患者の状態観察、挿管介助、吸引などをトレーニングし、患者の全身管理や急変時の処置を学ぶ。実際に研修を受けた石川も、「人工呼吸器の設定の仕方やアラームが鳴ったときの対処法など、実際の状態を経験する前に模擬体験できて、とても勉強になった」と話す。「<多重課題>と<高機能患者シミュレーション>を受けていなかったら、突発的な事態が重なったときの優先順位も考えられないし、気管の吸引もできなかった。患者さんを想定した実践的なトレーニングがあったからこそ、不安を乗り越えられましたし、いつ患者さんが急変しても対応できる準備ができたと思います」。

 

 

個別の新人教育ではなく、
組織的な新人教育へ。

_MG_0537 百本が新人看護師の教育に関心を持ったのは5年前、先輩の立場から後輩の看護師をマンツーマンで指導した際の苦い経験がきっかけだった。当時、ICU(集中治療室)に勤務していた百本は、自分が先輩たちに教わってきたやり方で、自らの知識や経験を伝えようとするものの、なかなかペアの後輩には伝わらない。残ったのは、うまくフォローできなかったという後悔の念だけだった。「育てたいけど上手くいかない。教育方法についてきちんと学ぶ必要がある」。そう感じた百本は、その後、積極的に人材育成に関する研修に参加するようになる。
 そして平成23年、百本は、<新人研修の運営>と<実地指導者(新人看護師に対し、臨床実践に関する実地指導を行う)への助言及び指導>を行う教育担当を任される。ちょうど同じ頃、全国的な新人看護師の離職率上昇に危機感を感じた厚生労働省が『新人看護職員研修ガイドライン』(※詳細はバックステージ)を公表。その内容は奇しくも、百本が疑問を感じていた属人的な新人教育を変えようとするものだった。百本は言う。「私の思いが伝わらなかったのは、私が後輩自身を理解せず、従来通りのやり方で教えようとしたから。でも、そうした先輩看護師がマンツーマンで新人看護師を指導していく形だと、やり方に合う合わないや、先輩看護師によって差がでてしまう教育体制になってしまうと思ったんです」。
_MG_0591 そこで百本は、ガイドラインに則った、部署内のメンバー全員でバックアップしていく<チーム支援型>の指導に切り替える。<チーム支援型>とは、新人1〜2名に対して実地指導者を1名置くものの、指導や支援を実地指導者だけに任せるのではなく、部署の全員で担うもの。メンバーそれぞれが得意分野を指導するなどの役割分担を行い、全員で新人を育てていくのだ。その他にも百本は他の教育担当者とともに、入職後すぐの4月に<ビギナー研修>を整備。さらに実地指導者への教育や研修カリキュラムの充実も図るなど、新人への教育体制のみならず、教える側の教育体制も整え、新人教育の組織化を進めていった。

 

 

院内の看護師だけでなく、
将来は<地域>にも拡げたい。

_MG_0647 そして今、彼女をはじめとする教育担当者が行った教育改革により、看護部全体が一丸となり、みんなで新人を見守っていこうという意識が着実に根づいてきている。
 海南病院の看護部では現在20名の教育担当者がいる。各部署の新人看護師の様子を互いに報告するだけでなく、診療領域に偏ることなく幅広い技術を習得できるように院内留学といった新たなアイデアも出し合い、積極的な意見交換が行われている。また、悩みを抱えた新人看護師がいれば、どのように対処すればよいのかを熱く議論することも。誰もが「悩める看護師たちを助けたい」と、教育に情熱を傾けているのである。
 「今後はもっと研修を実践に活かせる内容に取り組みたい」と話す百本。新人看護師たちの不安を和らげ、長く働き続けられるように――。それが教育に携わる百本の切なる願いだ。さらに、その視線は院内だけでなく<地域>にも向けられている。百本が将来望んでいるのは、確かな実績を上げつつある<多重課題>や<高機能患者シミュレーション>を、地域の看護師たちにも開放することだ。
 「地域のなかで看護師がひとつに結びつき、みんなで学び合い、情報共有できる環境が作り上げられたら、これほどステキなことはないですね」と百本。海南病院の新たな教育システムは、不安を抱えた新人看護師だけでなく、地域の看護師たちの育成にも大きな変化をもたらすことをめざしている。


 

 

columnコラム

●海南病院の看護部では、本文で紹介した通り、<多重課題><高機能患者シミュレーション>という先進的な<学び>を早期から導入。さらに、限られた時間内で効率よくスキルアップが図れるように、自宅PCからもアクセスでき、自由に看護技術が学べるオンラインの教育ツールなども採用している。

●また、新人看護師を側面的に支援する研修トレーニングコースとして、ICLS(心肺蘇生)、ISLS(神経緊急蘇生)、INARS(心停止回避)がある。その他、院内の急激に重症化する患者をいち早く察知し、心肺停止する前に処置するRRT(急変時初期対応チーム)も発足。運用開始に向けて準備を進めている。同院では、新人看護師に関する<学び>だけでも、このようなさまざまな取り組みを行っている。

●職員の成長を促す<学び>や、働きやすい職場に繋がる<学び>、そして<学び>の場を地域へと拡げていくこと――。こうした背景には、同院の<学び>に対する高い視線がある。

 

backstage

バックステージ

●『新人看護職員研修ガイドライン』とは、厚生労働省により、新人看護職員が基本的な臨床実践能力を獲得することを目的に策定されたもの。到達目標として、1年以内に経験し習得をめざす項目が示されている。

●ガイドラインでは、新人看護職員を迎えるすべての医療機関での実施をめざすとうたう一方で、小規模、単科病院では現実的に実施が困難なことも指摘。実現には、医療機関同士の連携や都道府県の調整が欠かせないという。

●今回紹介した海南病院の看護部の取り組みは、このガイドラインの目的、理念をまさに体現するものである。同院の試みが地域全体へと拡がり、地域の新人看護教育のガイドラインとなれば、地域で看護師の早期離職を防ぐことが可能になる。その先には、高度急性期病院から在宅まで、地域のあらゆるステージで看護師が活躍できる世界をも見えてくるのではないか。リンクトはそう期待する。

 

 


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