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シアワセをつなぐ仕事

新人離職ゼロを実現する
「迎える側」の体制づくり。

水津亮子、岡野真奈/稲沢市民病院 中央手術部


 

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病棟閉鎖などにより、長年停滞していた新卒看護師の採用を、新病院移転を機に積極的に再開した稲沢市民病院。
久しぶりに得た〈貴重な人財〉をどのように迎え、育てているのか。
中央手術部にスポットをあて、教育の取り組みを探った。

 

 

 

 



「手術室看護のやりがいを実感してほしい」。
看護師長が中心になって
新人を丁寧に育てる仕組みを作る。


 

 

 

患者に寄り添うという
看護師本来の使命を大切に。

 Plus顔写真1 稲沢市民病院の看護部では教育の一環として、新卒看護師が入職1年目の終わりに、これまで学んできた成果や気づきを発表する発表会が催される。その発表会で、中央手術部の岡野真奈看護師は、入職間もない頃に、乳がんの患者を担当したエピソードを発表した。
 「その患者さんは、生検(診断のため、小さな手術で組織の一部を摘出して調べる検査)と、それに続く乳がん切除術の2回にわたり、偶然、私が手術を担当しました。2回目にご挨拶したとき、患者さんから『あなたはこの間も担当してくださった方ですね。同じ看護師さんだから安心だわ』と言われました。でも、私はその方のことを全く覚えていませんでした。手術ばかりに気を取られて、患者さんを見ていなかったんです。すごくショックでした。この出来事があってから、患者さんと向き合うことに全力で取り組むようになりました」。
209011 岡野の発表を会場で聞いていた中央手術部の看護師長・水津亮子は、心のなかで拍手を送っていた。(すごい、岡野さん。そこが看護師として一番大事なところ。よく学んでくれました)と。
  岡野の入職は平成26年春。新人を迎えるにあたり、水津が最も危惧したのは、病棟とは違う<手術室>という特別な環境で、看護師本来の<患者さんに寄り添う>使命とやりがいをいかに伝えるか、ということだった。手術室の看護師の役割には大きく分けて二つある。一つは、メスやハサミなどの器械を執刀医に手渡す「器械出し」。もう一つは、術中の患者の看護や他職種との調整役などを担う「外回り」だ。このうち、新人はまず器械出しから担当し、経験を積みながら、外回りへと業務を広げていく。そのため最初の頃は、器械の名前や手順を覚えることに追われる。岡野のエピソードでも見られるように、専門技術をマスターするまでは、患者との関わりが後回しになりがちなのである。

 

 

手術室こそ濃密な看護が必要。

209055 水津が岡野のOJT(現場教育)の柱に据えたのは、患者と触れ合う機会を意識して作ることだった。手術の前には病棟で患者のカルテを確認してからベッドサイドを訪問し、「一緒に頑張りましょう」と挨拶をする。手術後も患者のもとを訪れ、傷口の痛みを気遣ったり、手術中の看護で「もっとこうしてほしかった」ということがないか、聞くように指示した。岡野はこうした術前・術後訪問を、入職した当初はプリセプター(新人の教育係を務める先輩看護師)と一緒に行っていたが、現在では一人で行い、患者とのコミュニケーションを深めている。
 水津がこのように、患者との関わりを重視するのは、「手術室こそ濃密な看護が必要」だと考えるからだ。「手術室ではあまり看護ができないと誤解される方もいますが、そんなことはありません。看護師は、緊張感から遠慮がちになっている患者さんの代弁者となって、<寒い><痛い><辛い>といった訴209095えがあれば、それを医師に伝えます。また、手術が長くなると、同じ体位が続き、褥瘡(じょくそう:床ずれ)や神経麻痺を起こす可能性があります。そういうリスクから患者さんを守ることも私たちの役目です」と説明する。一般に、看護師の仕事には、診療の補助と療養のお世話がある。このうち、手術室の看護は<診療の補助>に相当するが、それは決して「医師を補助するだけではない」と、水津は強調する。「リスク管理も含め、手術を受ける患者さんを援助するのが看護師の仕事なのです」。そんな水津の期待に応えるように、岡野は患者との関わりを大切にしながら一歩ずつ成長している。「強い不安から手が震えている患者さんがいれば、麻酔がかかるまで、その手をしっかり握り続けます。患者さんにとって一番身近な存在として、不安感を和らげるよう心がけています」と岡野は言う。

 

