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病院を知ろう

地域の、社会の、未来を守る、
<こども>のための医療センター。

 

 

岐阜県総合医療センター


24時間365日、救命救急センターには小児科医が待機する。
そして、急性期治療、慢性期治療、
さらには在宅支援へと、彼らの目線は繋がる。

main

小児の<救命救急>に、情熱を傾ける小児科医がいる。重症心身障がい児の人生に、とことん寄り添う小児科医がいる。
こどものための専門病院がない岐阜県にあって、岐阜県総合医療センターは、
総合病院としての実績をベースに、小児医療に全力を注ぎ続ける。
同院小児科の医師たちは、ときにはジェネラリストとして、ときには専門医として、病を抱えるこどもたちと家族の未来を築く。

 

 

 

 

 

 <医師>ではなく、
 <小児救急科医>をめざす。

 深夜、岐阜県総合医療センターの救命救急センターに、重症心身障がいを持つこどもが運ばれてきた。高熱に加え呼吸障害も起こしている。小児科の松波邦洋医師(小児科専門医、救急科専門医)は、まず気管にチューブを挿入し気道を確保。小児専用の集中治療室に患者を移し、スタッフへの指示を迅速に与える一方で、不安な面持ちの親に声をかけた。 
069_GifuSogo_L22_2016.RectFish 松波は小児喘息を持ち、こどもの頃、発作を起こしては、たびたび深夜に救急外来を受診していた。医師の処置で、苦しさからようやく解放された松波が見たのは、親の安堵の表情。それが彼の原風景となり、<医師>ではなく<小児救急科医>への道を突き進むことになる。
 大学医学部卒業後、松波が臨床研修先としたのは、小児専門の病院ではなく、救急搬送数が多く総合的に診療科を揃えた民間病院。しかも、早く手技を習得するため、多くの症例を経験できるよう研修医が少ない病院を選んだ。「目標はあくまでも小児救急。そのためにはまず、成人の救急や集中治療をたくさん学ぶことが必要と思い、あえて寄り道をした」と言う。
 研修の3年目が過ぎようとするとき、松波はその病院を辞め、岐阜県総合医療センターに入職する。研修病院には最初から話をしていたが、もちろん強く引き留められる。だが、「こどもの頃、お世話になった岐阜県の小児医療に貢献する」050_GifuSogo_L22_2016と決めていた松波。小児専門病院のない岐阜県において、彼にとっては、岐阜県総合医療センターしか選択肢はなかった。
 そして、同センターに入職。しばらくして松波は、再び研修に出る。「成人の救急医療、集中治療で学んだことを、ここで実際に使えたという実感はあったが、でもまだ経験が浅い」と自ら判断したのだ。今度の研修先は、他県にある小児総合医療施設の集中治療室である。

 

 

患者を重症化させる前に
治す医師になる。

  松波が選んだ研修先は、岐阜県総合医療センターと共通点があった。すなわち、ドクターヘリや救急車の緊急搬送が多く、広域圏の小児医療センターとしてフル稼働しているのだ。そこで松波は約半年、「小児救急・集中治療に全力を注ぐ医師たち」のもと、一心不乱に研鑽を積んだ。
030_GifuSogo_L22_2016 それから4年、松波は今、中堅医師として、岐阜県総合医療センターの小児科と救命救急センターを飛び回る。同院の救命救急センターには小児科医と小児科研修医が24時間常駐し、搬送されたこどもを、初めから小児科医が診る体制である。そこから各小児の専門科へ。換言すると、救命救急センターの中に、小児に特化した救命センターがあり、小児科医が総合的な診断をし、必要な専門治療への道筋をつけている。
 患者は県内全域、さらに愛知県一宮市、稲沢市といった広域から集まり、三次救急に相当する重Plus顔写真1症患者も多い。ドクターヘリでの搬送も日常茶飯事だが、2台あるドクターカーに松波が同乗することもある。「小児の重症患者さんに慣れてない医師が搬送するより、専門の医師が搬送する方がいいでしょ!」と笑顔を見せる。
 あえて回り道をして学んだ知識・技術を発揮しつつ、精力的に<小児救急科医>の道を進む松波は、平成28年4月、県内初の<小児感染症内科>を任せられる。ICD(インフェクション・コントロール・ドクター/抗菌化学療法認定医)でもある彼はこう言う。「重症化しそうな患者さんをいち早く発見し、重症化する前に治す。これが僕のめざす小児科医。その意味では、感染症の予防まで踏み込んでいきたいですね」。

 

 

