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病院を知ろう

援軍来たる!
反転に向けた確かな足音。

 

 

西尾市民病院


湯淺大祐。渡辺洋樹。
二人の循環器内科医の熱い思いと行動力。
それは、西尾市民病院の新たな地平を開く、大いなるきっかけ。

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初期研修医の笑顔が輝く。指導医が彼らを鍛える。
そうした若く、そして、経験豊かな医師たちを、診療部長が温かく見守る。
そんな光景が、西尾市民病院の循環器内科に生まれた。
その笑顔や言葉の先には、同院の次代へと向かう確固たる意志がある。

 

 

 

 

 

西尾市民病院で、
働きたい。

21012 ある日の午後、西尾市民病院では、心筋梗塞患者の心臓カテーテル治療が行われていた。担当するのは、循環器内科の湯淺大祐医師。修練を重ねた技で、足の付け根付近の動脈からカテーテル(直径2㎜程の細い管)を挿入、冠動脈中の患部に到達させ、ステント(金属製の小さい網目状の筒)で狭くなった血管を拡張。無事治療を終了させた。
 心臓カテーテル治療は、狭心症や心筋梗塞に対する内科的治療法だ。「当院の地域では、高齢者の心筋梗塞患者が非常に多くいます。そうした方々を一人でも多く治療し、また元気に生活へ戻っていただきたい」と湯淺。心疾患を抱える地域住民を救いたい、その思いが言葉にあふれる。
 湯淺が西尾市民病院に赴任したのは、平成27年4月。これ以前にも、平成22年10月から半年間、同院での勤務経験がある。その後、名古屋大学大学院で研鑽を積みつつ、同院には非常勤医師として関わり、今回、常勤医として戻ることとなったのだ。
Plus顔写真1 半年間勤務した当時を振り返り、湯淺は言う。「循環器内科医は4名体制でした。救急搬送患者さんの対応、一般診療、入院治療、当直、そして、緊急カテーテルのための待機。4名の医師がフル回転でしたね」。そのなかで強い印象を受けたのは、「田中俊郎診療部長(循環器内科統括者)、齋藤 誠診療情報部長(循環器内科)という、ベテランの医師が最前線に立ち、できる限りの救急搬送受け入れに踏ん張っている姿です。地域医療を守るという真剣さに圧倒されました」。
 その半年が過ぎ、異動が決まったとき、「医師4名でも大変なのに3名になったら、一体どうするのだろう」と心配した湯淺。非常勤医師として見つめていると、驚くことに、医師3名となっても、田中医師が核となり、それまでの姿勢を死守し続けているのだ。湯淺はその姿に強い感銘を受ける。「歯を食いしばっているんです、先生たち」。今、湯淺はその一人となり、全力で診療に臨む。

 

 

西尾市民病院の期待に、
応えたい。

 Plus顔写真2 渡辺洋樹医師は、湯淺と同じく今年4月に赴任した。それまでは、同院がある西三河南部西医療圏の、刈谷豊田総合病院や安城更生病院で経験を重ねてきた。西尾市民病院に比べ、ハードもソフトも充実し、先進的かつ高度な医療提供環境が整った病院にいた渡辺からは、西尾市民病院の循環器内科はどのように映っていたのか。
 「診療科数や医師数などで違いはありますが、こと循環器内科の診療能力は、高度急性期病院と比較しても遜色のない高水準だという印象です。連携先の医師としても、また、学会や研究会での症例報告や発表内容からも、田中先生を筆頭に、レベルの高さが解りました」と渡辺。限られた条件、環境のなか、高水準の専門性を維持するには、強い意志と行動力を必要とする。赴任が決まったとき、「田中先生のもと、全力投球でやるぞと決意してこの病院にきました」。
 その思いは、赴任後、さらに高まっている。「病院からの期待感を大きく感じます。頼られる存在として、診療科を主導していく。そうした役割が僕に求められている。その期待に応えたいですね」。
21028 現在、渡辺は、さまざまな治療に注力するのはもちろん、一方で、患者との会話に力を注ぐ。「循環器疾患は、生活習慣病に起因する場合が多く、単に治療するだけでは根本的な解決には繋がりません。患者さんの生活に目を向け、会話を通じて信頼関係を構築する。最適な治療を行いつつ、その人の生活スタイルに合った予防を促す。そうした関わり方が、市民病院として必要だと考えます」。
 その一つに心臓リハビリテーションがある。これは、心疾患を抱える患者の体力低下や不安を解消し、円滑に社会復帰できるよう、運動療法、生活指導、カウンセリングを行うもの。渡辺は、生活へのアドバイス、状態に合わせた適切な運動負荷指導などを始めた。平成28年1月には<心不全教室>も立ち上げる予定。より多くの機会を通して、患者との会話を広げる考えだ。

 

 

