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病院を知ろう

地域の期待を胸に刻み、
僕はこの病院で
<医師>になる。

 

 

渥美病院


地域の生活を守る渥美病院。
そこで見守られつつ学ぶことが、
一人の医師を覚醒させる。

main

渥美半島唯一の急性期病院として、地域住民の命を支え、生活を守り続ける渥美病院。
同院で初期臨床研修(※)を行う松本祐輔医師は、ここで数多くの経験と学びを得ている。
先輩医師、病院のスタッフ、そして地域住民からの温かい眼差しを受け、失敗を糧にしながら着実に力をつけつつある、渥美病院の若き医師の物語。

※ 初期臨床研修とは、医師免許を取得した医学部卒業生に義務づけられた2年以上の臨床研修のこと。

 

 

 

 

 

プレッシャーのなかで
多くの学びを得た
渥美病院での<当直>。

Plus顔写真1 「患者さんの急変がやはり怖かったですね」。渥美病院に初期研修医2年目として勤務する松本祐輔は、この病院での<当直>経験をこう振り返る。同院の救急外来は、郡部・へき地の病院の多くがそうであるように、夜間休日はまず当直医が一人であらゆる症例の救急患者に対応。初期診断し、必要があれば専門医に繋ぐという救急体制を取っている。そうした上級医のサポートを受けた当直を、研修医としてすでに数多く担当してきた松本だが、ときには<怖さ>を感じることもあったと言う。「『胸が苦しい』と訴える患者さんを検査していたら、容体が急変してしまって…。上級医の先生からは『もっと早く連絡しなさい。一人で頑張るのは良いが、患者さんが一番だから』と叱られました」。
 松本はこうした経験から、当直の際は、何より患者の安全を第一に考えること、そして冷静に患者の状態、容体を把握することを心がけている。但し、怖さを感じながらも松本は、患者の安全を確保する同院の体制が、自身の安心感に繋がっていると話す。「たとえ一人でも、病院に隣接する寮に上級医の先生がいますし、どの科の先生も顔見知りばかりなので、何かあればすぐに連絡できる。そして皆さん、すぐに駆けつけてきてくれるんですよ」。
 「現場の一つひとつの判断や動きは、本を読んだだけではできない」と断言する松本。渥美病院の<当直>を通して、患者へのリスクの有無の判断、そしてトリアージ(緊急性や優先順位の決定)能力を学んでいる。

 

 

渥美半島唯一の
急性期病院から
得られる学びとは。

 IMG_5624 初期研修医である松本が、このような当直を行う背景には、渥美病院を取り巻く地域の特殊な事情がある。
 渥美病院のある田原市の人口は約6万4000人。隣接する豊橋市南部を加えると診療圏の対象人口は約10万人となる。ところが、渥美半島にある急性期病院は渥美病院のみ。しかも同院より先の半島には入院病床自体がない。もし心肺停止や脳卒中など一刻を争う状況が半島の先で起こった場合、同院が救急患者を引き受けられなければ、病院からさらに車で20分以上かかる豊橋市まで行くしかない。
 一方で同院は、他の郡部・へき地の病院同様、医師の人材確保に苦しんでいる。限られた人員で救急医療を維持するには、研修医といえども、即戦力とならざるを得ないのだ。救急医療を死守しなければならない同院の宿命、そしておかれた状況。そのことが松本に、コモンディジーズ(頻回に発症する一般的な疾患)への<基本的な診療能力>と、自分で考え判断する<主体性>を育んでいる。
IMG_5668 同院ならではの学びを得ている松本が、日々の診療で気づいたことがある。それは、<同じ年齢でも、渥美半島の高齢者は都会の高齢者より10年若い>ということだ。全国でも有数の農業生産地である渥美半島には、農業に従事する高齢者が多い。そのため、会社勤めであれば、とうに定年を過ぎた高齢者でも、ここではいまだに現役。都会の高齢者に比べ、体力や気力が10年若いように感じられるのだ。
 松本は言う。「80代でも畑仕事をする人にとって、膝の痛みを取ることやどこまで動けるかは、その人の生活に大きくかかわること。治療の持つ意味合いや目的が、渥美半島と都会の高齢者では違うと思うんですよ」。背景にある生活を意識しなければ医療ではない。患者の生活をみることの大切さに、松本が気づいた瞬間だった。

 

 

