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病院を知ろう

自分たちが扱う放射線に
責任を持つ、ということ。

 

 

安城更生病院


放射線は何となく怖い…。
そんな不安感を払拭するために、
被ばく管理と丁寧な説明に力を入れる。

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レントゲン検査、CT検査など、放射線を用いた検査は、病気の早期発見や治療に欠かせない。
だが、検査を受ける患者は少なからず、医療被ばく(診断や治療のために放射線にさらされること)のリスクを負う。
安城更生病院の放射線技術科では、いち早く被ばく低減管理体制を強化し、「医療被ばく低減施設」の認定を取得。
患者や職員の安全を守り、安心の放射線診療を提供している。

 

 

 

 

 

病室でのX線撮影。
放射線の影響は
どの程度あるのか。

講義シーン_02 平成27年秋、安城更生病院の会議室で、大勢の看護師を前に、熱心に話す診療放射線技師の姿があった。放射線技術科の鈴木昌弘である。「皆さん、病室でポータブル撮影(※)を行うとき、隣のベッドの人は被ばくすると思いますか」。その問いかけに看護師たちは皆、考え込むような表情を見せる。鈴木は、ひと呼吸置いてから次のように続けた。「実は、ほとんど被ばくする心配はないんです。今日は、その根拠について説明しましょう」。
 これは、同院で継続的に開催されている、看護師のための放射線勉強会のひとコマである。鈴木はこの日、ポータブル撮影をテーマに取り上げ、「そもそも放射線とは何か」「撮影するとき、放射線はどのように出ているのか」「放射線による発がんリスク」など、基本的な知識を中心に講義を行った。それまで同院では、4人部屋の病室でX線撮影するときは、看護師や面会者、そして、ベッドから起き上がれる入院患者は一旦病室の外に出てもらうことが多かった。しかし、それでは、「部Plus顔写真1屋に残った他の入院患者は被ばくするのではないか…」という素朴な疑問や不安も湧いてくる。実際にはポータブル撮影時、周囲の被ばく線量は、一日に浴びる自然放射線からの被ばく線量よりも少なく、撮影対象から2メートル離れれば、放射線の影響はほぼなくなることが実証されている。病室でX線撮影する際は、あわてて退出しなくてもいいことを鈴木はわかりやすく説いていった。この勉強会の狙いについて、鈴木は次のように説明する。「我々と他職種の間には、放射線に対する認識のギャップがあると常々感じていました。そのギャップを埋めて、安心して働いてもらいたいという思いが念頭にあります。また、看護師は患者さんとの接点が多いので、看護師の正しい理解が、患者さんの安心に繋がると考えました」。

※ ポータブル撮影とは、病室に移動型撮影装置を運び入れ、患者のX線撮影を行うこと。手術後間もない患者など、病室から出られない患者に対して行われる。

 

 

正しい情報の開示が
正しい理解に結びつく。

 Plus顔写真2 このような院内での啓発活動に、力を入れ出したきっかけは何だったのだろうか。放射線技術科の柘植達矢技師長に話を聞いた。「東日本大震災で東京電力福島第一原発の事故があってから、患者さんの被ばくに関する質問が一気に増えたんです。それまでは、<検査での被ばくは少しですから、大丈夫ですよ>と返答していましたが、それだけでは説明不足です。患者さんに根拠に基づいて説明できるような体制を整えると同時に、他職種の人にも放射線を正しく理解してもらうための活動をスタートしたのです」。
 同院ではまず、検査ごとの被ばく量を測定・記録し、必要に応じて患者に情報を開示できる体制作りを行った。たとえば、頭部CT検査(X線で頭部の断面を撮影する検査)を受けた患者から被ばくについて質問があると、「今回の検査では、脳は51mGy、目の水晶体は62mGyの被ばく線量を受けていると推定されます。もちろん、それは健康に被害を与える量ではありません」というように、どの技師であっても正しく答えられるような<医療被ばく説明マニュアル>を作成した。また、検査ごとに使用する放射線量は、日本診療放射線技師会の<医療被ばくガイドライン(低減目標値)>と比較し、その目標値の範囲内であることをすべて確認した。
看板差替え こうした活動を進める上で自然発生的に生まれた目標が「医療被ばく低減施設」の認定取得だったという。医療被ばく低減施設とは、日本診療放射線技師会によって認定されているもので、患者の被ばく線量の把握と管理などについて厳しく評価される。「みんなの一生懸命な様子を見て、当院の被ばく管理について客観的評価を受けてみる価値があると思いました。結果として、認定審査に向けて検査・治療マニュアルを更新することもでき、非常に良かったですね」(柘植)。同院は平成25年10月1日、全国で39番目、東海地方で第一号となる医療被ばく低減施設の認定を受けた。

 

 