爪先立ちで
闘ってきた理由。

111203 湯淺に「ここで働きたい」と思わせ、渡辺に「全力投球する」と決意させた、西尾市民病院循環器内科。そこでの専門医たちの日々は、決して平坦なものではなかった。
 元々、この地域には高齢の心不全患者が多い。なかには、慢性心不全が急激に悪化して急性心不全となり、救急搬送されるケースも多々ある。また、内科系・外科系を問わず、高齢者で緊急治療が必要な場合、麻酔や手術、処置などに心臓が耐えられるか、といったケースでも循環器内科医の存在が不可欠だ。
 加えて、同院には内科医が少ないことから、内科系の患者は、その多くを循環器内科医がカバーしてきた。それが高齢患者となると、ほとんどが複数の疾患を抱えているため、循環器内科に限らず、総合的な視点から診療を進めなければならない。
 そのすべてを、実働医師3名〜4名という体制で対応するのは、非常に厳しく、医師たちにはかなりのストレスがかかる。近年でいうと、初期研修医が圧倒的に不足し、ベテラン医師たちは、救急患者のファーストタッチ(最初に行う診察)など、通常は研修医が対応する業務まで担ってきた。
 過酷ともいえる状況のなか、歯を食いしば21031り、爪先立ちで、循環器内科の診療機能を維持し続けてきた。それを支えていたのは何であろうか。「地域で発症する循環器疾患へ対応するため、地域の救急医療を守るため、当院の循環器内科が果たす役割は非常に大きい、という思いです。これまで在籍した医師のみんなが、その思いを抱いてきました」と診療部長の田中は言う。

 

 

反転攻勢への
大いなる足がかり。

 そして今、循環器内科に新たな幕が開かれようとしている。
 何といっても渡辺、湯淺という二人の存在が大きい。現在、循環器内科は5名体制。田中は微笑Plus顔写真3みを浮かべこう語る。「渡辺医師は、循環器内科医として脂が乗った時期。患者さんとの会話を大切に、きめ細かな診療を行ってくれています。湯淺医師は、非常勤の頃から『西尾市民病院を何とか立て直したい』という思いを抱いてくれていた…。どちらも専門領域はいうまでもなく、総合性を持つ専門医という、当院に不可欠な役割もしっかりと果たしてくれています」。
 加えて、初期研修医3名が同時期に加入。前述の救急医療のファーストタッチ、また、サポート役が生まれたことで、主力医師には、ほんの少しではあるが余裕が生まれた。そのぶん、研修医教育に時間を費やす。これによって「研修医たちも責任感を持ち、活き活きと活躍してくれています」(田中)。
 医師が充実してくると、平成26年末に刷新した血管造影装置も最大活用される。この最新機器では、造影剤の量を減らすことができ、腎臓が悪いなど、以前ならリスクの高さから回避していた患者への心臓カテーテル治療が可能となった。それはもちろんさらなる治療の充実に繋がる。
 貴重な援軍、環境整備を得て、<正のスパイラル>を回したい。それは田中の、そして、渡辺、湯淺、いや、西尾市民病院のすべての医師の強い思い。
 田中は語る。「西三河南部西医療圏には、大学病院クラスの高機能病院が二つありますが、地理的に見て当院より東部、南部の地域住民に15417とって、まず頼りにするのは当院なんです。ここでどんな医療を提供するか、地域のニーズに応えるか。当院の責務は重い。やれることは、すべてやるしかありません」。
 病院全体で見れば、まだ医師不足をはじめとする同院の経営問題が、すべて解消したわけではない。だが、田中の言葉に象徴される使命感のもと、反転攻勢への大いなる足がかりを得たことは事実だ。

 


 

column

コラム

●今日の医学は、臓器別に分かれ進化を遂げている。専門特化された診療領域において、医師たちは、自らが選んだ領域の専門医をめざし、より高度な知識と技術の研鑽を続ける。

●その積み重ねで、医療全体は常に高度化されていくが、実は一つ、問題がある。今後さらに増える高齢者の場合、複数の疾患を同時に抱えるケースが多いということだ。そこでは一つの専門領域だけに特化した視点では、患者に必要な診断、治療に応えることはできない。

●それに対して、西尾市民病院は、専門性を極めた専門医たちが、自らの領域だけにとらわれず、総合的な視点から高齢患者に対応する。

●例えば、循環器内科は、診療部長の田中を筆頭に、いずれの医師も循環器内科系での専門医、指導医の資格を有するが、広く内科全般の診療を行い、一人ひとりの患者にきめ細かく対応している。

●市民のための市民病院。住民にとって大きな拠り所といえよう。

 

backstage

バックステージ

●郊外部にある中規模病院にとって、それまでの負のスパイラルを、正のスパイラルに切り換えるのは、容易いことではない。西尾市民病院にとって、その負の要素を切り崩す大いなるきっかけ。それが渡辺医師と湯淺医師の赴任である。二人の意志と行動力が遺憾なく発揮され、院内への大きな波及効果に繋がることを、リンクトは心から願う。

●と同時に、もう一人、注目すべき医師がいる。二人が来るまで、診療科の機能を崩壊させなかった、田中医師だ。彼は、倒れそうになりながらも、少ない仲間とともに、診療機能を守り切ってきた。血管造影装置更新の必要性を病院にアピールし続けてきた。そして、臨床研修医の募集や育成にも心血を注いできた。できることを一つひとつ、決して諦めずやり続けてきたのだ。

●これまで、田中医師が一度でも「もう無理だ」と諦めていたら、二人の援軍を活かすことさえできなかったであろう。

 


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