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シアワセをつなぐ仕事

<在宅医療>で培った看護師の視点が、
病院のシステムと、職員の意識を変える。

西村冷子/トヨタ記念病院 看護室


 

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平成27年6月、トヨタ記念病院に、
出向先の訪問看護ステーション「ジョイメイト」(※)から一人の看護師が復帰した。
彼女の名前は、西村冷子。平成9年に同院から「ジョイメイト」に出向、
以来18年間、訪問看護師として「地域のために」と夢中で走り続けてきた看護師だ。
彼女は、なぜ、何のためにトヨタ記念病院に戻ったのか?
同院と在宅の〈繋ぎ役〉として奮闘する彼女の今を追った。

 

※平成9年、トヨタ自動車健康保険組合(トヨタ健保)によって設立。
他に、老人保健施設「ジョイステイ」、居宅介護支援「ジョイプラン」、「トヨタ地域包括支援センター」がある。

 

 

 


訪問看護師として過ごした18年間。
在宅の現場を知り尽くした一人の看護師が、
トヨタ記念病院にもたらそうとしているものとは?


 

 

 

患者が安心・安全に
在宅へと戻れるように。

 106065 外来棟の看護室に籍を置き、退院後の患者が在宅で継続した治療・ケアを受けられるよう、在宅支援担当として院内を駆け回る西村冷子主任。
 西村は、外来看護師とともに外来患者の在宅支援を担う。外来看護師から「そろそろ通院が難しい患者さんがいる」という相談を受けると、在宅で必要な医療やケアが受けられるよう診療所の医師や訪問看護師を紹介。実際に患者とも面談しながら、患者が必要とするサービスを提供していく。
 また、西村は病棟の看護師へのアドバイスも積極的に行っている。「例えば、退院サマリー(患者の入院中の記録)ですが、退院後の患者さんに接する、診療所の先生や訪問看護師が欲しい情報が載っていなければ役に立ちません。最後の具体的な排泄の状況や内容、食事にかかる時間など、在宅医療の現場の人たちがどんな情報を知りたいのかを教えています」(西村)。その他にも、訪問入浴のような福祉サービスなど、患者が自宅で生活していくために必要なことを伝え、病棟の看護師たちが在宅療養への視点を持つよう図っている。
 組織横断的に病院と在宅を繋ぎ、院内に在宅療養への視点を育てていく。西村は、18年間の訪問看護経験で得た、在宅医療や現場についての豊富な知識とネットワークを活かし、患者がスムーズに自宅へ戻ることをめざしている。

 

 

地域医療機関との
橋渡し。

106059 西村の働きはこれだけではない。逆紹介のコーディネートも担う。逆紹介とは、トヨタ記念病院を退院・受診した患者を他の医療機関へと紹介すること。西村は、「どの診療科のどの診療所に行けばいいのか教えてほしい」「なるべく自宅に近いところに通院したい」という患者や家族からの声に応え、患者が適切な診療を受け、安心して生活ができるよう、地域の診療所などへ繋いでいく。

 

 

訪問看護への思いと
トヨタ記念病院への思い。

Plus顔写真1 西村と訪問看護との出会いはおよそ20年前。トヨタ記念病院に入職し、脳外科病棟で10年、呼吸器病棟で2年間勤務した西村は、平成7年、訪問看護室の立ち上げに参加する。そこで、西村は人工呼吸器をつけた6歳の重症心身障がい児(重度の知的障がいと重度の肢体不自由を持つ児童)と出会う。重い障がいを抱えながらも、家族や地域の人々の協力のもと、感情豊かに自宅で過ごす子どもの姿、その姿に西村は感銘を受ける。「どんな障がいがあっても、やり方次第で、自宅で過ごすことができるんだ」。西村が訪問看護に目覚めた瞬間だった。
 「もっと在宅に関わりたい」。そう思った西村は、その後、地域の求めに応じ設立された「ジョイメイト」に出向。そこには、西村が感銘を受けた子ども同様、住み慣れた家で患者がイキイキと過ごす姿があった。「寝たきりの患者さんでも、病棟と自宅では表情が違う。そのうれしそうな顔のために、私も何かお手伝いをしたい、そう思ったんです」。そして、結局18年間に亘り、西村は地域の患者と家族を支え続けてきたのである。
 それほど訪問看護師にやりがいを感じていた西村が、なぜトヨタ記念病院に戻ったのか。それは、同院を外から見続けてきた西村に、ある問題意識が生まれてきていたからだった。
 その一つが、「病院のシステム」の問題。西村は言う。「訪問看護師として、一番苦労したのが医師との連携です。診療所の先生だと電話一本ですぐに連絡がつくのですが、トヨタ記念病院のような大きな病院だと、代表電話の交換手が窓口になり、しかも主治医が手術や診察中であるとなかなか繋がらない。患者さんの状態報告をしたいけどできない、というジレンマがありました」。
 そしてもう一つが、「職員の意識」だった。「例えば、病棟の看護師がご家族に退院後の説明をする際、ついつい簡単に『体位を2時間おきに変えてください』と言ってしまう。でも介護者が一人の場合、夜中はどうすればいいのか。そういう視点も持ってほしいと思いました。介護者が潰れたら、結局、在宅療養は維持できない。患者さんはもちろん大事ですが、介護者の心身も同時に考えないとダメなんです」。
 長い訪問看護師生活のなかで、徐々に感じ始めたトヨタ記念病院の問題点。それを自らの知識と経験で少しでも解消できるのではないか、そしてそれが、18年も長い間、出向させてくれた同院に対する恩返しになるのではないか、西村はそう思い、復帰を決めた。