新卒採用を機に、
組織にイキイキとしたパワーが甦る。

209063 稲沢市民病院が、岡野のような新卒看護師を採用できたのは、実はここ数年前からである。それまで長い間、同院は、医師不足や建物・設備の老朽化から患者が減り、一部の病棟が閉鎖されていた。そのため、看護師採用も消極的となり、数年間新人看護師からの応募がない期間が続いた。院内には若い看護師が減り、活気は失われていた。その停滞感を打ち破ったのが、新病院移転計画である。医師が増え、看護師の増員も必要となり、積極的に新卒看護師の採用に取り組んだのである。
209035 看護部では、数年ぶりに新人を迎えるにあたり、新人教育制度の見直し、指導者の教育など、受け入れ態勢の強化を進めていった。中央手術部では、新人を先輩看護師がマンツーマンで指導するプリセプター制度の導入を決め、プリセプターとなる看護師を外部の指導者講習会に派遣するなど、新人の指導体制を整えた。「しばらく新人が来なかったので、今の学生の気質や学習内容を把握するところから、プリセプターに勉強してもらいました」と水津は振り返る。また、中央手術部のメンバーが折に触れて教育方針について話し合った。「プリセプター任せにせず、みんなで声かけして、支えていこう」「毎日覚えたことを吸収してもらうために、<振り返り>の時間を作るようにしよう」など、さまざまな角度から教育の仕組みを作っていった。結果として、こうした受け入れ準備が、組織に新しい活力をもたらした。「新卒採用は、自分たちが経験値でやってきた看護を客観的に見直すいいきっかけでした。みんなの気持ちも引き締まり、看護部全体がイキイキと活気づいたように感じます」と水津は語る。

 

 

看護師一人ひとりの能力をじっくり育てる。

Plus顔写真2 同院は、「新卒看護師の離職ゼロ」という実績を続けている。具体的に言うと、新卒者を採用した平成25年以降、新卒で入職して辞めた看護師は一人もいない(平成28年2月末現在)。日本看護協会の調査によると、新卒看護師の1年目の離職率は全国平均11%(平成25年度)。10人に1人の新卒看護師が辞めるというなかで、同院の実績は群を抜いているといえるだろう。
 その理由はどこにあるのだろうか。「久しぶりの新人看護師は、本当に大切な人財なので、丁寧に育てていこうという気持ちがまず、あります。それに…」と水津は言葉を続けた。「当院ではもともと、家庭的な雰囲気を大切に、経験豊富な中堅看護師が必要な技術を手ほどきし、新人をゆっくり大事に育てる風土がありました。その良209108き伝統をベースに、今の時代にふさわしい教育システムを整えているので、<厳しさと優しさ>がほど良いバランスで保たれているように思います」。
 もうすぐ3年目を迎える岡野も、「辞めたいと思ったことは一度もない」と言い切る。「独り立ちを急がされることがなく、一つひとつの段階を自信を持ってできるようになるまで気長にサポートしてくれるところがありがたいです」。
 中央手術部では岡野に続いて、平成27年にまた一人、新卒看護師が入職した。若手が増え、さらにフレッシュな雰囲気が漲っている。「それぞれの個性を見ながら、育てています。もし、二人が希望するなら、手術看護の分野で熟練したスキルと知識を養い、ゆくゆくは<手術看護認定看護師>をめざしていってほしいと思っています」。水津は、5年、10年という長いスパンで新人をじっくり見守っていく。


 

 

columnコラム

●稲沢市民病院の3階に並ぶ5室の手術室は、予定手術や救急患者の緊急手術などで日々、フル稼働している。手術件数は月間平均200件。病院移転前のほぼ2倍に達する勢いだ。手術の内容は、消化管や腹部内臓疾患、乳がんなどの手術から、骨折や関節疾患に対する手術、眼科や耳鼻科の手術など外科系各科のさまざまな内容で、手術時間も長時間に及ぶものもあり、方法も内視鏡手術や顕微鏡手術までと多岐にわたる。

●とくに脳神経外科領域では、脊椎脊髄疾患・末梢神経疾患の外科治療に積極的に取り組んでいる。手術室では、最新の手術用顕微鏡や術中画像装置(O-arm)など、高度で精緻な手技を支援する設備を取り揃え、豊富な治療実績を積み重ねている。平成27年実績では脊髄・脊椎疾患や末梢神経障害などに対する手術件数は375件に達している。

 

backstage

バックステージ

●毎年4月、病院では多くの新卒看護師を迎える。病院が新卒看護師を採用する目的の第一は、戦力として活用していくことだ。しかし、新卒採用の目的はそれだけではない。フレッシュなパワーを組織に注入することにより、業務のマンネリ化を防止し、組織を活性化することが大きな狙いとしてある。

●稲沢市民病院では新病院移転を機に、数年ぶりに新卒看護師を採用した。それによって、看護師の教育体制が見直され、部署ごとに協力して新人を育てようという気運が高まり、看護部にイキイキとしたパワーが甦ってきたという。そのポジティブな組織風土が、新卒者にとって「働きやすい」「大事に育ててくれる」という手応えに繋がり、離職者ゼロという数字になって現れているのではないだろうか。

 

 


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