小児医療の根幹、
それが小児科。

Plus顔写真2 松波に「ここしかない」と思わせた同院の小児科。同科の今村 淳部長は言う。「小児医療は領域ごとに専門化されていますが、その根幹となるのは、総合診療的な意味を持つ小児科です。従って、救命救急センターでも小児科医が受け、また、どの専門領域の患者でも、例えば、感染症のリスクがあると小児科病棟で診ますし、ICU(集中治療室)やPICU(小児集中治療室)に入室しても、小児科医が主治医となります」。いわば県内の<小児医療センター>である同院において、小児医療の中枢機能を担っているのが小児科なのである。
 だが、今でこそ14名の医師がいるが、今村部長が赴任した14年前には、わずか3名だった。当然のごとく、救命センター当直や当番は、一人月10回を超える。さらに、前述のような役割を担うとなると、小児科医の存在は重要であり、もちろん期待が高まる分、彼らの負担も大きくなる。「何とか小児科医を増やそう」と考えた今村は、専門を決めきっていない研修医には、小児科を強くアピール。他方、医師の負担軽減を目的に、重症患者の呼吸管理を看護師が担えるように教育を行った、そうした熱意と窮状が病院幹部に理解され、病院を挙げて小児科医獲得への気運が生まれたのだ。
 本格的に現在の陣容が整ったきっかけは、平成16年に始まった新医師臨床研修制度だ。医学生が自分の意思で研修先を自由に選べるようになり、高度な小児科医療を学びたい研修医が集まり始めた。さらに、平成22年に同院は地方独立行政法人に移行。県立岐阜病院時代と変わり、独法となって病院幹部の判断で増員が可能となった。こうして次第に現在の体制が整っていくとともに、病院全体に、小児の重症患者をもっと引き受けようとの思いが高まっていった。

 

 

次の世代を
育て続けることが使命。

047_GifuSogo_L22_2016 着実に歩を進める岐阜県総合医療センターの小児科だが、今村部長は「常に発展途上でありたい」と言い、こう続けた。「当院には、岐阜県のこどもの健康、健やかな発達を守るという使命があります。そのためには次の世代を育て続けることが、何より重要であり、これこそ当院の使命と考えます。地域に根づいた医師が、まずは小児医療のジェネラリストとして、ニュートラルに動くことができるよう育てたい」。
 実は今村部長は、小児神経学の分野では全国に名を馳せた専門医である。彼の診療を求めて実に多くの患者が集まっている。だが今村は言う。「小児科の奥深さは、こどもの総合診療的な、つまり発達、成長を診ていくという点にあります。専門性は二の次にして、まずはそこを知る。そしていざというときに、専門医としての能力を発揮する。そうした医師を、私たちの病院の臨床を通じて、育てていきたいと考えます」。
 岐阜県総合医療センターでは、<10年ごとに各診療科のキーパーソンとなる医師を育てる>との意図から、積極的に若手の医師を国内外の留学、研修に出す。小児領域でも、現在3名の医師が長期研修中だ。その分、現場のマンパワーは削られる、だが、今は苦しくても、5~10年後に発展していけばよい。いわば未来への投資であるというのが同院の考え方。専門家を自前で育成することは、地域の小児医療の成長にも繋がる。研修医や専門医の教育を通じて、岐阜県全体に貢献する同031_GifuSogo_L22_2016院である。
 最後に松波の言葉を紹介しよう。「こどもを見つめ、たとえ小さな可能性でも追いかける。親御さんと僕ら医療者が一所懸命に力を尽くす。小児科医は、実にやりがいと喜びを味わうことができる仕事です。これからは、小児科医という仕事の楽しさや魅力が、この病院で働くと充分に実感できる、そうした部分をもっと大きくしていきたいですね」。

 


 

column

コラム

●平成28年4月、同院には新たに<すこやか棟>が完成した。ほとんどのフロアが小児のために活用されるこの新棟は、総合病院だからこそ実現可能な環境が整備されている。

●例えば、小児専用の高性能MRI、小児にも負担の少ないCT検査機器、需要の増大を見つめた余裕ある外来診察フロア…。

●小児医療チームの技術水準が高まったからこそ必要な、高度な機器、充実した環境である。そして、新しい機器は成人医療でも有用な診療機器であり、病院全体の財産になる。

●新棟には、重症心身障がい児入所施設「すこやか」が併設されている。障がい児を長期的に受け入れ、在宅療養への移行の準備や、家族のレスパイトケアも担う。もちろん、入所時に急性増悪しても、病院の小児科病棟にすぐに入院が可能。急性期から慢性期、在宅支援と、包括的な小児医療の提供が可能となった。

 

backstage

バックステージ

●生まれつき、あるいは幼少期からの病気や障がいのある患者を、産科から小児科、そして成人の医療へと切れ目なく繋ぐ――「移行期医療」は近年、医学界のキーワードの一つだ。

●今村は「成長した障がい児の相談にのれる、総合診療医のような医師が必要。小児科医が成人診療科への橋渡し役を担ってもよいのではないか」と語り、自らの努力でそれを実践している。

●しかし、小児科医の不足が叫ばれるなか、全国どこでもそれが可能なわけではなく、やはり限界はある。重度の障がいを持つ患者と家族が安心して生活できる移行期医療のあり方について、社会的な議論が求められよう。

●医療の継続という点においては、総合病院の小児医療チームには可能性がある。小児科を起点とし、胎児期、成人期へと切れ目なく繋ぐ。総合病院ならではの新たな移行期医療のかたちに期待したい。

 


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