 

 

西村看護師が
トヨタ記念病院に
もたらしたもの。

Plus顔写真2 「西村看護師が戻って、院内は大きく変わった」。そう話すのが、総看護長の清水由美子だ。「問題だった病院のシステムは、現在、西村看護師が窓口となり、当院の医師と、地域の開業医や訪問看護師、ケアマネジャーを繋ぎ、スムーズに患者情報のやりとりができるようにしてくれています。地域の医療従事者からは『とてもやりやすくなった』との声もあがっているんですよ」。
 また職員の意識についても大きく変わってきていると清水は語る。「介護者に無理のない体位変換の頻度や方法、高価な医療物品を安価な日用品で代用する方法など、ご自宅に戻った患者さんやご家族の身体的、経済的負担を考えた上での提案をすることができるようになりました」。
 清水は言う。「西村看護師が、『もう一歩調整すれば自宅での生活ができる』と熱心に声掛けやさまざまな工夫を提案することで、以前は、『これだけ重症では自宅に戻れない』と思い込んでいた医師や看護師の意識が『自宅に帰れるのでは』と変わってきた。実際、ある患者さんの『最期は家に帰りたい』という言葉を医師が耳にしたのをきっかけに、病棟看護師と協力しあって、最終的に自宅に帰すことができたケースもありました。
 何よりも大きいのは、西村看護師が当院の職員に、<在宅療養への視点>という気づきをもたらしてくれたこと。少しずつ患者さんに対する目線が変わり、それが看護師だけでなく、医師も巻き込んだ在宅支援の拡大に繋がっているんです」。

 

 

入退院支援室を
大きな組織へと
発展させたい。

 西村をトヨタ記念病院へ復帰させた狙いについて、清水は説明する。「現在、当院のような急性期病院では、国の施策により平均在院日数が短縮されつつあります。そうすると、医療依存度の高い患者さんがどうしても地域に出ていかざるを得ない。退院する患者さんが在宅で安心・安全に生活するためにも、当院の退院支援を強化する必要がありました」。そこで清水は、急性期病院を知りつつも、在宅の現場を深く理解し、地域との強固なネットワークを持つ西村に白羽の矢を立てた。「今の西村看護師の働きは期待通り。将来は、退院時だけでなく、患者さんを一貫して支える組織のリーダーとして活躍してほしい」と清水は西村にさらなる期待を寄せる。
IMG_5811 同院には、平成28年5月、患者の入院生活と退院後の生活をトータルで把握し、サポートする「入退院支援室」が新設される予定だ。そこで中心的な役割を担うであろう西村は、「患者さんが入院した時点ですぐに退院後を見据えたアセスメント(判断や分析)を開始し、想定しうる状況を予測した上で関わっていけるようにしていきたい」と抱負を述べる。「今回の入退院支援室の設立を契機に、将来的には地域連携室や医療相談室、看護相談、がん支援などを一つの大きな組織にしたい。そうなれば、仕事の効率も上がり、情報交換もよりスムーズに行える。患者さんとご家族のサポートがもっとできると思うんです」。そう話す西村は最後をこう締めくくった。「諦めないで帰れる、在宅で生活できるということを、もっと患者さんやご家族、医療従事者に伝えたい。誰にも諦めてほしくないんです」。


 

 

columnコラム

●トヨタ記念病院では、退院支援強化を目的に、病棟の看護師が在宅を知るためのさまざまな取り組みを進めている。

●まず1年前から、病棟の看護師を訪問看護に同行させ、在宅療養の現場を体感する取り組みを開始。病棟の看護師に在宅のイメージを持ってもらうこと、そして現場での学びを部署で共有し、患者の退院後の生活を見据えた病棟看護へと繋げることが狙いだ。

●さらに同院では、訪問看護ステーション「ジョイメイト」と老人保健施設「ジョイステイ」に、教育目的で看護師を1名ずつ出向させる試みも新たに始めた。現在、ジョイメイトにはレディース病棟勤務の看護主任を、ジョイステイには脳卒中センター勤務の長いベテラン看護師を派遣。期間は2年を予定しており、2人が在宅や施設を実際に経験することで、さらなる看護スキルの向上や、新たな気づきを得る契機になればと考えている。

 

backstage

バックステージ

●国は現在、増加の一途を辿る医療費を削減するため、病院の役割を分担し、効率的な医療提供体制の構築を推し進めている。トヨタ記念病院のような急性期病院は、急性期医療に特化し、治療を終えた患者をなるべく早く次のステージへ送り出すことが求められている。

●こうした状況下において、急性期病院の職員は、どうしても「いかに早く退院してもらうか」に目が向きがちになる。しかしながら、患者にとってのゴールは退院ではなく自宅であり、そこでの生活である。急性期病院には、入院期間の短縮とともに、退院する患者を、安全・安心の在宅療養へと繋いでいく責務があるのだ。

●その責務を果たすために欠かせないのが、在宅医療の知識である。しかし、現状、急性期病院で在宅医療を学ぶ機会は限られている。だとすれば、今回紹介したトヨタ記念病院のように、在宅への意識、ノウハウを、院外から取り入れていくこと、現場からのフィードバックを積極的に行うことが必要なのではないだろうか。

 

 


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