見守り、成長を促す環境が
渥美病院にはある。

 渥美病院は、316床を有する、二次救急病院(入院や手術を要する患者を担当)であり、地域のコモンディジーズを担う病院として、内科、外科、小児科、整形外科、脳神経外科、産婦人科などを揃える。
 松本がそんな同院を、初期臨床研修病院先に選んだのは、大学時代のある恩師の言葉がきっかけだった。「『専門領域だけでなく、コモンディジーズもきちんと診療できることが医師の基本』と言われました。だから最初から、コモンディジーズに触れる機会の多い都会から遠く離れた地域の病院を探したんです」。
IMG_5588 松本は、同院で初期臨床研修を行うことのメリットをこう説明する。「研修医の数が少ないので、さまざまな疾患や症例を数多く一人で診ることができます。そして、どの科の先生からもすぐに顔を覚えてもらえるので、何でも気兼ねなく相談できるし、皆さんその都度丁寧に教えてくれる。こうした密なやり取りができるのは、この規模だからだと思います」。
 松本は、渥美病院に赴任してからを振り返る。「上級医の先生方は僕を一生懸命鍛えてくれ、スタッフの皆さんは、研修医の僕を一人の医師として扱ってくれる。それに患者さんは、医師になりたての自分を『先生、先生』と尊敬の念を込めて接してくれて…。たまたま救急外来で診た患者さんなんて『先生の外来に行くから』と。予約を取って診るなんてまだまだなのに…」。
 「大事にされている」。「期待されている」。松本医師はプレッシャーを感じつつも、それに応えたいという思いを強くしてきた。「渥美病院にもデメリットはありますが、それは自分次第でどうにでもなるもの。それよりここには、都会の大規模病院では得られない学びと成長できる環境があると思うんです」。

 

 

<研修医>の一人から、
一人の<医師>に。

Plus顔写真2 そうした松本の成長に目を細めるのが、初期臨床研修の責任者である三谷幸生副院長だ。「スランプの時期もあったのですが、整形外科である指導医とめぐり合って以降、その変貌ぶりには目を見張るものがありました」。とりわけ三谷副院長が、成長を感じたのが、松本が救急外来で書くカルテの変化だ。マニュアル通りに疾患を記載するのではなく、患者一人ひとりを診て、その患者が何を求めているのか、家族背景はどうなっているのかまで考えを巡らせるようになった。同時に、その後に患者を引き継ぐ医師が必要とするであろう情報にまで意識が向くように。「ひとつのきっかけで人は成長します」と話す三谷副院長は、松本についてこう評する。「特に彼がすごかったのは、著しく成長したとき、興味のある整形外科だけでなく、他科の患者さんの診療も同じように変わったこと。つまりそのとき彼は、常に目の前の患者さんに向き合うという、医師本来のマインドを手に入れたんですよ」。
 松本は、平成28年4月からの後期臨床研修(※)先に、引き続き渥美病院を選んだ。これからは同院で、整形外科の専門医になるべく研鑽に励む。「渥美病院での2年間で、高齢者のADL(日常生活動作)をあげ、生活の支障になることを取り除くことができる整形外科に興味を持ちました。ここの整形外科を選んだのは、整形外科の先生たちが、ときには本気で怒り、すごく熱心に指導してくれるから。修業するのにこんなに良い環境はないと思ったんです」。「但し」と松本は続IMG_5607ける。「専門以外のことはわからないという医師にはなりたくない。実際、ここの整形外科の先生たちも救急外来では内科疾患を診ています。だからこそ、渥美病院で後期研修を続ければ、さらに医師としての本来の力みたいなものがつくと思うんです」。
 後期研修を終える頃には、今の自分のような研修医に指導ができる医師になりたいと未来を語る松本。ここ渥美病院で覚醒した一人の医師が、今、次のステージへと歩み出した――。

※ 初期臨床研修を修了した医師を対象にした、専門分野の医療技術・知識修得をめざす臨床研修のこと。

 


 

column

コラム

●「若い力が入って目の前で育つことは、職員にとって大きな喜びですし、教える側にとっても大きなモチベーションになります」と語る三谷副院長。松本医師の実感として本文でも紹介したように、渥美病院には、研修医を地域にとっての貴重な財産として大切に育てようとする風土がある。

●こうした風土に加え同院では、郡部・へき地の病院というデメリットを補いつつ、メリットに変える研修プログラム作成に力を注ぐ。たとえば、研修医に興味のある症例があれば、小回りのきく組織規模を活かし、ローテーション研修(複数の診療科を回る研修)のスケジュールを流動的に変更。また、常勤医のいない皮膚科や泌尿器科、眼科に関しては、近隣の豊橋市民病院で学ぶことができる。

●渥美病院の研修医教育の風土と工夫。同院は、都会から離れた地域の病院としてのデメリットをメリットに変え、医師教育に力を注いでいる。

 

backstage

バックステージ

●9年後の2025年、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる。高齢者は、複数の疾患や認知症、さらに老々介護や独居といった生活上の問題などを抱えているケースが多いため、これからの医師には、単に臓器別・疾患別に治療する<専門性>だけでなく、患者を全人的に診る<総合性>が必要となってくる。

●しかし<総合性>は、どこで、どのように学ぶことができるのだろうか。このことを考えたとき、今回の渥美病院の松本医師のケースは非常に示唆に富むものだ。患者の生活背景への目線。そして、そこにおいて治療が持つ意味や目的。これらの気づきや学びを、松本医師は渥美病院での初期臨床研修を通して得ている。そして何よりも、「専門以外のことはわからないという医師にはなりたくない」という松本医師の言葉。渥美病院のような郡部・へき地にある病院は、<総合性>を学ぶ場として、ふさわしい環境なのではないだろうか。

 


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