日本全体で進められる
医療被ばく低減の動き。

放射線濃度測定シーン_07 放射線なくして医療なし。そう評されるほど、今日の診断・治療には放射線は欠かせない存在である。検査の領域においても、CT検査、PET検査(放射性薬剤を静脈に注射し、全身を撮影する検査)をはじめとした放射線検査機器の普及・進化によって、病気の早期発見などに大きな進歩がもたらされた。とくに日本は、CT装置などの普及台数は他国を抜きん出ており、放射線機器を使った検査を受ける機会は多い。前述の通り、放射線検査で受ける被ばくは非常に少なく、検査機器の進化で、より低線量での撮影も可能になってきている。ただ、そうはいっても、人体を透過する放射線が、患者の体に全く影響を与えないわけではない。1回の撮影で用いる放射線量は必要最小限にとどめ、患者にムダな被ばくをさせないことも必要である。
 そのため欧米諸国ではすでに、医療被ばくの具体的な基準として、「診断参考レベル(診断目的別の放射線量の目安)」を定め、国レベルで医療被ばく管理の標準化を進めている。それに比べ、日本の取り組みはかなり立ち遅れていたといえるだろう。平成27年6月7日、日本医学放射線学会や日本診療放射線技師会など12団体で構成された「医療被カンファシーン_05ばく研究情報ネットワーク」が、日本における放射線量の目安となる「診断参考レベル」を発表。ようやくオールジャパンの基準が統一されたのである。
 「以前は各病院がそれぞれのルールで、医療被ばくの管理に努めてきましたが、あらためて全国統一の指標が公表され、日本全体で放射線診療の安全管理の標準化が進むと思います」と柘植は期待を寄せる。

 

 

被ばく管理を徹底し
放射線のエキスパート
としての責務を果たす。

相談室シーン_12 被ばくの低減と正しい情報提供に努める放射線技術科。その活動は、院内の理解促進などに結びついているが、それでも「放射線への不安をすべて払拭するのは難しい」と柘植は言う。「寺田寅彦(明治〜昭和期の物理学者・随筆家)の言葉で<物事を必要以上に恐れたり、全く恐れを抱いたりしないことはたやすいが、物事を正しく恐れることは難しい>というのがありますが、放射線はまさにそれです。放射線を正しく怖がるには、放射線被ばくの影響の根拠をより明確にすることが必要です。そのためにも、ゆくゆくは、ICT(情報通信技術)を活用し、日々の膨大な検査データを集積し、放射線被ばく線量をさらに細かく分析・管理できるような体制をめざしていきたいですね」。柘植がそこまで被ばく管理に力点を置くのは、診療放射線技師としての揺るぎない信念があるからだ。「私たちは放射線を患者さんの体に照射することができるライセンスを持った、特別な職種です。単に医師の指示通りに検査するのではなく、自分たちが扱う放射線に責任を持たねばならないと肝に銘じています」。
 鈴木も同じ思いを共有する。「放射線管理という責任を果たすことは、診療放射線技師として一番大事な部分です。その責任を果たしつつ、さらに職員や患者さんの不安を払鈴木先生打ち合わせシーン_05拭できるように、啓発活動に力を注いでいこうと考えています」。
 医療被ばく低減施設の認定から、約2年半。この間、他の病院からの視察も多くあり、東海地方でも同院に追随する認定施設がいくつか出てきた。この動きについて、柘植は「とてもうれしいですね」と笑みを浮かべる。「医療被ばく管理を強化する病院が増えれば、患者さんにとっても安心感が広がると思います。我々ももっと勉強して、さらに一つ上の被ばく管理体制をめざしていきます」。

 


 

column

コラム

●安城更生病院の放射線技術科では、高い安全意識を持ち、必要最小限の放射線で最大限の効果が得られるように、撮影条件や手法などに工夫を凝らしている。その一環として行っているのが<検査オーダーのチェック体制>である。これは、主治医のオーダー通りの撮影場所でよいかどうか、もう少し撮影範囲を限定できないか…などを、放射線技師と放射線科医が検討するものである。

●たとえば、<胸から骨盤まで造影剤使用前後で2回撮影してください>というCT検査のオーダーでも、検査目的によっては造影剤使用前は、上腹部だけの撮影に絞ってよい場合もある。「そのときは主治医の先生にすぐ相談します。そういうやり取りは毎日のように行っていますね」と、診療放射線技師の鈴木は語る。このように放射線診療の最適化に積極的に関わっていることも、同院の放射線技術科の大きな特徴といえるだろう。

 

backstage

バックステージ

●放射線診療の歩みは、19世紀末、レントゲン博士によるX線(放射線の一種)の発見に端を発する。やがてX線は診断・治療に用いられるようになり、その後、コンピュータ技術を用いたCT装置が開発されると、X線による画像診断は瞬く間に世界中に広がった。

●放射線医学の進歩は患者に多大な恩恵を与える一方で、常に被ばくのリスクを伴うのも事実。そのため私たちは、<放射線は怖いもの>という漠然とした不安を抱きがちだ。その不安心理が高まれば、放射線診療への誤解に繋がり、医療技術の進歩そのものにブレーキをかけてしまう恐れもある。<見えない不安>を払拭するには、リスクの科学的根拠を一つひとつ丁寧に示していくしかない。安城更生病院のように、正しい情報開示と説明に力を入れる病院が一つでも多く増えていくことを期待したい。

 


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